そんなこんなで、俺は生涯でふたり目となる弟子を迎えることになった
「ぐ……うぁ……」
「済まん!やりすぎた!」
「エイコ!サブートゥフィト!」
顔をしかめ膝をついたエイコは、耐えかねたようにそのまま倒れこむ。まぶたはきつく閉じられ、額には脂汗。
「ティーク、ルータ……」
ケイコお嬢ちゃんが向けて来るのは非難だろう。それくらいは声色と表情から見て取れる。言い訳にはなるまいが、俺としてもここまでやるつもりはなかった。
「悪いが、少し触るぞ」
鉄杖が当たったのは、恐らくは肋骨の一番下。残る手応えからして、折れたとみるのが妥当なところだが……
案の定、か。
外れてほしい予想ほど当たるとはよく言ったもの。今回もご多分に漏れてはくれなかったらしい。
「済まない」
「あはは……。ダンナが謝ることじゃないよ。あたしだって鏡追いの端くれ、なんだから。これも自己責任……ってね」
「お前……」
「……鏡追い同士の手合わせなんて……こんなものでしょ?……あたしも悪かったんだよ。ダンナだったら、怪我……させないようにあしらってくれるって……タカをくくってたからさ……。甘く見てたあたしが悪い。授業料は高く付いたけどね」
苦し気な声と表情で、それでも俺を擁護してくる。アイツのいまわの際が浮かび、古傷が疼いた。
いや!今やるべきことを履き違えるな!
反省は必要だろうが、感傷は後に回す。
「待ってろ!すぐに医者の所に連れて行く!」
あの爺様は、歳は相当に行っているようだが言動から察するに、腕は確かだろう。
「……フィーユ オゥグ!」
「お嬢ちゃん?」
「セイル アクリス」
が、抱きかかえようとした俺を止めたのはケイコお嬢ちゃん。
どういうことだ?医者の知識でもあるのか?
異世界とやらの基準はよくわからぬが、この歳でそんな知識が――
「ってまさか!?」
俺が声を上げたのは、お嬢ちゃんが大きく口を開いたからだ。そこから何が顔を出すのか、俺は何度か目にしている。
「……ぉえ」
ボトッ!ボトボトッ!
思った通り。嘔吐に近いような声と共に吐き出されたのは、3匹の蛇。
「え?え!?ええっ!?」
その蛇共は、苦痛も忘れてうろたえるエイコに近づき、見覚えのある光を放つ。熊のバケモノとやり合った時に千切れかけた蛇を治療した時と同じもの。
「あ、あれ?なんか、おかしな力が集まって来るような……」
そして――
「ん?んん!?」
困惑顔で身を起こしたエイコがぺたぺたと胸を触り、唖然とする。その顔からは、苦痛の色は完全に消えていたわけで。
「お前さんの肋骨、折れていたのだが……今はどうなっている?」
「やっぱ折れてたんだよね……。なんか、治ってるんですけど……」
つまるところは、そういうことだったらしい。
とはいえ……
大怪我が文字通りにあっという間に治ったのは結構なことだが、お嬢ちゃんの事情がひとつ、エイコに知られたことになる。
頭の悪い女ではない。下手な隠し立ては止めた方が無難。ならば……洗いざらいを明かして引き込むべきか。
幸いにも、ケイコお嬢ちゃんに対しては好意的。俺を毛嫌いしている風ではなく、お嬢ちゃんもエイコには懐いている様子。
そして、近くに置くにはちょうどいい口実もある。
「さて、エイコ。お前さんは俺の弟子に……いや」
あえて言い直す。
「名を上げるために俺を利用したいということだったな?」
「あ、うん。その件は諦める。約束は守るよ。やれることは全部やったけど、結果はこの有様だった。先のことはこれから考えるよ」
「そうかい。お前さんさえよければ、弟子入りを認めようとも思っていたのだがな」
「…………まじ?」
「……それは異世界語……もとい、ニホン語なのか?察するに……本気なのか?といったところかとは思うが」
「ああ、ゴメンね。言いたいのは、『本気なの?』ってことで合ってるよ。でもなんで?もしかして、怪我させた詫びのつもりなの?あたしにだって意地くらいはあるし、お情けをかけていただくのはご遠慮願いたいところなんだけど」
……軽薄そうな上っ面だが、しっかりした芯も備えているらしいな。本当に、大した奴だ。
さらにひとつ、俺の中でエイコの評価が上がる。
「怪我をさせたことに負い目を感じているのは事実だがな……。この際だから話してしまうが、手合わせする前から決めていたんだよ。お前さんを認めよう、とな」
「……なんで?」
決め手になったのは、アイツと重なってしまったからだ。自覚はある。ケイコお嬢ちゃんにしてもそうだが、俺はそういう手合いには滅法弱い。
当然ながら、それを教えるつもりは無いが。
「俺を利用しようと明言した割には、俺を騙そうとする様子は無かった。それが理由のひとつだ」
だから、それ以外の理由を正直に話す。
「……なら、他にもあるわけ?」
「ふたつ目。お前さんの得物と使い方は一見するとただのイロモノとも取れるが、実のところは違うのだろう?派手な動きは名を上げるための手段だろうが、得物の性質、弱みを把握し、補う術までを用意してある。正直、感心したぞ」
「……むしろ、そこまで見抜いてくるダンナに感心するんですけど」
「無駄に長く生きているのは伊達ではないということだろうかな。そして三つ目。最後の理由だが……お前さんの肋骨を折った一撃。アレを出させたことだ」
「……『ふっ、俺に本気を出させるとはな』ってこと?」
「…………俺はそこまで驕ってはいないつもりだが、大して違わないというのは痛いところだ」
「だからどういうことなのさ?」
「お前さんの最後の一撃。口から吹き出した礫……いや、違うか」
周りを見やれば、少し離れたところに落ちていたのは指先大の鉄玉。なるほど、球体の方が吹き出しやすいというのも道理か。
「あの鉄玉をかわすことは出来なかった。確実に防ぐことが出来る自信もなかった」
「いや、綺麗に弾いた上に反撃まで決めてくれたじゃないのさ」
「それはそうだがな……」
あの時の感覚。身体と意識が離れていくような感覚は、過去に何度か経験していた。
その全ては戦いの中で。起きたのは例外無しに脅威と感じた時であり、意識の外で生じる勝手な動きは――どれもその時の俺では成しえないほどに、速く、鋭く、的確なものだった。
何故に生じるのかは未だにわからない。染み込んだ諸々(もろもろ)が身体を動かしているのでは?というくらいにしか考えてはいないが。
意図して引き起こすことは出来ず、その時が来れば意に反しても勝手に起きる。そして、その動きには加減とか容赦といったものが一切存在しない。さっきにしても、あと少し彼我の立ち位置が違っていたのなら、エイコを殺めていた危険すらあった。
傍迷惑とも思うが、これもまた今日まで俺を生き長らえさせやがった一因には違いない。
「言い訳の出来損ないに聞こえるだろうが……追い込まれるとな、意識する前に身体が勝手に動いてしまうことがあるんだ」
「ああ。そういうことか」
「……いや、そこであっさり納得するのか?」
こちらが逆に驚く。
「うん。要するに発狂もーどみたいなものでしょ?」
「……“もーど”というのはわからぬが、狂人呼ばわりは勘弁願いたいのだがな」
「いや、そういう意味じゃなくて……追いつめられると別人みたいに攻撃が激しくなるってのはよく聞く話だからさ」
異世界というやつはどうなっているのやら……
ケイコお嬢ちゃんのように荒事とは無縁の娘がいるかと思えば、エイコのように荒事の知識が豊富な奴もいる。少なくとも、俺の常識は通じないような場所であっても驚きはしないが。
「あとは……完全な不意打ちに対しても、似たようなことは起きてしまう」
「……あれ?ってことは……あたしの鉄球吐きって、結構いいセンまで行ってたの?」
実際にはいい線どころではない。当たったところで痛くもかゆくもなかったことではあるだろうが、アレは完全に虚を突かれていた。
「そういうことだ」
アイツとは比べるべくもないだろうが、やはりこの女も頭はいい。話が早いのは結構なことだ。
「そっかぁ……そうなのかぁ……だったら、あらためてよろしくね、ダンナ……じゃなくて師匠」
「別に呼び名はどうでもいい。好きなように利用もすればいい」
「そう?じゃあ、そうさせてもらうけど……利用もするけど、あたしはダンナに感謝はしてるし尊敬もしてるから。弟子らしいこともするつもりだよ。それはそうと……」
「なぜ俺を見てため息を吐く?」
「いやさ……基本性能が高い上に発狂もーどまであってさ。しかも接近戦での不意打ちにはおーとかうんたー発動とか……。転生者のあたしを差し置いてぶっ壊れちーとなのはどうなのさ?って思っただけだから。気にしなくていいよ」
「そうかい」
ならば、気にしないでおくとしよう。意味はよくわからぬが、ニホンとかいうところにしかないような考え方なのだろう。
ともあれ、そんなこんなで、俺は生涯でふたり目となる弟子を迎えることになった。
まったくもって、世の中というやつは何がどうなるかわからないもの。身をもって理解しているつもりだったことを、あらためて思い知らされた気分だった。




