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まんまとしてやられたわけだ

「表に出ろ。お前さんの腕前、見させてもらおうか」

「……へ?」

「クゥレフィト」

「うん?」


 はて、妙だな。


 エイコから「勝負して一撃入れられたら弟子にしてくれ」と言われ、俺はそれを受けた形になったわけだが……


 何故に自分の要望が通ったはずのエイコが間の抜けた表情で呆けた声を出しているのやら。


 隣で話を聞いていたケイコお嬢ちゃんまでもが、不思議そうにエイコを見ているのだが。


「エイコよ。お前さんの望み通りに、勝負を受けてやろうと言ったのだが……聞いていたのか?」

「……本気?というか正気?」

「……どこまで失礼なんだお前さんは」


 恩着せがましい言い方ではあるだろうが、申し出を受けてやったはずなのに正気を疑われるとは。なんとも理不尽な話だ。


「いや、だってさ……アレで受けたりする?普通」

「つまるところ、無茶苦茶を言っている自覚はあったわけだ」

「うん」


 そこは認めるわけか。


「言ったでしょ?何かの間違いで上手く行ったら儲けもの、って」

「言ったな」

「受け入れてくれるとは、夢にも思わなかった」

「奇遇だな。俺もお前さんの望みに応えることになるとは夢にも思わなかったぞ。……最初はな」

「……最初は?」

「ああ。最初は、だ」

「じゃあ、なんで今は応えてくれてるのよ?」

「さてな」


 惚れた女と被ったから。嘘は吐いていなかったから。面白い奴だと思えたから。理由はいろいろあるだろうが、わざわざ話そうとは思わない。


「それよりも、お前さんはどうするんだ?何かの間違いで湧いて出た可能性。あり得ないと指を咥えて見過ごすのか。それとも……喰らい付くのか」

「それもそうだね。その二択なら、悩むことなんて……ひとつも無い!」




「さて、始めるとするか?」

「承知」


 当然ながら、客室でやりあった日には女将の雷が落ちることだろう。だから場所は宿の裏手に。俺は背中から、エイコは腰から、それぞれの得物を抜けば、それだけで準備は完了だ。


 ちなみに、ケイコお嬢ちゃんは少し離れたところで見学中だ。付いてきた理由は、何となく、といったところだろうが、追い返す理由は無し。これから何が始まるのかと、興味深そうに俺とエイコを眺めていた。


 こうしてみるとやはり短いな。俺の得物は80シィラだが、エイコの木杖は……60といったところか。


「随分と短いじゃないか、なんて思ってるでしょ?」

「ああ」


 俺が考えたことは、エイコにも想定内だったらしい。


「多分だけど、あたしと対峙したひとはみんなそう思うんじゃないかな。けどね!」


 キンキンッ!


「ほう」

「ウース!」


 俺が抱いたのは感心で、ケイコお嬢ちゃんの声にあったのは驚きの色。


 ニヤリと笑ってエイコが木杖をふた振りすれば、硬い音とともに、木杖の両端から鋭いものが飛び出していた。


 それぞれが20シィラほどの金属。なるほど、そこまで含めれば短すぎるとは言えなくなる。


「面白い仕掛けだな」

「でしょ?これも、名前を上げるための涙ぐましい努力ってやつかな」

「なるほど」


 風変わりな得物というのは、たしかに目立つ。見た者の印象にも強く残るだろう。


「将来的には“仕込み双刃のエイコ”を名乗ろうかな、なんて思ってるんだけどね」


 そのまま得物――エイコの言い回しを借りるのならば仕込み双刃――を構えるのではなく、


「……大したものだな」

「ウース……」


 俺だけではない。傍で見ていたお嬢ちゃんの声色も、今度は感嘆の色に染まっていた。


 エイコは右手に持った仕込み双刃を回し始めた。親指と人差し指で作った輪が途切れていないことは視認できる。つまりは、腕と手首だけで回しているのだろうが……真正面に居る俺から見ても回転の軸は真っ直ぐ。まるで横にぶれておらず。それでいて、回転は恐ろしく速い上に、動きは滑らかであり、綺麗に繋がっている。


 アレは、一朝一夕で身に付くようなシロモノではない。


 俺にしても、すっかりと手になじんだ得物で同じことをやろうとしたとして、ひと月やふた月でやれる自信はない。


 そんなことを考えるうち、さらに動きが激しさと複雑さを増していく。


 速さと流れの淀み無さをそのままに、右に左に、上に下に、前に後ろにと、自在に得物を振り回す。


 大道芸人が見せるものだったのならば、惜しみの無い拍手を送っているところ。


 なるほど……なかなかどうして、厄介なものだ。


 もっとも、対峙している俺が感じ取った印象は、ある種の怖さだったが。


 得物の両端から伸びている鋭い金属は、よく見れば刃ではなくて(すい)。エイコは双刃と称していたが、実のところは突き専用の槍に近い――双槍、とでも呼ぶべきもの。


 そして力の流れを見るに、どの瞬間からでも遅滞(ちたい)無く突きに転化させることが出来る。


 つまるところ――変幻自在の動きのどこからでも唐突に不意打ち同然の突きが飛んでくるということ。全ての動きが予備動作になりえ、両の端が起点になりえるのだから、なおのことタチが悪い。


 対多数であれば通用はしないだろうが、1対1の状況であれば相当にやり辛い。


 しかも、自分の弱みを把握した上で対策までやっていると来たものだ。


 鉄杖と木杖であれば、強度は前者の方が上。しかもエイコの場合、双槍を仕込むために内部をくり抜いてあると考えるのが妥当。ならば、強度はさらに下がっているはずだ。あるいは、突きに特化させたのも打ち合いを避けるためなのかもしれぬ。


 大袈裟な防護はそのためか。


 多くの鏡追いは、指抜きの革手袋を着用している。指先を開けることで細かな作業に支障をきたすことなく、手の甲を保護することが出来るからだ。俺にしても、左は守りに使う際に正確な力の流れを把握するために素手のままにしているが、右手には指抜きの革手袋を付けている。


 だが、エイコは違う。やたらと大ぶりな手甲(しゅこう)を付けているのは、手を守るためではない。手を盾にして強度の低い得物を守るためだ。


 練られた思考と積み上げられた鍛錬(たんれん)によって組み上げられたやり口。


 ただのイロモノと舐めてかかれば、面白くない末路が待っている。これは、そういう手合いだ。


「じゃあ、身体もほぐれて来たし……行くよっ!」


 ひと声あげるなり、双槍の風切り音を伴ってエイコが駆けて来る。後の先と先の先、どちらにも適応出来るであろう型で、エイコが選んだのは後者。


 さて、どこから出してくるか……左上、と見せかけて右下か!


 それでも、俺とて伊達に長いこと鏡追いを続けているわけではない。突きの出所は見極めることが出来た。そうなれば、奇襲の優位性は消え失せる。


 狙いは首元。その容赦の無さも評価する。恐らくは殺しの経験もあるのだろう。それも複数回。


 対処として左の甲で力の流れを変えてやる。そうすれば、槍先は俺の脇を素通り……じゃない!?


 流された勢いすらも利用して、双槍が反転する。なるほど、あれだけ自在に操れるのならば、そんな芸当もこなせるわけだ。


 左で流すと読まれていたらしい。日頃から多用している手口だが、そんな情報もどこかで仕入れていたということか。


 だが、それは届かな……い!?


 首元を空振りさせたつもりでいた槍先が、さらに迫って来る。


 指先の力だけで投げてくるとはな。大した思い切りの良さだ。


 それでも、無理な動きには違いなかった。速さも正確さも欠いた投擲(とうてき)は軽く首を振るだけで素通りさせることが――


 プッ!


 不意に聞こえたのは、吐き出すような呼気。


 これが本命か!


 エイコが仕掛けたであろう最後の一撃。それは、口から吐き出された(つぶて)のようなもの。派手な槍回しも、流されたところから転化させてきた()ぎも、奇手に思えた投擲も、全ては目くらまし。本命を通すための手段だったわけだ。


 まんまとしてやられたわけだ。


 一撃でも入れられたら、という条件だったが、その質までは指定していなかった。痛痒にも感じないであろう(つぶて)でも、一撃は一撃だ。


 適当に理由を付けて認めてやるつもりではいたが……。まさか本当に喰らおうとは思わなんだぞ。驕りがあったのか、はたまた、俺が思う以上に老いていたのか……


 体勢からして回避は不可能。対応できるとすれば右に持った鉄杖で弾くくらいだが、この状況となれば、五分といったところ……うん?


 キンッ!


 耳が拾い上げたそんな金属音の正体は、礫を鉄杖で弾いたことによるもの。同時にやって来たのは思考と身体が別れていくような感覚で……マズい!?


 ドッ!


 それに気付き、慌てて制止をかけようとするも、間に合わず。


「あ、ぐうっ……」


 右手に伝わる鈍い手応えとエイコの呻き。


 予備動作無しだったおかげで十分な勢いが乗らず、威力も大幅に落ちてはいたことは不幸中の幸いだったのか。


 命中と同時に(ひね)りを加える突き――岩を貫いた芸当と似た一撃が、俺の意志とは無関係に繰り出され、エイコの胸部に叩き込まれていた。

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