中々に面白い奴めと、そう思えてしまった
「あたしのこと、弟子にしてくれない?」
一人前を名乗れる程度まで生き残れた鏡追いは最低でも5人、新人の師匠役を務めてやれ。
世間一般で鏡追いの間にある不文律だ。
世話を焼いた新人の数はすでに両手の指を超えている身の上ではあるが、そういう理由でなら、仮初めの弟子とするのもやぶさかではない.のだが……
コイツは多分そうではない。年の頃はともかく、ふてぶてしさをひとつ取ってみたところで、新人の領分は軽く超えている。
弟子だったのがいつの間にやら相棒になっていた女。アイツが逝った……アイツを逝かせた時に決めていた。
弟子にするのは、アイツを最初で最後にすると。これまでにも、同じことを求められ拒んだことは何度も――百に届いていたとしても驚かない程度には――あった。
ゆえに――
「却下だ」
それ以外の返答はあり得ない。
「即答!?どうするか悩んだりとか……せめて理由くらい聞いてくれても……」
「なら理由は?」
悩みすらしなかったが、本人がそう言うのなら理由くらいは聞いてやってもいいだろう。
「名を挙げたいから。それだけ」
「……正直が常に美徳とされるわけではないだろう」
俺に弟子入りすることが功名に繋がるというのは……まあ分からないでもない。その事実が連れて来るのは面倒事ばかりだが、俺の悪名がそこかしこに広がっているのは間違いない。間違いはないのだが……
弟子入りを志願するのに、それだけが理由だと言い切るのはどうなのやら?
「正直者が報われない世の中って間違ってるよね?」
「……そこは否定出来ぬが」
騙しの巧い奴ばかりが得をする、という現実はお世辞にも健全とは言えないだろうともさ。もっとも、そんな歪さを正す術なぞ想像も出来ぬが。
「だからダンナはあたしを弟子にするべきだと思うわけよ」
「どんな理屈だそれは?」
「こんなに頼んでもダメ?」
「だからどんな頼み方なのだと……」
アレで首を縦に振る奴が存在するのなら、見てみたいものだ。
そして忠告してやろうと思う。度が過ぎたお人好しは身を滅ぼすのではないか、と。
「じゃあさ……」
なおも何やら言い募るつもりらしいな……
相手をするのも疲れて来た。はたしてそれは歳のせいなのか。あるいは、この女の言い分が無茶苦茶だからなのか。
「あたしと勝負してよ。それで、あたしが一撃でも入れられたらダンナは弟子入りを認める。それが出来なかったら、大人しく引き下がるから。二度と弟子にしてほしいなんて言わない」
『約束ですからね?一撃でも入れたら、私を弟子にしてくださいよ?』
どこかで聞いたような内容を。しかも、どこかで見たような状況で出して来やがった。
思えば、50年前に言われた時も――散々付きまとわれてうんざりしていたところへの申し出。これで縁が切れるならばと受けた……否、受けるように仕向けられた。
今にしても、そんな過去の失敗を経験していなかったのなら、受けてしまっていたやもしれぬ。
「……お前さんの知り合いに……いや、あり得ないか」
一瞬浮かんで消えたのは、この女がアイツと接点を持っていたという可能性。
この女の年の頃は、見たところでは20にも満たない。目一杯に大きく見ても40に届きはしないだろう。40年前に逝ったアイツと縁を持つことなどできたはずもなし、だ。
ああ、そういうことか。
代わりと言ってはなんだが、気付けたこともあった。
この女、目鼻立ちがアイツと少しだけ似ているのか。
これは……マズいな。
そう認識してしまった途端、心の天秤が傾きだす。
「厄介な女だよ、お前さんは」
そう評価を告げてやれば――
「お褒めに預かり恐悦至極に存じます。なんてね」
唐突に被り、一瞬で投げ捨てた仮面。品を感じさせる仕草がこれまたいちいちアイツと重なりやがる。
やれやれ……
あらためて認識させられた。俺の心は、今でもアイツから一歩も進めていないということなのだろう。
「いくつか聞かせろ」
だから――
「お前さんは俺に貸しがあったはずだ。何故、それを使おうとしなかった?」
少しだけ顔立ちが似ていて――
「無粋でしょ、そういうの」
「ケイコお嬢ちゃんに言葉を教えるのなら、お前さん以上に……お前さん程上手くやれる奴はいないだろうさ。何故、それを使おうとしなかった?」
アイツと同じ条件を突きつけて来たというだけで――
「あたしのわがまま通すのにケイコちゃんを利用するのは筋違いも甚だしい。絶対に嫌」
「弟子入りの理由。名を挙げたいだけだと馬鹿正直に話したのは何故だ?」
この女に絆されかけていた――
「実際に話してみて、ダンナを騙すにはあたしじゃ役者不足だと思ったから。なら、嘘吐いて悪印象持たれるよりはマシかな、って」
「そのふざけた喋り方に意味はあるのか?」
その機会くらいは与えてやりたいと――
「これがあたしの素なんだよね。弟子入り志願の場面でそんな態度をしているのは何故?って問いで言っているのなら――こうするのが一番可能性があると踏んだから。言ったでしょ?ダンナのことはいろんな人から聞いてたって。これまでに弟子入りを望んだ人たちがどうだったのか。そして、その結果も。それであたしが出した結論。正攻法でダメなら、邪道に走ってしまえ、ってね。万にひとつ、億にひとつ、何かの間違いで上手く行ったら儲けものでしょ?」
「理由はともかくとして、俺の弟子になりたいというのは、本気で言っているんだな?」
そんな風に思えていた。
「うん。それは本気の本気。何としても、名前を挙げたい理由があるの。そのためには、ダンナに弟子入りするのが有効だって判断した。それに……」
「それに?」
「実際に話してみて素敵だなって思ったよ、ダンナのこと。あたしも、こんな風に歳を取れたらいいなって。ダンナのこと好きになったのよ。って言っても誤解はしないでほしいけど、心に決めたひとは他にいるからね!」
素敵、などと言われたのは生まれて初めての経験なのだがな。正直、面映い。
「……そうかい」
さっきから言い続けている内容はただひたすらにふざけている。それでも、嘘だけは感じ取れなかった。
この女はこの女なりに誠実に答えていたのだろうと、アイツに仕込まれ、この40年ほどで実践し続けて来た部分が結論付ける。
中々に面白い奴めと、そう思えてしまった。
やれやれ……
深いため息は胸中でだけ。
出来てしまったか……
自分を納得させるには十分な理由が。
「表に出ろ。お前さんの腕前、見させてもらうか」
だから俺は、エイコにそう告げていた。




