死んじまったら……旨い酒は飲めないからな
またおいでなすったか……。まったく、朝昼晩と飽きもせずにやって来やがるものだ。
陽が昇り始め、世の中がだんだんと色を帯びて来る頃。気配探りが山道からやって来るモノを見つけ、意識を眠りから引き上げる。
数は4……うん?
そこまでは恒例と言ってもいいだろう。ここ数日でも何度もあったこと。だが、今回に限っては、少しだけ気に掛かる点があった。
位置が妙だな。群れている……にしては近すぎる。まるで、ひとつの塊になっているような……。
それに、動きそのものもやけに遅い。死にかけでフラついているような蛇行も見せているが……
ああ、そういうことか。
招かれざる客の姿を目にすると同時で、それらの疑問は霧散した。やって来たのは、野犬が1とネズミモドキが3。野犬の方はごく普通の――牙や爪が異常に伸びたりはしていない――モノで、その首筋と背中と後ろ足にネズミモドキが噛みついていたのだから。
つまるところ、ネズミモドキに襲われた野犬が息も絶え絶えに現れた、ということだ。
とりあえず、始末する必要はあるのだが……
どうしたものかと考えていると、野犬が崩れ落ちた。力尽きたということだろう。そして、残ったネズミモドキはというと……
俺の存在に気付き、飛び掛かって来る。そこから先はいつも通りで、始末するのは10秒もあれば十分だった。
さて、そろそろ来てもよさそうな時間なのだが……
ネズミモドキを始末してからしばらくしてやって来たケイコお嬢ちゃんと語らいながらの朝飯を済ませてからしばしの時間が流れ、体感的には昼飯時。いつもであれば、とっくにお嬢ちゃんが昼飯を持って来ている頃合いだが……
っと、来たか。
「悪い、遅くなった」「じいさん、あとは引き受けるぜ」
そんなことを考えていたら、図ったようなタイミング気配探りに引っかかるものがあり、やって来たのは――
「……遅れは気にするほどでもないのだが」
問題はその中身だ。お嬢ちゃんでも女将でもなく、大人の男がふたり。
しかも、手にしているのはどう見ても昼飯にはなりそうもない、大きな分厚い板。
ああ、そういうことか。
「待ち人が来たのか?」
頼んでいた同業者。早ければ今日には、とのことだった。ならば、すでに到着している可能性もあるわけだ。
「おう。ついさっきな」
「全部で7人。今は宿で昼飯を食ってるぜ」
「……7人?6人ではないのか?」
俺はそう聞いていたのだが。
「ああ。7人だったぞ」
「そうか」
まあ、急な増減というのもたまにある話。減るよりはいいのだろうが……
「ならば、そいつらと会って引き継いでくるとしよう。それまでは頼んでいいか?」
そのつもりでここに来てくれたのだろう。持って来た板は盾の代わりといったところか。
「せっかくだ。じいさんもゆっくり飯を食って来なよ。それと、新しく来た鏡追いに説明するにも時間は要るだろう」
「……いいのか?」
飯はともかく、引継ぎをするのにはある程度の時間がほしいところではあるが。
「おう。何かあったらソレを鳴らせばいいんだろう?」
そう言って指差すのは、脇に置いてあった鐘。そのあたりも含めて把握しているらしい。
「なら、頼らせてもらおう。悪いが、しばらくの間ここを頼む」
「おう!」「任せておきな!」
そしてやって来たのは、件の女将が切り盛りする宿兼食堂兼酒場。
……存外早かったな。ま、こちらとしてもありがたい限りだが。
ここ数日、客と言えば俺かお嬢ちゃんくらいしかいなかったはずの宿。その中からは、喧噪のようなものが聞こえて来る。
9人。女将とお嬢ちゃんを抜かせば合計で7か。
中の気配を探ってみれば、確かに聞いた通りの人数だ。
これだけいれば、俺が山に入っている間の用心棒役には十分だろう。それなり以上に経験がある人間をと。繋ぎ屋宛ての手紙にはそう書いておいた。
もしも、の話だが……全員が駆け出しでした、なんてオチを付けやがったなら、ターロの繋ぎ屋には報いを受けさせてやるつもりでいるが。
考え事はそれくらいで、扉を開ける。
一斉に集まって来るのは中に居た連中の視線と――
はて、どこで会ったのやら。
俺に向けられた“とある”感情。その中でも最上級のモノだ。発しているのは、ひとりだけ離れた場所に座っている男。
年の頃は20を少し出たあたりか。見た目で誰かをどうこうというのはアレだとは思うが、痩せぎすで陰湿そうな男だった。
が、真っ先に動いたのは大きめのテーブルを囲んでいた6人連れのひとり。その中でも大柄なひとりが立ち上がり、手を振って来る。
「ティークのダンナ、久しぶりだな!」
「お前さん……ハルクか?しばらくぶりだな。……イナークからの隊商を護衛した時以来か?それに……」
ハルクと同じテーブルにいた5人。他にも覚えのある顔があった。
「ミッシュ、それにコーナスか。お前さんたちも元気そうだな」
「はは、覚えてくれてたんですね」
「お久しぶりです、ダンナ」
ガタイのいい30過ぎの髭面――ハルクとは、一時期何度か組んだことがあった。一見すると荒っぽくも見えるが、意外と気の良い男だ。恵まれた体格と剛腕は、敵に回せば相当に厄介。経歴は10年を越え、鏡追いとしても中堅どころ。少しばかり短気なのは難点だが、それを差し引いても、この男が来てくれたのは心強い。
他の昔馴染み、ミッシュとコーナスは、まだ駆け出しだったころに世話を焼いてやったことがあった。正確な歳は覚えていないが、多分ハルクよりも数年若いといったところか。
正直、ガラではないとは思うが、
一人前を名乗れる程度までを生き残ることが出来た鏡追いは最低でも5人、新人の師匠役を務めてやれ。
俺たち鏡追いの間では、そんな不文律めいたものがある。ミッシュとコーナスは、その中に含まれていた。
「しばらく前にハルクさんと組む機会があったんです。それで、ダンナの話で盛り上がりましてね。今は3人で組んでるんですよ」
「俺は、仕事でドジ踏んで死にかけたところをハルクさんとミッシュに助けられて……それでダンナの話で盛り上がって……」
口ぶりからして、団のまとめ役はハルクなのだろう。表情や雰囲気から見るに、関係も良好らしい。
存外、面倒見も良かったらしい。俺の中で、ハルクの評価をひとつ上げておく。
「まあ、昔馴染みが上手くやっているようでなによりだ」
俺は独り身でやりつつ、状況次第で一時的に誰かと組んだりもしているが、ハルク達のように固定で組んでいる鏡追いもいる。
頭数が増えれば、それだけで不和の原因になりかねず、ひとりでは――今回の俺のように――やれることも限られてくる。
どちらにも利と不利はある以上、そのあたりはどちらがどうとは言えぬが。
「それで、そっちの3人は?」
目線を向けて話を振るのは、ハルク達と一緒にいた残り3人。こちらはまったく見知らぬ顔だ。
まあ、おおよその見当はついているのだが。
一応、問いかけの形にしてみたが、少年と言い切れないこともなさそうな見た目からすれば、まだ新人と考えるのが妥当。俺の方にチラチラと視線を向け、妙に落ち着きのないあたりは、少しばかり気にかかるが。
「コイツらは、最近ターロにやって来た鏡追いの新人だよ。同じ村の幼馴染で、3人揃って故郷を飛び出してきたんだとさ。ああ、一応、両親の許可は取ってるらしいぞ。……どこかの誰さんかと違ってな」
そう言って、揶揄するような目を向けてくる。うろ覚えではあるが、ハルクには話したことがあった――ような気がする。
「……それは、ロクでもない奴がいたものだな」
選ぶ返しは口先でのとぼけ。
どこかの誰か。50年ばかり前に家出同然で故郷を飛び出して鏡追いになった奴をひとり、俺は知っているわけで。
「さて、俺も名乗るとしようか」
耳が痛くなりそうな話は切り上げる。
「俺はティーク。聞いての通り、ハルクやミッシュ、コーナスとは昔に少しばかり縁があった鏡追いだ。お前さんたち……新たな同業者の名を、聞かせてもらえるか?」
「あ、あの……」「お、俺は……」「は、はじめまして……」
俺としては、軽めに問いかけたつもりだったのだが、返って来る反応はといえば――ガタン!と音を立てて3人同時に立ち上がり、3人揃って同時に何かを言いかける、というもの。緊張しています、と全身全霊での自己主張だった。
そこまでガチガチになられても困るのだが。
何とは無しに、ハルク達の方に目をやれば、苦笑気味。
ある程度は予想していたということか。
ま、いいけどよ……
「俺の聞き方が悪かったな」
一度、仕切り直すことにする。
手近な椅子を引っ張り寄せ、腰を下ろす。
「ただの同業者ひとりを相手に、そこまで固くなる必要もあるまい。座ったままでかまわぬよ」
落ち着かせるのも兼ねて、新人3人を座らせる。
「あらためて、順番に自己紹介を頼めるか?まずは、お前さんからで」
「は、はい!」
指差したのは、俺から見て右側にいた相手。まだ緊張の色は消えないが、今度は話せるだろう。
「とりあえずは、名前だけで構わぬ」
そうも付け加えておく。あえてやることを限定することで、余計な思考の混乱は防ぐことも出来よう。
「俺、ダイトっていいます」
「ネブラです」
「アルバです」
「ダイトにネブラにアルバか。さっきも言ったが、俺はティーク。あらためて、よろしく頼む」
「「「はい!よろしくお願いします!」」」
「それで……」
自己紹介が済んだところで、ハルクに目を向ける。
「こういう時の対応はお前さんたちの役どころだと思うのだがな?」
現時点でのダイトたちは、ハルクたちの下で鏡追いの何たるかを学んでいる最中なのだろう。何から何までを手取り足取りでやれ、とまでは言わぬが、混乱している状況で助け船のひとつも出さないというのは、さすがにどうだろうか、という話にもなるわけで。
「いや、俺はそういうのは苦手でよ……」
「「同じく……」」
やれやれ……
あまりにもありきたりで、面白みに欠ける理由。そのあたりも含めて鏡追いとしての技量だと俺は思うのだが。
ま、いいけどよ……
所詮は他人だ。俺の勝手な考えを押し付けるのもやめておくが。
「とりあえず、貸しひとつだ。ひとり1回、飯を奢れ。それで帳消しにしてやる」
「……ったく、ダンナには敵わねぇな」
「うへぇ……俺もですか」
「恨みますよ……ハルクさん……」
「いい教訓になっただろう?これに懲りたら、そのあたりも覚えることだな。出来て困ることでもあるまいよ」
俺としては、3度の飯代が浮いたのは儲けものでもあるのだが。
「それはそうと……お前さんたちは、もう食い終わったのだろう?」
テーブルの上に皿は無く、あたりにはほのかに料理の残り香が漂っている。つまりは、そういうことだろう。
「ああ。一息入れたらダンナのところに行くつもりだったんだが」
「その、先にティークさんに挨拶した方がいいんじゃないかって言ったんですけど……」
申し訳なさそうにそう言うのはアルバ。ダイトとネブラも同意するように頷く。
「ハルクが言ったのだろう?そういうことを気にするような奴ではない、とでも」
「はい」
それは事実だ。俺自身、礼儀だの何だので面倒な思いをするのは好きではない。もちろんのこと、必要とあらばそういったこともやれるが。
それはそうと……
「そこまで畏まられる理由というのが思い当たらないのだが、よかったら教えてはもらえまいか?もちろん、差し障りがあるのなら、無理にとも言わぬが」
鏡追いとしての先輩。その点では、俺もハルクもミッシュもコーナスも変わらない。にもかかわらず、俺に対してはやけに堅苦しい。
「……俺達、アンス村の出なんです」
「アンス村……。聞いた名前だな」
ダイトが出したのは覚えがある地名。
記憶をたどってみる。あれは……8年ばかり前だったか?確か……領地目当ての小競り合いに傭兵として首を突っ込もうとして……道中でいろいろあって結局間に合わなかったのだったか。それで……
「アンス村が野盗に襲われたことがあって……」
「……思い出した」
略奪の現場に出くわしたのだったか。敗残兵が相手の領地に逃げ込んで野盗落ちするというのも、よくある話ではあるが。
俺はそういうクズ共が個人的に大嫌いだったから、残さず処理した。
「俺たちはあの時、怖くて怯えることしかできなかったんだけど……」
無理はない。8年前なら、ダイトたちは多分10歳前後。真っ当に暮らしている子供にしてみたら、あんなクズ共でさえ、脅威以外の何物でもなかったことだろう。
「あの時、犠牲が出なかったのはティークさんのおかげだって、父さんたちから聞かされて……」
「俺達もそんな男になりたくて……」
「それで、鏡追いになった、と?」
「「「はい!」」」
「それはまた……」
なんとも罪悪感をつつかれる話だった。
野盗の類を除いた場合、最も死神に好かれる稼業が何かと言えば、その答えが鏡追いだ。死亡率は領主の私兵や専業の傭兵すら上回る。
身ひとつ、ロクに後ろ盾も無い中で、荒事を飯のタネにし、その内容も多岐に渡っているのだから。
にもかかわらず、鏡追いになる人間が後を絶たないのは、常に一定の需要があり、条件が極めて緩いからだ。
何がどうなろうと――己の生き死にさえも自己責任。
鏡追いに求められるのは、その覚悟だけ。
だから、鏡追いになるのは、食っていくための手段を選ぶ余裕すら無い者か、酔狂な輩くらい、というのが世間一般の常識だ。
それでも、100年ばかり前に比べたら相当マシになっているわけだが。
両親の許可云々とはハルクが言っていたが、よほどの熱意に親が折れたのか、あるいは……
なんにせよ、俺が思うのは――
「長生きしろよ」
そんな、ありきたりなこと。
生きてさえいれば――なんてのは、綺麗事だと俺は思っている。仮に生き延びたとして、その際に両の腕を失っていたら?鏡追いは廃業確定で、その後は満足に生きていけるかも怪しい。そんな連中も実際に何度か目にする機会はあった。
もちろんのこと、死ねばそれで終わりというのも、揺らぐことのない事実。
アイツがそうだったように。
「長生き、ですか?」
「ああ」
自分が五体満足で切り抜けることを最優先に考える。結果、依頼主を裏切り、鏡追いとしての信用を失くしたのなら、その時は足を洗えばいい。
少なくとも――他者に対しては――俺は理性ではそう考えている。そして――
自分の全て、生き死にを賭してでも通したい意地があるのなら、それはそれで死力を尽くせばいいだけのこと。力が及ばなかったのなら、その時はその時だ。
理性が何を言おうと、心が言うことを聞かない。というのも、よくある話だ。
まあ、駆け出しに話すにはいささか重すぎもするだろうから口には出すまいが。
「死んじまったら……旨い酒は飲めないからな」
そう締めくくる。それもまた、俺の中ではひとつの柱。
パチ、パチ、パチ、パチ。
いきなりに聞こえて来たのは、適当な拍手。
「なるほど、ご立派なお考えだ。さすがは高名な鏡追いですね」
そして、言葉遣いだけは丁寧でありながら、口調には侮蔑の色がたっぷりと乗せられた、慇懃無礼を絵に描いたような声だった。




