自業自得ではあるのだろうが……勘弁してくれと言いたい
あの世で夕焼けを見ているであろうアイツが今頃ここに居たのなら、どんな突拍子もないことを考えているのだろうかな。
黄昏の色に染まる世の中を眺めながらにそんなことを思う。俺の思考を置き去りにすることの常習犯だったケイトの頭の中なぞ、正確に予測することが出来るとは到底思えないが、考えるだけならばロハ。
退屈でありながらも気を抜くわけにも行かぬ見張り番の暇つぶしとしては悪くない。
魔物化した動物って、食べたら美味しいんでしょうかね?今度試してみませんか?あと、あの角や牙って、何かの材料に使えたりしませんかね?100シィラ超えの角を持っている奴を仕留めて、ソレで杖を作ったりとか、おもしろそうです。
この村のお酒、美味しいですよね。せっかくですし、この村に移住……というか、ふたりで酒場でも開きませんか?大丈夫、私が看板娘なんですよ?流行ること間違いなしです。酒場をやるのなら、私たちが呑む分はいくらでも抜き取れますし。我ながらいい考えです。
ケイコさんの故郷って、どんなところなんでしょうかね?全く違う言葉が使われている未知の土地。興味ありますし、行ってみたいです。あ、でも……故郷ではよくない扱いを受けていたフシもあるんでしたっけ……。あんないい子を傷付けるなんて万死に値しますよね?そいつらのこと、ギッタギタにしてやりません?
軽く考えて浮かぶのはそんなところ。アイツは……博識さと好奇心が妙な割合で同居した女で、特に顕著なのが酒と食い物に関してだった。ウサギ鍋ならぬバケモノウサギ鍋、なんてのを嬉々としてやる姿が容易に想像出来る。
それに、「気立ての良い可愛い娘は幸せになるのが義務なんですよ。私とか私とか、あと私とか。そう思いますよね?違いませんよね?違うわけないですよね?というか、違うとかほざきやがったら殴りますけど」なぞと抜かしていたことも多々あった。
後半部分はさて置くとしても、きっとケイコお嬢ちゃんを気に入ったことだろう。
そして、気に入った相手を苦しめる連中に対しては見事なまでに容赦なかった。ロクでもない方向にあの手この手を駆使して報いを受けさせるなんてことも、一度や二度では無かった。
まあ、そのほとんどに加担していた奴がひとり、この場にいるのだが。
アイツの思考にしてはマトモに過ぎるとは思わぬでもないが……結局は俺の勝手な印象でしかない。所詮は、俺の記憶を頼りに生まれた想像のケイト。出鱈目っぷりでも、滅茶苦茶具合でも、魅力でも、本物とは比べるべくもないことだろう。
っと、そうこうする内に飯の時間か。
気配探りがふたつ。拾い上げた。候補としては、ケイコお嬢ちゃん、女将、坊主の中からふたりといったところだろうかな。
お嬢ちゃんと坊主だと予想してみるが、はてさて……
「待たせたね。夕食を持って来たよ」
「ティーク、ワールト」
半分は当たりで半分は外れといったところか。
やって来たのは、ケイコお嬢ちゃんと女将。女将が持つ盆の上には、ジャガイモニンジンタマネギの煮物らしきものが山と盛られた皿があり、空きっ腹に響いてくる。
お嬢ちゃんはと言えば肩から水筒をぶら下げていた。
それらが俺の晩飯ということ、なのだろうが……
ひとりでも楽に持てる量ではなかろうか。
「さ、食べとくれ」
「ああ。いただこう」
まあ、そんな疑問はどうでもいいだろう。さっそく煮物をスプーンですくって頬張る。俺の好みは硬めだが、程よい柔らかさに仕上げられたそれも美味かった。野菜3種それぞれの歯応えが心地よく、薄めの味付けが野菜そのものの美味さを押し出してくる。
あるいはこれらも、件の湧き水で育てた野菜なのかもしれぬな。
「ところでさ……」
「うん?」
そんなことを思いつつ晩飯を堪能していると、女将が何やら話しかけてくる。
「最初はあたしひとりで来るつもりだったのよ。ケイコちゃんには留守番してもらってさ。ひとりで持てない量でもないからね」
それは俺も考えたばかりだが、何やら理由でもあるらしいな。
さらにひと頬張りしつつ、続きに耳を傾ける。
「だからさ、ケイコちゃんには待ってるようにって伝えたのよ」
「ああ」
それくらいは身振りでもどうにかできるだろう。
「そしたらさ、ケイコちゃんが言ってきたのよ。『私、望む、行く、ティーク、触る』ってね」
「……だから連れて来たわけか」
何もおかしなところはない。水筒だけでも分担すれば、盆を運ぶのはそれだけ楽になるわけで。つまずいて食い物をぶちまけてしまう危険を少しでも減らそうという考えは、何も間違っていない。宿からここまでは大した距離でもなく、お嬢ちゃんにとってもさした手間にはならないだろうから。
それに、俺としても、お嬢ちゃんの顔を見られたのは結構なことだ。
「なるほど。納得出来た」
「いや……あたしが言いたいのはそこじゃなくてね……」
「うん?」
ならば何を言わんとしているのか……
「『私、望む、行く、ティーク、触る』ってケイコちゃんが言ったことに驚いたのよ」
「……………………ああ、なるほど」
言い回しを知らぬ部分は“触る”で間に合わせているのは、今はまだ仕方ないとは思う。
それでも――
拙いにもほどはあるが、お嬢ちゃんが意味の通る文章を口に出したことに驚いていたのか。
「いつの間にかそこまで教えていたのさ?それに、どうやって?」
「……お前さんも見ていただろうに。物の名前は指差して声にする。動作は繰り返しつつ声にする。あとは、お嬢ちゃんの反応から意味を読み取れた単語も似たようなやり方で。それを延々繰り返してきただけの事だ。大したことはやっていない」
俺としても苦労はしているが、ケイコお嬢ちゃんのそれと比べればどうということでもあるまい。
「……あんたってさ、実は有名な鏡追いなのかい?」
「……唐突だな。何故にそんなことを思う?」
「この前の岩を壊したのもそうだし、頭もいいみたいだからさ」
「……この歳まで続けているのでな。鏡追いの中でも年季だけは入っている。それだけのことだ」
“頭潰し”の悪名だけは広まっているらしいが、それをわざわざ言ってやる義理はあるはずもなし。
「そういうものなのかねぇ」
「そういうものだ……っと、今度は誰だ?」
またひとつ、村の方からやって来る気配。
「おや、リーシャさんと娘さんもここにいましたか」
やって来たのは村長。この時にということは――
「ターロの繋ぎ屋に宛てた手紙に関して何かあったのか?」
「ええ。届けに行った者が帰って来たので、返事を伝えておこうと思いまして」
「わざわざ悪いな。それで、他の鏡追いが来るのはいつごろになりそうだ?」
早ければ明日の昼過ぎには、というのが俺の予想だが。
「都合の付く鏡追いが居たようでして。ただ、他に受けている仕事が片付き次第ということで、早ければ明日。遅くても明後日になるそうです」
「まあ、それくらいは想定内か。それで、どんな連中が何人来ると?」
「まとめ役が鏡追い歴10年以上。5年以上が2人と、新人が3人の団だそうです」
「それは助かる」
朗報だった。番をするだけならば俺ひとりでも事足りるが、それでは調査に行くことも出来ず。それに、そろそろベッドで眠りたいところでもあったから。
団というところも心強い。寄せ集めよりも、日頃から行動を共にしている連中の方が事は円滑に進むだろう。
村長が言った通りの顔ぶれなら、十二分と言えるだろう。
「なら、そいつらが来たら引継ぎを済ませて、その翌日から調査を始めるとしようか」
「あたしの方も忙しくなりそうだね」
そう言って女将も頷く。この村に宿は1軒だけ。ならば、やって来る連中は全員が女将の客になることだろう。
その先に何があるのかは未知数だろうが、ようやく一歩前進といったところ。
気ままにやれるのが強みではあるのだろうが、こういう時に独り身は不便にもなる。
「ところで……雑談になるんですけど」
「うん?」
口調や雰囲気からしても、深刻な話ではなさそうだ。だから、飯を再開しつつ聞くことにする。
「ティークさんは高名な鏡追いなんだとか。“頭潰し”の名前はアネイカだけでなくコーニスにまで響き渡っているそうですが」
「……んむぐっ!?」
油断していたところに飛んで来たのは、まさかの悪名に関すること。
「ぐっ……!?んんっ!」
油断の代償は、野菜の煮物をのどに詰まらせてしまうこと。
「ティークフィト!」
「…………………ありがとうな」
慌ててお嬢ちゃんが出してくれた水を飲み干し一息。
「ダイジョウブフィト」
「ああ。大丈夫だ。悪いな、心配かけて」
お嬢ちゃんに背中をさすられつつ深呼吸。
「あの……なにかまずいことでもありましたか?」
原因――と呼ぶのが適切なのかは考える余地もあるだろうが――の村長が不安そうに聞いて来る。
多分だが、手紙を届けた村人が繋ぎ屋から俺の事を聞き、それが村長に伝わったのだろう。
まずいというか……俺個人としては望ましくないことではある。女将には見抜かれていたらしいが、俺は称えられるのは好きじゃない。
そして、過去にあれこれとやらかしたせいで俺の名が方々に知れ渡ってしまっているのも事実だった。
ま、いいけどよ……
とはいえ、クサクサしていても仕方があるまい。この村でただの鏡追いとして扱われるのは心地が良かったが、諦めも肝心というやつだ。
それに、同業者連中が来れば、俺のことを広められてしまうのも避けられなかった公算が高い。ならば、遅いか早いかの違いでしかない。
「わざわざ自分で言おうとは思わなかったが、少しは名が知れている方らしくてな。急に言われて驚いただけだ。気にしなさんな」
「……さっきは有名じゃないって言ったじゃないのさ」
女将にはそんな指摘をされてしまう。誤魔化した矢先にコレとは、間が悪すぎる。
「ならば逆に聞くがな。俺が『俺は世界中に名が知られた鏡追いなんだぞ』なんてことをこの村に来た日に言っていたら、お前さんはどう反応していた?呆れ顔を見せていたのではないか?」
「それはそうだけどさ……」
「つまりはそういうことだ。俺は有名だ、なんてことを自分で言う奴は、大概ロクなものではないということ、わからぬお前さんでもあるまい?」
「……たしかにね」
「まあ、そんなわけでな……」
村長に目を向ける。
「明日やって来る連中が俺の事をどんな風に言うのかはわからぬが、あまり畏まられるのも俺は好きではないのでな。鏡追いをやっているだけの男として扱ってもらえる方が、俺としてはありがたい」
やれやれ……
晩飯を食い終わり、お嬢ちゃんと女将に村長が帰っていくなり、俺は大きくため息を吐き出していた。
まったく、世の中というやつはどこまでもままならぬものだ。
アイツとの約を違えること無しに死にたかったから。それだけの理由から、死神が好みそうな仕事――領地争いで圧倒的に不利な方に加担すること等――を好んで引き受けるということを40年近くも続けて来た。
そして、その全てで俺は役目を果たし――不本意ながら――生き延びてきてしまった。
結果としてどうなったのか?
修羅場を潜り抜けるたび、その経験が糧となり、俺の腕を上げ続けやがった。
窮状をひっくり返すそのたびに、俺の名が知れ渡ってしまった。
恥ずかしいから自分では絶対に口に出すつもりもなければ、過大評価にもほどがあるとは思っているが、当代最強にして常勝不敗の鏡追い“頭潰し”。なんて風に考えている連中がかなりの数になってしまったのだから、目も当てられぬ。
自業自得ではあるのだろうが……勘弁してくれと言いたい。
同じ名が売れるにしても、命と引き換えに何かしらかを成し遂げ、死後に語り継がれるのであればまだ良かったものを。
ま、いいけどよ……
その件に関しては、半分以上諦めてもいる。どうせ、老い先もそう長くない身の上だ。最悪でも、遠くない内に寿命という奴が俺をアイツのところへ連れて行ってくれることだろうから。
それよりも、目の前の事。明日以降の事を考えるとしようか。
まずは、大まかに事情を説明することだが……これは村長にしたのと同じ説明でもよかろうな。お嬢ちゃんに関しても、野盗共のせいにしてしまえばいい。謎言語を使う土地について知っている奴が居たのなら、それはそれで結構なことだ。
そして――
もしもの話だが、お嬢ちゃんに妙なことをするようならば……その時は一切の容赦をするつもりは無い。
あとは、バケモノ化した動物の死体も見せておいた方がいいだろう。実際に相手をするのがどんな生き物なのかは、事前に知っていた方がいい。
一人前が3人と駆け出しが3人とのことらしいが、それならば番は3交代でやるのがちょうど良さそうか。細かいところは実際に顔を合わせてから詰めればいいだろう。
こんなところだろうかな。
あくびをひとつ。晩飯を済ませてしばらくといったところ。寝るには少し早い時間ではあるのだろうが、他にやることもない。
ならば、このまま寝てしまうとするかな。
目を閉じて全身を弛緩させる。そうすれば、すぐに意識は落ちていった。




