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アイツとの思い出は誰にも触れさせたくないから

「そ、そんなことよりも!岩を砕くところを見せてくれるんだよね!?」


 一瞬だけ流れた気まずい雰囲気を吹き飛ばそうとするように、ことさらに大きな声をあげる坊主。


「鏡追いたるもの、約束は守るべきだと思うんだぜ」

「……たしかにな」


 そして、ありきたりな一般論的なことを続けて来る。まあ、さして間違ってはいないことだろう。


 鏡追いに限ったことでもなかろうが、生者相手の約束を破るという行為が結果的に不利益を連れて来るというのはよくある話だ。


 ここからは俺の勝手な印象であり余談になるが、死者相手の約束というのはそれ以上に重い。なにせ、40年以上もその約束に縛られ続けて来た身の上なのだから。


 そのあたりはさて置くとしても、俺としては拒む理由も無い。


「なら、さっそく見せるとしよう」


 腰を上げて背中の得物を抜く。


「……あれ?」

「どうした?」


 それを見ていた坊主があげたのは、不思議そうな声。


「なんか……ダンナの得物って短くないか?」


 ああ、そういうことか。


 言わんとすることは理解出来た。俺の得物はおよそ80シィラ。もちろんのこと、理由あっての選択ではあるのだが、これはかなり短い部類に入る。


 他の鏡追いが使う鉄杖も長さはまちまちだが、これまでに見てきた中では、120シィラから160シィラを使う連中が多かったように思える。中には、200シィラ超えの鉄杖を振り回す奴も居た。


 多分だが、過去に坊主が出会った鏡追いの得物もそんなところだったのだろう。


「得物の長さはひとそれぞれなのでな」


 無論、長いことに利点と欠点があれば、短いことにも長所短所はあり、中程度であってもそれは同じことだ。


 ならば、自分の体格や立ち回りに合ったものを使うのが最善。


 もっとも、俺の場合は故郷を飛び出した時に持ち出したものがこの長さであり、ずっとそれを使ってきたからという事情なのだが。


 そういえば……


 ふと思ったこと。


 前にお嬢ちゃんに俺の得物を持たせた際、あの細腕でも扱えていたのはこの短さも理由なのかもしれぬな。


 そして、知っている型をなぞるように振るっていた。ならば、坊主の場合はどうなる?


「せっかくだ。坊主、お前さんも持ってみるか?」


 だから、そんなことを問いかけてみる。


「いいの!?」

「ああ。もっとも、俺やお嬢ちゃんに向けるようならすぐに取り上げるがな。村の物を壊そうとしても同じだ。叩きつけるなら、お前さんが運んで来た岩にしておくのだな」

「うん!やるやる!やらせてよ!」

「……自分が怪我しないようにも気を付けるようにな」


 見ていて不安になるようなはしゃぎっぷりに釘を刺しつつ、鉄杖を手渡す。


「あれ?思ってたよりも短くないような……。それに、使いやすい!」

「お前さんくらいの体格なら、それくらいがちょうどいいのかもしれぬな。それよりも、岩に向けて振るってみるといい」

「うん!……えいっ!……そりゃっ!……うりゃあっ!」


 ギンッ!ギンッ!ギンッ!


 ふむ。お嬢ちゃんのソレとは違うな。


 ただただ闇雲に振り回しているようにしか見えない。やはり、お嬢ちゃんの方が普通ではないということか?


「……ティーク」

「うん?どうした?」


 そんなことを考えていると、クイクイとお嬢ちゃんが袖を引いてくる。


「ワたし、ノぞむ」


 そう言って指差すのは、大はしゃぎで鉄杖を振り回す坊主。向ける視線にあるのは、羨望の色。


 そういえば、お嬢ちゃんもああいうのは好きらしかったな。


「坊主の番が終わったらな」

「ハい!」


 頷いて見せれば意図は伝わったらしく、笑顔で返事を返してくる。


「はぁ……はぁ……。ありがとう……なんだぜ、ダンナ」

「どういたしましてだ。……ほら、お嬢ちゃんもやって来るといい」

「ハい!アリガトウ!」


 待つことしばらく。満足したらしい坊主が返してきた鉄杖を手渡してやれば、お嬢ちゃんも嬉しそうに受け取り、嬉々として岩を叩き出す。


 これはこれで何とも違和感のある光景だが……


 どちらかといえば小柄で線も細いお嬢ちゃん。それが楽しそうに破壊行為に精を出すというのは、なんとも奇妙に見えてしまう。


「……ケイコもああいうのが好きなのか?なんか、意外かも」

「ああ。人は見かけによらない、というやつだろうかな」


 そして、坊主が抱いた感想も、俺や女将のそれと同じだったらしい。


「ティーク、アリガトウ」


 程なくして、満足したらしいお嬢ちゃんも鉄杖を返して来る。


「さて、と。次は俺の番か」


 坊主とお嬢ちゃんが叩き続けた岩は、表面が薄く割れた程度でほぼ原形のまま。


「今からアレを砕いて見せるぞ。坊主。お嬢ちゃんと一緒に少し下がっていてくれ」

「お、おう。下がるぞ、ケイコ」

「ハい」


 ふたりが離れたのを確認し、持つ場所を端に変える。


 この芸当。傍目(はため)には、踏み込みながらの突きにしか見えぬことだろう。締めの部分にあるちょっとした工夫も含めて、おおまかには見た目通りの動き以外はやっていないのだから。


 そんな行為で、老人の細腕が繰り出した一撃に岩を貫けるだけの威力を与えている要因。


 肝。あるいは要に相当するもの。そのひとつは――力の流れとでも呼ぶべきもの。


 踏み込みから生まれた力を得物の先端まで、無駄なく、淀みなく、歪みなく、遅滞なく伝える。それだけで威力は跳ね上がり、手首に返って来る反動も激減する。


 言い換えるなら、力の流れがおかしなことになっていれば、その反動は容赦(ようしゃ)なく手首に返って来る。


 事実、あれやこれやと試行錯誤を重ねていた頃には、そのせいで数日程、マトモに右手を使えなくなったこともあった。


 その間は日常のなんやかんやまでもをアイツの世話になり、その礼にと装飾品のひとつも贈ってやろうと儲かりそうな仕事を引き受け、死にかけたところをアイツに救われた。なんてこともあったわけだが、それは余談と言うやつだろう。


「よっ!」


 一昨日と同じように、岩目掛けて突きを放ち、命中と同時に小細工をひとつ。


 カツンッ!


 軽い音と薄い手応え。鉄杖は岩を貫き、瞬く間に亀裂が広がる。そして、岩は真っ二つに割れていた。


「っと、こんなところだが」


 そう言って振り返れば、お嬢ちゃんと坊主はふたり揃って唖然(あぜん)としていた。


 坊主はともかく、お嬢ちゃんはすでに見ているはずなのだが……。いや、あの時はそれどころでもなかったのか……


「すごい……。すごいよ!」


 そんなことを考えていると、先に正気付いた坊主が興奮した面持ちで駆け寄って来る。


 ま、こうなるのだろうがな……


 諦めてはいたが、やはり予想通りの反応がやって来る。こうやって持ち上げられるのは好きではない。見せなければよかったのか、なんてことまで考えてしまう。


「ティーク……。ウース……」


 救いと言えるのは、お嬢ちゃんは静かな反応で留めてくれているということか。


「ねぇ!いったいなにをどうやったの!?どうやったらあんなことができるの!?」


 やれやれ……


 内心でため息。どうやら、坊主の好奇心に火を着けてしまったらしい。


 さて、どうしたものか……。邪険に追い払うのは気が引ける。さりとて、全てを話す気にはなれそうもない。


 別に手の内を明かすのが嫌だというわけではない。恩を仇で返してこようとも、俺が望む最期を与えてくれるのならばむしろ望むところ。そんな考えで、長年のうちに身に着けた知識や技術を同業者に教えたことは、数えるのも馬鹿らしいほどにある。それでも――


 この芸当に関してだけは、誰にも、わずかばかりさえも、話したことは無かった。


 アイツとの思い出は誰にも触れさせたくないから。そんな、女々しい理由からだ。この坊主を例外とする気にもなれそうにない。


「悪いが、そいつは教えてやれぬな。鏡追いたるもの、手の内全てを明かしたりは……うん?」


 とりあえずは、もっともらしいことを言って、などと考えていたがその必要は無くなったらしい。


 不意に、気配探りに引っかかるものがあった。村の方からではなく、山の方からやって来るものが。


「坊主。今すぐお嬢ちゃんを連れて宿に行け」

「え……なんで?」

「また連中が来やがった。お前さんたちを巻き込むわけにもいくまい」

「また……?もしかして、角の生えたウサギみたいな奴が!?」

「そういうことだ。頼めるか?」

「お、おう。任せてくれよ」

「ということなのでな……ケイコ」


 お嬢ちゃんの方に向き直る。


「俺……もとい、私、望む、ケイコ、戻る、リーシャ、触る」

「ハい」


 雰囲気を察したのか、お嬢ちゃんもすんなりと頷いてくれる。


「さて……」


 ふたりの姿が見えなくなってすぐにやって来たのは、ウサギモドキが2匹。


 招かれざる客と言うやつだが、今だけは感謝もしておいてやろうか。


 そんな益体も無いことを考えつつ得物を握る。始末するのにかかったのは10秒ばかり。その程度の手間暇は坊主への対処を有耶無耶(うやむや)にできる代償としてならば、破格と言えるようなものだった。

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