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せめて飯を食い終えてからにするべきだったか……

 さて、そろそろだと思うのだが。


 朝飯を平らげてからも見張りを続けること数時間。餌を寄越せと、腹の虫が活動を始める頃合い。


 鏡追いなんて稼業をやっていれば、満足に飯を食えないというのは多々ある話。俺にしても、最長だと……3日程度は雨水だけで凌いだこともあり、慣れというものもあることだろう。


 それでも、空腹というやつが気分のいいものではあるわけもなし。かといって、自前の保存食糧に手を付けるのはもったいない。付け加えるのなら、美味いとも思えない以上、そんなもので腹を膨らませるのは気が進みもしない。ただでさえ、美味そうに食べるお嬢ちゃんを見ながらに慣れてしまった手前、ひとりでの飯を味気なく感じるというのに。


 っと、噂をすればというやつか?


 そんなくだらないことを考えていると、気配探りに引っかかるものがあった。


 ここは村のはずれであり、村内のどこかに行くのに通りかかるということはまずないであろう場所。であるのなら、俺の昼飯を運んで来たと考えていいだろう。


 できるのならば、食堂で熱々を口にしたいところだが、見張りに穴を空けるわけにもいくまい。


 事実、夜中に比べたら頻度は下がっているようだが、陽が昇ってからも襲撃はあったのだから。少し前にやって来た野犬モドキの撲殺死体がひとつ、柵の外に放り投げてある。


 数は……ひとり。女将とお嬢ちゃんのどちらか、だろうか。できればお嬢ちゃんの方が……って、本気で重症だな。


 無意識にそんなことを考えてしまう自分には呆れるが、今は無視しておく。


「ティーク!」


 そして聞こえたのは涼やかな声。俺が望んだ方の待ち人が来てくれたらしい。


「ありがとうな」


 大事そうに両の手で盆を抱えて、ゆっくりと歩いてくる。ほのかに香るのは……ミルク。昼の主役はシチューだろうか。


「いただくとしようか」


 テーブル代わりに組んだ両脚に盆を乗せ、木製のスプーンを手に取る。魚の干物やパンもあるが、真っ先に手を付けるのはシチューにする。


 好きなものを先にするか後にするか、なんてこだわりは持ち合わせが無い俺は、普段ならばその時の気分で順番を変える。


 だが、冷めかけたシチューと冷め切ったシチュー。どちらがいいかとなれば、迷わずに前者を選ぶのは道理というものだろう。


 そういえば……


 柵に寄りかかって座るお嬢ちゃんに目を向ける。俺ではなく山道の方を眺めているのは、飯を食うところを見られるのは落ち着かないだろうとの考慮からなのだろう。女将の性格を考えたら、お嬢ちゃん自身の昼飯はすでに済ませていると考えるのが妥当。と、そこまではいいのだが……


 いつも通り、か……


 その佇まいは、昨日までと何ひとつも変わらない。思えば、ここに来た時も足音は特に響くこともなく、足の運びにも妙な部分は見受けられなかった。


 今朝のアレを考えたら、体重が跳ね上がっていそうなものではあるのだが。“魔法”だから、ということなのだろうかな。むしろ、今朝のアレが夢か幻だった、なんて線もあるのか?


「なあ、ケイコ」

「クゥレフィト」


 だから、声をかけたのは、そんな疑問に駆られての事


「蛇、触る、オゥグ」


 少しは謎言語も理解出来るようになってきたということなのだろう。俺が望むことを伝えるのはどうすればいいのかは、案外すんなりと出て来た。


「クゥレフィト……ハい!」


 それはお嬢ちゃんも似たようなものだったらしい。少し首を傾げると、すぐに得心したような返事を返してくれる。


 そして――


 俺は後悔した。ああ、それはもう心の底から。


 ったく、少し考えれば容易に気付けることだったろうに……


 お嬢ちゃんは俺の望みに対して、見事に応えてくれた。おかげで、今朝のアレが紛れもない現実だという認識が出来た。問題なのは、


 せめて飯を食い終えてからにするべきだったか……


 その光景が食欲を削るようなものだったということだ。


 ま、仕方あるまいな。自業自得と言うやつか。


 ため息をひとつ。シチューに浮かぶ好物のニンジンをかじってみても、気分は上を向かない。味気の無さ云々とは別の意味で、残りの飯は味が落ちたような気がした。




「おーい!ダンナ~!」


 干物を腹に詰めこみ、皿に残っていたシチューを拭い取ったパンも腹に入れ、お嬢ちゃんが水筒から入れてくれた水を飲み干す頃、この村に来てからはすっかり聞きなれた声がやって来る。


「キード!」


 お嬢ちゃんが嬉しそうに名を呼ぶ。


「おう。お嬢ちゃんも相変わらず元気そうだな」


 ったく、何を生意気なことを言っているのやら……


 内心でため息をひとつ。まあ、こんな時でも背伸びを忘れないあたりは立派なのかもしれぬが。


「で、お前さん。何の用だ?」


 村の構造を考えたら、わざわざこんな場所に来る理由は無い。であれば、俺かお嬢ちゃんのどちらかに用があったとしか考えようはない。


「ああ。さっき父ちゃん……じゃない、親父から聞いたんだがよ、一昨日、落石で湧き水のあるほら穴が塞がれただろ?」

「ああ」


 そんなことはすでに周知の事実というやつだろう。


「それで、ダンナがその岩を砕いたんだよな?」

「ああ」


 これもとっくに知られていること……ああ、そういえば。


 ほら穴から出て来た時のことを思い出す。あの時、坊主の姿は見当たらなかった。この坊主の性格を考えれば、あんな光景を見たら大はしゃぎしそうなところ。


 それで、今更にその話を聞いてやって来た、ということか。


 ならば、用向きというのも容易に想像がつく。


「その時のことを聞きたいのか?それとも、同じことをやって見せろとでも言うのか?」

「えっ!?なんでわかったの!?」

「……わからいでか」


 むしろ、これでわからないと思われるというのはいささか心外な話だ。馬鹿な生き方をしている自覚はあるが、そこまで頭が悪い方だとは思いたくない。


「で、お前さんの望みはどちらだ?」

「いや……あの……えっと……。できれば見せてほしいんだけど……」

「それは別に構いはしないが」


 あの芸当の詳細を聞かせろ、などと言われれば断るところだが、見せるだけならばどうということも無い。40年前のあの日以来、数えるのも馬鹿らしくなるほどに使ってきた芸当。繰り出すだけなら、今では息をするくらいに容易い。問題があるとすれば――


「何に対してやればいい?素振りでいいのか?それとも、地面にか?」


 この場には適当な対象が無いということ。まさか村を守る柵を壊すわけにもいくまい。であれば、何もない宙に素振りでやるか、地面に突き刺すくらいのものだ。


 まあ、勢いよく地面に突き立てるだけでも普通の突きでは無理なのだろうが、それだと恐ろしく地味な話になる。


「えぇ……」


 そう問いかけてやれば、不満そうな顔。予想通りと言うべきか、坊主としては、派手に岩を砕いたという芸当を見たいのだろう。


 場所を変えれば適当なモノはあるのかもしれんが、俺はこの場を離れるわけにもいかないわけで。


「今回の件が落ち着いたら見せてやるさ。だから、それまで我慢してはもらえないか?」


 子供相手だからと、適当な誤魔化しは気乗りしない。だから、持ちかけるのは、精一杯に誠実な譲歩。


「……あ!そうだ!ちょっと待っててよ!」


 なのだが、坊主は何かを思い付いたように行ってしまう。


「ティーク。キード ミスティフィト」

「さてな……」


 不思議そうに聞いて来るお嬢ちゃん。言わんとすることは何となくわかる気がしたが、どう返すべきなのか、俺にはわからなかった。


 ま、いいけどよ……


 とりあえず、坊主の件はさて置く。あれこれ考えてもどうなるというものでもあるまい。


 それよりも、せっかくの時間だ。進められるうちに、少しでもアネイカ言語指導を進めるとしようか。


「ケイコ。オゥグ」


 教えるのは、さっきも使った単語にする。


「オゥグ。望む。オゥグ。望む。オゥグ。望む」

「……クゥレ!オゥグ。ノぞむ」


 さすがに何度も繰り返してきただけのことはあり、お嬢ちゃんもすぐに理解してくれる。


「ティーク」

「うん?」

「イクス ノぞむ キード モどる」

「そうだな」


 さっそく使ってきた応用には、俺も全くの同感だった。何をやろうとしているのかはともかく、戻るならさっさと戻って来てくれと言いたいところ。


 それはそうと……


 もうひとつ、教えられそうなことがある。これまでにも何度も聞いたということは使用頻度の高い単語であり、それと今の状況を合わせれば“イクス”も絞り切れる。


 自分のことを示しているのだろうな。俺の場合は“俺”に相当するわけだ。お嬢ちゃんならば……“私”あたりが妥当か。


「イクス。私。イクス。私。イクス。私」

「……イクス。ワたし!」


 嬉しそうに頷き、


「ワたし、ノぞむ、キード、モどる」


 そう、言い直す。発音は怪しい上に言い回しもぎこちないが、十分に意味は通るだろう。


 この村に連れて来た時はどうなるものかとも思ったが、案外何とかなるものだな。


「うん?」

「お~い……。ダンナぁ……」


 そんな、ささやかな達成感に浸っていると、気配探りに引っかかるものがあった。続けて、へばりきったような、なんとも情けない声が聞こえて来る。さらに、地面から伝わって来る微かな揺れも。


「……坊主」

「キードフィト」


 お嬢ちゃんが不思議そうに首を傾げる。


 やって来たのはキードの坊主だが、運んできたものがおかしかった。


 大きさで言えば――坊主の腰辺りまであるだろうか。大まかな形は球体をやや細長くしたようなもの。色合いは黒ずんだ茶といったところ。表面は、ゴツゴツというかデコボコというか。


 坊主がひとりで持てるようなシロモノではなく、必死に転がして運んで来たもの。


 簡単に言ってしまうなら、ソレは岩だった。


「……キード、イシュ」

「あ、ありがとう」


 息も絶え絶え。そんな言い回しが似合いそうな有様を見て、お嬢ちゃんが水筒から注いだ水を渡すと、一気に飲み干す。


「へへ、ありがとうな、お嬢ちゃん。気が利くじゃねぇか。将来はいい嫁になれるぜ」


 そうしてひと心地着くなり、例の鏡追い気取りに戻る当たり、この坊主は中々に大したタマだ。


 ま、いいけどよ……


 それはそうと、坊主のやりたいことは理解出来た。


「それで、ダンナ」

「みなまで言うな。コイツを、お前さんの前で砕いて見せればいいのだろう?だが……」


 これだけの岩をひとりで運んで来た。その根性には恐れ入るところ。自分のワガママのために他者を巻き込もうとしなかった点も認めよう。なるほど、中々に大した坊主ではないか。


 それでも、言っておくべきことはある。


 多分だが、この岩の出所は、一昨日に俺が砕いた残りだ。どこかに運ぶのも骨が折れることだろうし、邪魔にならないようにほら穴の脇にでも置いてあったとも予想できる。


「もう少し小さな岩もあったのではないか?」


 そう。俺の記憶では、あの場にあった破片は大小様々があったはずだ。それこそ、坊主でも抱えられる程度のモノだって。それなら、荷車にでも乗せることも出来たことだろう。


 そんな大きさのモノでも――普通ならばという(ただ)し書きは付くだろうが――杖のひと突きで壊れるはずはなく、坊主の好奇心を満たすには十二分だったのではなかろうかとも思うわけで。


 当然、ここに運んで来る労力は相当に抑えられたことだろう。


「……あ」


 指摘されるまで気が付かなかったのか、坊主がポカンと口を開けて見せた顔からは、“間”というものが抜けている様子だった。

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