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結局は、俺が甘いだけなのだろうが……

「女将!その時の状況を説明してくれ!」


 あえて大声を出したのは、余計な混乱を感染させないため。俺の勝手な印象だが、広がった場合の厄介さという点では、混乱というやつは臆病風を上回る。


「え……ああ……」

「何も言わずにお嬢ちゃんが消えたのか?宿の中に姿は無かった。花摘みに行ったわけでもないらしい。これで合っているか?」

「そ、そうだけど……」


 思考に先回りし、肯定否定の二択で済むような問いかけを選ぶ。


 ったく……なんだって悪い予想に限ってよく当たりやがるのか……


 俺が思い浮かべた最悪。それは見事に当たっていた。ならば……


「村長サン。今から山の中を探してくる」


 俺がやるべきことは決まった。


「今から!?それは……」

「危険は承知している。だが、そんな中に子供がひとりで入り込んだかもしれぬとあっては、捨ておくわけにも行くまい。それよりも、念のためだ。村の中を探してもらえるか?そのあたりに居るのなら、それに越したこともない。それと……誰かひとりくらいは見張りを付けた方がいい」

「わ、わかったよ」


 目の前のことはこれでいい。あとは、先の事か。


 銭袋からひと握りのジットを出してテーブルに置く。明らかに過剰ではあるだろうが、細かい勘定はしている時間も惜しい。


「もしもの話だが……俺が戻らなかったら、明日の朝イチでターロにひとをやって繋ぎ屋にありのままを伝えてくれ。先立つものは渡しておく」


 自分で言うのもどうかとは思うが……一応俺は鏡追いとしては名が知れている方、らしい。ソレが戻らないとなれば、向こうでもなにかしらの対応はしてくれるだろう。


「それから……山に入るなら、覚悟の上で、ということにしてくれ。たとえ、陽が昇ったあとでも」

「わかりました」


 今伝えるべきはこれくらいか。抜け落ちは……無いな。


「なら、早速行ってくる。後は頼んだぞ」




 頼むから無事でいろよ、ケイコ!


 ともすれば、際限無しに膨れ上がりそうな焦りを抑え込みながらで山道を走る。気配探りも行ってはいるが、今のところは何も拾うことが出来ず、さらに不安が増していく。


 駆けつけてみたら下半身が千切れていました、などとは勘弁してくれよ。頼むから。


 灯りを持たずに来たのは失敗だった。一刻が惜しかったのも事実だろうが、俺自身もそれほどに泡を喰っていたということなのだろうか。どの道、今から取りに引き返す余裕はあるわけもなし。


 麓から山頂に通じているのは、道なき道とでも呼ぶべきもの。俺の気配探りにしても、可能な範囲は限られている。だから、そこから大きく外れていたのならば、早急に見つけ出すことは限りなく不可能に近づく。


 ただでさえ、ヤバい何かが居そうだというのに……


 見たところ、周囲に異常は無さそうだ。だが、それは見た目だけだろう。こうしている間にも、お嬢ちゃんに危険が迫っているかもしれない。


 お嬢ちゃんは女将に何も告げずに姿を消したとのことだが、すでにそのことがおかしい。


 一応は、山に行かないと聞き分けてくれた。


 黙って居なくなれば、俺や女将が心配するということがわからぬようなお嬢ちゃんではない。


 お嬢ちゃんは、俺や女将に恩義を感じてくれているらしいのだから。


 これらを踏まえた上で考えると、お嬢ちゃんが飛び出す理由はかなり絞られてくる。


 たとえば――蛇共に危険が迫っていると確信した、とかだ。


 蛇共がそのことを伝えに来たのなら、そんな事態は起こり得る。


 集団で村に来れば騒ぎになるだろうが、1匹2匹であれば誰にも気付かれずにお嬢ちゃんと接触するのは難しいことではない。


 だが――蛇共に迫っているという危険がお嬢ちゃんにとってはなんの脅威(きょうい)にもならない。そんな都合のいい話があるだろうか?


 俺の認識では、夜の山という状況でのお嬢ちゃんは、蛇以上に脆弱(ぜいじゃく)な存在だ。


 それこそ、ただひとつの失敗で死神に捕まりかねないと思える程度には。


「見つけた……が、こいつは……」


 周囲への警戒は気配探りだけに任せ、全速で走る。息が上がり始めた頃に、ようやく気配を捕まえることができた。だが、湧いてくる感情は安堵ではなく、むしろ危機感が加速する。


 なぜならば――


 気配がふたつあったからだ。蛇共の気配は俺にはつかめない。であれば、もうひとつはなんなのか?


 おまけに――


 ふたつの気配は移動を続けていた。位置関係としては、一方が他方に付いて行くように。あるいは――追うものと追われるもののように。


 いよいよヤバいか!?


 あと少しで追いつくかといったところで、気配の移動が止まった。まるで、追い詰められたかのように。


「ヴァズ……デア オフバ!」


 聞こえた悲鳴は、間違いなくお嬢ちゃんのもの。


 間に合え!


 得物を抜き、目の前の茂みに突っ込む。ここを抜ければ到着だ。そして――


「アクリスオゥド!ティーク!」


 お嬢ちゃんが俺を呼び、一瞬遅れてお嬢ちゃんの姿を視界にとらえる。


 そして、へたり込んだお嬢ちゃん目掛けて何かが飛んでいく様が見えた。


「やらせるか!」


 ソレを鉄杖で殴り飛ばし、お嬢ちゃんを背中にかばう。


 肝が冷えたぞ。


 背中に浮かぶ汗は、走り続けた疲れによるものだけではなかったことだろう。


「ティー……クフィト」

「あまり無茶はしてくれるなよ」


 声が震えているのは無理もないだろうが、健在で居てはくれたらしい。それはそうと……


 細かいことまで気を回す余裕もなく、殴り飛ばした何かの方もまだ動くことはできたらしい。事実、手応えも浅かったのだから。だが、


 なんだ?


 邪魔をされたからなのか、手傷を負わされたからなのかはともかく、俺に敵意を向けて来るソレは、俺が知らないもの……いや、俺が知るモノとしては異様な存在だった。


「っと!」


 今度は俺に飛び掛かって来る。ためらいの無さゆえの鋭さはあったが、真正面から対峙する分にはどうということもない。迎え撃ち、今度は確実に頭を貫き、息の根を止める。


「コイツは……?」


 得物を振るう勢いで襲撃者を叩き落として目をやれば、そこにあったのは見たことのない死骸。


 大きさはひと抱え程度。目に付く特徴は長い耳。そこだけを見ればウサギにしか見えない。ここまで好戦的なのも珍しくはあるが、山中にいておかしな生き物ではない。だが――


「角、だよな……」


 その額、真ん中からはウサギの体と同じくらいに長い角が生えていた。俺が知る限りで角がある生き物と言えば、牛に羊にヤギ、あとは鹿くらいのものだ。軽く叩いてみるが、ソレは間違いなく生えているもの。外からくっつけた風ではない。


「それだけじゃないな」


 さらに見れば、爪や歯もそこいらにいるウサギのそれよりも大きく鋭い。コイツに不意を突かれたなら、下手をすれば大怪我。最悪もあり得る。


 事実、コイツの角突きはお嬢ちゃんの顔を狙っていた。目玉にでも当たっていた日には、間違いなく助からなかっただろう。あの勢いであれば、頭蓋(ずがい)を貫いていた恐れすらあった。


 いよいよもってキナ臭くなってきた。さっきの光の柱と無関係とは考えにくいが。それに、他にもこんなのがいるのか?だとしたらユグ村も――


「……ティーク!」

「おっと!」

「テージフェク……。テージフェク……!」

 そんな思考を打ち切ったのは、お嬢ちゃんの体温。よほど怖かったのだろう。俺にしがみ付くその声は、泣きじゃくりのそれだった。


 いや、声だけではないか。


 カタカタと歯が鳴る。月灯りだけで判別は付きかねるが、顔色も青ざめたものになっているのではなかろうか?


 急に襲われたわけだ。怯えるのはわかるが……この動揺具合は……やはり、荒事慣れしてるわけではないのだろうな。


 まあ、そのあたりは予想していた範囲内か。


 怯える子供対策として定番なのは頭を撫でてやること。周りにいた6匹の蛇も文句は無いらしかった。


 なるほど、お前さんが伝令だったわけだ。


 そう。数は6。その中の1匹は、他の仔蛇共よりはわずかに長く太い。


 お嬢ちゃんの懐に潜むには少しばかり大きいが、まだ子供ということか。


 ならば、ウサギのようなモノに追われ、逃げるままだったのも分からぬ話でもないか。


「リーディ……。リーディ……ッ」


 涙声で繰り返すのは謝罪の言葉。


 叱るべきか、などとも思っていたが、その必要は無さそうか。反発は反省を妨げるらしいのだから。


 さて、これからどうするかな……


 とりあえずの目的――お嬢ちゃんの身柄は確保できた。普通に考えるのならば、どうするも何もない。このまま村に帰るべきだろう。


 もしもお嬢ちゃんが拒むのなら、引きずるなり気絶させるなりしてでも連れ帰るべきだ。だが――


 ウサギのようなモノ――面倒だからウサギモドキと呼ぶことにする――の死体を見やる。


 伝令蛇がお嬢ちゃんを呼んだ理由。それは、この1匹だけだったのだろうか?それに、他の蛇共は?


 そんな疑問が浮かんでくる。


 だとしたら――


 お嬢ちゃんの身の安全を考えるなら、戻る以外の選択肢が無いとは理解もしている。


 が、それで蛇共になにかあったとして、お嬢ちゃんはどうなるのか?


 身内同然の存在がある日突然に居なくなる、なんてのは、誰だって辛いだろう。ましてや、右も左もわからぬ状況でともなれば……


 それに正直なところ、俺は悲しむお嬢ちゃんを見たくはない。結局は、俺が甘いだけなのだろうが……


「行くフィト。戻るフィト」


 気が付けば、そんな問いかけが口に出ていた。


 少し前に教えたばかりの言葉は、早速に役立ってくれた。


 「……イく オゥド」


 少し考え、そうつぶやいてうなずくお嬢ちゃん。心根はそれなりに強いということらしい。無論、どちらを選んでも身を守るくらいはしてやるつもりでいたが。


「なら、行くぞ。俺は蛇共のことはまったくわからぬ。お嬢ちゃんの後ろを付いていく」


 背中を軽く叩いてやる。


「ハい、アリガトウ」


 お嬢ちゃんが伝令蛇に指示を出し、その後を走り出す。ウサギモドキの死体は放置でいいだろう。そうして再び山道を駆けることしばらく。少し先で何かが争っている気配を嗅ぎ取れた。気を引き締め、お嬢ちゃんに続く。たどり着いた先にあったのは――


 意外と言うべきか、あるいは予想通りと言うべきか。現実感からは程遠い光景だった。

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