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少し出かけて来る。いい子にしていてくれよ?

「行く」


 適当に数歩歩き、


「戻る」


 反転して同じだけ歩く。


 適当に数歩歩き、


「戻る」


 反転して同じだけ歩く。


 女将の作る晩飯を平らげ、ひと息入れた後で、俺は宿の裏手にある空き地でそんな動作を繰り返す。


 と言っても、別に気がふれたわけではなくて


「クゥレフィト……。ワンドフェク!」


 そんな様子を見ていたお嬢ちゃんが、得心したように手を叩く。


「イく……。モどる……」


 そう言って、俺と同じことを繰り返す。


 さて、これだけ見ても理解したのかはわからぬが……


 ただ真似ているだけとも受け取れる。


「モどる」


 そんなことを思っていると、お嬢ちゃんはそう言いながら宿の裏口に戻った(・・・)


 俺が示したことを理解し、応用までをやって見せたということか。


 頭の悪い方ではないと認識していたつもりだったが……それにしても適応が速い。まるで……これまでにも未知の言語を学んだ経験でもあるような……


「ああ。合っているぞ」

「ハい!」


 ともあれ、正解だと示してやる必要はある。だから、大きく頷いてやれば、元気な返事を返してくれる。


 今やっていたのは、簡単な動作のアネイカ言語指導応用編、とでも言うべきこと。手始めにやってみたのは、“歩く”と“行く”“戻る”の違いだが、しっかりと理解してくれたらしい。


 案外上手くいくものだな。ならば次は……“話す”あたりをいってみるか?適当な誰かが話しているところを指差してやれば――


 そんなことを考えていた矢先――


「なんだ!?」

「クゥレフィト!」


 唐突にソレは起きた。月夜に慣れた目が眩みそうになるほどの光。太陽が出ている時にも劣らぬ明るさがあたりを照らす。


 周りを見回せば、出所はユグ山の方。


「おいおい……」

「ミスティフィト……」


 俺もお嬢ちゃんも、揃って驚きの声を上げさせられていた。


 空から降りて来るような……あるいは、空に立ち昇るような、そんな光が、ユグ山全体を包むように現れていたからだ。さらによく見れば、その光は空のある高さで途切れている。


 それを表現するならば――光の柱。


 お嬢ちゃんを背中に隠し、得物に手をかけて推移を見守ることしばらく。20秒ほどが過ぎた頃だろうか?


 いきなりに現れた光は、出て来た時と同じように、前触れもなしに消え失せた。


 おとといと同じ……ではないか。聞いた話と俺が見た限りでは、おとといの光はほんの数秒で消えていた。それに、規模はずっと小さかったらしい。少なくとも、ユグ山を覆いつくすようなものではなかったはずだ。


 それに、揺れも感じない。これも聞いた話だが、あの時の揺れはこの村にまで響いていたとのこと。


 だが……


 前回の光の柱を間近で見たからこそ分かることもある。色や雰囲気――光の質とでも呼べばいいのか――はおとといのそれとよく似ていた。


 なんにせよ……警戒は必要、だろうな。


 これまでには見たこともないような状況。何が起きるのか、あるいは起こらないのか、見当すらも付かない以上、備えはしておくべくだろう。さしあたっては、村長のところに行くとしようか。


「ケイコ。悪いが、ここで中断にさせてもらうぞ。……ケイコ?」

「エーミッフ……セイル セーアフェク アティスフィト」


 声をかけるも返事は無く、隣を見れば、自問するように何やらをつぶやくお嬢ちゃんの姿。


「……ルクレオゥド!」

「…………ちょっと待った!」


 慌てて駆けだそうとする肩を掴む。何をしようというのかは予想が付いた。


 恐らくは、蛇共のところに行こうとしているのだろう。


 光の柱が現れたのが昼間に登った山だとは、お嬢ちゃんも理解しているのだろう。そして、そこには蛇共がいて、お嬢ちゃんはそいつらを大事に思っているらしいとは、俺もわかっている。


「ザフ ストードフィト!セイル ロウアー レト!」


 非難めいた口調で声を荒げるのは初めて見た。これまでに見聞きしたことからの推測になるが、お嬢ちゃんにとっての蛇共は、友人いう認識ではなく……身内あたりなのだろう。そう考えれば、抗議の声を上げるのも理解は出来る。だが――


「山 行くフィト」


 山の方を指差し、今しがたに教えたばかりの単語と、お嬢ちゃんの話しぶりから読み取った単語を組み合わせる。「山に行くのか?」とは、これで伝わるはず。


「……ハい」


 返って来たのは、肯定。わずかに間が空いたのは、どう答えるかを悩んだからだろうか。ここで嘘を吐かないあたりは褒めるところなのかもしれないが……


「駄目だ」


 それでも、俺が返すのは、横の首振りと否定。


 お嬢ちゃんがどこまで理解しているかは知らぬが、夜の山というのは、あまりにも危険が過ぎる。


 ただでさえ視界が悪い上に、方向すらも分かりづらくなり、容易く道を外れてしまう。その結果として待っているのは、遭難(そうなん)だ。


 そうなってしまえば――当てもなく彷徨(さまよ)った挙句(あげく)に足を踏み外しての転落死か、得体のしれない木の実やキノコを口に入れての中毒死か、水場に下りようと足を滑らせての溺死か、あるいは飢死渇死か。どう転ぶにせよ、ロクな結末は待っていないだろう。


 事実、(ちまた)では腕利きと言われている鏡追いが遭難の挙句に死んだという話だって、一度や二度では無しに耳にしてきた。


 お嬢ちゃんがそんな状況になったとして、無事で済むとは万にひとつも思えない。


 ましてや、あの光の柱が何をもたらすのか、見当すらも付かないと来ている。


 ゆえに、却下以外はあり得ない。


「デュア……イくオゥグ……」


 本気で蛇共を案じているのだろう。真剣な目に(ほだ)されそうになる。


「……陽が、昇ったら、俺が、連中の、様子を、見て、来る。頼む。今は、自重してくれ」


 だから、俺が示すのは最大限の譲歩。無論、言葉は通じない。


「……ハい」


 それでも、お嬢ちゃんは聞き分けてくれた。


「ティーク、リーディ」


 そして、頭を下げて来る。多分だが、俺を困らせたことに対する()びなのだろう。


 子供のくせに気を回し過ぎだろう。


「少し出かけて来る。いい子にしていてくれよ?」




 お嬢ちゃんを女将に預けて向かう先は村長の家。この村の連中もほとんどが光の柱に気付いたらしい。道すがらでは、夜とは思えないほどの人出があり、そこかしこで不安そうだったり、興味ありげだったりと、様々な声が飛び交っていた。


「こんな時間に申し訳ないが……っと、先客がいたのか」


 村長宅のドアを開けると、そこには家の主以外に6人、村の男たちの姿があった。目的は俺と同じく、光の柱について話に来ていたのだろう。


「ちょうどよかった。呼びに行こうとしていたんです」

「……今しがたの、光の柱に関して、だな?」

「はい」

「知らんぷりを決め込むわけにも行くまいな」


 結果的に何も起きないのならば、無視を決め込むのが最善と言えるだろう。対策に費やす労力だって、ロハではないのだから。


 だが、世の中というやつは、そこまで意地が良く出来てはいない。ならば、無駄になるかもしれないとわかっていても、何かしらの対応は考えておくべきだ。何事もなく終わったのなら、対策が無駄になったことを飲み込んだ上で、胸を撫で下ろせばいい。


 まあ、こんな考えもアイツに仕込まれたことではあるのだが。


「とりあえず、おとといに現れた光の柱との違いをまとめておこうか。前回のソレを見ていた者は、この場にいるか?」

「それだったら俺が。おとといは――」




「つまり、さっきとおとといの光の柱は、共通点もあれば違う点もある、ということだな」


 俺の問いかけに一同が頷く。


 意見交換の結果は、宿を出る前に考えたことと大差の無いもの。それでも、認識の共有ができただけで意味はあっただろう。


「俺の方でも昨日今日と山の中を見てきたが、特におかしなところは見当たらなかった。とはいえ、この後も何も起きぬとは言い切れそうもない。それで、今後の話なのだが……」


 一度言葉を切り、一同の顔を見回す。


「念のため、というやつだ。今夜も俺が番をする。そして、明日になったら山の中を調べてみようと思う。とりあえずは、こんなところを考えているのだが」

「いや、そうしてもらえればありがたいんだが……あんたは昨夜もその前も番をしててくれただろう?3日も続けてなんて、身体は大丈夫なのか?」


 ひとりがそんな疑問を上げ、さらに何人かが同意するように首を縦に振る。気遣ってくれているとは理解もできる。それに、俺の歳を考えればそれも無理はないことではあるのだが。確かに、さすがに三徹は無理だ。とはいえ――


「そこは心配しなさんな。これでも、気配探りは心得ているのでな」


 気配探りというのは、そのままの意味。目や耳だけに頼らずとも、生き物の存在を感じ取る技術の事だ。俺の場合は、長年死線に触れているうちに身に付いたもの。ここ数日に関して言えば、寝ながらでも番をできるということで、中々に重宝している。


 無論、そんな中での睡眠。ベッドで眠るのと比べたら、心地の良さだけではなく、疲労の抜け具合に大きな差が出ることも間違いは無いのだが。


「それでしたら、お願いできますか?そうしてもらえれば、村の皆も安心できるでしょうから」

「ああ。任されよう。報酬は……酒で構わぬぞ」


 代表しての村長の頼みに応える。酒、のあたりで笑い声が上がりもしたが。


 なんにせよ、話はこれでお終いだろう。


「なら、早速見張りに言ってくるとしようか。悪いが、宿の女将にその旨を伝えてもらえるか?」

「おう。それは俺がやっておくよ。家が宿の近くなんでな」

「頼んだ」


 バタン!


 そして、俺が手をかける直前、ドアが勢いよく開かれた。


「……うん?」


 血相を変えて息を切らせ、その向こうにいたのは、たった今話題に出たばかりの人物。宿の女将だった。


 ……まさか!?


 この女将が泡を食ってやって来るような理由。すぐに思いつくのは、ひとつだけあった。


 それは、最悪にかなり近い展開。もしも、俺が思いついた通りだったのなら……誇張抜きで一刻を争うような状況にもなりかねない。


「リーシャさん?なにか……」

「大変なんだよ!」


 村長の言葉を遮って女将が叫ぶ。


「ケイコちゃんが……いなくなっちまったんだよ!」


 それは、たった今俺が思いついたことを――否定するものではなかった。

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