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今日1日は、俺にとってもいい休息になっていたらしかった

 もしかしたら、とは思っていた。連中が俺の知る常識からかけ離れているとは認識していた……つもりだった。それでも――さすがに度合いこそ小さかったとはいえ――実際にこうして目にすると驚きはある。


 昨日ここで殺した野犬は中から逃げ出してきた風だったが、蛇共の立場で考えたなら、自分たちの寝床に侵入を許した、ということになるわけで。


 考えることを放棄するのは阿呆のやることだが、蛇共とお嬢ちゃん関連でいちいち驚くのはやめるべき……なのだろうかな。


 やはりというべきなのか、いろいろとあった山登りも終点が近づき、ようやく砦跡が視界に入った時、入り口の両端には各1匹、蛇の姿があった。意味するところは容易(ようい)に見える。


 まさか、蛇共が見張りまで立てているとはな……


 早々に対策を実行するあたり、下手な人間よりもよほど賢いのではなかろうか?なんてことさえも思ってしまう。少なくとも、ここに住み着いていた野盗共よりは格上……いや、さすがにそれは失礼というものか。あのクズ共と比較するなぞ、蛇共に悪い。


 ま、いいけどよ……


 ともあれ、ただ感心していても始まるまい。ケイコお嬢ちゃんに手招きして足を進めると、見張りの蛇共がこっちに気付く。


 そして2匹が顔を見合わせた後、1匹がこちらに近づいてきて、もう1匹は砦跡の中に入っていった。


 どうやら、蛇共の中には役割分担という概念(がいねん)もあるらしい。


「セイル シュラーフェク フォーサ、イーンフォク。ウース……」


 うん?


 蛇共はともかく、砦跡を見上げるお嬢ちゃんの目にあるのは感嘆(かんたん)の色。それも、ユグ村に着いた時よりも濃いように思える。


 木造よりも石造りの建物が珍しい……ということなのか?出会った時に着ていた服の仕立てといい、街中暮らしだったと言われた方がしっくりとくるのだが。


 そんなことを思う内、中から蛇の大群が出て来る。


 俺はオマケみたいなものだろうが、盛大なお出迎えというやつ……うん?


 そこに違和感があった。


 お嬢ちゃんを慕う蛇共の事。全員で出迎えに来るというのは、別におかしなことではない。ただ、気になるのは――


「ク、クゥレフィト……」


 あるいは、俺と同じことを思ったのかもしれない。お嬢ちゃんの声もまた、困惑の色が濃い。なにせ――


 増えていないか?


 数えたわけではなく、目分量だが――それを差し引いても、現れた蛇の群れは、その数を増していた。前に数えた時点でお嬢ちゃんの連れはおよそ300だったはずだが、今の数は感覚的には――400を軽く超えている。


 目に見えて増えている。というやつだ。


「……ミスティフィト」


 まあ、なんとなく予想は付くのだが……


 村を出た時に5匹だった蛇は、ここに着く前に20になっていた。つまりは、そういうことなのだろう。


「……クゥレ、ディッドフェク」


 蛇共から説明を受けたらしいお嬢ちゃんが頷く。どうやら、納得したらしい。




 こちらはこれといった変化も無し、か。まあ、面倒事が起きるよりははるかにありがたいとも言えるか。


 ケイコお嬢ちゃんが受けた歓迎を見届けた後、女将が用意した昼飯を平らげた俺はひとり、お嬢ちゃんと出会った場所に足を向けていた。


 結果は昨日と同じの空振り。昨日との違いは、妙な視線らしきものすらも感じ取れないということくらい。


 今日は羽を伸ばすと女将には言ったが、ここに来たのは散歩のようなもの。これと言って問題にはなるまい。そもそも、女将に話すつもりも無いが。


 ちなみにだが、お嬢ちゃんは砦跡に残してきた。もちろん、待っているようにと手振りで伝えた上でのこと。置いてきぼりになぞした日には、蛇共にどんな報いを受けさせられるのか、わかったものではない。


 お嬢ちゃん自身の安全に関しては問題も無いことだろう。なにせ、あれだけの護衛が付いているのだから。人間だろうと猛獣だろうと、400を超える蛇の群れを目にしたのなら、普通はそれだけで尻尾を巻くところだ。


 ともあれ――新しく増えた連中も含め、蛇共と楽しそうに戯れているところに水を差すのは野暮(やぼ)というものだろう。


 傍目(はため)には異様な光景ではあるが、蛇共に囲まれるお嬢ちゃんは、本当にいい表情をしていた。それこそ、心の底から楽しんでいるような。


 生憎と蛇共の表情は俺にはわからんが、多分蛇共もお嬢ちゃんと過ごすことを楽しんでいるのだろう。だから――


「お前さんたちも、俺に付いてこなくてもよかったのだがな」


 俺の後ろにいる10匹に対して、そんなことを思う。お嬢ちゃんの連れなのか、あるいは新顔なのかはわからない。だが、俺が砦跡を離れようとした際、後を付いてきたのがこいつらだ。


 俺を案じたのか、俺の監視なのか。すぐに思いつくのはそんなところだが、後者であったなら、ご苦労なことだ。お嬢ちゃんを見捨てるつもりなぞ、毛頭ほどにもないのだから。


 前者だったなら、気持ちだけはありがたくもらっておくが。


 ま、いいけどよ……


 当然ながら返事はない。あったとして、俺には理解も出来ぬだろうが。


 さて、そろそろ戻るか。


 今から砦跡に戻って……一息入れてから下山を始めれば、夕方頃には村に戻れるだろう。


 この場を離れる前にもう一度空を見上げてみる。そこには、先日にあった視線のようなものは感じられなかった。




 目の前の光景に頬をかく。砦跡に戻ってみれば、そこにあったのは、蛇の大群に見守られるようにして寝息を立てるお嬢ちゃんの姿。


 まあ、気持ちはわからぬでもないが……


 いつの間にやら広がっていた雲に程よく遮られた日差しは、暑いというよりも温かい。時折吹き抜ける風は心地が良く、足元に広がるのは柔らかな草地。山登りでそれなりに疲れており、食後でしばらくの時間が過ぎた後。そして、お嬢ちゃんにとっては心休まるであろう、蛇に囲まれた状況。


 これだけの条件が揃ってしまったのであれば、寝こけてしまうのも無理はない……のだろうが。


 ま、いいけどよ……


 陽の高さを見る。


 ここを発たねばならなくなるまでには、まだしばらく時間もある。それまでは、そっとしておくとしようか。起こされるよりは、自然に目が覚めた方が寝起きの気分はよかろうて。


 蛇の大群に取り囲まれてという状況は、大多数の人間にとっては鳥肌ものだろうが、ケイコお嬢ちゃんが例外に当たるのは間違いも無い。


 ついでというやつだ。中の様子でも見ておくか。


 入り口をくぐる。件の10匹は相変わらず後を付いてくるが、他の連中は特に動きはしなかった。蛇共の中で俺がどんな認識なのかはわからぬが、敵視はされていないらしい。


 まあ、俺も蛇共も、心情的にはケイコお嬢ちゃんの味方だ。一応、利害は一致しているということなのだろうかな。


 そしてやってきた広間。そこには蛇の姿は皆無。俺が放置していた野盗共の死骸がいくつか残っていたのはいい……のだが……


 それ以外にも、動物の死体がいくつも転がっていた。昨日の時点で俺が置いて行ったのは野犬1匹だけだったはずなのに。

 すぐに目に付くところでは、ネズミが8。ウサギが7。野犬が2。そして――


 イノシシまであるのだがな……


 イノシシとしては小ぶりだが、俺でも運ぶには相当に骨が折れそうな大物だ。


 無論、蛇共の飯だろう。食い物の確保が重要なのは人間も蛇も変わらない。そして、手に入れた方法なぞ、思いつくのはひとつだけだ。


 こいつら……狩りをやっていたというのか……


 300か400か知らぬが、それだけの蛇が協力すれば、運ぶことは出来そう……ではあるとはいえ……


 まあ、狩ること自体はどうにでもなるのだろう。ここにいる蛇共ならば、組織的な狩りくらいはやってのけてもおかしくない。


 なんというか……


 感情をうかがわせない目で俺を見る蛇共を見やる。


「お前さんたち、本当に蛇なのか?」


 その認識すら、疑わしいと思える気分だった。物語の中ならありそうな話だが、こいつらが元は人間で、魔法か何かで蛇に変えられたのだと言われても、即否定は出来そうもなかった。




 その後、中の様子をひと通り見て回り、特に異常が無いことを確認して外に出る。


「んぅ……っ!……ふぅ」


 お嬢ちゃんは寝起き特有の伸びをしていたところ。目が覚めたばかりだったようだ。


 ちょうどよかったらしい。俺としても、気持ちよく寝ているところを起こさずに済んでひと安心といったところ。


「よう。お目覚めか?」

「クゥレ、ティーク。オはよう」

「ああ。おはよう。ほら」

「アリガトウ」


 寝起きで喉も乾いているだろうと水袋を渡してやれば、コクコクと喉を鳴らす。


「ケイコ。歩く、リーシャ、触る」

「……クゥレ、ハい」


 これは朝に言ったこととほぼ同じ。すんなりと理解してくれる。今からならば、ゆっくりと降りたとしても日暮れ前には村に戻れる。


「イクス、アルテ ルクレ オゥド。……ラペット。……ラペット。……ザッド ラウム グレス フェペット」


 お嬢ちゃんはその旨を蛇共に伝えているのだろう。言い聞かせるような口調にも聞こえるが、蛇共は別れを渋っているのだろうかな。




 そうして下山を開始し、空が茜の色に染まる頃には、村まであと少しといったあたりまで来ていた。


 そこでいったん足を止める。そうすれば、すぐ後ろを歩いていたお嬢ちゃんも意図を察し、振り返る。


 その先に居るのは、およそ400の蛇。ここまで見送りに来ていたのだろう。そして、ここから先にまで来るのが上手くないということは、お嬢ちゃんも蛇共も理解しているはずだ。


 離れたくないという気持ちもあるのだろうが、山中での暮らしに耐えられるほどにケイコお嬢ちゃんが強くないということも。


「セイル ピジュティ。イーン アーバ ラスナイスレ デア ユぺリア ストウ……」


 結局、蛇共には聞き分ける以外の選択肢も無かったのだろう。何度も振り返りつつ山道に消えていき、完全に見えなくなるまでお嬢ちゃんは手を振り続けていた。


「ティーク」

「うん?」


 懐に隠れた仔蛇の5匹だけを残して蛇共が居なくなると、お嬢ちゃんは俺に向き直る。


「イーダ アリガトウ。セイル セーア グレス、ウーフ リガーフェク」


 そう言って見せたのは、屈託のない笑顔。今日を費やした報酬としては、破格と言えるだろう。少なくとも、俺の中では。


「クーリン ハーガ オウディフェク パッス、イーシス ラグレス リーディ」


 次に見せたのは、申し訳のなさそうな表情で、


「ストウ、ルクレ イコフ クープ オゥグ」


 最後に見せたのは、決意のこもった視線。“オゥグ”で終わるということは、何かをしたいということで、状況や表情、お嬢ちゃんのひととなりからすると……礼をしたい、といったところだろうかな。


 子供がそんなことまで気にするな、とは思わぬでもなかったが、それは呑み込むことにする。


 これだけ真剣な目を向けられての子供扱いは失礼と言うもの。だから――


「その時を楽しみにしていよう」


 俺はそう返していた。


「さて、あまり遅くなると俺が女将に睨まれそうだ。村に戻るぞ」

「ハい!」


 そう言って手招きすれば、元気に頷く。


 ちょうどいい具合に腹も減っていた。今日の晩飯も、美味く頂けることだろう。


 ああ、そういえば――


 ふと気付いたこともあった。


 いつの間にやら、不調もどこかに消えていた。今日1日は、俺にとってもいい休息になっていたらしかった。

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