まあ、これは大人の楽しみというやつだ
さて、そろそろ半分といったところだが……
俺の少し後ろを付いてくるお嬢ちゃんを見やる。
ヘトヘト、とまでは行かずとも、すでに息は上がり始めている様子。額には薄く汗が浮かび、仔蛇共を相手にした口数も少なくなっていた。
たしか……この辺りには座るのにちょうどよさげな岩があったはずだが……っと、アレだな。
「ケイコ。岩、座る」
「クゥレ……。ハい」
岩を指差し、昨日教えたばかりの“座る”を言葉にすれば、すぐに理解してくれる。見た目通りに疲れていたということなのだろう。安堵したように息を吐き、岩に腰を下ろす。
蛇共が寝床としている砦跡を目指しての山登りを続けることしばらく。やはりというかなんというか、ケイコお嬢ちゃんの体力は見た目相応歳相応のものだった。
お嬢ちゃんに合わせたつもりだったが、もう少し落とした方が良さそうだろうか。
「ほら、喉も乾いているだろう?」
「アりがとウ」
水袋を渡してやれば、礼を言って受け取り、喉を鳴らし始める。そんな様を眺めつつ、俺も懐から引っ張り出した小瓶に口を付け、
「……喉に染みるな」
ひと口だけ味わった酒は、実に旨かった。今朝はまるで味気なく感じていたはずなのだがな。
「ティーク、ターンフィト」
そんな俺を見ていたお嬢ちゃんが不思議そうに問うてくる。小瓶の正体を気にしているのだろうかな。
「さすがにお前さんには早いだろうが……」
飲もうとしたら止めるつもりで手渡してやれば、お嬢ちゃんは口を付ける前に鼻を近づけ――
「ふぁっ……!」
「おっと!」
可愛らしい声を上げてよろめく。
酒の匂いにやられたらしい。
「まあ、これは大人の楽しみというやつだ。あと10年もすれば、お前さんも飲めるようになるだろうて」
「……うぅ」
「とりあえず、今は休んでおくといい。疲れているだろう?」
まだ少しふらつく様子のお嬢ちゃんを、あらためて岩に座らせると、仔蛇共が周りに集まって来る。
言うまでもなく、普段はお嬢ちゃんの服の中に隠れている連中だ。人目を気にする必要も無いからということで、村を離れてからはお嬢ちゃんと並んで歩きつつ――蛇が歩くというのもおかしな表現とは思うが、適当な言い回しは浮かばない――なにやら話をしていたらしい。無論、仔蛇共が何を伝えたのか、俺には知る術もないが。
「サブートゥ。モウア クーブ マタース プレシュフェク プレ。……ワイス イクス ミスティ。ザフ ヒィレ クーブ ニバートフィト」
そういえば……
仔蛇共と話すお嬢ちゃんを見ていて気になった。
ユグ村を見た時のお嬢ちゃんは、珍しがるような反応をしていた。
だが、さっきまでにせよ、おとといにせよ、山道を歩いていても、そんな雰囲気は無かった。
なら、山の中で育った……わけではなさそうか。
一瞬浮かんだ仮説は、すぐに否定される。
だとすれば、もっと体力はあるはず。それに――今の服装は女将が用意したものだが――出会った時に来ていた服にはそれらしい汚れも無く、履いていた靴は山中には不向きなものだった。
結局、何もわからないということか……
行き着くところはやはり同じ。
「ミスティフィト!」
「どうした?」
不意にお嬢ちゃんが上げた声は、驚きを含んだもの。反射的に背中の鉄杖に手をやり、目を向ければ、そこにいたのは――
「蛇?」
1匹の蛇。ただし、お嬢ちゃんの仔蛇ではないだろう。5匹の仔蛇は、お嬢ちゃんの足元にいたのだから。
そして、お嬢ちゃんの連れでもなさそうだった。5匹の仔蛇は、もう1匹に対して警戒するような雰囲気を発していたから。
この山に住み着いていた蛇、だろうな。追い払うのは容易いが……
「ラメレク」
どうしたものかと考えていると、お嬢ちゃんが土着らしい蛇に声を――昼間の挨拶を投げかける。穏やかで優し気な、どう見ても友好的な声色で。
おいおい……
無警戒すぎやしないか?とは思ったが、土着らしい方の蛇が頭を差し出し、お嬢ちゃんはその頭を優しく撫で始めた。
そして、仔蛇共からは警戒する空気が薄れていく。
一瞬で……手なずけたというのか……?
蛇と話すことが出来て、蛇に好かれている。というのはわかっていたが、それは初対面の相手にも有効ということらしかった。
「ラペット。……ラペット。ラペットフィト。ルルヴァ セイル バイン デアフィト。……ラペット。ミーム トリンプ、リンク セイル プーレ」
付け加えるなら、謎言語でも蛇相手には問題ないということか。羨ましくはあるが。
そろそろ砦跡が見えて来る、のはいいのだが……
休憩を切り上げ、山登りを再開してしばらく。現在位置は、目的地まであと少しといったあたり。
休憩前と同じように、俺が周囲を警戒しつつ前を歩き、その後ろをお嬢ちゃんが付いてくる。その足元にいる蛇は……20に増えていた。
5匹でもそれなりにアレな光景ではあったが、4倍になったことでその印象はさらに強烈なものになっていた。
俺自身も、特別に蛇が苦手というわけではないが、お嬢ちゃんの立場だったなら、鳥肌のひとつも立てていたことだろう。
当然というべきなのか、当のケイコお嬢ちゃんはそんな様子も無く、にこにこ笑顔で蛇共と話しつつ歩いていたわけだが。
ちなみに、増えた蛇共は、どいつも土着なのではないかと思っている。出会った際に声を変えたお嬢ちゃんの口調が、初対面――蛇相手に使う言い回しとしてはどうかとも思うが――の相手に向ける雰囲気だったからだ。
その後、すぐに意気投合――だと思う――し、付いてきたというわけだ。
考えてみれば、この短時間で15回も蛇に遭遇するというのもおかしな話。
昨日一昨日と、俺がひとりで山登りした時には、一度も蛇とは出くわさなかった。
お嬢ちゃんに引き寄せられてきたのではないかとすら思う。
犬猫にせよ馬にせよ、好かれる奴もいれば嫌われる奴もいるのだろうが……
それにしても、あの好かれっぷりは普通ではないのだが。まあ、普通に会話が出来ている時点で十分にとんでもない話ではあるのか。
『なんとなく馬が言いたいことがわかる』
年季の入った御者の中には、そんなことを言う者もいる。だが、お嬢ちゃんと蛇共の通じ方は、そんなものではない。
本当に、何者なのだろうな、このお嬢ちゃんは。
ため息混じりに胸中で思うのは、この3日間でどれだけ繰り返したのかもわからなくなるような疑問だった。




