遠い日々・ありがとう
走る――
頼むから無事でいろよ。ケイト!
走る――
俺が無事だったんだ。俺よりも遥かに用心深いアイツに限って、万にひとつなんてことがあるわけないだろ!
走る――
クソッタレめ!なんだって、さっきから嫌な予感が消えてくれないんだよ!いつもはやけに当たるとはいえ、今回だけはどうせ外れるに決まってるんだ。さっさと消えてくれればいいものを……
走る――
思い出せ……ここは……右だな!
ここの構造は事前に地図で見て、頭に叩き込んであった。俺だけじゃなく、アイツの侵入経路も含めて。
それを思い描きつつ、気を抜けば霧散しそうになる冷静さを繋ぎ留めながら、入り組んだ坑道を走る。あちらこちらに取り付けられた光源が生きていたのは幸いだった。おかげで、速度を落とさずに済む。
そろそろか……?よし!ここを左に曲がれば開けた場所に出る。アイツの経路と重なるはずだ。想定通りの進捗なら……俺が追いかける形に……
「うん?」
足を止めたのは、記憶の地図と違っていたから。
塞がれてる?崩れ落ちたのか?なら、アイツはどっちに……
「……ィー……ク?」
「うん?……ってオイ!?」
かすかに聞こえた何かに引かれるように視線を向け、そこにあったモノを認識。結果、俺がさせられたのは絶句。
高揚とは全く異なる風で全身が熱くなり――それなのに、氷水の中に放り込まれたような冷たさも同時にやって来る。
意識とは無縁のところでカチカチと歯が鳴る。まるで動かし方を忘れてしまったように身体が動かない。思考も全てが吹き飛ばされる。
「よか……た。間に合って、くれて」
「……ケイト!!!」
止まっていたのはほんの一瞬。絶え絶えに聞こえた声が、即座に俺を現実に引き戻す。
「ケイト!」
「あんまり、大丈夫じゃ、ない、ですね」
酒を酌み交わす合間に時たまやってくるように、俺が言わんとしたことに先回りしてくる。
普段との違いをあげるなら、すっかりと血の気が失せていること。そして、今までに聞いたことが無いほどに弱々しくしか響かない声。
「あはは……間が悪いと、言いますか、あと10秒でも違って、いたら、よかった、のに……。私、日頃の行いは悪く、ないと思っていた、んですけど、ね」
仰向けで俺を見上げながらに言ってくる言葉。それだけを見るのなら、冗談めかしているとすら言えるだろう。けれど、その顔に一切の力強さは無い。
鏡追いという商売柄、傷の対処に関してはそれなりの知識もあれば経験もある。
そして、だからこそ理解出来る。
あるいは、名医と呼ばれるような人間でもこの場に居たのなら話は違ったのかもしれない。だが現実には、どれだけ急ごうとも、ここから街までは2時間以上はかかる。
理解出来てしまう。
指先や足首程度ならばともかくとして――腰から下が欠損した時点で、ケイトの死は不可避なのだ、と。
想像を絶する苦痛に苛まれているのかもしれない。あまりに酷い怪我を負うと、逆に痛みを感じなくなるというやつなのかもしれない。
それでも――
「お前……なんでこの状況で……」
ケイトが俺に見せるのは――
「笑っていられるんだよ!」
穏やかで優しい微笑み。口に出したことは一度として無かったが――俺が、何よりも好きな表情だった。それを守るためなら世界を敵に回してもいいと、ごく自然に思えるくらいにまで溺れさせられているものだった。
「気合……です、かね。あはは、すごいです、ね……人間って……」
「いや……そういうことなのか?」
返って来たのは、おちゃらけた答え。実はピンピンしているんじゃないかと、そんなことまで思えて来る。
「冗談は、さておきますけど……」
だが、それは誤解と言うやつだろう。続く言葉からは、ふざけた色は完全に消えていた。
「答えは簡単、です。あなたが来る前に、覚悟を決めていた、から、ですよ。こんな終わり方、理不尽だと、思います。でも、何も……しないで、理不尽の言いなりに、なるのは……もう、嫌なんですよ……。だから、ささやかな……抵抗というやつ、ですかね」
それでも返ってくる言葉は、表情通りに落ち着いたもので――
「お前……何を言って……」
「気付いて、いるん……でしょう?もう、私は助からない、って」
「……………………ああ」
そんなことはとうに気が付いていた。口に出そうとしなかったのは、それでも認めたくなかったというだけのこと。
「私も……同じ。このまま……落ちたら、二度と戻れないって。だから……頑張って意識を、つないでいたん、です。ふふ、その甲斐は……ありましたね」
「ケイト……」
「おかげで……最後はあなたの隣で、迎えられる……。あなたがくれた、数えきれないほどの幸せに……お礼だって、言わなきゃ……罰が当たりそうで、怖いですし」
「この……大馬鹿野郎が……」
俺なんかにはもったいないほどに、最高の女だってことはとうに理解していた。理解していた……つもりだった。はずなのに……
だからって、これはあんまりだろ……
なんだって、最期の最期にまで、惚れ直させるようなことをしてくれやがるんだよ……
「チク……ショウめ!!!」
罵りは何に向けていたのか。
礼を言わなきゃならないのは俺の方だ!どれだけのものをお前にもらってきたのか……。叶うことならば変わってやりたい。
もしも――悪魔なんてものが存在するのなら、魂くらい喜んで売り渡してやる。ケイトを助けられるのなら、俺から何を持って行っても構わないと心底に思う。
それなのに、俺にしてやれたのは手を握ってやるくらいで――硬くもあり柔らかくもあり、俺よりもひと回り小さな手の平からは、すでに温もりが失われつつあった。
「温かい……。あなたの全て……大好きでした……。手の平も、ね」
“でした”
過去を示す言い回しが、容赦なく現実を突き付ける。
「なんで……だよ……。なんでお前が……。頼むよ……行かないでくれ……。俺は……お前が居ないと……」
限界だった。堰を壊されて視界がぼやけ、口からは情けない泣き言が零れ出る。
「初めて見ましたね……。あなたの……そんな顔……。冥土の土産としては、悪く……ありませんけど、せっかくの……男前が台無し、ですよ……」
「誰のせいだよ!」
「私……ですよね……。ねぇ……ティーク……。今気付きましたけど、私って、酷い女だった……みたい、なんです……。あなたが……悲しむのを見て、嬉しいって……思って……いるんです……。その涙は……あなたが、私を思ってくれて……」
握っていない方の手を俺の頬に伸ばそうとして――
「……あぐっ!?」
初めてその顔が苦痛に歪む。
いや、初めてじゃない。
途切れ途切れの言葉から気付くべきだった。今の今まで、ケイトは痛みを堪えていたんだ。
恐らくは、冗談交じりで言っていたように――気合ひとつで。
その事実が、情けない有様を晒していた心に喝を入れる。
なのに俺は何をやっているんだ?
情けない弱音を垂れ流すだけ?
ふざけるな!
悲しみを押しのけるように沸き起こるのは怒り。
そんな腑抜けがケイトの……この、最高の女の相棒を名乗ろうってのか?そんなふざけた真似を俺は許すのか?許せるのか?許せるわけがあってたまるか!何も出来なくとも、虚勢のひとつくらいは張って見せやがれ!気合いひとつあればなんだってやれる!それは、目の前にいる最高の女が示してるじゃないか?続くくらいのことはやってみせろ!
なあ、そうだろ?ティーク!!!
怒りが弱気を吹き飛ばす。そして――
相棒のためにやれることなら……ひとつだけあるじゃないかよ!
まともに動き出した思考がソレを浮き上がらせる。
こうしている今もケイトは激痛に苛まれており、助けてやることは出来そうもない。けれど――
終わらせてやることは出来る。
「ケイト」
懐からナイフを引っ張り出す。野菜や果物の皮をむいたり、狩った獲物をさばくために使うことが大半だが、
「今、楽にしてやる」
そういった用途で使えないこともないはずだ。
「……やめて……ください……」
一瞬だけ目を見開いたケイトはすぐに微笑みを作り直し、拒絶を示す。
「そんなことを……しても……あなたは……罪の意識を……募らせるだけ……じゃない……ですか」
ったく……本当に。本当にお前という奴は……
ここまで来ると感心を通り越して畏怖すら覚えるぞ。
この期に及んで、俺のことを気遣いやがるとはな……
だが、お前らしくもない的の外し方だ。
「このまま何もせずにお前を死なせてもそれは変わらんさ。それなら、俺の手で送ってやりたい。せめて、お前の苦しみを終わらせるくらいはやらせてくれ。情けない相棒からの、せめてもの手向け……いや、頼みだ」
「……馬鹿」
返されたのは罵倒。けれど、その意味合いは、
「……何で……こんな時に……私を甘やかそうと……するんですか……。せっかく……綺麗に終わらせ……ようと……してたのに……。私……だって!」
ここに来て初めてケイトが声を荒げる。いや、恐らくは――
「もっともっと……ずっとずっと……あなたと居たかった……。こんなところで……死にたくなんて……ない……。最初は一目惚れ……だった……けど……隣を歩くうちに……どんどん好きになっていって……。あなたの……隣に居られたこの10年間……。毎日が楽しくて……楽しくてしかたが……なかったのに……。どうして……私が……死ななきゃいけないの……。嫌だよ……こんなの……あんまりだよ……」
口調までもが崩れて子供の用に泣きじゃくるのは、抑え込んでいた感情が噴き出しているから。だったら、その全てを受け止めてやろう。
そして、さっきまで見せていた微笑みは気合で張り付けていたものだったわけだ。最期の最期まで騙し上手だというのは、なんともケイトらしい。
「何度だって……あなたと……お酒を酌み交わし……たかった……。あなたとふたりで……いろんなところに……行って……みたかった……。もっと……身体を……重ねたかった……。あなたとの……子供だって……産みたかった……。一緒にやりたいこと……たくさんあったのに……」
吐き出される中には、俺が想像もしなかったものもあった。叶えてやる機会は既に失われていることが。
「済まない。察してやることも出来なかった。本当に俺は……良い相棒ではなかったな」
「しかた……ないよ……。私は……そんなあなたに……心を奪われたんです……から……」
「そうか……」
「……ねぇ、ティーク。私……決めましたよ」
いつものそれに戻った口調で告げる。落ち着いた微笑みを張り付けなおしたその眼の奥で、決意の色が揺れた。
「何をだ?」
いくらケイトでも、今からでは何かひとつを成すことすらもできるとは思えない。それでも、その意思を否定しない。心に刻み込もう。
「絶対に……あなたのところに……戻るって……」
「どういう意味だ?」
「生まれ変わる……という……ことです……」
「お前、何を……」
唐突に言い出すのは、訳の分からないこと。
「私は……知っている……ん……です……。死んでも……生まれ……変わることは……できるん……だって……。記憶を……持ったまま……生まれ……変わったら……あなたと……再会します……。記憶を失くしたなら……その時は……もう一度出会うから……そうしたら……まっさらな私を……あなたの色で……染めて……くださいね?ふふ……そっちの方が……楽しそう……ですかね……」
「あ、ああ……」
「だから……ティークは……全力で……生き……抜いて……。新しい私が……あなたのもとに……帰る……その時……まで……」
そういうことか。
理解した。いくらケイトでも生まれ変わり云々を知り得たとは到底思えない。真に言いたいのは、後を追うような真似をするなということなんだろう。
それでも、惚れた女の最期の願い。
「わかったよ。行けるところまでは生きあがくと約束する」
「約束……ですから……ね。なるべく、長生き……してくださいよ。……あ、あれ?」
「どうした?」
「何か……目の前が……暗く……。あはは……もう、ティークの顔も……」
「そうか……」
灯が尽きようとしているんだろう。さっさと楽にしてやるつもりが、延々と話し込んでしまったらしい。
「今度こそ、楽にしてやるよ」
「はい……。こんな……理不尽よりも……あなたの手で……逝かせて……」
そこまで言われるのは、相棒冥利に尽きると言っていいのか。
「あ……待って。もうひとつだけ……お願いが……」
「……言うだけは言ってみるといい。やれるかどうかはそれからの話になるがな」
「はい……。ナイフじゃなくて……あの技で……逝かせて……くれませんか……」
「あの技ってのは……」
そう言われて思い当たるのはひとつだけ。俺とケイトのふたりで何年もかけて作り上げてきた芸当。
「うん……。私たちが作り上げてきた……必殺技……」
必殺技というのは、ケイトが好んで使ってきた言い回し。お気に入り、というやつらしい。
だがそれは、
「お前だってわかってるはずだ。あれはまだ未完成だってことは」
行き着くところは、ようやく見え始めて来た。それでも、まだ手は届いていない。そんな芸当。
「大丈夫。だって、ティークは……私のことが大好きだから……」
「だからそれがどういう――」
「大好きな私の……最後のお願いだから……きっと……叶えてくれるんです……」
「ったく……最期の最期までお前って奴は……」
そこまで言われたなら、全力でも足りない。死力の全てまでを尽くしてでもやり遂げてみせなきゃ恰好が付かないだろうが。
そして、自分の最期すらも捧げようということなんだろう。俺の、糧として。
仰向けの対象にはやりにくい。だから、ケイトの身体を抱きかかえて、崩落した岩に寄りかかるように座らせてやる。
こんなに軽くなっちまったんだな……
下半身を欠いた身体の軽さが涙の堰を壊してしまう。それでも、溢れ出るものは気合ひとつで目の奥に押し戻す。
今泣いたらそのまま折れちまう。なら、ケイトを送るまでは我慢しろ!ケイトが耐えている痛みに比べたらなんてこともないだろう!
「あなたの手で……逝かせてもらうってことは……身体と心だけじゃ……なくて……命も……ティークの……モノになれるん……ですよね……。ふふ……なんだか嬉しい……。でも……こういうのって……“やんでれ”って……言うんでした……っけ?素質……あったん……でしょうか……」
「……ったく。お前は……」
訳の分からないことを言い出す。本当は元気なんじゃないかと、そんな風にすら思わせられてしまう。
“やんでれ”というのは初めて聞く言葉だが、その意味を聞いている時間は残されていないだろう。
「それじゃあ……お別れだ」
「はい。私の全てを……あなたに」
命の灯が消える前に、俺の手で消して――やるんだ!
「「ありがとう」」
示し合わせたわけでもないのに、言葉が重なる。
「俺と出会ってくれて」「私と出会ってくれて」
仕立ての良い馬車が野盗に襲われているのを見かけて、謝礼目当てに助けた。それが、俺達の始まり。
「俺の弟子になってくれて」「私を弟子にしてくれて」
俺にとっては間抜けな敗北で始めることになったのは、これっぽっちも師弟らしくない師弟関係。
「俺の相棒でいてくれて」「私の相棒でいてくれて」
そんな関係はある時を境に変わった。あの日、ケイトが諭してくれなかったなら、俺はとっくに死神に捕まっていたことだろう。
「こんな俺を愛してくれて」「こんな私を愛してくれて」
きっかけは、俺が酔い潰されたこと。性別が逆だろうとは今でも思うが、それさえも今となってはいい思い出だ。
それだけじゃない。ケイトと共に歩いてきたこの10年間の輝きが、次々に瞼の裏に浮かんでは消える。
山ほどにあるというのに、そのひとつひとつがそれぞれに特有の光を放ち、それら全てが愛おしい。
もう、これ以上増えることはないんだろうな……
いや!今やるべきは感傷に浸ることじゃない。それら全てを糧として、ケイトが最後に求めたことを叶えるんだ!
鉄杖を握りしめる。
「また、ね。ティーク」
「ああ。またな」
いつか黄泉路で再会出来ることを願って、最後の言葉を交わす。
この一撃に、俺の全てを乗せる!
そして――
ぐぅ――
どれだけの時間が過ぎていたのか、気が付くと、腹の虫が催促する音が聞こえていた。
座り込み、うつむいていた頭を上げる。見上げる先にあったのはケイトの亡骸で――流れ出た血で白髪が紅く彩られ、逝ってもなお微笑みを浮かべるその容貌は、それでも綺麗だった。
額に穿たれた穴は、俺がやったものだ。俺の全てを吐き出すようにして放たれた一撃は、アイツとふたりで何年も見続けて来た夢の実現。
それさえもケイトの目論見通りだったのか、この土壇場で初めて、成功させることが出来ていた。
感覚は全身に残っている。これなら、遠くない内に完全にモノに出来るだろう。
それでも――
達成感とか高揚感とか、そんなものは微塵もなかった。
悲しいとか寂しいとか、そんな感情も湧いてこない。
辛さや苦しさも感じない。
ただただ空っぽ。たまに聞く言い回しを使うのなら――ぽっかりと穴が空いたような。そんな気分だった。
ヒリヒリと痛みの残るままになんとなく視線を動かすと、ひと振りのナイフが見えた。ケイトを楽にしてやるために使おうとして、そのまま投げっぱなしにしていたらしい。
手を伸ばして拾い上げる。
業物とは言い難いが、手入れを欠かしたこともない刃先。
コレを喉元にでも刺し込んだら、ケイトのところに……って、早速かよ……
「……やれやれ」
やけに魅力的に感じてしまう切っ先を見て浮かんで来た思考に肩をすくめる。こうなることも、ケイトにはお見通しだったんだろうかな……
生きあがくと約していなかったなら、早々に後追いをしていたのかもしれない。
とりあえず……外に出るか。
思うところは山とあるが、いつまでもケイトをこんなところに居させるのも気分が悪い。
ケイトは……夕焼けが好きだった。「夕焼けを見るたびに、あなたの相棒になれた時の嬉しさを思い出せるから」なんて言って。
なら、見晴らしが良くて、夕焼けが綺麗に見えるところに連れて行ってやろう。ケイトが、落ち着いて休めそうなところに。
そうすれば俺も、黄昏れ時を迎えるたびにケイトと同じ景色を見ることができるから。
「……うん?」
ケイトを上着で包み、抱きかかえようとした矢先。喧噪のようなものが聞こえて来る。
反響のせいで正確なところはつかめないが、結構な人数が発しているらしい音が近づいて来る。
「てめぇ!さっきはよくもやってくれたな!」
「……ああ、そうだったか」
やがて、10人ほどが姿を現し、そのひとりが赤ら顔で叫ぶ。
覚えのある顔。いつだったかは忘れたが、ここで出くわして仕留め損ねた奴だ。
すっかり忘れていた。敗残兵が野盗落ちして坑道に住み着いたから退治してほしいと。元々はそんな仕事でここに来たんだ。
ちょうどいいといえばちょうどいいのか。
空っぽの心というのはどうにも落ち着かない。ならば、適当なモノで埋めるのもいいだろう。
ここで起きた崩落は地震によるものだろうが、天然自然というやつを恨むことはできても、報いを受けさせるのは難しいだろう。
だが――うってつけのモノが目の前にあるじゃないか。
「お前らが、大人しく白旗をあげていればよかったんだ」
そうすれば、ケイトは死なずに済んだんだ。
怒りを、心に刻み込む。
「お前らが、野盗なんてやらずに真っ当な生き方をしていればよかったんだ」
そうすれば、ケイトは死なずに済んだんだ。
怨嗟を、心に刻み込む。
「お前らが、おとなしく野垂れ死にしていればよかったんだ」
そうすれば、ケイトは死なずに済んだんだ!
憎悪を、心に刻み込む!
そうすれば、黒く粘ついた何かが俺の中を満たしていく。
胸糞悪くて吐き気がする。それなら、この不快感は――元から絶つよりあるまいな?
「おい……。なんかコイツ、ヤバくないか?」
「あ、ああ。目がイっちまってるぞ!」
「か、かまうな!相手はひとりなんだ。囲んで殺しちまえ!」
何やら叫んでいるが、どうでもいい。どうせ、ひとつ残さず潰すんだから。
そうだろう?
ケイトを殺したお前らが生きているなんて、許されるわけがないんだから。