救いと呪い
i be relive6
パシャっ。音がした。
その直後、訪れる爽快感に
手を引かれるようにして、目覚める。
「どゆこと、?」
腹筋に力を入れて状態を起こす。
手のひらをぐっと握り、離す。
異常は無い。
右手の指もひしゃげてなんかないし、
左手の感覚もある。
「ははっ。」
零は笑って再び、仰向けに倒れた。
「タイムリープ能力かよ。しかも、相当な悪趣味なトリガー付き。」
「クソ、神様め。」
意識を無神経に引き剥がされる感覚をぼんやり
思い出す。
ーーひとまず、わかってる事を整理するしかねぇな。
零は仰向けのまま、思考を回す。
「まず、俺は二度回った。一度めは洞窟を出た瞬間、二度めはさっきの爆発。トリガーは俺の死や損失とは無関係。じゃねぇと一度めの説明がつかねぇ、心身共に健康だったしな。だとすると、今の段階でトリガーの可能性が高いのは…」
ーーそろそろだな。
「大丈夫?」
白絹のような髪を揺らし、トリガーが覗き込んだ。
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にわかに信じ難いが、
俺はタイムリープ能力を手にしたらしい。
全てを見て、体験してその経験をそれが起こる前に戻る事が出来るこの能力は
俺が見てきたマンガやアニメの能力の中では
間違いなく最強クラスの力。
だが、
それは自分の意のままに使えたら、の話だ。
どうやら零の能力はそれらと似て非なるもの。
タイムリープするタイミングは
自分で選べない上に、その際には
無神経に意識を刈り取られる
大サービス付き。
零の持つものはタイムリープによく似せられた
偽物か、それか酷く壊れた欠陥品か。
そのどちらかだろう。
ーーまた、不運のせいってか。
幼い頃から悩まされるそれに
心底うんざりする。
ため息と共に、マイナスな感情が湧き出る。
ーーまぁ、今に始まった事じゃねぇしな。
それらを変換する方法を知っている。
いつもそうしてきた筈だ。
「こんなもんかよ、神様。」
言うと同時に口角を上げ、ふっと一息に
上体を起こす。
目の前に座る少女と向き合う形を取り、
こう言った。
「俺の名前は星宮 零。魔女の迷子だ。」
彼女は緋色の瞳を大きく見開いた。
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タイムリープの粗悪品であるこの能力だが、
確かに、過去には戻っている。
この光景も三度め。なら、
ーー俺が体験した事全部が起こる可能性があるって事だ。
「俺の名前は星宮 零。魔女の迷子だ。」
ーーこれの答えが違ったらかなり躓くけど…
賭け半分、確信半分くらいの割合で目の前の
彼女にカミングアウトする。
「ん?どしたの?」
彼女は何か考え込むように、顎に手を当てて
難しい顔をしている。
「なんで、貴方はそう思うの?」
多少の間隔が空き、返事が返ってくる。
答えは単純、
体験した事をそのまま述べれば良い。
「俺、さっきまで二回、タイムリープして未来を見た。だから、俺が魔女の迷子だって仮説を立てた。」
この手の話は信じてもらえないのが常である。
だが、出所が不鮮明な情報を信じてもらう為にはこれが一番だ。
多少の間隔が空き、返事が返ってくる。
「なんで、貴方はそう思うの?」
「は?」
心の底から"は"の一文字が出た。
「ん?私の声、小さかった?じゃぁ、もう一回言うわね。」
一つ、咳払いを入れて彼女は続ける。
「貴方は、なんで自分が魔女の迷子だとおもうの?」
あたかも、先程の返答など聞いていない様に
答える。
背筋をそっと誰かが撫でた気がして、悪寒が走る。
「さっき、言っただろ?俺、タイムリープしてるって。」
再度、説明をする。
ーー流石に二度すっぽかしはないだろ…
多少の間隔が空き、返事が返ってくる。
「なんで、貴方はそう思うの?」
誰かが首筋をなぞった。
その手は壊れ物を触る様に丁寧に撫でてくる。
今度は確実に、その感覚を掴んだ。
体から温度と血の気が一気に抜ける。
ーーまさか、タイムリープは他言禁止??そんな奴の言う事なんて、只の妄言者じゃねぇか。
「クソっ。」
地面に拳を叩きつけ、強制的に落ち着かせる。
ーー方向性を変える。
でなければ、
この光景を無限に繰り返してしまう。
「ど、どうしたの?」
突然の叩きつけに驚いたのか、手を前にだして
少し慌てている。
「あ、ごめん、ごめん。」
視界を上げてその様子を見て、少し落ち着く。
タイムリープ能力さえ、打ち明けなければ元通り、時間は進む。
その思考にたどり着き、頭の中で模索する。
「んー。勘って言うのかな、前に俺の事を魔女の迷子じゃないかーって言う奴がいて、俺の現状を鑑みても外れてないかなって。」
路地裏の兄弟が教えてくれた
レイア教とやらの情報からの勘、
というか東の島国という言葉に
やけに引っかかる所があった。と言うべきか。
やけに濁した言い方になってしまった。
ーーこれで信じてもらえなくてもしょうがない、か。
「ふ〜ん、驚いた。魔女の迷子の人達は普通、
自分がそうだとも微塵も知らないんだもの。そのあたりが少し、気がかりだけど。」
顔と体を動かして零を他方角から
見回しながら言う。
思わず、ゴクリと唾を飲んだ。
「まぁ、いいわ。うん、合格ね。」
彼女は頷きながらそう答えた。
「え?いいの?って、合格って何?」
「私達ユシル教の一員になる資格をあげます」
「それって信仰を許すって事?」
「それもそうだけど、目的はもっと先。」
やけに含みのある言い方に少し、警戒する。
彼女はすくっと立ち上がり、右手胸に手を当ててこう言った。
「私の名前は、ソフィア・ミオ。ユシル教"聡明"の名を冠されたただの一教徒。」
毎度おなじみの自己紹介。いつ見ても完璧な
その自己紹介はいつか真似してみたいものだ。
そんな事を考えていると、彼女はこう続けた。
「レイには、私率いる偵察部隊"葉"に加わって貰うわ。」
「ちょ、ちょっと待てよ。なんで俺がいきなり?」
ーーこの子相変わらず名前呼びに抵抗ゼロだな
「レイも、自分が魔女の迷子だって分かってるなら、自分の置かれた状況もわかるでしょ?」
ズイッと人差し指を前に出して、言う。
「たしかに、そうだな。」
レイア教の憎炎とやらが、どんな奴かはわからないが、魔法ありきのこの世界で現在魔法を
使えない自分は限りなく無力だろう。
「でも、だからなんで俺が偵察部隊なんかに?偵察部隊って、偵察って文字通り偵察だろ?隠密行動なんて、怒らせたヤンキーの横通り過ぎる時くらいしかしてねぇよ。」
たしかに彼女は偵察部隊、と言った。
この世界の偵察部隊の想像がその通りなら。
「しかも、この世界じゃあ俺の戦闘力は皆無だ。なんで保護とかじゃなく俺を戦力と前提して見るんだ?」
レイの言葉を一言ごとに頷いて聞いた彼女は、
にやっ、と頬を釣り上げた。
「"祝福"って知ってる?」
「いや、しらねぇな。」
「魔法とは違う、力の総称よ。あの、忌々しき災厄の神が生み出した超常的な概念、人々はそれを"祝福"と呼ぶわ。」
「神、か。」
そういうと、彼女は手のひらに水を発生させ
意のままに操ってみせた。
手のひらの水は猿から人へと変わってゆく。
ーー人類の進化の過程は一緒だったんだな。
「それが、"祝福"か。すげぇ力だな。」
人の形になった水は最後老いてゆき、天使に召されて消えた。
「私の祝福は、水龍の祝福。水ならどこでも出せるし、水ならなんでも操れるわ。そして、私も過去は魔女の迷子だったの。」
「だから、同じ魔女の迷子である俺も何か祝福とやらを授かってるはず、か!」
「そうゆう事になるわね。」
ーータイムリープは話せねぇのに、あっさり
話してくれやがったな。使った時の副作用とか
なさそうだし、いいなぁ…
「その水龍の祝福って、使った後か前、何か起きたりする?」
「別に無いけど…どうしたの?」
「いや、祝福って使った後にダメージ受けたりとかあるのかなぁって思って。」
「そんなのはないから大丈夫よ。安心して。」
彼女は一息開けて小さく呟いた。
「まぁ、由来が由来だから、使い過ぎるとどうなるか…」
「ん?何?わりぃ、聞こえなかった。」
「ううん。なんでもないの。」
レイの一言ではっとして手を振って誤魔化す。
また一つ、咳払いをしてこう続けた。
「魔女の迷子は記憶を消される代わりに、祝福を得るのよ。だから、自分の育った街も、友達も、親すらも覚えていない。自分の事だけは分かるんだけど、それも名前とか最低限の事だけ。」
「あの〜、俺。バッチバチに記憶あるんですけど…」
思いっきり、自分と当てはまらない条件に
申し訳なさそうに申し出る。
「そうね。」
「え、驚かねぇの?」
「そういうケースは稀にあるのよ。急に思い出すって話も聞かなくもない。私のお師匠だって、最初から全部覚えていたと聞いたわ。」
お師匠という人物がどんな人か知らないが、
彼女の表情を見る限り、いい人なんだろうなと
思った。
「そして、そんな祝福という強大な力を得たけど記憶は無い。そんな子たちが集まって出来たのが、ユシル教直轄軍隊、"グリフィン"よ。」
彼女は胸を張って言った。
「グリフィン…って、カッコいいな!」
「そうでしょう?名付け親は、初代グリフィン総統ラク。今のこの世界があるのも彼のおかげね。私たちはその意思を継いで、今現在襲う脅威と戦ってるってわけ。」
ーーラク?
「どうしたの?ぽけ〜っとして。」
「あぁ、いや。何でもない。続けてくれ、」
ーーまさか、な。
レイの脳裏にあの日、事故で死んだはずの親父
の姿がチラついた。
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レイは自分の不幸体質について、確信に近い
仮説を立てていた。
前提として、レイの行動の全てには不幸が絡む
これは、正常だ。
普通の人が普通が正常な様に
レイは不幸が自分に常に降りかかるのが
正常なのだ。
まず、いくらその日の運勢が良かろうが、朝のニュースで正座が一位を取っても、無駄。
何も変わらずに正常に不幸だ。
次に、大抵のやろうとした事は全て成功直前で
ちゃぶ台返しにされる。まるで、誰かがやらすまいとしているかの様に。
そして、その前の事はなんやかんや上手くやれる事が多い。
ここまでは、
自分の中だけで不幸を処理できる。が、
最後に、
ごくたまに途轍も無い幸運だったり、
小さく幸運が続いたりという期間があるが、
決して油断してはいけない。
危険信号のサインだ。
上げて、上げて叩き落とされる。
受け取った幸福の分以上の不幸が降り注ぐ。
その規模は大きく死に関わる不幸もしばしば。
この状態に陥れば、人とは関わってはいけない
早くその事に気づけていれば、
家族と幼馴染を失わずに
済んだのかも知れないと何度も嘆き、
そして、自分にその運命を強いた神を恨んだ。
本当に居るのかそんな事はどうでも良かった。
そんな、思いからレイは毎度毎度、吠える。
「こんなもんかよ、神様。」と。
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ーーこの世界でも、恐らくそのルールは継続中。最初は怖くて近寄れなかったが、正常な今なら問題無いかもしれないな…
「それで、どうするの?レイ。」
その声は汚れなど一切ない水の流れのように、
一切の抵抗感なく、耳に入ってきた。
それに、考えていた思考が中断される。
「私たちは悪徳宗教ではないから、一応レイにも断るって選択肢もあるわよ?」
そう言って彼女は笑って手を差し出してきた。
ーーまぁ、今のとこ。不幸も正常だしな、
「他の選択肢出しながら手出してくるなんて、
よっぽど手を取られる自信があるんだな。」
差し出された手を取る。
すると、彼女は軽く微笑んだ。
「心細いでしょ。」
「魔女の迷子は記憶が無いんだからこの世界も始めて見るに等しいわ。まぁ、貴方の場合は違うんでしょうけど、でも。困ってたら誰かの手を取りたくなるものだし、私はそうするべきだとおもうの。」
「全く、その通りだったな。」
苦笑いに似た笑みが浮かんだだろうか。
そんな気がする。
「何がともあれ、これでスカウト成功ね。これで、新入りの身の安全は私が任されたわ。」
彼女はふぅ、と一息ついで立ち上がった。
「どうしたんだよ?」
レイが声をかけた瞬間彼女の空気が変わった。
まるで、首に無数の鋭利な刃物を突き立てられているような感覚。
文字通り、
命を握るかのように錯覚させられた。
先程までのせせらぎのような雰囲気は何処へ。
人が変わったかのようなその佇まいにレイは
息を呑む。
言葉が出ない、出せない。
レイの短い人生で初めての事だった。
「出てきなさい、不届き者。」
鍛冶屋が何年にも渡って鍛え上げた名刀の様な
鋭さと切れ味をその言葉は孕んでいた。
意味だけを見れば、"姿を見せろ。"だ。
しかし、彼女の声が聞いた者に抱かせる感情は
間違いなく"警告"だった。
「おや、これは、これは。ど〜してバレたのかな?」
警告から数秒後に岩陰から人影が姿を現わす。
「なん、だこいつ。気持ち悪りぃ。」
全身真っ黒の装束で多い、
顔の部分には妙な面を付けている。
さらに全身には纏わりつくように蔦が張り巡らされており、その異様さを際立たせていた。
「貴方、私がレイと手を取った時僅かに感情が振れたでしょう。抜かったわね、レイア教。」
先程の問いに警戒を一切解く事なく、
彼女が答える。
「いや、これは、これは。致し方無いでしょう。これ程までに魔女に愛された子を前にすれば、感情が振り切れても仕方のない事です。」
恐らく男、のような人が返した返答は、
一見返せているようで返せてはいない。
「それは、貴方も例外では無いですよ?貴方も十分、いや、十分過ぎるほどに魔女の愛に祝福されているのですから。これは、これは。大変素晴らしい事なのです。」
自己中心的に意見を述べ、投げつけてくる。
なるほど、話が通じない筈だ。
目の前の彼女を見ると同意見の様で、沈黙を
保っていた。
「だが、しかし貴方は…」
明らかに男の声音が変化した。
何トーン分かは分からないが、
低く、唸る様に喋り出す。
「貴方達は魔女のご自愛に報いず力だけを使い、私たちの様に命を賭して神命を達成しようとする同士達の邪魔をする。これは、これは。
到底許せる事ではありません。なので…」
男はそう言うと数秒黙り込んだ後こう告げた。
薄暗かった洞窟が男を中心に
一気に明るくなる。
「貴方も魔女の元に下るか、我が憎炎に焼き尽くされるか、選べ。」
男は手を広げ、そう警告する。
「なんだよあれ、鳥か?」
背後にはおびただしい数の
鳥の形をした火が発生する。
男が警告すると同時に鳥は一斉に羽ばたいた。
数秒後、押し寄せる熱風に瞳を細める。
ミオは眉一つ動かす事なく、手を前に出して
熱風を防いだ。
「火の鳥?しかもなんだよあの量…」
街でたまに見かける鳥の群れの何倍もある量の
火の鳥が命令を今か、今かと待ちわびている。
「お、おい。逃げようぜ、こいつ話通じないしそれにあれは見るからにやべぇ!」
目の前の光景に圧倒され、遅いかも知れないが
横に立つ彼女に逃亡を勧める。
「大丈夫よ。あれくらいどうって事無いわ。」
何の経験が彼女にそうさせているのか。
彼女は僅かにも心を乱す事無くそう言った。
「いや、あの量見えないのかよ!!完全にやべぇやつだよ!逃げるときは逃げる!戦うときは戦う!メリハリが大事だって…」
戦闘姿勢を解かない彼女にどうにか説得しようとして言葉を並べる。
「大丈夫。」
彼女は再度、そう言った。
その大丈夫、には優しさが含まれていて、
不思議と、 慌てていた頭が冷えて行く。
「貴方はもう私の部下。"葉"の部隊長の力、見ておきなさい?」
彼女は笑ってレイの頭をぽんと一度撫でた。
それに少し照れくさくなって顔が赤くなる。
パァン!!と、破裂音がした。
「おお!?」
急な音に驚き、
視線を上げると彼女が手を前に挙げている。
「無粋ね。人が話している時くらい待とうという気は無いのかしら。」
その手から展開された青い壁が
その爆発物の侵入と衝撃を拒んでいた。
僅かに入ってきた風が
彼女の白い髪をなびかせる。
「これは、これは。かーんぜんに不意を突いたつもりでしたが、いやはや。流石はユシル教の"葉"とでも言いましょうか。」
元凶である男は僅かに驚いたような挙動をして
そう言った。
「このくらい当然よ。」
彼女が静かにそう言うと、
彼女の体から青みを帯びた魔力が溢れ出る。
瞬く間に敵の火の鳥と同等の無数の矢の形に
変化した。
「ディナトース、メロウ。」
最後にそう詠唱すると、
彼女の背後に龍が現れる。
その圧倒されるような風格に、さぞかし厳格のある名前がついてるんだろうなと思った。
ーーシェンロンとか。
「スイちゃん、この子を守って。」
予想の斜め上を行き、
可愛い名前が付けられていた。
スイちゃん、と言うらしい龍は主人の命を受けると、こちらに大口を開けて突っ込んでくる。
ーーえ?
「ちょい、たんまたんまたんまぁ!!」
スイちゃんはレイ頭から思いっきり
かぶりついた。
ーー食われたあぁあ。
「ん?」
スイちゃんはレイを飲み込まず、
口の中に入れるだけに留めたらしい。
スイちゃんは透明で中から十分に外が伺える。
「その中にいたら安全よ。」
命を了承したのを見届けて、
視線と意識を男に向ける。
刺すような雰囲気が空間を再び支配する。
「さっきは攻撃してこなかったのね。」
「さーっきの攻撃は通じませんでしたからねぇ。しかし、これは、これは、運がいい。わざわざ、自分から最大規模の魔法を使い、体力を削ってくれるとは。」
男は彼女の行動を嘲笑うように体を剃りながら
そう言った。
「御託はいいわ。」
彼女はそういうと、手を前に挙げてこう言った
「ユシル教"聡明"、ソフィア・ミオ。」
それを受け取った男は今度は体を屈め、笑った
「これは、これは、ま〜だ貴方はそんな古いしきたりを?まぁ、それも一興というものですね。」
急に姿勢を戻し背筋を全力で張り、左手を後ろに組んでこう言った。
「レイア教"憎炎"の使徒。イグシャス:レーテ」
「さぁ、我が神命を邪魔する者に鉄槌を。我が憎炎の前に焼き尽くされるがいい。」
男が言い終わると同時に両者は互いの魔法に
指示を与える。
「メロウ!」 「リオ〜ザ。」
放たれた一本の水矢と火の鳥が衝突。
激しい爆発をあげ、
戦いの火蓋は切って落とされた。
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戦いはほぼ互角、いや。
彼女の完封と言うべきか。
レイア教の"憎炎"と名乗った男が
火の鳥に命令を与えると命が宿ったかのように
鳥さながらの動きで宙を舞い彼女に迫る。
対するユシル教"聡明"の彼女は、表情一つ変える事なく、弓を引き、放つ動作を行う。
彼女の背後に佇む矢はそれに従って放たれ、
不規則な動きで迫る火の鳥を的確に撃ち落とす
火の鳥と水矢が衝突するたびに、
水蒸気爆発が起こり、視界が悪くなる。
しかし、2人には見えているかのごとく的確に敵に攻撃を加える。
そんな好戦がレイの体内時計で
約5分ほど続いた頃、彼女が口を開く。
「もう、終わりなの?」
最後の火の鳥が水矢に貫かれ、
地面に落ち破裂する。
男の背後にはあれだけ無数に羽ばたいていた
火の鳥は一羽たりともいなくなっていた。
男は何も言わず、地面に膝をついた。
パーフェクトゲームだ。
「これが、魔法…かっけぇぇ!」
レイは目の前で起こった五分余りの戦闘に感動を覚えた。
無理もない、あの光景は男子であれば誰でも
憧れる。
「俺もあのくらい出来るのかな?」
スイちゃんも戦闘の終わりを見切ったのか、
レイを口の中からぺっと吐き出した。
「ふげっ。」
二度三度転がり周り、止まったところに丁度
出ていた突起に頭をぶつける。
「痛っつつ…」
いつもの痛みに耐えながら、レイは彼女に声をかけに行った。
「おいおい、すげぇな!!さすが…」
レイが背後から声をかけた瞬間、
刺すような気がレイに向く。
「どうしたんだよ、決着はついたんじゃ…」
振り返り、レイを目視して驚きの表情を向ける
「なんで?まだ完全に決着はついていないのに、どうしたのかしら…」
と、背後で一際大きな爆発が起こる。
先程までレイを守っていてくれたスイちゃんが
水飛沫を上げて吹き飛んだ。
「なっ、」
その事に呆気にとられていたレイの耳に、
気味の悪い笑い声が聞こえてくる。
「あ〜あ。これは、これは、やっとくたばってくれましたね。全く、魔女に背く罪深き龍め。
視界に入るだけでも目障りだったので、先にお掃除させてもらいましたよ。」
男は立ち上がりながら左手をひと凪すると、
先程と同等数の火の鳥が現れる。
「い〜やぁ、貴方、感知能力に優れているので
あの龍の背後に忍ばすのにこれは、これは、苦労しましたよ…」
右手を頭に当ててまるで陽気なピエロのように
喋り出す。
「っっ、お前…!」
感に触る言い方にレイが声を上げかけた瞬間、
隣から怒号が響く。
「黙りなさい。」
可笑しくてたまらないと言った行動の
男の周りに矢の雨が降る。
「拘束。」
彼女が手を握りながらそう言うと、
地面に刺さった矢は杭に変わり、鎖を放って
男を拘束した。
「お〜おぉ。これは、これは、お見事。」
男は全く焦る様子が無く、それどころか、
敵を褒める。やけに余裕だ。
その様子をみた彼女は、
不快に顔をしかめ、詠唱する。
「地に根張りて空に葉有り。"聡明"の名に置いて脅威を退ける力を与え給え。」
詠唱と共に、
彼女の背後に佇んでいた無数の矢が集まり、
一本の巨大な矢へと変化する。
彼女が弓矢を引き、
拘束した男に標準を合わせる。
矢はそれに応じて、
キリキリと後ろに引っ張られた。
「ディアトルズ・メロウ」
静かにそう言い、弓を放つと巨大な矢が目を見張るスピードで放たれた。
拘束された男には防ぐ術もあろうはずが無く、
矢は狙い通り、男の体を中心を貫いた。
「ぐごっ…ふっ…」
男は拘束と共に背後の壁に叩きつけられた。
立ち籠める土煙が晴れるのを待つ
必要がない程、完璧な一撃。
あの男の体を矢が貫く所をこの目で目にした。
ーーなのに…
「なんだ?この、もやもや。」
レイの身に降り積もった不幸の経験故か、
正体不明の不安と違和感がレイの体を支配する
「どうしたの?レイ?」
ふぅ、と一息をついた彼女が
レイの様子に疑問を立てる。
「いや、実はまだあいつ倒れてねぇんじゃって、思って…」
ふと、首筋を冷たい何かがなぞる。
前側から、後ろ側。
条件反射で視線も前から後ろへ……
「ミオ、後ろだ!!」
考えるよりも先に声が出ていた。
「ディナト〜ス、リオーザ!!」
そう詠唱した男の掌から火の怪鳥が放たれる。
怪鳥は先程までは比較にならない程の
熱量を放ち、スピードも段違い。
おそらく威力も段違いだろう。
「どうして?魔力は感じなかったはず…」
振り返った彼女はそう言いながら、
人差し指をピッ、と上に上げた。
すると、
怪鳥の進行方向に巨大な水の盾が現れた。
ギィヤァァァ!!
悲鳴の様な声を上げて
怪鳥は思いっきり盾に突っ込んだ。
「拘束。」
衝突したのを確認すると、
握りつぶすように手を握る。
それに応じて盾から無数の鎖が発生し、瞬時に
鳥の体を拘束すると、グイッと引っ張るように
水の中へと引き込んだ。
怪鳥は体をひねり悶え暴れる。
完璧だ。たとえどんな火だろうと、水の中に
入れてしまえば消える他無い。
「か、完璧だな、」
「当然よ。この程度の魔法で私の盾が破られてたまるもんですか。」
目の前の光景に正直に出てきた感想を口に出すと、視線を一瞬こちらへ向けてそう言った。
そう言ったミオの手により一層の力が入る。
次の瞬間、怪鳥の断末魔が聞こえ爆発した。
盾の内部でボコボコと衝撃が暴れまわったが、
それだけだ。
「さぁ、次はどうするの?同じ手は二度と通じないわよ。」
怪鳥を放った男はぐったりとこうべを垂れ、
何も言わなかった。
「何も言い残す事は無いようね。」
彼女はそう言うと
手を上に上げて、水弓を手にした。
弦に手をかけると、そこには水矢が。
「さよなら。」
ピン、と張られた弓矢が寸分違わずに
男に放たれた。
無抵抗の男に避ける動作は見られず、
水矢は胸のど真ん中を貫いた。
前のめりに倒れながら男が吐血。
赤黒い、というより
ドス黒い血が吐き出された。
死んだ、今度こそ。死んだはずだ。
そう確信した瞬間、再び首筋を撫でる何か。
ーーなんなんだよ、これ。気持ち悪りい。
何度か体験したそれは、
無視出来るレベルにまで慣れが来ていた。
「ディナトース、リオーザ。」
しかし、その思考の過ちが、悲劇を招く。
「きゃっ!」
横に居たミオのが火の怪鳥に押されて
前に吹き飛んだ。
「なっ、」
その勢いは衰える事無く、
手前の壁に衝突、直ぐに派手に爆発した。
「い〜や…これは、これは。私を二度も殺すとは。全く、殺すには惜しい存在でしたねぇ。」
声のする方へ視線を移すと男が掌を向けていた
「お前、さっき死んだはずじゃ!」
胸に矢の穴が開いてもなければ、
吐血の跡も無い。
完全に無傷で男はそこに立っていた。
「あ〜ぁ…魔女に愛されし使徒よ。おお!!これはこれは、大変素晴らしい。目眩を覚える程の魔女の愛をその身に宿しているでは無いですか…未だかつて見たことの無い才能に私は打ち震えて居ますよ。」
レイの問いを完全に無視して、ゆっくり歩み寄りながら男はそう言った。
「気持ち悪りぃから寄るんじゃねぇ。」
その様子に黒い靄の女を思い出し、吐き捨てるようにそう言う。
が、
ーーけど、なんだよ。これ、
足が地面に打ち付けられたかのように動かない
胃がキリキリと締め上げられ、
レイの不幸センサーが全力を挙げて警告する。
コイツは危険だ。
「あ〜ぁぁ…我が同胞よ。先の女に良からぬことでも囁かれたのか。これは、これは、可哀想に、それもそうでしょうね。貴方程の愛に満たされた使徒をユシルの奴らが見逃す訳が無い。でも、安心して下さい。時期に理解できるでしょう。貴方がどれだけの愛をもたらされているのか、それが素晴らしい事かを。」
男は目の前まで着くと急に膝が折れ、
地面に手を付いた。
縋るように、慈しむように一言一句、
そう言う男の様子を見て全身に寒気が走る。
「気持ち悪りぃ。」
口ではそう言うが、体は動かない。
金縛りにでも合っているかのように言う事を
全く聞き入れない。
「ま〜ったく。これは、これは。強情ですね、貴方は。」
声音が完全に変わり、先程の気配も何もかも
無かったかのように立ち上がった。
「こ〜れは、これは、致し方有りませんね。本来であればこの手段を使いたくは無かったのですが…」
男はレイの頭に手を置き、詠唱を始めた。
「*****・****」
その言葉の意味は何一つ、理解出来なかったが
そのトーンと、リズムは呪いに似ていて
その声を聞くと、心が痒くなった、ら
「何してやがる。その気味が悪い詠唱をやめろ!」
その感覚がむず痒くてそう言うが、
相変わらず、体は動かない。
口はかろうじて動かせてはいるものの、
普段と比べれば喋りにくさは倍増している。
一言一句、絞り出すのにも気を使う。
「辞めろって、言ってんだろ!!」
一際、大きな声を上げる。
すると、目の前の男が不思議そうに首を傾げる
「こ〜れは、これは、不思議ですね。貴方、これっぽっちも変わらないでは無いですか。」
「何のことだが、分からねぇけどその汚い手と
呪いみたいな詠唱を辞めやがれ!!」
レイがそういうと、
男は手を離し近くにある岩に座り込んだ。
足を組み、手を顎に当てているその様は
考える人そのものだ。
「あと、早くこの金縛りを解け!!」
ーー彼女が、ミオが心配だ。
ーー俺の予想が外れてないとすると、トリガーであるミオはまだ生きてる。
「クソ、無視かよ…」
男はレイの事はガン無視で、
ぶつぶつと呟きながら考えている。
「うぉぉ!」
「わ〜かりましたよぉ。これは、これは、私の落ち度でした。神命を完遂すべき私の確かな怠惰。これは許される事ではありません。ならば!やるべき事は一つ。出来るまでやる。それだけです。」
急に立ち上がり、眼前に迫り上がる男に
驚きの声が漏れてしまう。
そんな様子は意に介さず、
男は再びレイの頭に手を置いた。
「どうやら、いくらやってもアンタの望む結果は得られなさそうだから早めに辞めといたほうがいいぜ…」
苦し紛れにそう言うが、男は黙って詠唱を始めた。
「*****・****」
「*****・****」
「*****・****」
無限に繰り返される呪いのような詠唱。
もう何分たっただろうか。
30分?1時間?それ以上経ってる気がする
ーーダメだ、眠くなってきた。
意識がふわふわとしてくる。
ーーこんなの気味が悪いにもほどがある。
ーー俺は早くあの方の為に働かないといけないのに。
ーーあぁ、早く終わらせてくれ。
ーー早く、あの方の…
「っっ!!なんっだコレ!!」
眠気に誘われ、無意識に近い状態で思った事に
漠然とした恐怖が襲う。
自分の思考に他人の思考が矛盾する事なく
入り込んでくる感覚。
ーーいや?これ、自分の思考か?
「ぁ〜ぁ。これは、これは、やっと分かってきましたか。」
遠く、男の声が聞こえる。
あの時の感覚に似ている。
黒い靄の女に感情を強制させられた感覚。
他人に植え付けられた感情の種を自分のものと
して大切に育てさせられる。
その事に違和感すら抱けない。
それは果たして俺、自分?と言えるのだろうか
「クッソ、神様め。こんな、モンかよぉぉ」
口から自然と出たのはいつもの口癖。
しかし、この言葉が活路を切り開いた。
ーーそうだ、忘れてた。
俺にこんな不幸を強いた神に人生の最後で胸を張って一発言ってやるのだ。
楽しかったぜ、俺の人生!と。
ーーじゃあ、まだまだ負けてらんねぇ!
「へへっ…」
そう決意した瞬間、自然と笑みが生まれた。
その笑みに無限に続いた詠唱が中断される。
「これは、これは。どうしてなのです?おかしいのです。深度はすでに3を突破したはず。なのに、何故、なぜ、何故!貴方は変わらないのです!!」
手を広げ、分からないといった表情で
まくし立てる男。
レイは手を一度強く握った。
金縛りは何処へやら、体が嘘みたいに軽い。
「こんなモンかよ!神様ぁぁ!」
男の眼前に寄り、顎の下から右アッパーを
炸裂させる。
男はド派手に宙を舞い、後ろに倒れこんだ。
「決めた。」
「な、何をです?」
男は何が起こったのか分からないといった表情で顎を抑えている。
「俺は彼女、ミオについて行く。」
レイの頭の中に走馬灯のように駆け巡る。
まだ会って間もなすぎるが、会って間もなすぎる俺の事を信用して、命がけで守ってくれた。
それに、花を楽しそうに愛でる顔が何より、
悠莉にそっくりだった。
レイにはこれだけで充分だ。
ーー絶対、救ってやる。
そう思った瞬間、驚きの様子の男を置き去りに
意識が無理やり刈り取られた。
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バトルシーンはやっぱり疲れます!!