俺ん家の食卓に愛華が!
前回のあらすじ
押入れにいた愛華が嶺奈と遭遇するとういう万事休すなシチュエーションを迎えた祐矢。
しかし嶺奈は愛華を思いの外気に入ってしまい、愛華の存在は口外しないと約束。ひとまず危機を逃れることに成功した。
だが依然として家族には内緒にしてる状態であったため、当面の愛華の食事事情を救済すべくDPを確保する目的で部屋を出た祐矢であったが……
父ちゃんと一緒に家に入ると、透かさず俺の部屋へと直行。昆虫を虫かごに移した。
「これでよしっと」
後は一時間経つまで待てばいい。その時どれだけのDPが手に入るか今から楽しみだな。
ちょっとだけダンジョンメイクの楽しさが分かった気がする。
「――さて、腹も減ったし後は飯を食ってからだな」
リビングに向かうと、父ちゃんがソファーで寛いでるのはいつものことだが台所が騒がしい。
家には訳あって従姉妹がいるんだが、妹の今日香はともかく明日香姉ちゃんが台所に立つなんて、サーカスの団長が動物に玉乗りを仕込まれるくらいに有り得ない。
だが今まさにその現象が起こってるのは間違いないので、俺の頭がやや混乱している。
トントントントン……
「あらあら~、凄く上手ね愛華ちゃん」
「ホントホント、いいお嫁さんになれるよ!」
「お誉めいただき光栄です」
母ちゃんと今日香が手放しに誉める。特に今日香はツインテールをブンブン振り回すはしゃぎっぷりだ。
そして先程から聴こえるリズミカルな音。これは愛華の包丁捌きによるものらしい。
「お嫁さんか~。ねぇ愛華、ウチの嫁にならない? ウチが外で働いてる時に愛華が家で働くの。いいアイデアでしょ~ぉ?」
「お給料次第ですね」
「タダでいいじゃんケチィィ。同じポニーテールのよしみでさぁ」
何故か猫なで声で誘惑した明日香姉ちゃんだったが、給料という壁の前に撃沈した。
ご覧のようにこの姉ちゃんは家事を大変苦手としており、大学生になった今でも家事には一切手を出さないという有り様である。中学生の妹は得意なのにな。
しかしこの流れで姉ちゃんが台所にいる理由が分かった。愛華が家事をこなしてるのを見てただけだってことに。何はともあれ天変地異ではなかったので一安心と。
「ん? あれ?」
……おかしい。今の流れで何かがおかしいと感じたぞ?
まず父ちゃんはいい。母ちゃんも問題ない。そして従姉妹がいるが、これもいつもと変わりない。
そして愛華――
そうだよ、愛華だよ! いなくなったと思ったら台所に立ってんだもんなぁ。
部屋から消えた愛華を捜してたんだし、これにて一件落着だ。
「お~い祐矢、そんなところで突っ立ってどうした? 御飯できてるぞ?」
「手を洗って早く座りなさい」
「は~い」
両親に促されるまま手を洗って食卓につく。
だが……
「美味し~い! 愛華ちゃんってば天才!」
「あらあら~、私の出番が無くなっちゃうわねぇ」
「とんでもない。わたくしなどまだまだ未熟者ですので、お母様の腕前には遠く及びません」
「あら~、お世辞でもありがとうね」
……おかしい。何かがおかしい。見た目はいつもの食卓なのに、いつもとは違う感じがする。
何か重要なものを見落としてる気がしてならないんだが、この違和感は何だ?
「あれ? 祐君ってば箸がすすんでないじゃない。手伝ってあげようか?」
「――って、やめろよ姉ちゃん、他人のおかず盗るんじゃねぇ! これから食うんだよ!」
「ケチィィ」
ったく油断も隙もねぇ。
「ふむ……愛華の腕は素晴らしい。歯応え良し、味も良しとなれば、毎日でも作ってほしいくらいだ」
「あらあらアナタったら~、私の料理が気に入らなかったのかしら~?」
「ご、誤解だ母さん! そういう意味ではけっしてな――ギェェェーーッ!」
う~ん、父ちゃんの失言で母ちゃんにシメられる光景もいつも通りだし、違和感の正体が掴めない。
「おかわり~!」
「おかわりですね――はい今日香さん。祐矢さんもどうですか?」
「あ、俺? 俺は――」
へらを持った愛華に顔を向ける。
すると愛華と正面から向き合う形になり、ハッキリと視線が合わさった。
その瞬間、俺は大きく仰け反る!
「あああ!!」
そうだよ、愛華が普通に馴染んでるじゃねぇかぁぁぁ!
「ななな、なんで愛華がここにぃ!?」
思わず橋を手にしたままで愛華を指して立ち上がる。今になってようやく違和感の正体が判明した。
「あらあら祐矢ったら~、橋で人を指したらダメでしょ~? お仕置きが必要かしら~?」
「そうだよ祐兄、愛華ちゃんに失礼だよ?」
「あ! ゴ、ゴメン! そんなつもりじゃなかったんだ」
今日香はともかく母ちゃんの笑顔が怖かったので、おとなしく着席する。犠牲者は父ちゃんだけで充分だ。
「に、逃げろ祐矢。今の母さんに逆らってはダメだ!」
「あらあら~、まだ無駄口を叩く余裕があるのかしら~?」
「ギェェェーーッ!」
父ちゃんの二度目の失言により、母ちゃんの関節技が威力を増す。
ゴキゴキと鈍い音を立ててるのが物凄く不安になるが、とりあえず俺を巻き込まないでほしい――って、そんなことより今は愛華だ。
俺は表面上の冷静さを取り繕い、隣に座ってた愛華にソッと耳打ちした。
「いったいどうなってんだ?」
「どう……とは?」
「今のこの状況だよ。誰も愛華を不審に思わないのはおかしいじゃないか。いったいどんなトリックを使ったんだ?」
「おかしなことを言いますねぇ。種も仕掛けもありませんよ?」
「へ?」
思わず間の抜けた声を上げちまった。
種も仕掛けもないっていったい……
「普通に正体を明かしただけです」
「ホワァ!?」
正体を明かしただと!?
それって………
「つまり、異世界から来たダンジョンコアだということを説明させていただきました」
「んな!?」
あろうことか、秘匿にすべきことを自らの口から解き放ってしまったと言うのだ。
「どどど、どうしてそん――「落ち着いてください。居候の件もちゃんとご両親に許可をいただいたので、まったく問題はありません」
「いや、問題ありませんって……」
一歩間違えば不審者として通報されるところだったのに、この堂々とした振舞い――逆に感心する。
「だいたい部屋から出るなって言ったのに何で出たんだ?」
「おや? わたくしが聞いたのはここから出るなという命令だったはずですので、ここから――つまりダンジョンからは一歩も外へ出ておりませんよ?」
ダンジョンからは出てない。逆に言えば、部屋の外までダンジョンが拡張されてた場合は出ることができる。
「つまり、残りの51ポイントを使ってダンジョンを拡張した後に部屋から出たんだな?」
「ご名答です。ついでに言えば、費用は50ポイントでした」
大方部屋を出たところで従姉妹と遭遇したんだろう。
「そういえば祐兄、どうして愛華ちゃんのこと黙ってたの? ちゃんと話してくれればよかったのに」
「そうよねぇ。祐君ったら冷たいわよねぇ。こ~んな可愛い娘を隠そうとするんだもん。その点ウチは優しくしてあげるから、いつでもウェルカムよ?」
普通は隠そうとするよな? この流れだと俺がおかしいみたいになってるけど。
「だってダンジョンコアだぞ? 言っても信じないだろ普通」
「それは祐兄の誠意が足りないからだよ? 真剣に話してくれたらキチンと分かってくれるんだから」
「ええ……」
いやいやいや、そんなバカな。
「うぐぐぐ……。そ、そうだぞ祐矢。異世界からの来客なんて滅多にないんだから、皆で歓迎すべきじゃないか」
「そうよ祐矢。それにダンジョンって聞くとワクワクしてくるじゃない♪」
不思議なことに、両親は完全に信じてしまったようだ。
ってかこの両親大丈夫か? 振り込め詐欺とかに引っ掛からないだろうな?
「皆様のご好意――誠にありがとう御座います。この愛華、誠心誠意冴木家のために尽くしたいと思います」
こうしてなんだかよく分からんうちに、愛華の存在は家族全員が知ることとなったのである。
が、その日の夜。さっそく別の問題が浮上した。
「愛華ちゃん、私の部屋で寝よ?」
「いえ、わたくしは――」
「今日香、あまり愛華を困らせちゃダメでしょ? ――ってことで愛華、ウチと一緒に寝るのをお薦めするわ」
「ですがわたくしは――」
想像以上に愛華への好感度が高いらしく、我が従姉妹に大人気の様子。
更に……
「よ、よければパパと一緒に――「あらあら~」――ギ、ギェェェーーッ! か、母さん、ロープだロープ!」
……とまぁ父ちゃんをも魅了する始末だ。
まさかここまで人気者になろうとは愛華本人も思わなかったろう。
そう沁々とした感想をいだいてたところへ、とてつもない爆弾が投げ込まれる。
「申し訳ありません。ダンジョンマスターである祐矢さんの命令で、祐矢さんの部屋で一緒に寝るように命令されてますので、皆様のご要望にはお応えできません」
その瞬間、冷たい視線が俺に突き刺さる。
「お、おのれ祐矢、まさか父を出し抜くとはなんと親不孝な――「あらあらあら~」――ギェェェーーッ!」
父ちゃんは失言に次ぐ失言により強制連行されていった。勿論母ちゃんにな。
だが他二つの視線が痛い。
「……祐兄、愛華ちゃんと一緒に寝るつもりだったの?」
「え……い、いや、まぁ……そのぉ……いろいろとあってね?」
「ふ~ん? いろいろとねぇ……。例えば何が有ったのかしら?」
「いや、何って……」
マズイマズイマズイ、何でか知らんが俺が悪いという流れになっちまった! なんとか弁明しなくては……
「そ、そうそう、アレだよアレ!」
「「アレ?」」
「あ、愛華の存在を隠したかったんだって!」
「「…………」」
嘘は言ってない。愛華の存在がバレれば警察につき出される可能性もあったんだし。
「じゃあ何で一緒に寝る必要があるの?」
「俺は一緒に寝ろとは言ってないぞ? 部屋から出るなとは言ったがな」
「ホントかしら」
「ホントだよ!」
くそぅ、なんて疑り深いんだこの二人は。
こうなりゃ愛華に証言してもらうしかない!
「愛華、お前からも言ってくれ」
「いえ、わたくしはてっきり夜伽を仰せつかったと思ってたのですが、違ったのですか?」
「ちっがぁぁぁぁぁぁう!」
なんてこと言いやがんだコイツ! まさか爆弾を増やしてくるなんて思わねぇよ!
……ってか夜伽してくれるんか? ああ、いやいや、当然もしもの話だが。
「祐君、あなた……」
「ちちち違う、誤解だ! 断じてそのような意思はない!」
明日香姉の視線がますます鋭くなった。
マジで誤解なんで、そのゴミを見るような視線は勘弁してほしい。
「よとぎ……って何?」
「それはですね――「だぁぁっと! 余計な事は教えなくていい。というか教えんな!」
慌てて愛華の口を塞ぐ。明日香姉に続いて今日香にまで氷点下の視線を向けられたくはないからな。
知らないなら知らないままでいてほしい。知るときっと後悔することになる。主に俺が。
「コホン! とにかく、全ては誤解だから勘違いしないように!」
「よく分かんないけど分かった」
とりあえず今日香は納得してくれたようだ。
よく分かんないという部分が若干気にはなるが、細かいことを気にしても仕方がない。
後は明日香姉だけなんだが……
「……ま、そういうことにしときましょ」
疑いが完全に晴れたわけじゃないようだが、一応は引き下がってくれた。
「で、結局愛華は誰の部屋で寝るの? ウチの部屋でもいいのよ?」
「お姉ちゃんずるい! 愛華ちゃんは私の部屋で寝るの!」
「またワガママ言って……」
「それ、お姉ちゃんもだよね?」
今度はこっちの姉妹が争いだしたか。
「愛華、このままじゃ埒があかないし、お前が決めろ」
「わたくしがですか?」
「そ。愛華が決めれば文句は言わないだろ」
「なるほど。でしたら――」
「やはりダンジョンマスターである祐矢さんの部屋が理想ですね」
はい。振り出しに戻ってまいりました。
再び俺を交えた姉妹喧嘩が再開されるが、最終的には愛華の意思――(俺がこっそり命令してると疑われたが、愛華に否定してもらって納得させた)を尊重する形で幕を閉じた。
しっかし波乱な一日だったとつくづく思う。
楽しいっちゃ楽しいが、もう少しマイルドな日々を送りたいもんだ。
――と、ベッドに潜り込んだ俺はその日の感想を漏らすのであった。
「祐矢さん。狭いので、もう少し端に寄ってくれると助かるのですが」
「ん? ――ああ、すまんすまん」
「ダァァァァァァッ! なんで俺のベッドにいるんだよ!?」
「はい。ご迷惑をお掛けしたお詫びとして、せめて添い寝くらいはサービスすべきかなと思いまして」
「んなサービスいら――いや、あってもいいけど今はいらん!」
実に素晴らしいサービスだが、朝方母ちゃんに見られでもしたらそれこそ家族会議だ。
「とにかく、今日のところはコアルームで寝てくれ」
「畏まりました」
少々もったいないと思いつつもコアルームへ帰す。
こうして、今度こそ波乱な一日は終わった。
その後、ベッドに残った愛華の温もりで妙にムラムラすることになり寝不足のまま次の日を迎えることになったが、こんな日常も悪くないかもしれない。