ユニコーンの涙
それは遥か昔、まだ私達が何時でも神様とお話ができた時代の物語です。神様はいつも傍にいて私たちを守ってくれました。私自身この目で神様の本当の姿を見たことはないけれど、私たちが困っているときは気軽に言葉を掛けてくれました。
村長の仰ることによれば、神様はあらゆる動物の姿になり、私たちがどんなことをするか観察したり、私たちがむやみに生き物を殺さないように絶えず見守っているのだそうです。私は子供の時この話を聞いて神様は偉いんだなと感じたのと同時に、むやみに生き物を殺してはいけないんだなと思いました。その頃は人間はとても優しい生き物で、同じ仲間同士で争いあうことはありませんでした。
ユニコーンの涙
それは遥か昔、まだ私達が何時でも神様とお話ができた時代の物語です。神様はいつも傍にいて私たちを守ってくれました。私自身この目で神様の本当の姿を見たことはないけれど、私たちが困っているときは気軽に言葉を掛けてくれました。
村長の仰ることによれば、神様はあらゆる動物の姿になり、私たちがどんなことをするか観察したり、私たちがむやみに生き物を殺さないように絶えず見守っているのだそうです。私は子供の時この話を聞いて神様は偉いんだなと感じたのと同時に、むやみに生き物を殺してはいけないんだなと思いました。その頃は人間はとても優しい生き物で、同じ仲間同士で争いあうことはありませんでした。
私は母親のお腹から産まれたのですけど、母の母のそのまた母をずーと辿っていくと最初の母は神様が御作りになったということです。
私の母は私が夫の下へ嫁いだ直後、病気で亡くなりましたが、人は死ぬと神様の下で暮らすのだと思っていました。でもそれは誰かがいった言葉ではなく、いつしか私の頭に刷り込まれた記憶に過ぎないのかもしれません。なぜ私はそのように思うようになったのか、きっと死ぬのが怖かったんだと思います。人は死んでしまうとまったく動きませんし、いくら話しかけても返事をしません。寝ている人に話しかけてると起きる人もいますし、身体を動かしそのまま寝てしまう人もいますが、それは死んだ人と明らかに違います。だから人が死んだら神様の下で暮すというのは単なる私の幻想で、私自身が勝手に思い込んでいただけなのかもしれません。ある時ふとそれを思い出し神様に聞いたことがあります。
『私たちは死んだらどうなるのですか』その時神様はこう仰いました。『あなた達人間に限らず生きているものには、好むと好まざるとに拘らず必ず終わりがくるのです。つまりあなた方人間も永遠に生き続けることはできないのです。でもあなた方に死んだ後どうなるのか、私が教えたら大変なことになってしまいます。もし死んだ後の世界が今のあなた方のいる世界より、より楽しい世界があれば、あなた方の中にはそちらの世界がいいと思い、自ら命を絶つ者も出ないとも限りませんし、またその逆に今の世界よりも、物凄く辛い世界があると分かればあまりにも生に対し執着しすぎて、死への恐怖がより一層大きなものになってしまうでしょう』神様にそのように仰られると、確かに死んだ後のことが分かってしまったら、私たちは今の生活を維持していけなくなってしまうでしょう。そう考えると私たちは死んだ後のことを知らないほうが幸せなのかもしれません。
私には夫と二人の息子がいました。息子の一人は既に一人前で夫と狩りに出るくらい逞しく育っていましたが、もう一人は幼く狩りに出るのはまだ先のように思われました。私がいる村ポロスは東にパラブリ山という剣のように尖った山があり、西側には大きなイドラという名の湖があります。そして北にはポポスという比較的なだらかな山があり、南にある道をどんどん行くと、隣村のトノスに通じる道が開けています。冬になるとここら辺は雪に覆われあたり一面真白になりますが、パラブリ山だけは狼の牙のように尖っているため、所々にしか雪が積もりませんでした。
私は行ったことはありませんが、あの険しいパラブリ山の反対側には深い谷がありそこには魔物が住んでいるという噂でした。そしてその谷の向こうには冬でも暖かい楽園があるらしいのですが、そこには未だに誰も行ったことがありません。それでも幼い頃その楽園に行ってみたいと思い、父に頼んで連れて行ってくれといったのですが、父はお前は小さくてあのパラブリ山を登ることが出来ない。もう少し大きくなってあの山を登れるようになったら連れて行ってあげてもいいといいました。しかし父が亡くなって今思い出してみると父もパラブリ山の向こう側には行ったことがなかったんだと感じました。いや父だけでなく、ここの村人は誰一人パラブリ山を越えた者はいなかったのだと思います。
私達の村は土地が痩せていて、作物が殆ど育だたないため、男達はマンモスを捕獲しその干し肉や毛皮などを隣村まで持って行って果物や穀物に交換するのです。またマンモスの骨は武器にしたり飾り物にしたりと、色々な使い道があり重宝がられていました。
マンモスはポロスの男達だけが倒せたのですが、毎年何人もの若者がマンモスの牙の餌食になりました。しかし私達はマンモスが唯一神から与えられた恵と思い、謝肉祭の時は感謝の気持ちを込めマンモスの頭の部分を神様に捧げるのです。この時だけ神様は狼に姿を変え山から下りてきます。そしてマンモスの肉を腹一杯食べると再び山に帰って行きました。
私にはニヤマとパヤマと二人の息子がいました。今日でニヤマが亡くなって丁度一年経ちました。ニヤマは父親と一緒に狩りに行ったきり二人とも二度と私の下へ帰ってこなかったのです。
一年前のその日は雪が多少ちらついていましたが、男達は何時ものようにマンモスを追って山に向かいました。男達が狩りに行くと十日位は帰ってきません。しかし今回の狩では他の男達が帰ってきても私の息子のニヤマと夫は何時まで経っても帰ってきませんでした。
私のところに村の長がやってきたのは、二人が狩りに出てから二十日目のことです。男達はマンモスを追って北山の方へ行きました。マンモスはとても大きいので、男達はマンモスを崖に追い込みそこから突き落として捕獲するのですが、私の夫とニヤマ、そして他の男達三人はマンモスの反撃に合い、牙で突かれたり長い鼻で叩かれ踏み潰されて死んだのだそうです。
しかし私達の村ではマンモスと戦って命を落とす事はとても名誉なことで、生き残った私とまだ幼いパヤマは、この先英雄の家族ということで皆から崇められました。
村には私の夫や息子のようにマンモスと戦って命を落とし、寡婦(夫が亡くなっても再婚しないでいる女)になる人も沢山いました。私たちは互いに助け合い励ましあい協力して生活していました。
確かにマンモスと戦って死んだ者は勇者として称えられ、村ではそれなりに優遇された生活を送れるのですが、それでも昨日まで寝食を共にしてきた夫や息子が突然いなくなってしまうことは、この上もなく寂しいことに違いありません。
幼かったパヤマも父と兄が突然いなくなり寂しかったと思います。しかし勝気なパヤマは決して寂しそうな表情はせず、大きくなったらお父とお兄の仇を討つといっていました。村の狩の名人のところへ行っては手ほどきを受けているようでした。
それから更に年月が経ちパヤマも一人前の男に成長しました。パヤマはニヤマより身体も大きく気持ちもより攻撃的でした。当然のことながらパヤマも村の男達とマンモス狩りに行くことになりました。パヤマはこの日が待ちきれないようでした。
村の長から授かった短剣をいつも研いていました。私にも「この剣でマンモスの止めを刺す」といっていました。
パヤマは父親と兄がマンモスに殺されたため、他の誰よりもマンモスを倒すことに情熱を持っていたのだと思います。自分は絶対マンモスには負けない強い精神力を持っていると信じているようでした。
私は男達がマンモス狩りに行く朝、パヤマに無理をせず絶対無事に帰ってきてくれるようにお願いしました。パヤマは笑って「母さん心配しすぎだよ。僕は絶対マンモスなんかに遣られないよ」といっていましたが、私は心配で仕方ありませんでした。
マンモス狩りに出発するその日は雪が舞っていました。私達村の者全員が、村長の下に集まり盛大に男達狩人を送り出しました。長はだいぶ年を取っていたため、自らは狩には行きませんでしたが、長の息子や孫たちは皆狩りに参加しました。
私は息子たちが狩りに出た日から、息子が帰ってくるまで毎日神様に祈りました。どうか息子が無事で帰ってくるようにと。
マンモスは大抵群れで生活しているらしいのですが、マンモス狩りはその中で一番大きなマンモスを仕留めるのだそうです。
男達が狩りに出て既に十五日が過ぎましたが、男達はまだ帰ってきませんでした。いつもは十日ぐらいで大きなマンモスを仕留め帰って来るのに、十五日が過ぎましたがそれでも男達は帰って来ませんでした。私は心配で男達に何かあったのではないかと思ったくらいです。
私が心配していると、十八日目にしてやっと大きなマンモスを仕留め帰って来ました。
村の入り口にある見張り台で、交代で見張りをしている子供が大きな声で叫びました。
「帰ってきたぞー」村の皆が村の入り口に向かいました。
男達の先頭に歩いていたのは、村長の息子のバラモです。雪焼けした顔は誇らしげに出迎えた私たちを見ていました。大きなマンモスは既に解体され橇に乗せられていました。男達がどんどん村に入ってきます。パヤマは今回の狩が初めてだったので、おそらく列の一番後ろでしょう。私は早く息子の勇士を見たくて内心うきうきしていました。今までの心配が嘘のようにどこかへ吹き飛んでいました
男達の最後列に橇に仰向きに乗せられた男が運ばれてきました。それがパヤマと分かった時、視界に入るものがすべて遠のいていくように感じたのです。私は思わずパヤマに駆け寄り「パヤマ」と声を掛けました。しかしパヤマは目を開けず、苦しそうに唸っているだけでした。お腹の辺りに目をやると着ている毛皮から薄ら血が滲み出ているのが分かりました。
あろうことかパヤマまでニヤマ同様マンモスの牙の餌食に遭い大怪我をしてしまいました。怪我はかなり酷く今にも息を引き取りそうで、私はすべての希望が砕け散ったような沈痛な気持ちになりました。夫と長男を亡くし女手一つで育てやっと大きくなったと思ったパヤマまで逝ってしまったら、あと私にいったい何が残るのでしょう。母としてこんな辛いことはありません。目の前が真っ暗になり、そこにあるのは絶望だけでした。
私は居ても立っても居られなくなり唯ひたすら神様に祈りました。その時私は神様なら私のいうことを必ず聞き入れてくれると信じていました。それがたとえ自分勝手な考えだとしても神様は分かって下さると。
マンモスと戦って亡くなる男達は決して少なくありません。けれども私はどうしても自分の子供が目の前で亡くなっていくのはとても耐えられなかったのです。
「どうして私の大切な者が皆逝ってしまうのですか。神様どうか私の息子を御助け下さい。そのためなら私はどんなことも厭いません」
そんな私の願いが神様に届いたのでしょうか。暫くすると神様はいわれました。
「死ぬことは決して不幸なことではない。しかしお前がどうしても願うのなら私はそれを叶えることができる。今からパラブリ山を越え更に東に行くとそこには角が一本生えたユニコーンがいる。そのユニコーンの角を取ってきてそれを粉にして煎じて飲ませればパヤマは必ず良くなるであろう」
何時も神様は声はすれども姿は見せません。その声は透き通るように美しい声に聞こえました。この時ほど神様に感謝したことはありません。神様あなたはやはり偉大なかただった。
「分かりました。私はそのユニコーンを必ず捜して角を取ってきます」
「いっておくが剣のように尖ったパラブリ山を上るのは、大の男でも大変なことだぞ。その覚悟がおまえにあるというのならおまえの息子の命を三日だけ延ばしてやろう。三日経つとパヤマは神の下に召されることになる」
神様はそれだけいうと、また気配を消してしまいました。神様は約束は絶対破りません。これでパヤマは助かる。そう私は確信しました。
私は神様が仰った東の山の向こうにユニコーンを捜しに出ました。山は険しくちょっとやそっとで登れるものではありません。皮で作った履物には雪が滲みこんで歩行をいっそう困難にした。
険しい崖をやっとの思いで登ると、身体は傷だらけになりました。そしてそこから更に東に行くと、そこは一面のお花畑でした。赤い花や黄色い花。今まで氷の硬い岩場を越えてきたとは信じられない景色が目の前に広がっていました。私の村からそれほど遠くないこの場所に、こんな美しい場所があるなんて夢にも思いませんでした。子供の頃聞いた楽園は本当にあったのです。
私が景色に見とれていると、目の前に白い一角獣が走り抜けていきました。真直ぐ伸びた鋭く尖った角は良く見ると巻き貝のように螺旋をえがいていました。真白な体と真丸の目。白い長い鬣は太陽の光に反射して銀色に輝いていました。こんなに美しい生き物を私は今まで見たことがありません。
きっとあれがユニコーンなのだわ。私はそのユニコーンを捕まえようと追いかけました。
しかしユニコーンはなかなか捕まりません。ユニコーン追いかけていくと小さな池に出ました。何とそこにはユニコーンが何十頭と遊んでいるではありませんか。私はユニコーンを捕まえようとしましたが、すばしっこくてとても私には捕まえることができません。ユニコーンを追いかけているうちにあっという間に二日が経ちました。
当然のようにユニコーンは私に捕まらないように逃げました。それは私たちが自由に空を飛べないことぐらいにユニコーンを捕まえるのが不可能に思えてなりませんでした。
あのパラブリ山を登ってきただけで、私は既に体力が限界に達していました。精根尽きた私は池の辺にガックリと膝を落としました。
神様がユニコーンの角をパヤマに飲ませれば、パヤマは助かるといわれた時、私は直ぐにもユニコーンの角が簡単に手に入ると思っていました。しかし今まで見たこともないこの美しい生き物がこんなに沢山私の前にいるのに、私に捕まるユニコーンが一頭もいませんでした。このままだと悪戯に時間が過ぎていくだけです。何とかユニコーンの角を持って帰らねば、パヤマは死んでしまいます。せっかくここまで苦労して来たのにすべて水の泡になってしまうなんて納得できるわけありません。
私は池の辺に行き水を飲もうと思い、自分の顔を水面に映しました。そこには醜い憔悴しきったやつれた自分の顔がありました。パヤマが大怪我をした日からそれほど日にちが経っていないにも拘らず、私はすでに老婆になっていました。
私は目の前にいるユニコーンに哀願しました。
「ユニコーンさんお願いです。あなた達の角がないと私の息子が死んでしまうのです。どうか角をくださる方はおられませんか」
そのように私が頼んでも足を止めるユニコーンはいないように思われました。するとどうでしょう。一頭のユニコーンが私の前にやって来ました。
「お母さん、ぼくだよ、ニヤマだよ」
私の目の前にいるユニコーンは真丸の目をして私をじっと見ています。私は最初あまりに疲れていたので、幻聴でも聞いたのかと思いました。こんな所にニヤマがいるはずないと思ったのです。私はもう一度辺りを見回しました。しかしニヤマはどこにもいません。
「ニヤマなの」
私はニヤマと名乗ったユニコーンの首に縋り泣きました。その時私は感じました。いくら姿がユニコーンに変わろうと目の前にいるのはニヤマに違いありません。その時私は何でニヤマがユニコーンに姿を変えていたのか不思議に思ったものの、ニヤマにその事を聞きませんでした。私は何か大切なことを見落としていたのかもしれません。
ニヤマは私が大きな声であなた達の角がないと息子が死んでしまいます。という言葉を聞いて私のところまで赴いたのです。
「母さんパヤマはどうしたんですか」
私はそのユニコーンに、パヤマがマンモス狩り行き大怪我をして今にも命を落としそうなことを話しました。その上夫とニヤマまで失ってこの上パヤマとまで別れねばならないことに耐えられないと思い、神様にどうかパヤマを助けて下さいとお願いしたこと、そしたら神様はパヤマの命を助けるには、ユニコーンの角が必要だといったことも話しました。
ユニコーンは不思議そうな目を私に向けると「母さん、そんなことでパヤマが助かるんだったら、僕の角を持って行って下さい」そう言うとユニコーンは自ら岩に突進していきました。
私は(待って)と声を出そうとしましたが、なぜかその時に限って声が出ませんでした。岩に正面からぶつかったユニコーンは鈍い音と共に倒れました。私は慌ててそのユニコーンの許へ駆けていきました。するとユニコーンはよたよたしながら自ら立ち上がり、自分で折った角を口で銜えると、それを私のところへ持ってきたのです。ユニコーンの目には涙が浮かんでいました。
「ニヤマ御免ね」
ユニコーンの綺麗な角は根元から折れ目に涙をいっぱい溜めていましたが、口元は笑っているように私には見えました。私は何度もユニコーンに御礼をいい角を受け取りました。私はそのユニコーンのいる楽園を後にする時、何度も後を振り向き角の折れたユニコーンを見ました。振り向くたびに角の折れたユニコーンは私を見ていました。
ユニコーンが見えなくなると私は疲れを忘れ、唯ひたすら走りました。一刻も早く家に辿り着きたい一心で身体が傷だらけになろうと、山を駆け下りました。途中で何度も転びましたが決して角を持った手は離しませんでした。
家に辿り着きパヤマのところに駆け寄ると、もうパヤマは虫の息でした。何とか間に合って欲しい、そう願いながらユニコーンの角を石で砕き、更に石臼で細かくして煎じてパヤマの口に無理やり流し込みました。するとどうでしょう。パヤマの顔色がみるみる良くなり、先程まで虫の息だったのが嘘のように、大きく息を吸ったり吐いたりするようになり、私が傍らで見守っていると目が開いたのです。それは私にとって信じられない光景でした。あれ程死にそうだったパヤマはみるみる元気になっていったのです。私はパヤマの手を取り嬉しさのあまり泣きました。
「母さん、どうしたの」
パヤマは何事も無かったように身体を起こして私を見ました。
「あなたはマンモスの牙に遣られ今にも死にそうだったのよ。それをニヤマが助けてくれたのよ」
私は今までの経緯をすべてパヤマに話して聞かせました。
「兄さんが僕を助けてくれたんだ」
「そうよ。あなたはニヤマの御陰で助かったのよ」
神様の仰った通り、ニヤマの御陰でパヤマは元気を取り戻しました。私は神様に御礼を言いました。
「神様ありがとうございます。御陰でパヤマは助かりました」
しかし神様が口にした言葉は驚くべきものでした。
「お前はパヤマを助けるために、ニヤマを二度も殺してしまった」
私は最初神様は悪い冗談でもいっているのではないかとすら思いました。神様はいったい何をいっているのだろう。
その時ふとニヤマの目に涙がいっぱい溜まっていたのを思い出しました。あれは痛くて泣いたのではなかったのです。あれはきっと二度と自分は私に会えなくなってしまうと思って涙を流したのではないでしょうか。
私は神様の御言葉にビックリして「それはどういうことですか」と聞き返してみました。
「ユニコーンは角が折れると三日後に死んでしまう。そして再び人間に生まれ変わることができない。お前が見たユニコーンは、人間に生まれ変わろうとして待っている者たちだ。私は人間を一人助けるためには、人間を一人殺さなくてはならない。お前がパヤマを助けて欲しいと私に願い出た時、私は悩んだ挙句パヤマを助けてやることにした。お前は目の前にある自分の欲望のために、もう一人の息子の未来を奪ってしまったのだ」
神様は諭すように仰いました。しかし私は納得できませんでした。そんな酷い話ってあるでしょうか。もしそれを知っていたら、私はわざわざ苦労してあんな所までユニコーンの角を取りに行ったりしなかったはずです。
今まで慕ってきた神様が悪魔のような存在に感じるようになりました。だってそうでしょう。どちらも私の大切な息子です。どちらをとるかなどと決められるわけがありません。まして兄の命を犠牲にしてまで、弟を助けたいなどとは思うはずがありません。神様は私を試したのです。私は神様のこの行為が絶対許せませんでした。
「私はもうあなたを神様と言いません。あなたは自分の力を誇示し、私のニヤマの命を奪ったのです。二度と私の前に現れないで下さい」
私はもしかしたら言ってはならないことを言ってしまったのかもしれません。しかし私はどうしても神様のしたことが許せなかったのです。年老いた私の命ならいくらでも差し上げます。あのユニコーンの涙を思い出し、私自身の軽薄さにも問題があったと思い反省しました。
「そのようにお前が考えるのなら、私は二度と力を貸さないし、声も掛けたりしない」
このニヤマの母の一言で神様は私達人間と二度と、語り合うことをしなくなってしまいました。やがて人間たちは互いに憎しみ合い、自ら殺しあうようになっていったのです。
パヤマは瀕死の状態から元気を取り戻したため、村の長から勇者の称号が与えられました。これは男としては非常に名誉なことです。
そして何年か経ち、隣村のトノスが私の村に責めてきました。今まで人間同士殺し合うことはありませんでした。私が神様を怒らせてしまったため、神様が人間たちを見守るのを辞めてしまったからだと思います。それは私のせいに違いありません。
パヤマは勇者として称えられていたため、戦士としてトノスの男達と戦いました。こちらに責めてくるくらいなので、相手方の男達は非常に強く、私たちの村の男達は沢山殺されました。
パヤマも何人か相手方の男を倒しましたが、戦っているうちに自らの剣の刃がこぼれ、遠くから弓で背中を打たれたため、力が入らず敵の戦士に首を刎ねられ亡くなってしまいました。
私の村の男達はマンモスを相手に戦っていたため、何とかトノスの男達を撃退したものの、多数の犠牲者が出ました。その中にパヤマも含まれていました。
パヤマが遺体で帰ってきた時、私はまたしても目の前が真っ暗になりました。それでも私は瞳を涙で濡らすことはありませんでした。そして再び神様に祈ることはなかったのです。
私はどんなに悲しく辛くても、これからは自分の力でそれを乗り越えていかなければならないと思っています。
何年かのち私たちの村はまた戦に巻き込まれ、何回か戦を繰返すうちに若い男達は殆ど殺され、この村には私のような年寄りと女と子供しか残っていませんでした。
女子供しか残っていない村は、それは悲惨なものです。子供や女は男達に連れて行かれ、子供は食料や武器に交換され、女達は奴隷にされ死ぬまで扱き使われました。年寄りは何の価値もないと見るやその場で殺されました。
私が子供の頃はこんな人々が互いに殺しあうなんて夢にも思いませんでした。そのころの人間は相手を妬んだり、相手を憎んだりする感情がなかったように思います。
今生きている人達の中に、昔々人間はいつでも神様とお話が出来たということを、どれだけの人が知っているのでしょうか。
パヤマが死にそうなくらい大怪我をした時、自分の息子が助かってくれたらどれだけいいと思ったことか。今から思い返してみると随分身勝手な考えだったと思います。
あの頃は私の夫や息子だけでなく、村ではマンモスの餌食になって沢山の人が亡くなられました。また大怪我をしたのも一人や二人ではありません。
大怪我をした人は、殆ど助からず亡くなりました。私が知る限り大怪我をして死の淵から帰ってきたのはパヤマだけだと思います。その見返りとしてニヤマは二度と人間に生まれ変われなくなってしまいました。
私が死んでしまった今となっては、そんなことがあったことすら知っている者もいないでしょう。私の村が滅んでしまったのはつまりは私の我が儘のせいなのです。人間が今日このように醜い生き物になったのは、元を糺せば私のせいなのです。
それでも私はそれでいいと思っています。
今では人間はこの地球で一番自分勝手な生き物になりました。
了
大怪我をした人は、殆ど助からず亡くなりました。私が知る限り大怪我をして死の淵から帰ってきたのはパヤマだけだと思います。その見返りとしてニヤマは二度と人間に生まれ変われなくなってしまいました。
私が死んでしまった今となっては、そんなことがあったことすら知っている者もいないでしょう。私の村が滅んでしまったのはつまりは私の我が儘のせいなのです。人間が今日このように醜い生き物になったのは、元を糺せば私のせいなのです。
それでも私はそれでいいと思っています。
今では人間はこの地球で一番自分勝手な生き物になりました。