小学生が考えた学校のマスコットキャラクターが想像以上に酷かった話
「うーん、今日も疲れた……」
そんな独り言を呟きながら、僕は倒れるようにソファーに横になった。児童にとって月曜日が憂鬱であるように、先生にとっても月曜日は憂鬱なのだ。
明日、火曜日に向け本当はこのまま休みたかったが、やるべき事は早めにやるに限る。
「……宿題のチェックだけするか」
一人つぶやいた後、僕はおもむろにカバンからプリントの束を取り出した。今回は図工の宿題だ。
このプリントは「学校のマスコットキャラクターを考えて描く」という宿題である。
実は前に一度、授業中にこの課題を出したことがあった。
しかし、どうも1時限という限られた時間の中描くという作業が難しかったらしく、完成させられない児童や適当な絵を描いてしまう子が多かった。
そこで、今回は土日を挟んで宿題としてこの課題を出したのだ。これなら、時間が足りずに絵が描けないという事態は起こらないだろう。
今回はイラストに対する説明文、イラスト、そしてマスコットキャラクターの名前とキャラクターの紹介を描いてもらう。
「土日たっぷり時間があったし、良い絵が描けてると良いなぁ」
僕はそんな期待を込めて、一番上、1枚目のプリントへと視線を落とした。
◆
【説明文】
私はワンちゃんが好きなので、犬と紅葉をモチーフにしたマスコットキャラクターを考えました。
◆
ちなみに、紅葉はうちの学校の校章に使われている植物だ。なので今回のマスコットキャラクターには必ずもみじ要素を入れる決まりがある。
「さて、この子は動物モチーフのキャラクターを考えたのか」
動物モチーフのマスコットキャラクターは定番だが、それゆえコメントしづらいありきたりなキャラになってしまう恐れがある。果たしてこの子は独創的なキャラクターを作れたのだろうか。
僕はそのまま目線を下げ、イラストへと視線を移した。
キャラクターをかいてみよう!
「おお〜〜」
可愛くて良い感じだ。
では、このキャラはどんな設定のキャラクターなのだろう。 僕はイラストの下にある、キャラの紹介の欄へと目を向ける。きっとかわいい設定に違いない。
◆
名前:もみじ犬
【キャラ紹介】
もみじを食べて菌に感染した犬が、もみじ犬に成り果てた姿。
毒があるので噛まれるとまずしぬ。
◆
「設定尖ってるなぁ……」
学校のマスコットキャラに、噛まれるとまず死ぬキャラがいたらおかしいだろ。ウチの学校は生物実験でもしてるのか。
かなり腑に落ちない気持ちもあるが、まあイラストは可愛く描けてるし、良いか。算数や国語の宿題もある中、図工の宿題くらい自由に書かせてあげよう。
僕はプリントをめくり、次のイラストへと視線を移した。
◆
【説明文】
私は山を彩るもみじだけではなく、散り地面に落ちてしまったもみじにも目を向けようという、平凡な感性の子供には決して持てないであろう気持ちでキャラクターを作りました。
◆
「なんか鼻につくな」
こういうこと書くと何年後かにメチャクチャ恥ずかしい気持ちになるから覚悟した方が良い。
では、果たしてその非凡なイラストはどんなものだろう。僕はイラストへと意識を向けた。
キャラクターをかいてみよう!
「???」
なにこれ? 足吹き飛んでない? どういう意図のイラストなんだこれ。キャラ紹介は何て書いてあるんだ……
◆
名前:もみ地雷
【キャラ紹介】
落ちた紅葉の怨念が集合し、人の命を奪えるほど強大な力を秘めた地雷となった。
踏んだ人間の体から、赤い血染めの紅葉が咲き誇ることでおなじみ。
これを見ると、住民は秋だなぁって気持ちになる。
◆
「怖っ!」
こんな恐怖体験におなじみたくないし、この世界の住民、血に慣れすぎ。
次!
◆
【説明文】
もみじ狩りをテーマにキャラクターを描きました。
◆
「なるほどなるほど」
もみじといえばやはりもみじ狩りだろう。というより、恥ずかしながらそれ以外のイベントがもみじ饅頭以外思い浮かばないし、よく考えたらもみじ饅頭はイベントじゃなかった。
というか「イベント」をイメージしたマスコットとは随分と珍しい気がする。いわば概念を実体のあるキャラクターへと落とし込んでいる訳だ。一体どんなイラストを描いたのだろう?
キャラクターをかいてみよう!
「なにこれ……」
「狩り」にイメージ引っ張られ過ぎじゃない? 言葉の印象だけでキャラクターを考えないでほしい。あとモザイク書くの上手いな。
「というか、どんなキャラなんだこれ」
とりあえず説明を見よう。
◆
名前:人狩りもみじ
【キャラ紹介】
もみじ狩りされた腹いせに、逆に人狩りをするようになった紅葉の妖精。
人を狩るたび気分がこうようする。
◆
「ちょっと上手いこと言うな」
紅葉と高揚をかけてる暇があるならもみじ狩りについてもっと調べてくれ。もみじ狩りって別にもみじを狩るイベントじゃないからね? 見るだけだからね?
「……」
学校のマスコットキャラクターを書けという課題なのに、今の所遭遇したら死ぬキャラしか出てこない。魔界生物を考えろなんて宿題出してないけど。
次、次!
◆
【説明文】
大好きなおじいちゃんが「好きな植物はもみじ」と言っていました!
なので私は、老い先短いおじいちゃん+もみじをモチーフにしてキャラを考えました!
◆
「おっ、家族がモチーフかぁ」
身近な人をキャラクターにするなんて、感情の込もった良いマスコットキャラが生まれそうで楽しみだ。
ただ「老い先短い」はわざわざ言わなくて良かったね!
キャラクターをかいてみよう!
「……これ、見たことあるな」
これ、コボちゃんに出てくる人じゃない?
気になるところは多いが、取り敢えずキャラ紹介を見よう。
◆
名前:もみジジイ
【キャラ紹介】
もみじを愛するジジイ。こいつは、もみじを主食に喰うおそるべきジジイだ。あとくさいし、声がでかくてきつい。
◆
「ボロカス」
大好きなおじいちゃんモチーフの割に後半の説明辛辣すぎない?
次!次!
◆
【説明文】
テレビを見てたら、突然いいキャラが浮かびました!
◆
「テレビを見てたら浮かんだ?」
どういうことだろう。なにか紅葉関連のニュースでもやってたのだろうか。
キャラクターをかいてみよう!
「そらジロー!?」
浮かんでないよね? パクっただけだよね?
◆
名前:もみジロー
【キャラ紹介】
オリジナルです。
◆
「嘘つくな」
本当にオリジナルならわざわざオリジナルとは言わない。宿題は頑張って自分で考えましょう!
次!
◆
【説明文】
もみジラーチというキャラクターを考えました。
◆
「ジラーチって言っちゃってるよね」
なんだか嫌な予感がする。
キャラクターをかいてみよう!
「ほらー!!」
大体思った通りのイラストだ〜〜!
◆
名前:もみジラーチ
【キャラ紹介】
これ、半分ポケモンですね(笑)
◆
「全部ポケモンだよ」
半分オリジナルの気でいるならどうか正気に戻ってほしい。
次、次!
◆
【説明文】
絵が下手なので不安ですが、かわいいマスコットキャラクターを頑張ってかきました!
◆
「おっ、この子はまともそう」
頑張って書いたなら、どんなに下手でもオーケーだ。いったいどんなイラストだろう。
キャラクターをかいてみよう!
「キモっ!」
なにこれ? 顎の割れた人面パプリカ?
見た目がおぞまし過ぎるけど、どんなキャラなんだろう……。
◆
名前:もみじウイルス
【キャラ紹介】
もみじ型のウイルスで、大きさは約1マイクロメートル。これに感染すると、体が勝手に踊り出す〜
◆
「菌かよ」
学校のマスコットキャラクターが菌って、描いてておかしいと思わなかった?
次! 次!
◆
【説明文】
もみじをモチーフにした饅頭を作りました。
◆
「もみじ饅頭だよね?」
キャラクターをかいてみよう!
◆
名前:もみじまんじゅう
【キャラ紹介】
美味しい。
◆
「ほら〜〜〜〜〜〜〜!」
再提出! 次!
◆
【説明文】
もみじより桜が好きなので、桜のマスコットキャラクターを描きました。
◆
「ダメだよ?」
学校のマスコットキャラクターだから。好きとか嫌いの問題じゃない。
キャラクターをかいてみよう!
◆
名前:サクラビット
【キャラ紹介】
桜を集めるのが趣味のうさぎさん。アンハッピーな気持ちの人を見つけると周りに桜を咲かせ、元気を出してもらおうとガンバる!
◆
「か、かわいい〜〜」
再提出! 次!
◆
【説明文】
紅葉より百合が好きなので、白百合のマスコットキャラクターを描きました。
◆
「だからダメだって!」
学校のマスコットキャラクターなんだから、もみじ以外を描かれると使い道がないんだけど……
キャラクターをかいてみよう!
「百合って、こういうやつかよ」
再提出。
「……今日はもう、採点やめよう」
次の図工までに見れば良いし、明日のためもう休もう。僕は採点を中断し、そのままソファへと向かう。
そして机の脚に小指をぶつけた。
目を飛び出させながら、僕は濁点の付いた悲鳴を上げた。