ダンジョンの成長
その日、ある国に情報が舞い込んだ。
ここはその国の、とあるギルド内である。
「おい、聞いたか? あの疾風旅団が行方不明って話!」
「あのBランクの高位冒険者4人が組んでるっていうあのパーティーか!? おいおい、1人も帰ってねーってのか? ありえねぇだろ」
「あぁ、話によると、この近くに最近出来たダンジョンで全滅したって噂なんだがよ…鉄とも木製とも思えないような気持ちの悪いドアが目印なんだそうだ…」
「普通ダンジョンにドアとかついてないだろ」
「だから不気味なんだよ……」
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「あの、スカサハさん。このドアさっきの勇者さん達のせいで建付け悪くなったみたいなんですけど」
「あー。まぁ、これはこれで人が入って来なくなるし、結果オーライですね」
ガタガタとドアを揺すってみると、ガチャガチャと不穏な音を立て、開く様子はない。
「ていうか、なんだか一回り大きくなってませんか? この辺」
「気付きましたか社長さん! えぇそうです! 成長したんですよ!」
「うわっ顔近いですよ!」
「早速社長室に戻りましょう! はい! 善は急げというやつです!」
手を引かれるようにして、スカサハさんに連れていかれる。建付けが悪くなったドアを遠目に、改めて見る。
───やっぱダメだろ、キモイよあのドア。
「さぁ佐藤さん! パソコンを開いてください!」
「はいはい」
いわれるがままにパソコンを開けば、デスクトップ画面に重なるようにして何かが開かれていた。
「『レベルアップ・ステータス割り振り』? なんですかこれ」
「はいこれはですね!」
「スパムか」
「ちょっ! 消さないでくれます!?」
×ボタンを押す1歩手前で止められた。なんだい、そんな慌てて。
「その名の通りですね、このダンジョンのレベルが上がったのです。それで、ダンジョンを成長させることが出来るのです。見てください、色々と欄があるでしょう?」
「ふむ……この雇用人数アップっていうのは」
「はい、そちらもその名の通り、雇用できるモンスターの数が増えます。現在は3種、計30体までとなってますね」
「なるほど、ゲームみたいだな」
3種とかかれている部分をクリックすると、現在の仲間が何種何匹いるかが明記されたタブが現れる。
『ニャルラトテップ族 ニャルラトテップ種 ニャルラトテップ 1体』
『ドラゴン族 エンシェントドラゴン種 ドラ子 1体』
「えっ、うちの社員これだけ? スカサハさんは?」
「私は秘書ですので、カウントされません。というか、ドラ子さんはエンシェントドラゴン種だったんですね……これまた貴重な…」
「知らなかったんですか」
「はい。このダンジョンを開いた時に勝手に居たんでスカウトしました。特に深い仲ではありません」
「だからってそう豪語するかね…」
パソコンに視線を戻し、他の欄を見てみる。なんか色々あるけれど、ダンジョンを広げるか雇用社員を多くするか、今はこのどちらかで良いみたいだった。
「数は力と言うし、雇用社員増やしますか」
「私は佐藤さんの指示に従いますよ、こちらへ来てそうそうニャルラトテップさんを味方につける手腕、佐藤さんがここに来てくれて助かりました」
「いやぁそんな……」
正直俺は何もしてないのだけれど、そう言われれば、 悪い気はしない。むしろこんな美人さんに褒められるなどあの派遣会社に居た頃と比べたらありえない。
「じゃー雇用社員増やして……とこんな感じか」
ポチポチとクリックし、自分の思ったようにダンジョンを構築する。これはなんだかストラテジーゲームのようで、楽しいな。
「そういえば、この前のスラタさんに採用通知送って無いですよね」
「はい、こちらで送っときましょうか」
「お願い出来ますか」
「お任せ下さい。では、佐藤さんは軽くお食事を。ドラ子さんがリビングで作ってくれてますよ」
スカサハさんに促されるように朝食をとった場所へと戻ると、幼女がエプロン姿で小躍りしていた。
「~〜♪ 〜〜〜♪」
「あの、ドラ子さん」
「っ!? お、居ったのか」
「えぇ、先程から」
「聞かれてしもうたな。あはは」
鼻歌を聞かれたのが、気恥ずかしかったのだろう。鼻をポリポリとかいて笑い誤魔化すドラ子さん。その姿は幼女同然で違和感はない。喋り方以外は。
「昼食を食べようかなと思いまして」
「おぉ! なら出来ておるぞ」
ドラ子さんが厨房からゴソゴソと何かを取り出してこっちへ持ってくる。
椅子に座り、待っていると机に置かれたそれを認識する。これは……ザル蕎麦だ。
「うむうむ、今頃暑くなってきておるからな。こういう時はチュルッといける物がよい」
「いただきます!」
ザル蕎麦を箸いっぱいに取り、ツユにたっぷりとつけてすすり上げる。喉越しが良く、チュルチュルと入っていく。うん、美味しい。
やはり夏はこれに限る、と思う。夏バテしてても食べれるくらいに美味しく、原価もそれほど高くない。これほどまでにコスパ良い食べ物もそう無い。
「どうじゃ? どうじゃ?」
「ふぉいふぃいえふ!」
「ふふふ、食い終わってから喋るんじゃ。何言うとるか分からんぞ」
柔らかく笑うドラ子さん。その様子から、聞き取れなくても意味は伝わったらしい。ニコニコと笑っている。
「佐藤さん、スラタさんに連絡が着きましたよ。これからはいつでも呼んでくださいとの事です」
「えっ、呼ぶってなに? 呼ばないと来てくれないの?」
なにそれダメじゃん。ダンジョンっていつもモンスター蔓延って無ければ怖くないじゃん?
「えぇ、ですから呼ぶんですよ」
「簡単に言いますけどね、私が社長になった以上交通費は支給しますし、ボーナスとかもありますけど、その度に呼ぶってなっちゃ金が掛かりますよ」
「交通費? いえ、呼べば出て来ますよ?」
スカサハさんは指で地面をなぞり、そこへ何かを呟いた。すると、辺りの地面が輝き出しグジュルグジュルと不定形のごふっ!
「ゲホッ、ゴホッ!ドラ子っ!さんっ!ゴホッお茶っ!」
「サトウ、急に喉を詰まらせてどうしたんじゃ。ほれ、お茶」
ゴクッゴクッゴクッ……ぷはぁ!
「いやなんでスラタさんがここに!? どっから出てきたの!?」
「グジュ……グジュ……」
「分からないよ、何言ってるのか…」
俺は不定形なスライム状の物体が蠢くのを見て、何かを訴えてるのが分かるが、何を言ってるのかは理解できない。
「佐藤さん、あれです。わかりやすく言えば召喚したんですよ、この場に」
「倒置法を使って説明されても理解の範疇を超えてるというか、物理法則無視し過ぎじゃないですか? 質量保存の法則とか知ってます?」
「知りません」
「ですよね」
分かってた。うん、分かってたんだ。
とりあえず今、ゲームとかである、召喚というものが行使されたようだった。ゲームは働き出してからすることも減ったけれど、なるほど、召喚というものをリアルで見れたのは幸運だと考えよう。
「むっ、サトウ。次の勇者が現れたぞ。今度はそこのスライムに行かせると良い。大して強くなさそうだ」
「なるほど、それではスラタさんが最適ですね! それほど強くないなら!」
ドラ子さんとスカサハさんが捲し立てるように喋る。俺はなんだか居た堪れなくなって、スラタさんを見ることが出来なかった。ただグジュルグジュルという不規則な音に、不快そうな感情を感じたのは気の所為だと信じたい。
「俺は何も言ってないからね、スラタさん」
「グジュ…」
見ることも無くそう言うと、返事をするかのように音がした。