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派遣社長

 今、俺の目の前には異形の生物が居る。

 グチャリグニャリと嫌悪感の感じる音を発しながらその形を変えていく。


「えー、じゃああの、履歴書貰えます?」

「グジュ…グジュ…」

「はい、スライム族のブルースライム種、スラタさんですね」

「グジュ…グジュ…」

「基本ステータスが大体Eと…なるほど」

「グジュ…グジュ…」

「志望動機は?」

「グジュ…グジュ…」

「あなたの長所は?」

「グジュ…グジュ…」

「もうやだ」


 そう、俺がこんな意味の分からない状況に陥ってることを説明するには、数時間ほど(さかのぼ)らなければならない。




ーーーーーーーーーー



 セミが甲高く鳴き、無性に蒸し暑く感じる熱波のなか、俺は派遣会社の社員として今日も今日とて働いていた。


 なぜか27度以下にはならないエアコンをつけて、辛うじて暑さに耐えながら資料などの書類をまとめていると、上司から指示が出た。


「はいこれ、佐藤くん。これからはこの場所で勤務ね」

「はい?」


 渡された書類に目を通すと、書いてあるのは求人票のようなもので地図のような場所が示されたものはない。この暑さで上司の頭も沸いてしまったのだろうか。


 俺は頭に手を添えて申し訳なさそうにしながら抗議する。


「いやあの、これってなんです?見たところ求人票…ですかね?」


『有給制度完備!有給取得率100%!資格など必要なし!フレンドリーな職場です!給料手渡しで交通費無料!住み込みOKの会社です!仕事の詳細は来てください!』


 胡散臭過ぎる。そしてなぜ求人票なのだ。派遣会社に求人票を送りつけるとかアホなのか?


「あ、ちなみにこれ国外だから、家族にはしばらく帰れないと言っておいてね」

「強制ですか?」

「うん、社長命令だよ。はいこれ」


 渡された書類は社長公認の異動命令書。逃げ場はなかった。


「そもそもなにする会社ですか?」

「行けば分かるから」

「うそやん」


 なんの説明も無しである。くそう、この会社ブラック過ぎる。行けば分かるからって事前説明も事前訪問もなく異動とか、あり得ないだろ。


「どこに行けばいいんですか?」

「この便に乗れば良いよ、僕も良く分からないんだけどね。社長さんが君に決めたって言い出してこの書類とこの便のチケットを渡してきたってわけ」

「そんなポケ○ンマスターになる勢いで人生を左右する選択(強制)を迫ってきますか」


 結局、そのままあれよあれよと異動作業も進められ、気が付いたら飛行機に乗っていた。しかし夜1時から出る便ってのもなんだか夜景が見えて綺麗なもんじゃないか。


 まだ人の暮らしを感じられる明かりを見つめながら、心地良い眠気に襲われ瞳を閉じる。



ーーーーーーーーーー



「グァァアッ!!グギャァアッ!!」


「グルァァアアッ!!」


 ん…?誰だよ、ジュラシ○クパーク見てるやつは…迷惑なやつだ。こんな大音量でならしやがって。


「グギャァアッ!!」

「んぅ…もうすこし静かにできます?」

「グァッ!?」

「もしかしてもう着いてたんですか?」


 もしかしてスタッフさんが映画の音で起こそうとしてくれたのかな?まったく、お茶目なスタッフさんだな。ふぁー、眠い眠い。

 そう思い、目を開ける。


「グルァァアアッ!!」


 風圧と音圧により頬が揺れ、目が乾く。が、べチャリと肌にヌメヌメとした液体が付着する。目の前には鋭い牙をたたえた俗に言うドラゴンとやらが口を開けていた。


「………うわぁぁぁぁあああっ!?」


 逃げ場を探すようにドラゴンと目を合わせながら、後ろ手に掴めるものを探すが何もない。()()すらも。


 周りを見ると草原のようなところで寝転んでいたようだった。飛行機などと言う文明を感じられるものはなく、ただ平原が広がり、目の前には恐ろしい怪物が居る。


「わ、分かったぞ!夢だな!?これは夢だっ!あははははっ!」


 現実から目を背けるように笑う。恐怖を取り払うべく。しかし、現実は非常である。


「グルルゥッ」

「うわっ!なにっ!?なになにっ!?」


 噛みつかれそうになり体を縮めると、不意に体から重力が消えて宙を浮く感覚に襲われる。


 何故かドラゴンに服を噛まれ、そのまま持ち上げられる。そしてドラゴンは羽ばたき、空を駆ける。


「いや嘘だろっ!?これ夢っ!?ホントにっ!?」


 このリアルな質感としっかりとある現実感にこれが、この状況が現実であるかのように感じる。まさか、こんなことあり得るわけがないのに。


「は…はは…あはははっ!!あははははははっ!!」


 と、恐怖と同時に不思議な爽快感に襲われる。自分が着ていた衣を取り除かれて自由になったかのような解放感を感じる。


「すげえ!まるで空から落ちてるような解放感だ!」


 その解放感はどんどん増していき、噛まれていた服が破れたことに気付くのはあと数秒後のことだった。




ーーーーーーーーーー



「はっ!」


 目が覚めた。体のそこからスッキリしたような感覚にこれが現実と分かる。先程までが夢だったと言うことに大きい安心感を、そして、微量の残念と思う感情を抱き、体を起こす。


「グルゥ?」


 ベロリと頬が舐められる。触れられた面積は人や動物の舌では考えられないほどに大きい。そして今の鳴き声。恐る恐る舐められた方向を見る。


「クルァッ!」

「うそやん」


 俺を持ち上げていたドラゴンが居た。その牙と牙の間から大きい舌を垂らしながら鋭い眼球を俺へと向けている。


「うっわぁっ!…いてえっ!?」


 驚きのあまり後ろに退こうとした瞬間に全身に痛みが走る。あまりの痛みにそのまま寝かされていたベッドから転げ落ちる。


「いてて…ってドラゴン!おれは美味しくないぞ!ストレスを感じてばっかりで甘味なんて欠片もないからな!」

「グルゥ?クァァァア…」


 ドラゴンは首をかしげた後に大きなアクビをする。その光景からは一切の敵意も感じない。むしろ少しの愛嬌すら感じてくる。さっきまでの状況から推測するにこれが『吊り橋効果』か。


「お、落ち着けよ?落ち着いてくれよ?な?」

「グァァ」


 敵意は無かったとしても何がこの怪物の勘に障るか分からない。なんとか(なだ)めながらゆっくりと部屋を見渡す。


 部屋はまるでかなり大きい病室のような感じで、白色で統一された個室となっている。部屋には俺が寝ていたベッドとデスク、クローゼットのようなものが置かれているだけだった。


 デスクに目を通すと一枚の手紙を置いてある。


「ひゅー…ひゅー…」


 吹けない口笛を吹き、あたかも自然を装いながら手紙を手に取る。ドラゴンに警戒されないためにしたものだ。


 手紙には可愛らしい字で、どこかの言葉が書かれている。△と○を会わせたような字や数字の3に似たような文字や6を横にしたような文字。要は、詠めるわけがないだろこのバカ野郎、て感じだ。


 が、何故か頭のなかにはその意味がスラスラと入ってくる。


『ようこそ、ダンジョン・ア・カンパニーへ。わたしたち社員一同、歓迎いたします。ただ眠たかったのか寝ていらしたのでこの部屋をお貸ししています。一人では寂しいと思いましたので隣にドラ子さんを配置させておきましたので、起きましたらこの部屋を出て左に突き当たりの部屋へ二人でお越し下さい。お待ちしております』


 な、なんで読めたんたんだ?明らかに日本語じゃない…どころか見たことない文字なのに…ドラ子さん?このドラゴンのことか?というかコイツってメスなのか。厳ついな。


「グァア」

「えっ、なに?着いてこいって?」


 ドラ子さんが俺を見たあとにアゴで出るぞ、と言わんばかりにドアを指す。そのあと歩き出すので後ろから着いていく。うおぉ、尻尾デカいな。危ない危ない。


 部屋は自動ドアで勝手に開き、ドラ子さんの後ろに続いていくとすぐに手紙にかかれていた場所へと着いた。


「あ、ありがとうございます…?」

「グァア」

「あ、はい。ありがとうございま……あれ?今なんか喋ってることが分かったような?」

「グアアア」

「気のせいか?」


 ドラ子さんはドアの手前で道を開けて俺にドアを開けさせようとする。誘導されるがままに部屋へと入る。


「失礼します…」

「ようこそいらっしゃいました、佐藤さん!」

「うわっ!?…あ!どうも!派遣されてきた佐藤(さとう)(ゆずる)です」

「はい、お待ちしておりました」


 部屋に入ると社長室のような部屋になっており、デスクの側に立っていた女性が恭しく頭を下げる。こちらも日本人、きっちりお辞儀で返す。


 頭を下げてきた女性は何故かメイド服をまとい、頭には黒いカチューシャを付けていた。そしてそのカチューシャのすぐ下から小さい角のようなものが生えているのが見える。髪も茶髪で少し癖のついた髪型が可愛らしい。

 もしかしてコスプレか?仕事場でコスプレとは、中々新しい職場だな。新世代の職場というのはこうも最先端なのだろうか。


「えっと…」

「まあまあ、立ち話もなんですから、こちらに座ってください!」

「あ、はい」


 女性は後ろに回ってくると背中を押してきて、デスクへと誘導してくる。そのまま肘つきのある椅子へと座らされる。


「どうですか?座り心地は」

「うん、すごい気持ちいいよ……じゃなくて!え!?ここ社長室じゃないんですか!?」

「はい?社長室ですよ?」

「ですよね!じゃあ僕が座ったらダメじゃないですか!」


 椅子から退けようとすると上から女性に押さえつけられる。


「あ、申し遅れました、私、秘書を勤めさせていただきます。スカサハと申します。以後、お見知りおきを」

「あ、どうもどうも…じゃない!早く退けなきゃって力つよっ!?あの!すいません!離してください!」

「そういえば佐藤さんのご趣味は?」

「聞いちゃいねぇ!?」


 意味の分からない状況が続き困惑していると、ゆっくりとスカサハさんが口を開く。


「佐藤さんはこれからわが社の社長になってもらいます」

「いやいやいや!」

「いやいやいや」

「いやいやいやいやいや!どういうことです!?」

「言葉通り、わが社の社長は今日から佐藤さんです。その為に派遣していただいたんですよ?」

「あの、派遣社員ですよ?分かります?派遣『社員』なんですよ。社長なんてやったことないですよ!」

「ですから、そのためのノウハウは()()()が教えます。なので佐藤さん!私たちのために社長になってください!」


 土下座をするような勢いで頭を下げるスカサハさん。


「派遣だし、いつ帰るか分かりませんし…」

「無期限でお願いしましたが?」

「うそやん…いや、この会社の元の社長は?」

「いません。この会社自体、今日設立されました」

「まてまてまて…もう色々と訳が分からないよ」

「とりあえず!とりあえず佐藤さんがこの会社の社長になると言ってくださればそれで良いんです!お願いします!」


 土下座をするような勢い…というかもう土下座しちゃった!


「ちょ、ちょっと顔を上げてください!誰が見てるかも分からないのに…」

「グルルゥ」

「ドラ子さんが見てますよ!誰かにカウントしていいのか分かりませんが!」

「お願いします!」

「無理ですって!」

「そこをなんとか!」

「無理なものはむりです!」

「もう一声っ!」

「値切りかっ!」


 テンポのよい突っ込みとボケの応酬が始まる…が、さすがに俺も心配すぎる。今から社長になんてなれるわけがない。

 ポケットに入れていたケータイを開き、会社へと連絡する。


『圏外』

「うっそだろおまえ」


 が、そこにかかれている文字は希望を打ち砕くモノだった。


「あの…どうしてもダメですか?」


 スカサハさんが上目遣いで頼み込んでくる。心なしか瞳も潤んでいるようだった。


「ダメ…と言いますか、上手くできる気がしないんですよ。僕なんかが社長なんて」

「そんなことありません!佐藤さんはできます!できる子です!」

「できる子って…」

「で。ではこうしましょう!しばらくの間この会社で働いて、もし出来そうだったらそのまま働いてもらうってどうでしょう!?」

「職場体験的な感じですか?」

「そんな感じです!!」


 目をらんらんと輝かせて頼み込んでくるスカサハさん。このままじゃ帰してもらえそうにないし、帰り方も分からない。ここは仕方がないか…


「分かりましたよ。根負けです。しばらくですがここで働かせてもらいます」

「本当ですかっ!?やったぁっ!!」

「ははっ、そう喜んでもらえて嬉しいです。じゃあ最初はなにすれば良いですか?まだ明るいですし、簡単なことから出来ま

す」

「はい!ではこちらへ!!簡単な業務ですよ!!」


 スキップするように歩き出すスカサハさん。まあ、ね。ダメそうだったら止めれば良いんだし、ちょっとくらい働いてもバチは当たらないだろ。




ーーーーーーーーーー


「嫌だぁぁっ!?なにこの怪物!?」

「佐藤さん!?面接の続きをしてください!スラタさんが待ってますよ!」

「グジュ…グジュ…」

「ねえ待ってんのあれ!?ホントは俺のこと食べようとしてるんじゃないの!?」

「まっさかー!あはははっ!」

「そんな笑う!?」


 そして最初へと戻ってくるわけだ。

 どういうこと?なんでこんなRPG序盤に出てくるようなスライムがこんなところに居るんだ…そしてなんで俺はそいつを面接しているんだ…


「忘れたんですか、佐藤さん!佐藤さんの主な仕事はモンスターの面接をして雇い、このダンジョンを大きくしていくことなんですよ!」

「聞いてねえよっ!」

「グジュ…グジュ…」

「ちゃんと送った書類に書いてあったはずですが…」

「ひとっ欠片も!?なかったですけど!?」

「あちゃー」

「あちゃーじゃないがっ!?」




 どうやら俺、トンでもないところへ就職しちゃったみたいです。







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