勇者?魔王?いいや、僕は…
「マノウ?」
妹であるマノウの部屋をノックしても返事がないので、僕は溜め息混じりに彼女の部屋に入る。
そしてベッドの上でスヤスヤと眠るマノウを見て…
「はぁぁぁ…」
盛大に溜め息を吐いた。
「相変わらず…」
マノウは下着すら身につけず眠っており、その寝相の悪さからシーツはベッドから落ちている。
確かに季節は夏だし夜も暑かったのは認めるけど、朝からコイツの裸を見る羽目になるのは若干鬱だ。
裸を見るなら幼馴染みのユシアだな、うん。
と、そうだ、起こさないと。
僕はマノウの肩を軽く揺すり、目覚めを促す。
「マノウ!早く起きて、朝食食べて、お役目に行くよ!」
「うぅ〜…んー…?」
マノウはようやく目覚めるともそもそと起き出し、自分の体と落ちたシーツを見て…
「やあぁん、お兄様のえっちぃ。」
艶かしい声を出して右手で胸、左手で股間を隠して恥じらうマノウを無視し、僕は冷笑を浮かべてこう告げる。
「…朝食抜きとマズイ食事、どっちがいい?」
「普通の食事が食べたいです、ごめんなさいぃぃぃ!!」
即泣きついた。
「ほら、サッサと着替えて朝食食べるよ。」
「はーい。」
僕は落ちてるシーツを拾い上げて、それを干す為に部屋を出る。
マノウは部屋の中をトタトタと忙しなく動きながら、着替えを済ませている。
まあ、いつもの朝の光景だ。
朝…といってもまだ夜明けですらないけど、そんな時間に僕等が起きだすのは『お役目』の為だ。
説明すると、三百年前の勇者が最後に過ごしたのが僕達が住むこの村。
村のすぐ北の丘の上には『社殿』と呼ばれる勇者が作った祭壇があって、台座には勇者が使ったとされる聖剣が刺さっている。
その聖剣の力で丘全体に結界が張られているから、勇者直系の子孫か晩年の近しい関係者の子孫にしか入れないようになってるらしい。
つまり、他の人が結界内に入る為にはその関係者の子孫と一緒でないと入れない訳だ。
僕?
僕の母の家系は勇者の弟子の末裔だとかで、代々社殿の管理を任されてるから、当然フリーパスで入れる。
勇者直系の子孫は、チラッと話に出た僕の幼馴染みのユシアの家系。
ちなみにユシアの父親は村長さんだ。
ちなみに妹のマノウは僕の母の血は継いでないから、社殿には僕かユシア達の誰かと一緒に入るしかない。
で、毎日毎日やって来る聖剣抜き挑戦者は多くて、ベニー銀貨十枚(一般人が一ヶ月で稼ぐ給料の約半分と同じ)という金額でも『勇者』という名誉の為に挑戦する者は後を絶たない。
挑戦できる時間も夜明けから日没までだから、その人数は余計に、だ。
言っちゃえば僕等のお役目っていうのは社殿の掃除と挑戦者の案内。
ただし、マノウは掃除と時々の受け付けのみ。
両親は既に他界、マノウが手伝うようになってからは助かってる面はあるけど、言えば調子に乗るのが分かってるから言ってやらない。
一人だと面倒な社殿の掃除も二人ならすぐ終わり…
「お〜、やってるやってる。」
「間延びした可愛い声の持ち主は僕の幼馴染みであるユシアの声だ。
先代の勇者と同じ楓のように色鮮やかな赤い髪はミディアムくらいの長さで、やや垂れ目ながらブラウンの瞳が優しげな印象を持たせる。
絶壁寸胴な妹のマノウと違って、女性らしい体型に素晴らしいおっぱいの持ち主だ。
ちなみにユシアは僕のもの。」
「ちょ!?さり気なく妾をディスるな!!
しかもユシアにもセクハ」
「そうだね〜、私はカナトのものだよ〜。」
「ユシアはユシアで認めておるし?!」
マノウが何か言ってるけど気にしない。
そうそう、カナトっていうのは僕の名前。
「それで、どうしたのユシア?」
シポッとワインのコルクを抜くような小気味良い音を立てて聖剣は抜け、僕は丁寧に刀身を拭き始める。
夜明け前のこの時間にユシアが来るのは珍しい。
「うん、お父さんがね〜、今日は聖女様と勇者様候補が来るとかで〜、自分で案内するからお掃除終わったら休んでいいよ〜って言ってた。」
なるほど、勇者ねぇ?
「おぉぉぉぉ、ようやく休みか!
長かった…掃除だなんだと、こき使われて早十か」
「今日の昼はマズイ飯な。」
「これからも頑張ります、お兄様!!」
「あはは〜、相変わらずカナトには弱いんだね、マノウちゃんは。」
「うむむ…」
変わり身の早いマノウを横目に、拭き終わった聖剣を台座に突き刺すとキュポッとやはり良い音が鳴る。
「しっかし、今更になって聖女に勇者候補…ねぇ?」
「今更じゃなあ、お兄様や。」
「???」
「聖剣は誰が抜くのやら、見ものだね。」
さて、掃除も終わったし。
手を洗い、ユシアから受け取ったタオルで手を拭く。
僕が彼女の腰に手を回したらビクッとしたけど、僕の顔を見ると頬を赤く染めた。
可愛いなあ、もう。
「んじゃ、僕はユシアと一緒に村長に掃除終わったって伝えてくるから、マノウは帰っていいよ?」
「お兄様、それは酷かろう?!
妾も一緒に行きたいぞ!」
「カナト、マノウちゃんも一緒に行こうよ?」
「うーん…一応真面目に忠告するなら、ユシアの家に聖女と勇者候補がいると思うよ、って話なんだけど、それでも行く?」
勇者や聖女に良い印象を持っていないマノウはその事に気付いてなかったのか、ハッとした表情をした。
アホだろう、コイツ。
◆◇◆◇◆
ユシアの家(裏手)に到着、と。
わずか十五分の短いデートでした。マノウも居るけど居ないものとして。
村長宅であるユシアの家、裏手の勝手口から入る部屋は事務所でもある。
じゃないと聖剣抜きの挑戦が重なったりして、色々面倒だからだ。
ちなみに挑戦者の案内は村長である親父さん、僕、ユシアの弟くんの三人で持ち回りし、受け付けの事務作業は案内をしてない二人、ユシアとマノウ、ユシアの母であるおばさんがやっている。
「お父さん、ただいま〜。
カナト、マノウちゃん、いらっしゃ〜い。」
勝手口の扉を開けてユシアがただいまと言った後、振り向いて僕たちにいらっしゃいと言ってくれる。
「おかえり、ユシア。」
事務所には出迎えてくれた親父さんの他に聖女っぽい人がソファに座っていて、その後ろには勇者候補っぽい人が何人かいた。
勇者候補多いな。
聖女っぽい人は僕を見て無言でお辞儀をしたけど、気付かないフリしよう。
マノウは聖女達を確認したら、僕の後ろに隠れたし。
「お邪魔します、と。
親父さん、社殿の掃除終わったよ。」
とりあえず要件だけは済ませる。
「おう、ごくろうさん。
ユシアから聞いたと思うが、急に予定を入れてスマンな。」
「うん、ユシアとデートするから問題ないよ。」
親父さんは薄くなってきた頭をガリガリと掻きながら溜め息を吐いて、何かを言おうとしたところで…
「あの、村長様。そちらの方々は?
お話を察しますと、社殿に入れるようですが…」
聖女が話に入ってきた。
まっすぐに僕をガン見してるけど、こっち見んな。
「おお、聖女様。
あの二人は兄妹でして、兄はカナト。
妹の方がマノウという名前でございます。」
「…っ、親父さん?!」
聖女に僕らの事を勝手に紹介する親父さん。
しかも腹違いの兄妹だとか、言わなくてもいい事まで喋っていくから…
「親父さん。」
「どうした、カナト?」
「僕らの事なんて些細なものだから、聖女様方に話す事でもないよ。
(それに三日前。酒。賭事。娼館。言ってもいい?)」
最後のセリフを他の人に聞こえないよう、親父さんの耳元で囁いた。
その途端ビシッと音を立てて固まったが、
「ま、まあ、コイツの話はもういいでしょう。
それでは、えーと、そう、社殿へとご案内いたしましょう!」
理解してもらえたようで何よりだ。
親父さんの焦りようにユシアとお茶を持ってやって来たおばさんが首を傾げているけど、あとで詰め寄られても上手く切り抜けて欲しいと思う。
僕はフォローしない。うん。
「(ユシアのお父様も懲りないのう、お兄様や。)」
マノウには聴こえていたようだけど、コイツも知ってる事だし否定はしない。
親父さんは…というか、勇者の血筋は総じて人を惹きつける、運が良い、といった加護があるけど、そう大層なものじゃない。
でも親父さんの場合は、酒を飲むとその加護が強く出る。
強くもないのに酒が好きで、飲むとおばさんに止めるよう言われてる賭事をし、更には逆ナンされて誘われるままに着いて行く節操の無さ。
うん、改めて庇うような事柄はないな。
社殿に向かおうとする親父さんの後を勇者候補達が着いていき、聖女様がソファから立ち上がり、僕の方に歩み寄ろうとしたから、
「ユシア、今日も暑くなりそうだから、泉に行かない?」
ユシアをデートに誘って先制攻撃。
「う…」
「泉があるのですか?」
聖女様には効果がなかったようだ…。
しかもユシアの言葉を遮ったよ、この聖女様は。
「(図太い聖女だのう。)」
僕にしか聞こえない声で話すマノウ。
というか、聖女様と会話もしたくないのか、コイツ。
まあ、僕もなんで聖女様が絡んでくるのか謎だしな。
話しかけてないのに。
「都会で過ごした聖女様にはつまらない、何もない小さな泉ですよ。」
僕のトゲ付きの言葉。
「あら、いいですね。
自然豊かな方が私は落ち着きますわ。」
ミス!聖女様はダメージを受けない!
…てか、僕は何と戦ってるんだ?
「そうですか、ならあとで親父さんに案内させますね。
という訳でユシア、デートしよう!」
面倒になったので親父さんに丸投げ、そして返事をもらってないユシアに再度お誘い。
「うん、行く〜。えへへ。」
満面の笑みを浮かべて返事をしてくれたユシア。
可愛くて堪りません!
視界の端では聖女様が何かショックを受けてるみたいだけど、僕には関係ないから放置。
「おばさん、僕らは一旦帰るね。
ユシア、後で迎えに行くよ。」
「はいよ。」
「準備して待ってるね〜。」
終始聖女様の前で声を出さなかったマノウも一緒に勝手口から出て、自宅へと戻る途中、朝の仕事をしている村人たちがマノウを温かい目で見ている。
「なんじゃ?妙な視線を感じるが…」
その答えをマノウは自宅前で知ることになる。
「お、おー…、お兄様や?妾のシーツが…誤解を与えるように濡れているのは気のせいかの?」
自宅前、そこに干されたマノウのものだと分かる乙女なシーツ。
そこにはお茶をこぼしたかのような染みがあった。
端的に言えば、オネショでもしたかのように。
「…ぶ、あっはっは!」
僕が堪えきれずに笑うと、察したマノウは頬を膨らませて怒り出した。
「こりゃー!お兄様のせいかや!」
追いかけて来たマノウから僕は逃げて、シーツを中心にしてしばらくグルグルと回ることになった。
「むー、お兄様のせいで、いらぬ恥をかいたのじゃ。」
「あっはっは、しばらくはオネショ娘のレッテルが付いて回るね。」
「お兄様のせいじゃ!罰として夕食には甘いデザートを所望する。」
「はいはい、分かった分かった。…ぶふっ!」
「笑うでないわっ!」
ひとしきり笑ったところで、二人で家の掃除を軽く済ませて、マノウの昼食を予め用意しておく。
まだ日は高いし、パンに魚か肉を野菜と一緒に挟んでおくかな。
「お兄様や、妾は肉がよいぞ。」
「じゃあ野菜のみで。」
「なぜじゃ!?」
こんな感じで時間は過ぎて、着替えとタオルを持ってユシアを迎えに行く。
マノウはマノウで、午後から友達と遊ぶ約束を取り付けたようで、お昼までは読書をして過ごすようだ。
「んじゃ、行ってくるよ。」
「うむ、言う迄もないと思うが、気をつけての。」
妹の言葉に手の平を振って返事をして、ユシアの家まで行くと彼女は家の前で待っていた。
他にも何か居るような気もするけど、気のせいだ。
「お待たせ、ユシア。僕が荷物を持つよ。」
「ありがとう、カナト。」
ユシアが持ってる荷物を持つと、何かが割り込んできた。
「あの!」
「何か御用でしたら、親父さんかおばさんにお申し付けください、『聖女様』?」
「っ!」
悪意を込めた上で、全く敬っていない僕の物言いに怯む聖女様。
多分だけど、この人は聖女の家系でたまたま強い力を持ってたから祭り上げられたんだろうな。
あ、マノウと違って、僕は聖女が嫌いとかではなく、僕とユシアの邪魔をする奴が嫌いなだけ。
「ねぇカナト、聖女様困ってるよ〜?
話だけでも聞いてあげよぅよ?」
「ユシアがそう言うなら…ご用件は何でしょう、聖女様?」
ユシアの言葉を聞いて、僕は態度を一変。
人当たりの良い、フレンドリーな感じで話しかけると、聖女様は先程と違う僕の態度に目をパチクリさせていた。
はっはっは、ユシアが全てなのだよ、僕は。
◆◇◆◇◆
やって来たのは泉。
ただの泉じゃあ、ない。
僕とユシア、マノウだけしか知らない泉…だった。
「こ、これは…!」
「すごいでしょ〜」
ここに聖女様がこなければ。
誇らしげなユシアが可愛いすぎてツラい。
僕等がやって来た泉は、村の南にある共同水の泉じゃなくて、村の北、丘を回り込むようにして歩いていくと位置的には社殿よりも北にある無造作に置かれた岩がいくつもあり、その隙間にある洞窟を入った奥に泉がある。
なので入る前に岩場の前で昼食を摂る。
泉の深さは膝くらいとそれほどでもないけど、中心は窪地になっており大人の身長よりも深い。
そして、ここも丘の結界内なので、僕やユシアの家系にしか入れない。
「聖女様、連れてくる約束として『ここで何も見なかった、聞かなかった』オーケー?」
「で、ですが…これは…!」
聖女様が驚いてる理由は、泉じゃない。
泉の中心にある、五つの台座と五つの武器だ。
五つの武器は槍、斧、弓、竪琴、杖なのだが、その全ては勇者の剣と同じ意匠なのだ。
「聖なる泉ではありませんか!」
「ひゃっふー!」
「わー」
聖女様を無視してバシャバシャと泉の中へ。
僕は上着とズボンを脱いでパンイチ、ユシアは流石に下着だけは恥ずかしいからとスカートとベストだけ脱いでる。
と、いっても下着にシャツ一枚なんだが、逆にえっちくてイイです。
「な、何をなさっているのですか!ふ、服を着てください!
そ、それに!ここは聖なる泉なのですよ!!入ってはなりませんっ!!!!」
「そうなの、カナト?」
聖女様が喚くもんだから、ユシアも気になったようだ。
ユシアが聞くから答えるけどね。
僕は喚く聖女様を無視して、台座に置かれた武器のひとつをキュポッと抜いて持ってくる。
「え…うそ…!」
赤くなったり、青くなったり、忙しい聖女様だな、コイツ。
「あ、貴方は…いえ、貴方様が勇者様なのですね!
ぜひ私と一緒に魔お」
「ブブー、ハズレー。」
聖女様の勢いを妨げて、僕は勇者じゃないと遮る。
というか、魔王を倒すなんてとんでもない。
「知らないみたいだから言っとくけど、先代勇者は生きてるから。」
「で、ですが先代の勇者様は三百年も昔に生きたお方で、今生きていらっしゃる筈がありません!
私は新たな勇者様が目覚めると神託を受けたのですよ!」
「いつの話さ。」
ハハ、と笑って、僕はキョトンとしてるユシアを撫で、泉のほとりに座るよう促して僕も隣に座る。
癒されるわー。
「な、七年前です!
『魔が目覚める、聖具に導かれし者も目覚める』と。」
七年前ねー、と思いながらユシアを見ると、僕が見てるのに気付いたユシアがニコッと微笑む。
それを見て僕も微笑むと、ユシアの頬がほんのりとピンクに染まって照れた。
「七年前だって、ユシア。」
「マノウちゃんと会った頃だね〜。」
危機感がない上にイチャイチャしてる僕等に対して、明らかに聖女様はイライラしてるようだった。
まあ、気持ちは分かる。分かるだけで何とも思わないけどね。
とはいえ、これ以上はもうメンドイからバラそう。
「さて聖女様ー?
問答がメンドイから答え合わせの時間だ。」
「何の、ですか?」
「七年前、剣の聖具を抜いた子が居ました。
その子は三日後に魔王と相対し、世界を平和に導きました、とさ。
めでたし、めでたし。」
なんの盛り上がりもなく、淡々と話した僕もアレだけど、聖女様は理解が追い付かないのか呆然としてる。
少しの間を置いてから聖女様がへたり込み、項垂れてた。
「勇者様は魔王を…既に討たれていたのですね…。
いったいどなたが…いえ、それなら何故、そのような神託が無か」
「いやいや、人の妹を勝手に殺すな。」
ガバッと顔を上げた聖女の表情は驚きに満ちていたけど…って、もう本当にメンドイ。
「そういえば、ユシアにもなんでマノウが妹なのか話したことなかったね。」
「うん、ずっと気になってたけど、カナトがいつか話してくれるかな〜、って。」
「そっか、ごめんね。いい機会だから話すね。」
ユシアが聞いてくれるなら、語る意欲が増すってものです。
「ぶっちゃけると、僕はマノウの兄の生まれ変わり。
いつの頃かっていうと、勇者の伝承よりずっとずっと前、神話の時代。
神々が世界を創世し、人族や亜人、魔族といった種族が地上に暮らし、多くの文明を築き上げて、天上に住まう神々を信仰していた時代。」
…神々にとって、人々の信仰というのは生きる糧。
多くの神々がいれば、司る力がより分かりやすい神がいれば、信仰に偏りが出るのは仕方ない事。
天上において、『門と流れを司る男神』と妹の『魔と闘争を司る女神』も『創世に関わる神』の一柱でありながら、信仰の無さから消えさろうとしていた。
でも兄神には愛する女神がいて、その女神もまた兄神を愛していた。
妹神は兄神に消えて欲しくなかった事から、女神に横恋慕する他の男神に『地上へ行って信仰を集めればいい』と唆され、地上に降り立ってしまう。
妹神が降り立った場所は、力こそ至上とする種族の領域であり、『魔と闘争』を司る妹神にとっては最も力を発揮できる場所だった。
その妹神は信仰を集める事には成功したけど、地上で暴れた事が最高神に知られ、天上への道は閉じられてしまう事で目論見は失敗。
妹神は嘆き悲しみに暮れたものの、地上に住む者達は彼女を放っては置かなかった。
その『魔と闘争』の力を利用し、世界に戦火を広げた。
これに妹神は怒り、自分を慕う種族を率いて自分を利用した種族を殺そうとした。
一方で最高神から妹神の所業を聞いた兄神は、信仰を得られなかった事に加えて責任を取る形で消滅。
女神に横恋慕していた他の男神達は歓喜したのもつかの間、兄神から事情を聞いていた女神もまた、消滅した兄神の後を追うように消滅する事になった。
怒りに任せて暴れ続けた妹神は、再びやってきた最高神により地上でさらに暴れた罰として、消滅を許さず聖具を用いて封印された。
兄神とその恋人が消滅した事を知らされずに。
以来、妹神は定期的に目覚めては聖具によって封印されるという罰を受け続け、今の時代までそれが続いた。
七年前。
ユシアが聖剣を抜いた事をキッカケに妹神も目覚めるんだけど、妹神が目覚めた瞬間には目の前に聖剣を携えたユシア…と、同行した僕。
あ、ユシアがケガしたり、誰かを傷つける場面なんて無くてもよろしい。
「…で、僕が人として生まれた兄神だから、こう言う訳。
『久しぶり、マノウ』と。
以来、マノウはこの村で平和に暮らしました、とさ。」
語り終えるとユシアはポロポロと涙を流していて、聖女様も涙を堪えているようだった。
てか、僕の話を信じたの?聖女様は。
「そ、そのお話が本当であれば、わ、私が受けた神託とは…」
「うん、最高神が僕の妹邪魔だから閉じ込めろって話だね。
マノウが言うには、封印されてる間は眠る事も身動ぎひとつ出来ない何もない場所に、痛みだけがキリキリと縛り付ける感じ?」
「ひ、ひどい…」
「うぅ〜、マノウちゃん可哀想だよぅ…」
「いやいや、マノウは今、この村で楽しく暮らしてるよ。」
ユシアに抱きつかれるのは嬉しいけど、ここは優しく撫でておこう。
「その、ユシア様が勇者様であらせられるなら、なぜ貴方は聖具を抜けるのですか?
やはり神であらせられるからでしょうか。」
「僕が聖具を抜ける理由としちゃ、『門と流れを司ってた』としか言えないね。
もう神じゃなくて、ただの人間だし。」
「具体的は、どのような?」
「えー、めんど」
「私も聞きたいな。」
「よし、任せろ。
門、は番人として何かを繋げる、開閉、制限したりね。
それで無理矢理、聖具との繋がりを持たせる。
流れは少し難しいけど、水の流れとか時間の流れとか…後は力の流れとか、そういったものの操作、調整が出来るわけね。
それで無理矢理、聖具を扱うのに必要な能力を出してるって訳。」
「それは、つまり…聖具を誤魔化せる…と?」
ユシアがまだウンウン唸ってるけど、聖女様の言葉で理解したようだ。
「端的に言や、そうだね。
聖具の殺傷力に関しては、鉄の剣持った方が切れ味も精神的にも楽だね。
神の能力って人間の身体だと負担が凄くてね、こうして聖具を持ってるだけでも全力で走らされてる気分だよ。」
「……」
そう言って僕は持ってきた聖具を台座に戻す。
ふい〜。
「という訳だから、もうそろそろ陽も傾きだす時間になるし帰ろうか。」
「ええ〜、もう少し遊ぼうよ〜。」
こればっかりはユシアの頼みでも聞けない。
なぜなら、ユシアが風邪を引いたら嫌だからだ。
「遊びは少し物足らないくらいが丁度いいし、また明日以降に遊ぼう、ね?」
「う〜、カナトがそう言うなら我慢する。」
「うん、いい子だねユシア。」
ユシアの額にキスをした僕ほ、持ってきたタオルでユシアに濡れた体を拭くようにと渡す。
キスで真っ赤になってしまったユシアはアウアウ言って、ガチガチになりながらも岩陰で体を拭いて
着替えを済ませた。
その間に僕も体を拭いてパパッと服を着終える。
洞窟の外に出れば、夏の日差しと暖かい風が冷え始めた体を程よく温めてくれる。
帰りの道中、横に並んだ聖女様が小声で話しかけてくる。
「(カナト様が人としてお生まれになったという事は、思い人である女神さまも人としてお生まれになっているのでは?
もしかして…)」
やっぱりそこに気づいたか。
「(彼女は、自分が生まれ変わりと自覚することなく、死んだよ。)」
「(ユ、ユシア様ではないのですか?!)」
まあ、そういう反応するよね。
「(で、では、どなたが…)」
「(僕の母だよ。)」
「(!?)」
「二人で内緒話?」
コソコソ話す僕らが気になったのか、ユシアが近づいてきた。
「うん、マノウの昼食にマズイサンドを紛れ込ませたから、ちゃんと食べたかなって。」
「そんなことしたら、マノウちゃん可哀そうだよ~」
「大丈夫大丈夫、あいつの好きな肉のサンドも作ってあるから。」
「そっか~、それならいいかな。…いいのかな?」
「うん、いいのいいの。」
その肉サンドまで耐えられれば、だけどね。
話してる内にユシアの家までやってきたようで、僕とユシア…ついでに聖女様と別れる。
聖女様は勇者候補達が迎えに来てるけど、その表情は暗い。
当たり前だけど、聖剣が抜けなかったんだろうな。
「また明日ね、ユシア。」
「うん、また明日ね。」
「…カナト様、ユシア様、今日はありがとうございました。
それで…あの…」
聖女様が何か言い淀んでる。
てか、様付けやめい。
「あなた様方の事を、へいか」
「僕らは社殿の管理を任されてるだけのただの村人で、ユシアは僕の幼馴染、マノウは僕の妹。
僕はユシアの彼氏。
そんな平民に様付けして、平民の平穏を乱すのが聖女様?」
「そ、そんなことは…」
「それに、約束した筈だよね?それを聖女様自らが破るの?」
『泉で見聞きした事は秘密』。
話を広められて、無駄に崇められても迷惑だしな。
聖女様故に、無駄に発言力あるだろうし。
別れ際にユシアの手の甲にキスして、僕も家に帰ると…
「お兄様や…お昼、全部マズイサンドとか酷いではないか…」
涙目のマノウがお出迎え。
あれ?
「肉サンドは普通のはずだったけど、食べなかった?」
こいつは好物を最後に食べる、かつ、右から順番に食べる癖があるから、六つ作ったサンドのうち二つが肉サンドで、左だけ普通の肉サンドだったんだけど、もしかしてコイツ…
「一番左の肉サンド、誰かにあげた?」
「え?う、むう…猫に盗られ、て…まさか……、それだけ普通の…?」
「うん。」
「うわああぁぁぁん、酷いのじゃ酷いのじゃ!」
しゃーない、今日の夕食は肉づくしにするかね。甘いデザートも作らなきゃだし。
コイツといるとホント飽きないな。楽しいからいいけど。
そんなオチを残して、今日もこの村の一日が終わる。
この世界には勇者がいて、魔王もいて、数知れない英雄譚があって、同じだけのロマンがあって。
僕はその中で生きていく。
勇者?魔王?いいや、僕は…
村人だから。
幼馴染みと妹と一緒に面白おかしく平凡に生きていくさ。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
拙い文章ではありますが、楽しんでいただけたら幸いです。
よかったら感想や指摘など、ご意見があれば遠慮なく作者へお寄せくださいませ。
下記は設定、補足です。
【設定・補足】
『カナト』
・本編の主役ではあるけど、主人公ではない。
・年齢は17歳、身長170ほど。
・幼馴染みのユシアが超が付くほど好き。
・父は女好きで有名だったが、母が厳しかったため、結婚後の女遊びはなかった。
カナトは母の容姿によく似ており、黒髪にこげ茶色の瞳を持つ。
・自分のやりたい事、感情を優先するタイプで、邪魔をされると機嫌が悪くなっていく。
・前世においては「門と流れを司る神」だったが、妹神が地上で暴れた責任を取って消滅した。
人として生まれ変わることが出来た理由としては、恋人と結ばれなかった事から「人として結ばれよう」と約束した事が起因。
「人の魂」になるよう「流れ」を作ってしまった。
彼にとって誤算だったのは、恋人が母として存在した事だけではなく、魂が酷く劣化していたことで記憶を取り戻せずに早死にさせてしまったこと。
・「神」の能力をある程度使えるが、負担が大きい。
人としては、彼が属している国の一般兵士よりは強い程度で、魔法は全く使えない。
・前世の恋人よりもユシアに惹かれたのは、前世の恋人が母だったのもあるが、カナトとユシアが似た者同士だから。
・名前の由来は「神人」と書いてカナト。
『マノウ』
・カナトの妹じゃないけど、カナトの前世の妹。
・見た目13歳だけど、実年齢は創世神話時代から。身長は140ほど。
髪の色は黄の色味が強い金髪、瞳の色はダークパープルで、スタイルはカナトが言うほど「絶壁寸胴」ではなく、それなりの膨らみやくびれはある。
・長く生きていた事と、封印の苦痛から解放された反動からか、呑気で多少のこと(マズイ食事もキッチリ完食したり)は気にしないようになった。
というか、楽しんでる面もある。
自分が好きな人達じゃない、又は嫌いな相手に対しては、会話すら一切なく無視をする。
・カナトの妹として家に来たときの理由としては、カナトの父親が「やらかした」と思われてる。
・「魔と闘争を司る神」としてあらゆる魔の知識と力を広め、生きるための闘争を生き物の心に与えたが、根源的過ぎたために人々から忘れ去られそうになった。
最初に地上で暴れた際は、後に魔族と呼ばれる種族と争い勝ちを収めた。
この時「マノウ」と名乗ったにも関わらず、当時の魔族は発音出来ずに「魔王」と以後呼ばれることになった。
・本気で戦えば彼女より強い「神」も「人」も「魔族」にもいない。
・カナトとユシアが作る料理が好き。
・名前の由来は魔王。「王」を「のう」と読ませただけという…
『ユシア』
・カナトの幼馴染みで、両親と弟が一人いる四人家族。
代々村長の役職を務めている。
・年齢は14歳で、身長が130と小さめ。
なのに平均を上回る胸のサイズを誇る。
・自分が好きな人達が何かやっているのを見ているのが好きで、率先して手伝ったりするタイプ。
自分の感情を我慢してしまいがちで、難しい事を考えるのは苦手。
・カナトとは相思相愛で、親公認の婚約者同士、お互いに「清い結婚」を約束している。
カナトともっと仲良くイチャイチャしたいと思っているが行動に移せないが、カナトがイチャイチャしてくるので不満はなかったりする。
・7歳の時に聖剣を抜いたのをキッカケに、カナトによって魔王の寝所まで「旅行」と称して連れていかれた。
魔族とは一度も戦うことなく、というか、魔族に案内されて魔王の元までやって来た。
この時に勇者の役目を終え、今では聖剣が抜けなくなったことで「当代の勇者」ではなく「先代の勇者」扱いになる。
・名前の由来は勇者→ユシャ→ユシア。
『聖女』
・7年前に魔王の復活と勇者誕生の神託を受けながら、既に解決している事を知らずに勇者探しをしていた聖女。
王都では公爵並の発言力をもっていたりする。
・年齢は20歳ほどで、身長は160くらい。
マリンブルーの髪と、深緑色の瞳をもつ。
スタイルは良くも悪くも平均的。
・生家は貴族ではあるが、神託を受けた事で聖女として祭り上げられた。
・勇者=男、というイメージを持っていたので、男の勇者候補ばかり探し集めていた。
「勇者様候補」
・15から25歳頃までの勇者様かも知れない、と集められた五人で全員男。
・その内の四人が聖女を嫁にしたいと目論んでいて、残り一人は同じ候補者の一人をつまみ食いしたいと思っている。逃げて、超逃げて!
・それぞれの実力は騎士を圧倒するほどであり、魔法も簡単なものならこなせるほどである。
『最高神』
・創世に関わる神々のリーダーであって、創造神ではない。
・他の神が多少のお痛をしても許容するが、度が過ぎれば容赦なく怒るタイプ。
・中でもマノウの封印はやり過ぎたと自身で思っているが、マノウからの報復を恐れて定期的に封印するよう「代々の聖女」に神託を授けていた。
『女神』
・カナトの前世で恋人だった人で、色んな神にモテていた。
・下級神ではあるが、司る力とその名は有名であり、多くの信者がいた。
・兄神の消滅に伴い、後を追うように消滅した。
この時に「人として結ばれよう」と約束し、なんの皮肉か文字通り「母子」として強い繋がりで結ばれてしまった。
・生まれ変わりの際、魂の劣化が激しかったことから短命になってしまい、物語が始まる前には亡くなっていた。
『聖具』
・全部で六つあり、それぞれがマノウを封印する為の道具で、創世に関わる神々が造った。
・マノウが目覚める時にそれぞれの聖具を扱える人間も現れるけど、剣だけが有名になって、他の聖具はあまり知られなくなった。
つまり、聖具に導かれし者は常に六人居る。
・泉に五つの聖具があったのは、マノウを家族に迎えてからカナトが一人で集めた。