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魔法使いは理系です  作者: 山石竜史
二章 アヤトは学生です
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138 解析は現実逃避の手段です

「ふぅ」


 治安維持隊の活動を終え、ようやく寮に戻ってきたアヤトはベッドに腰かけ息を吐きだす。アヤトの顔に疲れがにじみ出ている原因は、魔導具店の事件でも、訓練による疲労でもなく、寮に帰ってきたときの一幕だった。




 取り逃がした諜報員について考えながら。そして、ネロに渡された魔導具の効果について考えながら。アヤトは寮の廊下を歩いていた。


「ちょっ、待ちなさい。そこの君っ」


 すれ違った男の人からかけられたその声に、いろいろと考え事をしていたアヤトは気づかなかった。彼が振り向いたのは、男の人に制服の袖を掴まれてからだった。


「なんで無視するかな。ちょっと寮長室まで来てもらうよ」


 困惑するアヤトの腕を掴み、そのまま引きずっていく男。ここでようやくアヤトはこの男が寮長をしている教員だということを思い出した。

 そして、これは傍から見れば、寮長が女生徒を連行していくように見えたのである。そんな姿を見かけた生徒たちは興味津々で後をついていく。後ろに感じる大勢の気配に振り返ったアヤトは、まるで総回診のようについてくる集団に気づいて、悲鳴を上げそうになった。

 そして、たどり着いた寮長室。中の様子をうかがうために生徒が張り付いているのだろう。アヤトはドアのところに何人かの気配を感じていた。そのために、どこかそわそわした様子のアヤト。


「えっと、君。とりあえず名前を聞こうか」


「アヤト・フォンターニュですが……何かルール違反とかしましたでしょうか?」


 名前を聞いた寮長は一瞬首を傾げるが、そのまま言葉を続ける。


「いや、ルール違反も何も。ここ、男子寮だよ。もしかしてその制服着ただけで変装出来ているとでも思ってる? ばれてると分かってるからそんな風に落ち着かないんでしょ」


「いや、部屋の外に……って、変装?」


 今度はアヤトが首をかしげる番だった。


「そうそう。ダメでしょ、許可も取らずに女子が男子寮に入ってきちゃ。君たちぐらいの年齢だと中には自制が効かない人も居たりするんだし。何かされちゃってからじゃ遅いんだからね」


「……僕は……僕は、男だぁぁぁ」


 アヤトの心からの叫び声は男子寮中に響いたのだった。




「本当勘弁してくれよ。帳簿と照らし合わせても名前を語ってるんじゃないかとか言われて、お前に来てもらってようやく疑いが晴れるとか」


「ははは、災難だったよな」


 ベッドに倒れこむアヤトを慰めるアレフ。寮は二人で一部屋。アヤトとアレフが同室になったのだ。そして隣の部屋では、ビートとギームが同室になっている。もちろん、女子寮のほうではルーシェとミリアが組だ。


「そんな時はお得意の魔導具弄りでもして気分転換しろって」


「そうだね」


 アヤトはフラフラとデスクへと向かう。昨晩引っ越してきたばかりにも関わらず、そこには店でネロが使っていた機械を始めとして、何かの素子が入った箱など雑多なものが並んでいた。

 椅子に腰かけたアヤトは、デスクの横にかけた鞄の中からネロに貰った魔導具を取り出す。片手で持てるほどの大きさのそれがどれほどの効果を持っているのか。アヤトは早速試してみることにした。


 アヤトは魔導具とともに渡された紙を机の上に置き、次に魔導具の側面へと目を向ける。そこには、通常の魔導具と同様に、ダイヤルがついているのだが、少々他のものとは様子が違った。

 普通ならば、そこには魔力特性数値に合わせるための数字が目盛りとともに刻まれているメーターがついているのだが、そんなものはついておらずダイヤルの周囲に直接五、十、五十、百、五百、千という数字が刻まれていた。そして、ダイヤル自体に矢印が刻まれている。アヤトは試しに操作してみると、カチッという音とともに一定量だけ回って矢印が数字のところに合うたびに少しの抵抗を感じた。どうやらダイヤルと思っていたものは、円形のセレクタスイッチのようだ。

 アヤトは再び、説明の書かれた紙に目を落とす。そこには、スイッチは効果量を調整するためのものであると書かれていた。


「あれ? じゃあ、特性数値に合わせるダイヤルは?」


 アヤトの疑問ももっともだ。そう、魔導具を使うために必要なはずのそのダイヤルがこの魔導具にはついてなかったのである。

 そして、彼の疑問に対する答えは、それも説明の紙に書かれていた。


 ――効果用回路は作れたけれど、それに合わせた魔力波調整部分は作れなかったの。効果用回路がちょうど働く数値を教えてもいいけれど、どうせなら宿題にしようと思ったから、書かないわ。自分で調べて使ってみて。波形は人間のもので動くはずだから。それと、感想待ってるね――


「なるほど。僕にしか使えないってそういうことか」


 内部の回路を調べて数値を出すところまでは回路関係を勉強したり、そこを趣味にしている人ならばできるだろう。

 しかし、その調べた数値に合わせた魔力を入力するのは……恐らくアヤトにしか出来ないだろう。


 自分の魔力波の周波数を自由に操ることが出来るという特殊な体質をもつアヤトにしか。


 昔のアヤトは、このことに気づいておらず、その魔力の周波数は常人よりも遥かに高いものであった。そのために、解析回路が測れる上限を優に超えており数値はゼロと出力されていたのだ。また、魔力色を知るための球は特に問題なく出力していたのだが、その光が可視光の範囲から外れていたのは言うまでもない。


 そして、このことは三師団内のみにしか知られていないはずの情報でもある。

 それにも関わらず、アヤトにしか使えないなどと、その情報を知っていないと言えないようなことを口にするあたり、ネロの情報収集力は流石である。

 というよりも情報漏洩の危険性の方が少し心配になってくるアヤトだった。


「さて……と。調べろって言われてるし、やってみますか」


 一つ伸びをすると、アヤトは工具を使って魔導具の底を開ける。

 そこから中を覗き込んだアヤトは目をひん剥いた。


「うそーん」


 素っ頓狂な声を出した理由は単純だ。中に入っていた回路の基盤は一つでは無かったのである。

 七サントメーテ四方ほどの基盤が三枚。それが重なって積層構造をしていたのだ。

 コンピュータの集積回路も立体的な構造になっていたりするが、そのような技術をネロは生み出していたのである。

 流石に、基盤同士を一体化させているわけでは無く、橋渡しの導魔体も遊びを持たせつつ留め具のような形で接触させている構成のため、基盤同士の距離は三サントメーテ程離れており、基盤同士は簡単に分離できた。

 そしてまず、ここから回路図に落とし込んでいくのだが……


「配線が迷宮じみてるぞ」


 工学部だったはずのアヤトですら混乱するほど複雑な回路であったのである。






「やっと……出来た……」


「お疲れさん。使えるようになるまであとちょっと?」


「うん。後は計算して出すだけ」


 アヤトの目の前には、再び組み上げられた魔導具と、線に素子にその他もろもろ書き込まれた紙があった。

 後ろからその回路図を覗き込んだアレフは思わず苦笑い。

 アヤトが魔導具を貰ってから三日目のことである。


「毎日それに熱中できたから気を紛らわせられたんじゃないか?」


「……思い出させないでくれよ。というかお前も被害者だろ。アレフ」


「はは……まあな」


 アヤトが寮長に性別を間違えられて連行されたあの事件が、次の日には噂として尾ひれがつき、曲がりに曲がって広まっていたのである。

 アレフが彼女を連れ込んでいるのを教官が見咎めただとか、アヤトを教官の魔の手からお姫様抱っこで救い出したアレフだとか、実はアレフは学校の上の方にパイプを持っており教官を脅して同棲を認めさせただとか。

 同学年から、最上級生までに広まっており、アヤトとアレフは気疲れする日々を送っていたのだ。

 そして、いつもの六人組の協力もあって次の比には誤解は解けた。ここは流石三師団員といったところか。しかし、それからというものアヤトには何故か、熱視線だったり、羨望の視線だったり、果てには嫉妬の視線だったりが集まりだしたのである。噂は立ち消えたにも関わらず、アヤトの心を疲弊させている原因である。


 そこから逃避するかのように、放課後アヤトは維持隊の訓練、巡回と、魔導具の解析にいそしみ、そしてようやく回路図の完成にまでこぎつけたのである。


「ここの部分の合成インピーダンスは……」


 元の世界の電気回路の知識も使いながら計算していくアヤト。計算ミスを防ぐため、そして素子の数が多すぎるために、一つ一つ式を立てていく。あっという間に一枚の紙が真っ黒になり、二枚、三枚と数式で埋まった紙は増えていった。

 そして、夕食も途中で挟み、五アワも経った頃、真夜中といってもよい時間に。

 ついにアヤトは魔導具を使うための数値を割り出すことに成功したのである。


「それにしても、この数値は確かに他の人には出せないな。そもそも、この回路の感じだとダイヤルで調節ってのも難しそうだし」


 アヤトは半笑いを浮かべると、右手に持ったその魔導具へと魔力を流し込むのだった。

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