レベルアップ
トウジはパソコンの画面を眺めている。スートは仕事があるということで挨拶もほどほどに帰っていた。
部屋に閉じ込められて変える場所も無いトウジはレイの様子を眺めるしかできることは無い。
映っている映像はチュートリアルダンジョンの内部であり、何もない真っ直ぐな通路を先程レイと名付けた少年が歩いている。
その姿は傷だらけであったが、それでも命に関わるような傷は無く足取りはしっかりしていた。
トウジの手によって構成を大幅に変えたダンジョンはレイに対して極めて優しい構造であり、ゴブリンは最初に出会った一匹のみで、他に敵は存在しない。その上、最初は多少入り組んでいた道も真っ直ぐな迷いようのない道になっていた。
そんな風に自分の為に簡単になったダンジョンを真っ直ぐ歩き、ついにレイはチュートリアルダンジョンの最奥部へと到達を果たした
最奥部には一体の女神像が鎮座している。
別に由来などは無く、トウジが何となくそれっぽいだろうという考えだけで設置したものだ。
その女神像に近づくことでイベントは発生するように設定しているのだが、案の定というかなんというかレイは最奥部の入り口付近に立っているだけで、それ以上奥に行こうとはしない。
『レイよ、真っ直ぐ進んで像に触れなさい』
通信量に制限があるという話を聞いているので、たいしたことでもないで呼びかけたくないは無いのだが、声をかけなければレイは動かないだろうと思ったトウジは仕方なく声をかけた。
本来であるならば自分が何もしなくてもダンジョンに入ってきた者たちで勝手に空想を膨らまして事態を進ませてくれることを期待していたのだが、現状ではそういうことを全く期待できないレイしかいないのでどうしようもない。
トウジの声に従って真っ直ぐ進んだレイは女神像に触れる。
すると、像が喋り出す。その内容は――
『探究者たちよ。あなたたちの世界に邪悪な影が忍び寄っています。この迷宮で大いなる力を手に入れ、邪悪を倒しなさい』
全くの嘘っぱちであったが、とりあえずはこれで良いだろうと思って設定したものだ。
急ぎで用意したので内容に深みは無いが、それはまぁ女神様の力が封印されていてマトモに喋ることができないという理由で、より難易度高いダンジョンを攻略すれば、もっとちゃんと喋るようになるとトウジは脳内で設定していた。
ちなみにレイは女神像が喋っていたことを全く理解していなかった。というか聞いていなかった。人の命令を聞くように言われて育ったレイであったが、像は人ではないので命令を聞く相手として認識していなかった。
『まずは貴方たちに授けた証に力を与えましょう。その証が貴方たちに力を与え、貴方たちはその力に磨きをかけ、この迷宮を攻略する力としなさい』
――と、女神像から話があり、ここからレベルアップが解禁されるようになる。
わざわざ、こんな面倒なことをしなくてもいいだろうとトウジは思うのだが、いきなり言っても異世界の人間には通じない可能性があるので、超常的な存在を絡めた方が異世界人に信用されやすいとマニュアルにあり、一応トウジはそれに従って話をくみ上げた。
それと、なぜチュートリアルダンジョンのような物を用意したのかといえば、それもマニュアルに従ったためで、やる気も無い奴にレベルが無い世界でレベルアップのシステムを与えても碌なことにならないというマニュアルの記載に従った結果だった。
『貴方の活躍を期待していますよ』
女神像は最後にそう言ってレイを神殿の広間に転送した。
とりあえず、これでチュートリアルは終わりとなり、トウジはホッと一息つく。
ここから本格的に育成をしなければいけないしダンジョンも改築しないといけないわけだが、それよりも先に色々と調べないといけないことがあることに気付いていた。
「そもそもレベルって何よ?」
自分がダンジョンを造った世界はレベルなどというゲームの世界のような物は無かったが、ダンジョンのシステムで強制的にレベルという物が世界に定着された。それがどういう物なのか分からないトウジはソフト内のヘルプの項目を読み漁ろうとしたのだが――
『レベルに関して詳細情報を得たいのなら1000Pをお支払いください』
というメッセージが表示されるだけであった。
トウジは仕方なく1000Pを払うことにして、OKをクリックする。
すると、パソコンの画面の端にあった3000の数字が2000に変わる。
痛い出費であるが、詳しいことを何も知らない状態ではしくじった際の取り返しがつかないので必要な出費であった。
「なになに、レベルは能力に補正をかける物です? 敵を倒すなりすると経験値が貯まり一定以上に達するとレベルが上がります? レベルが上がるとカード等の媒体からそれの所有者に対して能力向上の効果が発生します? レベルの無い世界の場合、カードを通してレベルというシステムを適用しているので、カードが消滅するとレベルも消滅し、能力の補正は消えます」
まるでというか、まんまゲームだなと思いながらトウジは更にレベルに関するヘルプを見る。
途中、更に詳しい情報が欲しければポイントを追加してくださいというメッセージが出たが、流石にこれ以上は払えないので無視をした。
この間、レイの方には何もさせることがないのでパンを送って食べさせてもいた。
「補正は数値を加算するタイプです? 補正値が上昇する能力は、レベルが上がるまでの行動によって変化します?」
加算するタイプであるという言葉に関しては良く分からなかったが、戦い方次第でどういう能力が上がるかは分かった。そしてトウジは当面はレイをひたすら戦わせれば良いという結論に達することになる。
とりあえず今までの戦いを見る限り、レイは基礎的な能力が極めて低いので、それを補うためにどんな形であれ敵を倒してレベルを上げさせるべきだというのがトウジの考えであった。
「とりあえずレベル上げはRPGの基本だよな」
そんな独り言を呟きながら、トウジはレイに指示を出そうと画面を切り替えたのだが――
「あ、死んでる」
レイは神殿の広間で死んでいた。
状況がつかめず、一瞬茫然となるトウジであったが、レイの近くに落ちている食べかけのパンから死因を予想し――
「ああ、パンが喉に詰まったのか」
よくよく考えれば水も無しにパサパサのパンを食わせていたのだから喉もつまるだろうと納得した当時はレイがリスポーンするまでの間に広間の隅に水飲み場を設置しておく。
『レイよ、喉が詰まった時は水も飲みなさい』
なんでこんなことまで指示しなければいけないのかと思いつつ、現状では頼りになるのがレイしかいないトウジは諦めに近い感情を抱きながらレイに飲み物の大切さを教えたのだった。
『ついでに体も洗いなさい』
投げやりな調子でトウジはレイに命令する。
いい加減、薄汚れて不潔な見た目だったのが気になっていたところだったので、いい機会だと思ったゆえの命令だった。そうして、レイはパンを食べ、水を飲み、体を洗ったのだが、その結果――
「はぁ?」
現れたのは美少年だった。
黄金の輝きを見せる髪に、透き通るような肌の色に整った目鼻立ちの貴公子然とした少年が姿を現し、トウジは目を疑った。
まぁ、だからといってトウジのやることは変わりはしない。別に顔が良かろうが悪かろうが、ダンジョンに潜っているだけなら、何の意味もなさないからだ。
ただ、美少年が裸同然の格好で歩いていることには若干の抵抗を覚えたので服を用意する羽目になったため、若干だがトウジにとっては損な結末となったのだった。
トウジはドロップアイテム用として最初かソフト内に用意されていた布の服をレイのもとに送り、それを着させる。整った綺麗な容姿には粗末な布の服は似合わなかったが、それを見る相手もトウジしかいないため、問題ないといえば問題ない。
『では、レイよ。階段を下りた先へ向かい、襲ってくる敵を倒しなさい』
トウジの指示を聞き届け、レイが動き出す。
ようやくトウジのマトモなダンジョン運営が始まろうとしていた。