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名前

 

 六畳一間の部屋の中、二人の男は大喜びしていた。

 ようやく少年がゴブリンを倒したからだ。狂喜乱舞と言った有様で二人は部屋の中を飛び跳ねていた。

 だが、それも少年が回復薬を飲みこむまでだったが。


「いやもう、信じらんねぇんですけど。これより先はドロップアイテム設定してあるモンスターいないんすよ」


 廉価版のソフトでは最初から配られている回復薬は三個だけであり、そのうちの二個は少年に渡したが使う前に戦っていたゴブリンに叩き割られて喪失していた。

 ドロップアイテムに関してもモンスターに一つずつ持たせなければいけないのが廉価版の仕様でありドロップアイテムは全て自腹である。もはや切れる腹などは持ち合わせていないトウジにはとてつもなく厄介な仕様であった。


「でもまぁ、それに関しては大丈夫スよ。ほら」


 スートはパソコンの画面のある場所を指差した。それはプレゼンントと書かれたアイコンであり、そこに1という数字が表示されていた。


「ナミヤさんの場合だと侵入者寄りの設定になってるんで侵入者が頑張るとプレゼントがもらえるんス」


 スートの説明を聞いたトウジは期待に胸を躍らせ、プレゼントのアイコンまでカーソルを動かしクリックする。すると、出てきたのは――


「侵入者がモンスターを倒したので3000P(ポイント贈呈?」


「ポイントはお金だと思えば良いスよ。それでナミヤさんの日用品も買えるし、ダンジョンの機能を改善できるス」


 そうは言われても3000Pがどれだけの額なのか分からないのでトウジは素直に喜ぶことが出来なかった。


「3000Pっていくら?」


「変動相場制なんで自分にはちょっとわかんないス。ただ、カップ麺を買う程度なら困らないとは思うス」


 ドルや円と同じかよ!と突っ込みたい衝動を抑えつつ、トウジはスートに尋ねる。


「どこで買えるんすか?」


「ネットショッピングあるスよ。えーと、ここのマーケットってアイコンをクリックすると出ます」


 スートの言葉に従いトウジは言われた通りアイコンをクリックする。

 すると、亜久須通販というページが画面いっぱいに表示された。


「ここで注文すれば、お届けに上がるス。ちなみに速達にするとナミヤさんの部屋までワープで飛ばすんで注文したら、次の瞬間には届きます。ただし、送料と手数料がとんでもないことになるんで、節約を考えてるなら普通の配達の方が良いスよ」


「なんだかとんでもないなぁ」


 驚きと呆れが半々に混ざった口調で言いながら、トウジは通販の画面から再びダンジョンの画面に戻す。


「ダンジョンに送る場合は手数料はかからないんでご安心してもらって結構スよ」


 スートの営業トークらしきものを聞きながらトウジは迷宮を進んでいく少年の様子を見る。

 いい加減に名前をハッキリさせた方が良いよなぁと思いつつも、その行動を見守っていた。


「とりあえず、あの子に服でも送ってやった方が良いスよ。流石にボロ布一枚でチンコ隠してるのは絵的ちょっとって感じスよ」


 それもそうだなぁと思いながら少年の行動を見ていると少年は次のゴブリンに遭遇していた。

 相変わらず戦い方は無様そのもので相手の攻撃は避けられずに食らいまくっている。


「骨を断たせて、骨を断つって感じ?」


 トウジが見た所、ダメージ量では少年の方が遥かに上であり、少年の方がやられていてもおかしくないのだが、どういうわけか少年の方が勝つ。


「ゲーム的に説明するならHPが多いって感じスね。お互いに100のダメージを受けてもゴブリンのHPが100なのに対して、あの男の子はHP200あるから同じダメージでも負けないし、ゴブリンよりダメージを食らっても問題ないって感じスよ」


 そう言われると理解はできるが、いずれジリ貧になるだろうとしかトウジは思えなかった。

 そして、そんなトウジの予想は当たり、なんとか二戦目のゴブリンを乗り越えた少年は三戦目のゴブリンと戦っている最中には力尽きて、殆ど動けなくなっていた。


「防具か何か買ってあげた方が良いスね。実はお買い得の商品があるんスけど、買いません?」


 スートの営業トークが鬱陶しくなってきたトウジはここで、スートが親身になっていた理由を理解した。どうやら自分を顧客にしようとスートが考えていることを。


「欲しいけれど、だけどなぁ」


 無駄遣いは控えた方が良いとトウジは二の足を踏んでいた。

 そうしてトウジが考えこんでいた最中、画面上では思いもよらないことが起きる。

 ゴブリンの棍棒が少年の腹にクリーンヒットした瞬間に少年の体の傷が癒えたのだ。


「ああ、たぶんお腹の中に入っていた回復薬の瓶が割れたんスね」


「ああ、なるほど」


 腹の中でガラス瓶が割れる所を想像するとトウジは背筋がゾクッとするが、それで怪我が治るのなら問題は無いので、結果オーライ。そう思った矢先だった。少年の口から血がこぼれたのは。


「まぁ、お腹の中ズタズタになるのは当然スよね」


「だよなぁ」


 結局、少年は三体目のゴブリンには勝てずに全身の骨を砕かれて死んだ。

 だが、トウジの顔には嘆きは無い。なんとか前進しているからだ。

 そんな折、スートが何か気づいたようにトウジに質問をした。


「これって、チュートリアルなんスよね?」


「そうっすよ。チュートリアルやらないと侵入者のレベルアップが解禁されないんで仕方なくやってるんですよ。さっさとレベル上げて強くさせたいのにチュートリアルも攻略できないくらい弱くて進めないから困ってるわけで」


「それは分かるんス。でも、気づいたんスけど、それなら三体と戦わせる必要は無くないスか? なんか熱中していて気づかなかったスけど、ナミヤさんってダンジョンを操作できるんスから、そもそもモンスターと戦わせることすらせずに特定の場所に辿り着いたらチュートリアルクリアでも良かったような……」


 スートは気まずい顔でトウジに告げる。先ほどまで自分も熱中していただけに非常にバツが悪かった。


 そう、この二人は気づいていなかった。

 自分たちがルールを自由に改ざんできる側であることを完全に忘れていたのだ。

 そして、自分たちで設定した厳しい条件に苦しんでいたということだった。


 そのことに気付いたトウジは何も言わずチュートリアルダンジョン――少年が何度も死んだ長い通路を選択し、そこに出るゴブリンの数を五匹から一匹にした。


 気まずい沈黙の時間。

 なんで早く気づかなかったんだという相手を責める視線が交錯する。

 だが、そうしてお互いを無言で責めていても仕方がない。二人は生産的な思考で未来に目を向けることを選んだのだった。


「よし、あの少年の名前を考えてやろう」


「そうスね。名前が無いと不便スもんね」


 そうして、二人は今までのことを無かったことにして、あーでもないこーでもないと少年の名前を相談し合うのだった。




 ――少年は神殿の広間で待機していた。

 何やら声の二人は話し合いをしたらしく、それによって決定したことを少年に伝えるという。


『君の名前が決まった』


 名前と言われても少年はピンと来なかった。

 生まれてからずっと名前など無く、『奴隷』としか呼ばれてこなかった少年は名前の必要性など感じたことは無いので、名前が決まったと言われても何も思わない。


『君の名はドゥ・レイだ。これからはレイと名乗りなさい』


 奇妙な響きの名前だったが、別に名前などはどうでもいいのでどんな響きであっても少年は構わなかった。


『……やっぱ、深夜のテンションで決めたのはマズかったんじゃないですかね?』


『いやいや、自分の生まれた世界では由緒正しい名前スよ? 全然マズくないス』


『あんたの世界って発音おかしいじゃないすか……』


 話し合っている声は少年に筒抜けであるが、それを少年は耳に入れないように努める。

 聞き耳を立てるのは奴隷として失格だと主人に教え込まれていたが故の振る舞いだった。


『まぁいい、他に気に入った名前でも思いついたらそれを名乗ると良い。では、レイよ、ダンジョンに挑むのだ!』


 少年はドゥ・レイという名前を手に入れた。

 名前などはどうでもいいと少年は思っているが、名は体を表すという言葉に始まり、名づけとは万事に置いて重要な意味を持つ。

 それが適当につけられたものであっても大きな意味があり、それは少年にとっても例外ではない。

 なぜなら名を手に入れた瞬間、少年は『奴隷』という名の物ではなく、名を持つ『人間』になったのだからだ。


 少年は階段を下りていく。

 大事に持っていろと言われたカードには『ドゥ・レイ』の名が刻まれていた。

 ここから少年が人間として生きていくための第一歩が始まる。





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