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亜久須グループ

 

「はぁ、そうなんスか。ダンジョンマスターなんスね、お兄さん」


 亜久須運送の社員だという青年はトウジの部屋に上がり込んでいた。

 困っているので助けてほしい旨を話すと青年は二つ返事で了承して、相談に応じるためにトウジの部屋へと上がり込んだのだった。


「ダンジョンマスター?」


「ダンジョンの管理をする人をそう言うんスよ」


 割と有名だということも青年は付け加えてトウジに説明する。

 とはいえ、目的は人によって異なるらしく、トウジのような目的を持っている者は稀だとか。


「ああ、そうそう、申し遅れて申し訳ないス。自分は亜久須運送のスィェゥッ・ッッンョ・トュィって言うもんス」


「え?」


 全く理解できない発音に困惑するトウジだったが、青年の方もそういう反応は慣れたもののようでにこやかに笑いながら補足を口にする。


「普通の人には発音できない語なんで、スートで良いっス」


「あ、はい」


「そちらはナミヤさんで良いスよね」


「あ、それで大丈夫っす」


 なんとも締まらない会話である。

 両者とも若さゆえの軽さというものがあふれ出ていた。


「ところで亜久須運送でしたっけ。これってもしかして日本の会社っすか?」


「まぁ、そんな感じスね。正確には亜久須運送も含まれている亜久須グループの元締めの亜久須コーポレーションの本拠地が日本にあるって感じなんすけど」


 そう言われてもトウジにはピンと来なかった。

 企業に関して詳しいというわけでもないが、それでもそんな企業は聞いた覚えがないからだ。


「ああ、一応言っておくとナミヤさんのいた世界には無いかもしんないスね。うちは多国籍ならぬ多世界企業でして、次元の壁を破ってあっちこっちの世界で商売してるんスけど、まだナミヤさんのとこには行ってないかもしんないス」


「えーと、でも日本に本拠地があるって言ったような」


「日本は日本でもナミヤさんの世界とはパラレルワールドなんスよ。ちょっとずつ歴史が違ったりとかそういう感じで別物の世界ってみたいな。例えば年号なんスけど、ナミヤさんの世界の今の年号をコレに書いてみてもらえないスかね?」


 そう言われてトウジは『平成』という字をスートが差し出したメモ用紙に書く。


「ああ、この字で『ヘイセイ』読みスか。割と平均的な世界生まれなんスね、ナミヤさんは。でも亜久須コーポレーションのある日本はそう書いてヘイセイじゃなくて」


 話ながらスートはトウジの書いた字の脇に自分の知るヘイセイを書き出す。

 そうして書かれたのは『平征』だった。


「これでヘイセイっス。ちなみに、ショウワ、タイショウ、メイジは……」


勝和ショウワ』『退聖タイショウ』『冥治メイジ』と若干不穏な字が混じる年号が書き出されていく。


「まぁ、こんな感じで、ナミヤさんの住んでいた日本とはだいぶ違う感じスね」


「えーと、じゃあ俺はスートさんに日本に連れて帰ってもらうっていうのは無理な感じなんですかね?」


「無理っスねー。まぁやれなくはないと思うんスけど、さっき部屋の外を見ましたよね? 外は真っ暗闇だっだでしょ。そこの窓から月明かりが入ってきますけど、それは見せかけだけで、この部屋は実際は色々な世界と世界の間にある次元の狭間のど真ん中に置き去りにされてるんス」


 それに関してはトウジも何となくだが理解していた。

 少年をゴブリンと戦わせている間に何か自分の助けになるものはないかと部屋の中を探索しているなかで入り口を開けて部屋の外を見ていたからだ。


「次元の狭間を越えるのって無理なんですかね?」


「人によっては無理ではないスけど、ナミヤさんには無理だと思うス。自分のような亜久須グループの人間は世界と世界を渡るためのツールを持っているんで大丈夫スけど、それが無い人は自力で次元の狭間への道をこじ開けて次元の狭間を進んでいくんスよ」


 話が壮大になってきてトウジは困惑気味だったが、それでも重要な情報のような気がするので口を挟むことはなくスートの話を聞く。


「――で、次元の狭間を進んでいくにしても色々と必要とされる条件があるんス。まぁ、条件っていうか、それが出来ないと死んでしまうって感じのことなんスけどね。とりあえず、ブラックホールの中で鼻歌歌ってノンビリできて、太陽の中で昼寝が出来るくらい頑丈じゃないと駄目っス」


「それって人間じゃないよね?」


 言っていることの突拍子も無さに黙って聞いていたトウジも突っ込みを入れずにはいられなかった。


「そういう人間離れした奴じゃないと無理ってことなんスよ。なので、ナミヤさんが自分の世界に帰りたいならカァス様の言われた通りにした方が良いと思うスよ、自分は」


 肩を竦めてそう言うスートを見てトウジはガックリと肩を落とす。

 その様子を哀れに思ったのか、スートは努めて明るい口調で話を変えるのだった。


「いや、でも今はあれっスよ。ダンジョン作成ソフトとか売ってるんだし問題ないスよ。昔は自力でなんとかしてた部分をデジタルで処理して現実に反映させてくれるんで――」


 スートは明るい口調で言いながらトウジのパソコンの方に目を向け、そして硬直した。

 スートの視線の先にあったのはパソコンではなくその脇に置いてあったダンジョン作成ソフトが入っていた箱であり、そのパッケージだった。


「え? なんで廉価版なんスか? あれって、えーと、うんまぁ、なんつーか……」


 スートが口ごもったのには訳がある。

 トウジが使っていたダンジョン作成ソフトは亜久須グループが販売しているソフトだが、廉価版ではない正規版は確かに評判が良いが、廉価版の評判はボロクソであるからだ。

 金が無くても安いからといって廉価版は買うなといわれるくらいには評判が悪く、今では騙されでもしない限り廉価版を手にする輩はいない。


「あれ、すげー使い辛いんですけど」


 トウジはガックリと肩を落とした様子のまま言う。


「殆どの項目課金しろって出るんすけど、金が無いから何もできないんです」


 それはスートも知っている。

 各種機能を開放するために追加料金を払わなければいけないのが評判の悪さの一つであり、それに加えて単純に性能が落ちるのも問題とされている。


「とりあえずは地道にやっていくしかないんじゃないスかね? 一応お金を払わなくても最低限はなんとかなるようになっていると思うんスけど、ちょっと失礼させてもらって良いスかね」


 スートはそう言って落ち込むトウジの許可も取らないまま、パソコンを起ち上げソフトを開く。すると――


「うわぁ……」


 凄惨な光景がスートの目に飛び込んできた。

 半裸の少年が全身から血を流しながらゴブリンと殴り合っているのだ。


「え、いや、なんで戦ってんのコイツ!?」


 驚いたのはトウジだった。

 てっきりあの少年も休んでいると思ったのだが、どういうわけか戦っているのだ。


「ナミヤさん、これ嬲り殺しにさせてるの?」


「そんな訳ないだろ! 俺だって休んでるもんだとばっかり思ってたよ。それなのに、もしかしてずっと戦ってたのか?」


 こちらの命令を素直に聞いてくれるので都合が良いと思っていたが、流石にこれは異常であり、トウジの背筋に寒気が走る。


「ちょっと止めさせないと」


 トウジはパソコンに手を伸ばし、マイクを使って少年に呼びかけようと思ったが――


「ちょっとタンマ」


 スートがトウジの手を抑え、行動を制止させる。

 そしてスートは子供に言い聞かせるようにトウジに話しかけた。


「廉価版は世界を隔てての会話量とか通信量に制限があるスから、うかつに話しかけるとマズいスよ」


 それもまた廉価版の評判の悪い所であった。

 そして、それを話しているうちに少年はゴブリンに殺され、また神殿の広間へと戻される。


「これ、相手は無料ゴブリンなんスよね?」


「そうっすけど」


 少年は広間に戻されたことに気が付くと、すぐに起き上がり再び階段を下りていく。

 自分が殺されたことは理解しているのかしていないのか、その様子をパソコンの画面で見ている二人には判断がつかなかった。


「ダンジョンの入り口でリスポーンするのは良いと思うんスけど、あの子大丈夫なんスか? ダンジョンの立地見る限り、あの子にお宝でも見つけてもらって無事に帰ってもらわないと人が来そうにないんスけど」


「大丈夫じゃなさそうだから困ってるんすよ。なんか、あの子異常に弱いし」


 その言葉にスートは少し考え込む。

 弱いにしたって異常というのは納得できる、廉価版で最初か使用できるゴブリンはそれこそ普通の地球の普通の小学生でも倒すことができる相手だ。

 見た所、少年の体格は痩せてはいるが小学生よりは遥かに優れており、体格からすればゴブリンを倒せる程度の能力はあるのは間違いない。

 それなのに何故倒せないのか、スートは考えつかない。それに何度殺されても平気な顔でまた戦いに挑む少年の行動も正気とは思えない。


「あの子、ロボットか何かスか?」


「いや、そんなことはないと思いますけど」


「でも、ナミヤさんの命令に従って何度も殺されに行ってるわけスよね? なんかの宗教的理由でナミヤさんを神様だと認識して盲目的に従ってるなら、それも分かる気がするんスけど、それとはちょっと違うような」


 まぁ、そんなことを考えても仕方ないかとも思い、スートは思考を切り替える。

 亜久須グループの社訓の中には助けを求められたら助けるという物があるので、スートはトウジの為に多少ならば骨を折ることも厭わない。ちょっと頭を使ってやるなら尚更だ。


「とりあえず、あんだけ弱いのは何かおかしいスから状態異常みたいなのを疑った方が良いスね。ダンジョンの侵入者のステータスは詳しくは無理スけど、状態異常くらいなら――」


「分からないっす。課金を要求されました」


「ああ、そういやそうスね。廉価版は無理スね。すいません」


「いや、こっちこそ、なんかすいません」


 いたたまれなくなって二人は沈黙する。

 その間もパソコンの画面には少年が殺され続ける映像が映り続けていた。


「とりあえず止めますか。これ以上やらせたところで倒せそうな気がしませんし」


 トウジは通信量だとかがあることを気にしながらも、マイクのスイッチを入れて少年を神殿の広間に待機させる。

 機械の様に命令に従い続ける少年に対して、スートは何かに気づいたようで、思いついたことを口にする。


「あの子、もしかして奴隷とかそういう奴なのかもしれないスね。主人の命令は絶対みたいな教育をされてないとああはならないスけど、でも、あそこまで徹底できるかというと若干不思議ではあるんスけど」


「奴隷ねぇ」


 言われてみればそんな気もしてきた。

 少年の体にある紋様は良く見れば鎖のような模様でもあり、トウジはそれが少年を縛っているような印象を抱いた。


「まぁ、俺も奴隷みたいなもんなんすけどね」


 そんなボヤキを呟いた直後、トウジの腹が空腹で鳴る。


「食う物も食わずに働かされてるわけですし」


「なんか食う物ないんスか?」


「無いから腹が鳴ってんですけど」


 トウジのその言葉にスートは自分が運んできたカァスからの荷物を指差す。


「なんか入ってるかもしれないスよ?」


 それもそうかと思い、トウジは期待せずに段ボール箱を手に取り、それを開く。

 中にあったのは、カップラーメンが数個と電気ケトル、タオル、ティッシュ、コップ、皿だった。

 この部屋に水道と電気が通っていることをトウジは確認済みだったので、電気ケトルに水を入れて湯を沸かし、カップラーメンを食べる準備をする。


「自分も御馳走になっていいんスか?」


 なけなしのカップラーメンであったが、協力してくれたことへのお礼としてトウジはスートに提供した。

 スートの方は食うに困ってなどはいないのだが、一食分の食費が浮くので遠慮などは欠片も無く貰ったカップラーメンを食べる。


 二人はカップラーメンをズルズルと啜りながら、画面に映る少年を眺めていた。

 少年は神殿の広間に突っ立っていてピクリとも動かない。


「あの子、スゲー体力あるスね」


「それなのにあんなに弱い理由が分かんないすよねぇ。飲まず食わずで、かれこれ数時間も戦ってるわけっすから」


「へぇ、それなのにお腹すいたりしないんスね?」


「俺だったら力でなくてヨロヨロになっちゃうっすよ」


「「――ん?」」


 二人は自分たちの言った言葉に引っかかるものがあったのか、お互いの顔を見合わせる。

 お互いの言いたいことは、だいたい想像がついたが、どうにもバカバカしい結論であり、真面目な顔をして言うことは憚られたので、冗談を言うような口調で――


「もしかしてお腹が減って力が出ないってことは無いっすよねぇ」


「あはは、まさかそんなことはないスよぉ。そんな冗談みたいなことは――」


 二人は笑いながらお互いの肩を叩き――


「「あるかも」」


 真剣な表情でお互いの顔を見つめ合った。






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