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最弱から始める

 

 ――トウジの救世主は死んでいた。

 比喩ではなく、そのままの意味であり、頭を棍棒でかち割られて脳味噌を露出させながら死体になっていた。

 なぜ、このような状況になったのかはトウジにも分からない。


 ようやく現れた客なので丁重にもてなそうと思い、おかしな振る舞いをしていても意識しないように努力して神殿の奥のダンジョンまで誘導した。慣れないソフトの操作に苦戦しながらもなんとか少年にダンジョンへと挑戦する準備を整えさせた。

 それが済んだ時にはトウジの認識としては少年はちょっと頭の弱い男の子という扱いで、それに加えて少年の身に着けている布切れから文明レベルは原始時代みたいなものだと考え、あまり多くは期待するつもりもなくなっていた。

 少年が布切れを身にまとっているのは少年が奴隷であるため、まともな衣服が与えられないからであり、原始人が身に着けるような毛皮の腰巻やパンツとは事情が違うのだが、そんなことはトウジには知る由も無い。


 この世界の文明レベルに関して誤解が生じていたが、それを解消することも出来ないまま、トウジは言いなりとなっている少年に階段を下りるように命令を出した。

 自分の命令に素直に従う少年を見て、ちょっと頭が弱いかなぁ。これは期待外れかなぁなどと思いながらも現状では少年しか頼れる者がいないトウジは少年に一縷いちるの希望を託し、階段を下りてダンジョンの内部に入り込んだ少年にゴブリンをけしかけた。


 トウジがけしかけたゴブリンはソフトに最初から用意されていた物で無料で召喚出来て配置もできるものだ。

 能力は極めて低くて何の役にも立たないのだが、他の魔物は課金をしなければ召喚できないため、これを使うしかなかった。

 とりあえず少年にゴブリンを殺させて、アイテムでも落とドロップさせて他の誰かを呼んでもらおうというのがトウジの計画であるので、ゴブリンの弱さは特に問題にならない。ちなみにドロップするアイテムも無料で最初から用意されていた物だ。


「まぁ、大丈夫だよな」


 無料ゴブリンはとてつもなく弱いらしいので、いくら頭の弱い少年でもなんとかなるだろうと思い、少し気が楽になったトウジは張りつめていた気持ちが緩んだせいか、急な眠気に襲われてウトウトと瞼を閉じ――そして、目を覚ました瞬間には少年は頭をかち割られ死んでいた。


「いやいやいや、何で死んでんの!?」


 脳味噌をぶちまけた死体に対して画面越しに問いかけるトウジ。当然だが答えは返ってこない。

 ほどなくして少年の死体は光の粒子となって消え去っていくのをトウジは見送るしかなかった。



 ――少年は神殿の広間で目を覚ました。

 先程、ゴブリンに頭を砕かれた記憶は鮮明に残っていた。だが、特に何も思うことなく少年は立ち上がると再び聞こえた声の指示通りに階段へと向かい、そこを下りていく。


 声の指示は神殿の奥へ行けという物だと記憶している少年はそれを果たす為だけに進む。

 途中で先程自分の頭を砕いたゴブリンに出会ったが、少年は気にせずに進む。

 ゴブリンなど目に入らない様子で歩く少年をゴブリンは棍棒で滅多打ちにする。少年は全身の骨を砕かれて嬲り殺された。


 再び少年は神殿の広間で目を覚ました。

 自分が嬲り殺された記憶はあるが、死んでいないことを不思議に思うことはない。

 余計なことを考えることを許されてこなかった少年は考えるということをしない。

 考えずに少年は声の指示を達成するために階段を下りる。

 三度、ゴブリンに会い、そして殺される。


 身を守るということはしない。

 身を守ることを主人から許されずに育った奴隷の少年は自分の身の安全を守るということはしないし、しようとも思わない。攻撃されても何もせずに受けるだけだ。

 それに指示されたことは神殿の奥に進めというだけで、それ以外のことをするようには言われてはいない。なので、少年はゴブリンに対して何か行動を起こすつもりは無い。

 だから、抵抗せずに殺された。


 そうして十回以上、少年は死んだ。

 何度死んでも少年は何も思わずに、ひたすらに進む。


『待て、ストップ、止まれ』


 少年は声に従って足を止める。


『……分かった。階段を下りて神殿の奥へ迎え、ついでに途中で出てくるゴブリンは全部倒せ』


 少年は付け加えられた指示を胸に内に刻み、階段を下りる。

 当然の様にゴブリンが現れるが、少年の対応は先ほどまでと違っていた。

 現れたゴブリンに対して向かって行き、その顔面を殴りつけたのだ。それは謎の声の倒せと言う指示に従った結果によるものだった。

 だが、結果が出たのもそこまでで、腰の入らない少年のパンチはゴブリンの顔面に当たっても全く威力がなく、ゴブリンは反撃に棍棒で少年を殴りつける。

 回避するという考えがない少年はその一撃をマトモに頭で受けてよろめくが倒れるのを堪えて殴り返す。

 幾ら殴られてもゴブリンはダメージを受けた様子は無く、逆に棍棒で殴られ続ける少年の傷だけが増えていく。ほどなくして少年は全身の骨を砕かれ、内臓が破裂し、死亡した。


「武器だ、武器! 武器を送る方法が分かったから、それを使え!」


 素手で戦って数十回ほど殺されたのちに声がそう言って、少年の前に剣を出現させる。

 剣と言ってもなまくらもなまくらで、質の悪い柔らかい鉄の板のような代物だ。とはいえ武器は武器であり、少年はそれを持ってゴブリンに挑むように指示を出される。

 声の出す指示は神殿の奥へ迎えではなく、階段を下りた先にいるゴブリンを倒せになっていた。


 剣を持った少年は現れたゴブリンに対してそれを振る。

 奴隷である少年は剣など使ったことがないので、その振りようは無様極まりなく、少年と同じように剣の素人であるゴブリンでも容易く躱せる物だった。

 そうして攻撃を当てられない少年はゴブリンになぶり殺しにされて死んだ。


「回復アイテムの送り方が分かったから、それを使え」


 剣を送られてから更に数十回殺された後、少年の元に傷を癒す効果のある魔法薬が届いた。

 それを持って少年はゴブリンに挑んだが、魔法薬の使い方が分からないので、結局何も変わらずに殺された。


「頑張ってるのは分かるから言いたくはないけど、弱すぎだろ」


 少年が殺された回数が百回に近づいた頃、声に疲れがにじみ始めた。


「もう無理、今日はもう終わり。休んで明日だ」


 そして、それっきり少年の元に声は届かなくなった。





「どうすんだよ、ほんとによ」


 トウジはパソコンの電源を落として、畳に横になり体を休める。

 窓の外は夜の闇に包まれており、僅かな月明かりがトウジの部屋に入り込んでいた。

 疲労が蓄積しているので眠りたいのだが、空腹のせいでどうしても眠れない。

 それと少年が死ぬ瞬間を散々見ていたせいで、どうにも気分が落ち着カァス調子が悪かった。


 頼りはあの少年だけなのだが、その少年が頼れない。

 トウジも必死になってソフトを操作し、少年が有利に戦えるような手助けをしようとしたがイマイチ効果が出ない。

 色々といじってみた結果、がダンジョン作成ソフトは廉価版だと殆ど何もできないことをトウジは理解した。ほとんどの機能が課金しなければ使用できないという仕様であり、金を持っていないトウジにはどうしようもなかった。


「ほんと最悪だぜ」


 空きっ腹をさすりながら目を瞑り、眠りに着こうとするトウジ。

 とにかく勝負は明日だ。そう思い体を休める。

 ソフトをいじっている時に特定の条件を満たせば自分の元に金が入ることをトウジは知った。

 それは、あの少年がゴブリンを倒せば満たされるものも含まれており、金が入ればトウジは食事にありつけるので、どうしても少年にはゴブリンを倒してもらう必要があった。

 とはいえ、現状ではそれが出来る可能性は極めて低く、それがトウジの頭を悩ませてもいた。


「とにかく俺の体力的に明日辺りでなんとかしないなぁ」


 独り言を呟きつつ、トウジは明日の為に体を休めようとする。

 だが、その休息の時はすぐに破られることになった。


「すいませーん! ナミヤさん、いらっしゃいますかぁ!?」


 大声を上げつつ部屋の入り口のドアを激しく叩く音が聞こえてトウジは飛び起きる。


「宅配便でーす! 宅配便ですよー! 開けてくださーい! 開けないとドアをぶち破って荷物を置いていきますよー!」


 扉を叩く音は段々と強くなっていき、今にもドアが破壊されかねない衝撃が、トウジもとにまで届いてくる。

 流石にドアをぶち破られては堪らないので、トウジは急いで入り口のドアを開ける。


「どうもー亜久須アクス運送でーす」


 ドアを開けた先は漆黒の空間であり、そこに作業服を着て帽子を被った青年が立っていた。

 その手にあるのは大きな段ボールの箱で、青年はそれをトウジに押し付けるように渡す。


「カァス様からのお荷物をお届けに上がりましたー。判子とかサインもいらないんで、とりあえず受け取ってくださーい。受け取りましねー、じゃあサヨウナラー」


 そう言って青年は背を向けて立ち去ろうとする。

 だが、トウジはそれをそのまま見送ることは出来なかった。


「ちょ、ちょっと待って!」


 声を掛けられた運送会社の青年は立ち止まり、トウジの方を振り返る。


「なんスか?」


「ちょ、ちょっと聞きたいことがあるんすけど、部屋に上がってもらっていいっすか?」


 藁にも縋る思いでトウジは切り出し、運送会社の青年を自分の部屋へと招き入れる。

 頼れるものが殆ど何もない以上、何処の誰かは分からないものの助けを求めるしかないというトウジの苦肉の策であった。







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