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閉じ込められた青年

 

 人生ってのは何が起こるか分かんないなぁ。

 そんなことを考えながら少年が階段を下りていく姿をパソコンのモニター越しに眺める男がいた。

 男の名前はナミヤ・トウジ。

 見た目は高校生から大学生くらいの若者であり、その容姿はいたって平凡。いや、むしろ野暮ったい印象を与えるので平凡以下と認識する者が多いだろう。


 そんなトウジがいるのは六畳一間の古びたアパートの一室。

 家具と言えるのは卓袱台とその上に置いてあるノートパソコンのみ。

 トウジはそんな部屋でくつろぎつつパソコンの画面を眺めているわけだが、この部屋はトウジの物ではなかった。

 なぜ、自分の部屋ではない場所でくつろぎつつパソコンを眺めているのか、その理由は数時間ほど前に遡る。



 数時間前に名宮ナミヤ統司トウジは死んだ。

 死んだ理由は、ちょっとした人生の失敗に傷つき、その傷を忘れるために無心で穴を掘っていたら自分が穴が崩落して生き埋めになったという物であり、墓穴を掘るというのはまさしくこのことであるという死に様であった。

 本来ならば、それでトウジの人生は終わり。だが、そうはならなかった。


 生き埋めになった次の瞬間、トウジは全く別の場所で目を覚ました。


「ここはどこなんだろうな?」


 トウジが目を覚ました場所は何もない白い空間。

 そこにはトウジと一人の青年がいた。


 年齢はトウジよりも少し上の大学生くらいで垢抜けたファッションに身を包んだ整った顔立ちの青年だった。


「えーと、これってアレか? いわゆる転生とか転移とかそういう奴で貴方は神様とかそういう奴ですか?」


 最近はそういう流行があるというのをネットやら何やらの知識で仕入れていたトウジは自分なりに状況を推理しつつ青年に尋ねてみた。

 良くあるパターンでは神様が謝ってくれて自分に何か凄い力をくれるらしいということまでは知っていたが、トウジとしてはそんなことよりも生き返らせてもらった方が良かった。

 人生のちょっとした失敗に傷ついていたトウジではあったが、人生に絶望するほどの傷は負っていないので、出来ることならば今の生活を続けたいという気持ちがあるからだ。


「まぁ、そういう奴だな」


 青年はそう言うと椅子を出現させて、そこに座りつつ、トウジに対しては座布団を出して、そこに座るように促す。


「えーと、俺はどうなるんですかね? できれば帰りたいんですけど」


「じゃあ、どうぞ。この空間を十億年くらい歩いていたら帰れるんじゃないかね」


 それはちょっと無理だなぁと思いながらトウジは座布団の上に正座しながら神らしき青年と会話をする。

 青年が神という存在だということは何となく納得することにしたトウジだったが、だからといって必要以上に畏まる気はなかった。

 それほど長い人生を生きていたわけではないので経験自体は少ないものの、目の前の青年に対しては弱気な態度を見せるのは逆効果だとトウジは察していたため、強気の態度をとっている。


「じゃあ、どうなるかは良いとして、今はどうなってるんですかね?」


「お前が死んで魂だけになってるってくらいしか言うことがないな」


 マジかぁ、と思いつつもやっぱりなという諦めの籠った大きなため息をトウジは吐く。

 死んだというのは予想がついていたので、それほどショックではない。


「どうにかなんないすかね?」


「どうにもなんないすね」


 と、青年は言いながらも、すぐにそれを打ち消すように言葉を続ける。


「ただまぁ、お前が俺の為に頑張ってくれたら考えてやらないでもないな。俺にとっては死んだ人間を生き返らせるなど赤子の手をひねるようなもんだ。いや、赤子の手をひねるような可哀想なことでないぶん抵抗が無いから、むしろ楽だな」


「そうっすか。一応、聞いておきたいんすけど、それって危ないことだったり悪いことじゃないすよね? 生き返るために頑張るのに死ぬような言葉が嫌だし、それと俺は父ちゃん母ちゃんに顔向け出来ないような人でなしなことはしたくないんすけど」


 そうは言うが実の所、トウジもマトモな人間ではなかったりする。

 それを青年は理解しているのだが、そのことには触れずにトウジの問いに答える。


「それに関してはお前の心がけ次第でなんとかなることだ」


「それなら良いんすけどね。で、俺は何をすれば生き返らせてもらえるんすか?」


 そうだなぁと青年は腕を組み、わざわざ考え込むような仕草を見せるが、既に考えは決まっているだろうということはトウジにも理解できたが指摘するようなことはしない。

 口の利き方に関しては寛容なのは雰囲気で察することが出来たが、だからといって、どのあたりがキレるラインなのかは分からない以上、下手なことは言わないのが得策だというのがトウジの判断だった。

 そうしている内に青年はわざとらしく、今この瞬間に思いついたような顔をしながら口を開く。


「そういえば最近、強い新顔を見なくて退屈しているんだったなぁ。どこかの誰かが強い奴を見つけるか育てるかして、俺の前に連れてきてくれないかなぁ?」


「強い奴っすか?」


「そう、強い奴。俺とそれなりに喧嘩が出来る奴って言っても良いかな。最近は俺に挑戦してくる奴がマンネリ化してきててよ。別にそいつらと戦っていても面白いのは面白いんだけど、やっぱ新しい奴がいないと刺激が足りないんだよな」


 目の前の神らしい青年の言っていることはトウジにはイマイチ分からなかったが、俺より強い奴に会いに行くという目的だけで世界を旅する格闘家もいるわけだし、それに近いものだろうと納得することにした。

 とりあえず、目の前の神は強い奴に会いたいんだろうと察してトウジは自分が何をすればいいのか予想を口にする。


「俺に強い奴を見つけるか育てるかしろってことっすか?」


「まぁ、そういうことだな。察しが良くて助かるね」


 褒められてもなぁと思いつつトウジは、目の前の青年の言うことが無理難題の様にしか感じなかった。

 強い奴を見つけろと言われても、そんなに簡単に見つけられるような当てはないし、育てられる当ては更にない。


「ああ、あまり心配はしなくていいぞ。それに関しては楽なツールがある」


 そう言って青年は小さな箱を出現させるとそれをトウジに手渡す。


「これは『生きている価値のないゴミクソ野郎でも使えるダンジョン作成ソフト初級編廉価版』だ。タイトルに関しては気にしないでくれ、ちょっと性格の悪い奴が作ったせいで変なタイトルだが、すごく使いやすくて、俺の知り合いでダンジョン運営をやっている奴らには大好評だ。マニュアルは箱の中に入ってあるのでそれを読んで頑張ってくれ」


 渡された箱から目の前の青年が自分に要求してくれていることを察してトウジは質問する。


「えーと、俺はダンジョンか何かを造って、そこに人を招き入れてレベル上げでもさせれば良いんですかね?」


「まぁ、そんな感じだな。ただ、レベル上げに関してはお前はレベルの無い世界を担当するから、ちょっと工夫が必要だが、それについてもマニュアルを見てくれ」


「担当する世界っすか?」


「そんなに不思議がることでもないだろ。日本でダンジョンを造らせても仕方ないし、ある程度強い奴がいそう、もしくは強くなりそうな奴がいそうな世界に送るのが当然だろ」


 じゃあ、とりあえずその世界で過ごしながらダンジョンを造れば良いってことか?

 そうトウジが思った瞬間だった。トウジと青年がいた白い空間が六畳一間の古びたアパートの一室に変わったのは。


「満足な仕事が出来るようになるまではこの空間に缶詰めな。ちなみに入り口はあるけど、それは荷物の受け渡しとか来客用であってお前の出口じゃないからな」


「いや、ここに閉じ込められたらダンジョンとか造れないような気が……」


 もっともな疑問を口にしたつもりのトウジであったが、青年は部屋の中央に卓袱台を出し、その上にノートパソコンを出現させる。


「ソフトを使えばダンジョンはどこにいようと作れるから問題は無い。そのパソコンにインストールすればソフトは起動できるので、つまりはこの部屋でも何も問題は無いってことだな」


 にこやかに言う青年に対して、トウジは青ざめた顔で沈黙していた。

 トウジの沈黙を良いことに青年は言葉を続ける。


「働き次第で生活環境は良くなるから頑張れ。ちなみにどの程度頑張れば生活環境が良くなるかはお前には分からないようになっているので、そこら辺は理解しておくように。要はどれだけ頑張れば良いかお前には教えてやらんのでお前は程々ということを考えずに必死に頑張れってことだ。ああ、それとこの部屋にはお前以外の奴は滞在しないから、そこんところは理解しておくように」


 ちょっと異世界に行って可愛い女の子とウフフアハハが出来るかもしれないかもしれないという考えがトウジにはあったのだが、それが完璧に打ち砕かれた瞬間だった。

 もっとも、トウジには元の世界に好きな女の子がいるので問題が無いと言えば問題は無かった。

 一番好きな女の子には振られてしまったが、二番目に好きな女の子がいるので今はそちらが本命となっている。ちなみに穴を掘っていた理由は一番好きな子に振られた傷を癒す為だった。


「質問いいっすか?」


 トウジは気持ちを切り替え手を挙げる。


「質問いいっすよ」


「俺が行く世界について教えてほしいんですけど」


「俺は良く知らないから無理」


「神様なんすよね?」


「だって俺の治めてる世界じゃねぇから無理」


 トウジはその答えに首を傾げつつも、青年の言葉の意味を考える。

 と言っても、神様と言っても全ての世界を治めているわけではないようだということくらいしかトウジには考えつかなかったが。


「まぁ説明すると、ちょっと嫌いな神様の世界って感じだな。更に言うとそこに俺の息のかかった工作員としてお前を送り込んで色々と引っ掻き回す感じだな。もっとも、お前はここに缶詰めだけどよ」


「えーと、なんか恨みでもあるんすか?」


「恨みって程でもないけど、ちょっとムカつくことがあったんだよ。まぁ説明するとたいしたことじゃないけども、お前に分かるように言うならゲームで対戦してたら回線切りされたみたいな感じの確執があるんだよ」


「それだけっすか?」


「それだけっすけど。それだけでも面白くないものは面白くないんだよなぁ。だって、あの野郎、自分は最強みたいなことを言って俺の挑戦を受けたくせに一瞬で負けそうになって逃げて、その上で他の奴らには俺と戦って勝敗はつかなかったみたいなことを言いふらしてんだぜ。俺としてはそういうのは許せないからちょっとした嫌がらせとしてお前を使う訳だ」


 トウジには理解できない理由であったが、青年の方も理解してもらうつもりはないようだった。


「まぁ、それ以外にも理由はあるが、それを知ったところでお前のやることは変わらないだろうし、別に問題は無いだろ」


 青年は立ち上がると自分の座っていた椅子を消し去る。


「とにかく元の世界に戻りたいなら、やるべきことをやるんだな。俺はお前がそれなりに好きになれそうだから、優しくしてやるつもりだし、厳しいことは言う気もないが、自分のためには頑張った方が良いぞ」


 青年はそう言ってトウジの脇を歩き、部屋の入口へと向かって行く。

 去っていこうとする、その背中に対してトウジは最後に一つの質問を投げかける。


「名前を聞いておきたいんですけど?」


 その問いに対して青年はトウジの方をゆっくりと振り返り、少し考えるような仕草をしてから答える。


「そうだな、色々と名前はあるが、お前に対してはカァスで良いかな。うん、邪神カァズで良いだろう。お前はそう呼ぶと良い。カァカァというカラスの鳴き声にスでカァスだ。長音ではなく小さいアだぞ?」


 カァスと名乗った青年は発音に対して注意を呼び掛けているが、トウジはそれよりも遥かに気になることがあった。


「邪神っすか!?」


「そりゃそうだろ。こんな優しい条件を出してくれる神様が邪悪でなくてなんなんだ?」


「言っている意味が良く分かんないんすけど」


「適当に人間に甘い神様は悪い奴ってことさ。まぁ分からなくていいし、そのうち分かるだろうけどよ」


 そう言いながら、カァスは部屋の出口へと歩き、ドアノブに手をかける。


「じゃあ、またな。暇があれば様子を見に来てやるよ」


 最後にそう言い残し、カァスはドアを開けて部屋の外へと消えていった。



 ――それから少しして、トウジはパソコンを立ち上げ、貰ったダンジョン作成ソフトをインストールし、ソフトを起動した。

 すると、ダンジョンを造る座標は既に決まっており、画面に出てくるヘルプの項目に従ってダンジョンの外観を造り上げる。


「とりあえずは神殿っぽくしておいたほうが良いのか?」


 最初は入り口を造れとあったので入り口として神殿を設定すると、あらかじめ入力されていた座標に神殿が一瞬にして完成する。

 パソコンの画面には設定入力と現地の映像の画面が映っており、設定を入力するとリアルタイムで現地にそれが反映されることが分かったので、トウジは適当に設定を入力してみることにした。


 神殿内の空間設定を固定ではなく変動に――

 すると神殿内の空間がねじ曲がり、内部の大きさと外観の大きさが釣り合わなくなる。

 体育館程度のサイズの外観とそれに見合うくらいだった内部の広さが内部だけ東京の有名球団のドーム球場数十個分に変わる。

 だが、そんなことをする必要もないのですぐに設定を普通に戻した。


「えーと、ダンジョンを造って、そこに人を呼び込んで鍛えるんだよな。でも、死んだら鍛えるも何もないような……」


 そんな独り言をつぶやきながら、トウジは設定の項目に目を通していく。独り言をつぶやいていた方が思考が作業が捗る性質のようでトウジはすぐに探していた項目を見つけた。


 ダンジョン内での生死について――

 その項目内にある死亡の欄のチェックを外す。

 そして、死んだ際の復活地点を神殿の広間に設定する。


 とりあえずはこれで自分のダンジョンで人が死ぬことはなくなったと安堵したトウジ。

 安堵していたせいか、僅かに判断力が鈍ったトウジは突然モニター上に出現したウインドウに対しても特に警戒無くOKの方をクリックした。

 ウインドウに出ていたのは周辺の土地をダンジョンの管理下に置くという物であったが、それに関してトウジは特に気に留めなかった。


 その後も適当にだがマニュアルを見つつ自分に分かる範囲でダンジョンの設定をトウジはしていく。


「えーと、作成するダンジョンは完全に異空間だから広さは問題ないと。なになに? 最初は難易度別にいくつか用意してみるのもアリか。そんでもって人を呼ぶには魅力的な宝物を用意しろ。宝物は購入できますよって金取るのかよ? 金とか持ってないけどどうすりゃいいんだ?」


 分からない部分やどうしようもない部分は放っておき、トウジは神殿の中にダンジョンへと入ることのできる入り口を三つほど用意し、それとダンジョンの侵入者が使うことのできる情報端末としてクリスタルも設置した。

 とりあえずはこれで良いだろうと思い、一仕事を終えた気になってくつろぎだすトウジであったが、すぐに問題に気づいた。


「あれ? どうやって最初の客を迎えりゃいいの?」


 トウジの認識としてはダンジョンへの侵入者は客になっていた。

 侵入されても問題ないし、むしろ頑張って侵入してもらって鍛えてもらった方が良いからお客様として相手が気分よく過ごしてもらった方が良いという考えた結果である。


「宣伝でもしなきゃ人なんか来ないんじゃない? つーか、俺のダンジョンのある場所ってどこよ?」


 トウジはソフトを操作して何とか周辺マップの項目を見つけるとそれをクリックする。

 すると、神殿の周囲を上空から撮ったような写真がモニターに表示されたが、その画像を見た瞬間にトウジは唖然とした。

 なぜなら、神殿の周りが半径数十km以上の森林に地帯に囲まれており、人がやってくるとは思えない立地だったからだ。


「いやいやいやいや、待てってマジで待てよ。これ、どうすんだよ? え? 俺はここに缶詰めだから人とか呼びにいけないぞ。こういう時の為のお助け機能みたいなのは――」


 焦って独り言をブツブツとつぶやきながらソフトを操作していると、ほどなくしてトウジは望んでいた機能を見つけたのだが――


『この機能は廉価版には実装されていません。機能を開放をするためには正規版のご購入をお願いします』


 そんな文字が画面上に表示されただけだった。

 そして、トウジは理解する。自分が詰みかけていることに。

 人が来なければ、人を鍛えるのは無理で、人を鍛えられないならカァスの要求を達成することは出来ず、カァスの要求を達成できないなら、自分は元の世界に帰れない。


「どうすんだよ、これ」


 トウジはままならない現状に対して途方に暮れるしかなく、何が出来るわけでもない彼はただボンヤリとパソコンの画面を眺めて人が来るのを待つしかなかった。



 ――そうして数時間が過ぎた。

 半ば諦めつつ、眠気に耐えながらパソコンの画面を眺めていたトウジ。

 六畳一間の部屋の外に茜色の夕日が差し込んでいたが、それを気にも留めず、更には空腹感が苛んでいたが、それにも耐え、人が来るのを待ち続ける。


 そうして待ち続けた結果、トウジの諦め感情が極致に達しようとしたその瞬間だった。

 あの、奴隷の少年というトウジにとっての救世主が現れたのは。








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