絡繰り人形
『現在は1時55分です。もう間もなく木崎重工の指定した記者会見の予定時間となります。ご覧下さい。ものすごい数の記者が集まっております。今日発表されるものが一体何なのか、われわれ報道陣にも一切情報が降りてきておりません。』
テレビの向こうでは女性アナウンサーがもうすぐ始まる記者会見の会場で発表までの時間を埋めようと、スタジオとのやり取りで間を持たせようとしている。
それを俺は店の中に備え付けてある壁掛けのテレビで見ている。
昼過ぎのこの時間帯は客が来ない最も暇な時で、まさか店を閉じて出かけるわけにもいかず、いつもはこうして昼のニュース番組を見て時間をつぶしている。
今日のニュースはなにやら大企業から発表があるらしく、その話題でずっとテレビは持ちきりだ。
そうは言っても、日々の生活に精一杯の人間からしたら、大企業からの発表があったからといって、娯楽以上に影響を受けることは無い。
今回もそんなものだろうと思ってただ漫然と見続ける。
ぐで~っとレジカウンターに体を預けていると店の扉が開かれる。
「いらっしゃい…なんだ、圭奈か」
「仮にも客になんだは無いんじゃないの。あとこれ、前に頼まれてたやつ」
カウンターの上に置かれた紙袋を開けてみると、中には確かに俺が依然頼んでいた品が入っていた。
「お、やっと来たか。どれどれ……おーそうそう、これだよこれ」
紙袋から取り出したのはまえに圭奈に調達を頼んでおいた粉の入ったビニール袋だった。
「危険な橋を渡らせちまって悪いな圭奈、俺はこの粉がないと生きていけないんだ。あぁいい香りだ」
少し悪い笑顔が漏れてしまう程度に、今の俺は機嫌がいい。
「ちょっと、そういう誤解を招く言い方止めなさい。別に危険な橋なんかわたってないわよ。危ない粉みたいに言うな」
強めに頭をはたかれながら、確かに圭奈の職業を考えるとちょっと洒落にならないと思って反省したが、これが無いと生きる気力がなくなるのは確かだ。
圭奈に調達を頼んだのはただの脱脂粉乳だ。
何を隠そう俺の趣味はお菓子作りだ。
と言っても本格的なものはあまり好まず、簡単にできる田舎菓子系をよく作る。
「けどなんで私に買わせるのよ。大角が買っても別におかしく―」
「何言ってんだよ。俺にもイメージってもんがあるんだ」
まさか普段からくーるでだんでぃな俺がお菓子を作っているなんて噂になったら、どんないじられ方をされるかわかったもんじゃない。
「大角のイメージって何よ。別に気にしなくていいと思うのだけど?」
全く分かっていない圭奈は放っておいて受け取った品を住居スペースへと置いておく。
「これだってハナに頼んだら言いふらして回るだろうし、佳乃さんにばれたらあの人は絶対それで俺をイジり倒す。だから圭奈しかいなかったんだ」
「へぇー…そう…私しか、ねぇ。…うん、まあそうね、大角が頼れるのは私だけよね。うんうん」
何故か急に機嫌がよくなった圭奈に疑問が沸き、聞き出そうとした時、テレビから大量のシャッター音が鳴り響き、アナウンサーの若干興奮した言葉が聞こえてきた。
「あら、例の記者会見ね?始まるみたいよ」
圭奈に言われて俺もついテレビに注目してしまう。
横に長いテーブルの上に無数のマイクや録音機材の置かれている前に一人の男性が座っていた。
外見は50代ごろに見えるが眼鏡から覗く野心に溢れた目が彼の年齢よりも充実したエネルギーのような物が伝わってくるようで、老いを感じさせない。
軽く一礼をしてマイクに向かってやや前傾気味に体を傾ける。
前向上に集まった記者にお礼の言葉と、簡単な自己紹介をした後、本題を切り出した。
『さて、今日、我が社が発表することは、恐らく日本の技術の進歩を大きく進めることになり、同時に多くの犠牲者が出る恐れもあるでしょう。』
後半の物騒な言葉に集まっていた記者たちからどよめきが生まれる。
次第に大きくなったそれを彼は片手を上げるだけで瞬時に鎮めた。
まだ会見は続いている。
その続きに耳を傾けようとした時、突然店の電話が鳴る。
タイミングの悪い電話に舌打ちをしたくなるが、そもそも仕事をするためにここにいるのであって、そんな態度は筋違いだろう。
電話の要件は酒の配達依頼だった。
「私は戻るわ。仕事頑張って」
電話が来た時点で圭奈は早々に店を出ていった。
注文を受けてすぐに準備に取り掛かり、外出中の札を入り口にかけて店を出る。
さて、仕事がある喜びを噛み締めようじゃないか。
春の花見シーズンを終えると酒の売り上げは落ち着き、次の夏の旬に向けてビール類の仕入れに頭を悩ます時期になってきた。
いつものように昼食を取りに行きつけの食堂に足を運んだ。
「こんちわー。日替わり一つね」
流れるように入店と同時に注文をすると席を求めて店内に視線を走らせる。
昼食時だけあってそこそこ混んでいるが、満員というわけではないので適当に座ろうかと思っていると、奥の席で食事をとっていた佳乃と目が合い、彼女にちょいちょいと手招きされたので、断る理由もないため相席することになった。
「どうも、対面に失礼しますよっと。…え、佳乃さん、何食ってんですか?」
目の前のテーブルには色とりどりの野菜や山菜がスティック状にされて盛られた皿と、固形燃料で加熱されたミニサイズの鍋に黄土色の液体が溜められている料理があった。
一見するとバーニャカウダのようだが、まさかこんな食堂にそんなものがあるとは思えず、それっぽい別の食べ物だろうかと思い佳乃に尋ねてみた。
「これ?季節の野菜と山菜のバーニャカウダよ。ほらこれ、タラの芽」
そのまんまだった。
「バーニャカウダって…そんなのあるんですか?」
「あるよ。日替わり定食、お待ちどうさん」
俺の疑問の声に応えたのは食堂のおやっさんで、どうやらわざわざ食事の載ったお盆を持ってきてくれたところに俺達の会話が聞こえたようだ。
俺の前に置かれた盆には味噌汁、サラダ、そしてメインと思われる大皿に乗った大量の黄色いペーストにトマトソースがかかっている物が鎮座していた。
主菜兼主食のようだが、俺には全く見たことがない物なので、おやっさんに聞いてみた。
「これはポレンタと言ってな、トウモロコシの粉を煮たものにトマトでソースを作ってかけてある。途中でチーズをかけて味を変えて食うのもいいぞ」
またマニアックなものを用意したものだ。
どうやらイタリア料理らしいのだが、だとしたらサラダはともかくとして味噌汁を付けるのはおかしくないか?合わないだろう。
この食堂では時々こういった珍しい料理を提供することがあるのだが、佳乃のバーニャカウダと併せて考えると、今おやっさんの中ではイタリア料理がブームらしい。
腕はいいのでまずい料理になることは無いのだが、なにせ慣れない味が多いので、いまいち好評とは言えない。
頼んでおいて要らないでは失礼なので、黙っていただくことにする。
意外と淡泊な甘味にトウモロコシの風味がトマトと合い、悪くないな。
佳乃が興味津々といった様子で覗いていたので、取り皿に少し分けてやった。
「あら、ありがとう。…少し馴染みがないけど悪くないわね」
だがもっと食べようという気にはならないようで、取り皿分を綺麗にした後は自分の料理へと移っていった。
まあ確かにまずくはないんだが、たくさん食べたいかと言われると困る味だ。
漫然と口に運びながらテレビを見てしまう。
こういう場所ってつい見たいものが無くてもテレビに集中しちゃうね。
そこに映っていたのは最近ニュースなどでよく取り上げられているロボット競技についてだった。
木崎重工の発表した『Semi-Generic-Module』という呼称の人型ロボットがある。
頭文字を取ってSGMと呼ばれるそれは、多少高価ではあるが誰でも購入可能なロボットで、多くの分野での活躍が期待されていた。
全高50㎝程の大きさでありながら大人一人を軽々と持ち上げることができる力があり、拡張性も確保されているため、個人での改造でも機能の拡充が出来るのが売りなのだそうだ。
ただ、あまり高度な制御用のCPUを積めるスペースが無く、誰かの操縦が推奨されるため、完全な自立行動は出来ないのが用途を限定させる一因となっている。
それでも人手不足が問題になっていた介護の現場では一機あれば人間の負担は大幅に軽減されるため諸手を挙げて歓迎されている。
変わった所だと農業分野にも最近は使われ始めたらしい。
近頃は改造したロボット同士を競わせて、それをネットやテレビで流したエンターテインメント化が進んできている。
ロボットの器用さや走る速さなど様々な競技が生み出されているが、最も人気があるのはロボット同士の格闘をメインにした大会で、様々な自治体や企業のPRなども巻き込んで今や巨大なマーケットになろうとしていた。
今テレビで入っているのもそういったロボットバトルの特番の様で、どうやら木崎重工のスポンサー番組のため、企業の売名が主体の構成になっている。
「大角君も男の子なのねぇ。やっぱりこういうロボットって気になっちゃう?」
意識していなかったがどうやらしっかりテレビを見てしまっていたようで、佳乃のそんな年上目線の言葉に何となく気恥ずかしくなって、食事の速度が上がってしまう。
「そういえば、このロボットだけど、電器屋の源八さんが買ったらしいわよ」
佳乃が言った言葉に驚き、食事の手が止まってしまった。
「源八の爺さんが?大丈夫なのかねぇ。またいじりすぎて壊さなきゃいいけど」
「次の大会に出て優勝するんだーって騒いでたのよ」
商店街唯一の電器屋の主の爺さんは、こういう最新の機械類にとにかく飛び付く人間で、よく買った物に独自の改造を施しては騒動を起こしていた。
機械いじりをする腕はとにかく優秀で、元の品より性能が上がるのだが、かならずなにかしらデメリットが発生してしまう困った改造しかできないのだ。
以前も新型の電子レンジを勝手に改造した時には、使用の際に発生した強力な電磁波で近隣の家の電化製品がEMP攻撃を食らったように沈黙する事件を起こしたことがあった。
夕食時に起こった為、明るい家の中が突然暗闇に包まれてしまい、震災だの蝕が来ただのと大混乱に陥ってしまった。
当然原因はすぐに特定され、壊れた家電の賠償をすることでなんとかその場は収まったが、それからも何度かこういった事件を起こすため、商店街の住民の間では源八が何かを買ったらその情報を共有することで、危険に対する気構えをするという消極的な防御がなされるようになったのだ。
そんな源八が今巷で話題のロボットを買ったという。
絶対に改造をするはずだから何も起こらないというわけがない。
仕事が終わった夜にでも様子を見に行こうかと密かに決意し、食事を再開した。
店の営業を終え、早速目的地へと向かう。
商店街のほぼ中心にある『田中電器店』は、入り口は普通の町の電器屋といった感じだが、こっちはあくまで小売のためのもので、運営は娘夫婦が仕切っている。
源八の本当のアジトはその隣にある工房であり、そここそが狂気の改造屋・田中源八たなかげんぱちの魔窟となっている。
明るい光の漏れる店舗入り口を通り過ぎ、その横の工房のドアの前に立つ。
「こんばんわ、大角君。私もいいかしら?」
ノックで来訪を告げようと片手を上げた時、唐突に後ろから声を掛けられる。
「佳乃さん?珍しいですね、こういう場所ってあんまり来ないイメージですけど」
「昼に私が話したから大角君が動くと思うと、気になっちゃって」
同行を断る理由もないので、そのまま横に招いて、工房のドアをノックする。
強めのノックの音に、ドアの向こうの人影が反応して近づいてくるのがわかる。
すぐにドアが開けられるとそこには田中源八本人が立っていた。
手拭いをバンダナ状に巻いた頭は俺より一つ低く、160㎝に届かない程度の身長に、汚れの付いた青いつなぎ姿であることからどうやら何かの作業中だったようだ。
「おう?大角と佳乃ちゃんか。なんじゃい、こんな時間に。まあ入りなさい」
工房に入ると早速源八に話を切り出す。
「聞いたよ、爺さん。例のロボット買ったんだって?」
「流石に広まるのが早いな。いかにも、3日前に買ってきてついさっき改造し終わった所じゃよ」
俺の言葉にニヤリと笑い、源八が自慢げに話しながら明かりの落ちている奥の部屋へと歩いて行き、電気のスイッチを付けた。
明かりのついた室内には、金属製のベッドのようなものが中央にあり、そこにテレビでよく見かける件のロボットが寝かされていた。
かなり手が加えられているようで、CMなどで見かける姿ではなく、手足が一回り太くなっており、体も中世の騎士の鎧のような雰囲気がある。
佳乃も少し気になっているようで、ロボットを上から下までしげしげと見ている。
「テレビで見るよりも迫力があるのね。源八さん、これってもう動くのかしら?」
全体的に重量感のあるフォルムのせいでそんな印象を受けるが、それでも大きさ自体は普通のと変わらないはずだ。
「もちろん動くぞ。…そうじゃな、テストは明日にと思っとったが、観客もいることだし、少し動かしてみるかの」
ロボットに繋がっているノートパソコンをいじって準備を始める源八から少し距離を置いて俺達は見物する。
パソコンの様は終わったのか、ロボットからケーブルを抜いて、タブレットを持ち、操作を始めた。
「お、立った」
「随分と動きが滑らかね」
佳乃の感心する声の通りに、起き上がったロボットはまるで人が朝の目覚めを迎えた時の様に親善な動きで台を降り立った。
柔軟のような動きをしてから、次の瞬間には空手の演武のような動きを始めた。
ロボット特有の硬い動きは無く、本当に人間が入っているかのようにスムーズな関節の動きだが、時折人体の構造から外れた動きをすることから、ロボットであることは疑いようがない。
「うむ、いい出来じゃな。どうだ、凄かろう?なにせこいつには―」
そこから始まった源八の語りに早々に逃げた佳乃は椅子に座ってお茶を淹れ始めた。
俺はというと、元々こういう工作系は大好きな質なので源八の話は普通に興味を持って聞いている。
使われている技術から素材まで事細かく聞かされると、当然それに応える俺と源八だけの空間となり、佳乃は置いてけぼりになっている。
「でもそうするとかなり金がかかるんじゃないのか?」
「まあそうなんじゃが、一応使えるパーツはジャンクから作ってるもんだから、それほどでもないな」
佳乃に淹れてもらったお茶を啜りながら講釈は続く。
目の前のテーブルの上では先程からロボットが盆踊りをしながら煎餅の入った缶の周りを回っている姿を佳乃が微笑んで見ていた。
「あら?源八さん、この子の背中から変な音がしてきたけど」
「ん?どれ…ふぅむ、確かに変じゃな。少し開けてみてみるか」
そう言って作業台に持っていこうと立ち上がろうとした源八だったが、突然ギョッとした顔を浮かべて、ロボットを俺達のいるところから離れた場所へと放り投げた。
「いかん!伏せろ!」
咄嗟に反応した俺が佳乃を抱き寄せて、座っているソファーの背もたれに思いっきり勢いを付けて体重をかけて、それごと後ろにひっくり返る。
次の瞬間、ロボットの飛んで行った辺りからドンという音と共に微かな振動が地面を伝わってきた。
室内にホコリが漂い、視界が悪い中佳乃の無事を確認する。
「佳乃さん、無事ですか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、大角君」
すぐに帰ってきた返事に安堵しながら身を起こすと、室内は酷いものだった。
先程のロボットが爆発を起こしたようで、置いてあった調度品やら機械の部品やらが飛び散っており、さながら廃墟のような有様だ。
「おーい爺さん。無事かー」
一応源八の無事を確認するが、心配はしていないためあまり深刻な声にはならない。
「おう、無事じゃ。無事なんだが…」
どうやらテーブルを蹴り上げて盾にしたようで、ひっくり返っていたテーブルの下から這い出てきた源八は、確かに怪我らしいものは見当たらないが、ロボットが壊れたショックが大きいようで、落ち込んだ空気を出していた。
「すまんかったなぁ、2人とも」
「いいって。怪我もないし、悪気があったわけでもないだろうからさ」
「そうよ、あんまり落ち込まないでね。とにかく、片付けましょう?」
申し訳なさそうにあやまる姿の老人に強く言うことは出来ないわけで、自然と慰める言葉が出てくる。
散らばった物を集めて部屋の隅にまとめる位しか今は出来ないので、すぐに終わったのだが、この惨状を引き起こしたロボットは部品を集めれるだけ集めて作業台の上に載せていくと、爆発の凄まじさが改めて分かってしまう。
ボディに使われていたのはスチールだったため、内側からの爆発はある程度抑えてくれたが、それでも漏れ出た爆風はかなりの物だったらしく、手足で無傷な場所は存在していない。
「結局なんで爆発したんだ?」
ふと疑問に思い、ロボットを調べていた源八が少し考えてから原因を話し出した。
「電池じゃろうな。出力が欲しかったから海外製のものを付けたんだが、やっぱり不安定になったか…」
原因がわかったのなら対処は出来るだろうと思ったが、どうやらそうはいかないらしい。
源八の行った改造は電池のパワーありきの物であるため、普通の物ではポテンシャルを発揮することは出来ないそうだ。
それに加えて、壊れたロボットの素体をもう一度買う必要があるのだが、なにせ安いものではないためすぐには無理らしい。
すっかり困り切ってしまった様子で、何とかロボットを修理できないか試してみるとだけ言って、肩を落として工房の奥に引っ込んでいった。
「大丈夫かしらねぇ。あのロボットって結構高いんでしょ?」
「高級車が買えるくらいはするらしいですよ」
とりあえず今日のところは時間も遅いため、工房を出てお暇することにした。
せっかく作った物があんな壊れ方をしたのは可哀想な気がするが、なんとかしようにも俺達にはこれといった解決策を生み出せるとは思えない。
いい解決策が無いかと頭を悩ませながら家路へついた。