クリスマス閑話
妖怪の住む商店街とはいえ、クリスマスは普通に訪れる。
12月に入ってからは、各店舗もクリスマスの装いで営業し、商店街の中心にある広場にはクリスマスツリーが運び込まれており、既に飾りつけも終わってイルミネーションが点灯されていた。
クリスマスイブの夜になると商店街の外からもイルミネーションを見に来る人も増え始め、ライトアップされた商店街の通りは恋人たちが寄り添って歩く姿で占められていた。
そんな中、俺はというと自分の店の前でサンタのコスプレをしてケーキを売っていた。
「はい丁度、いただきます。中身が崩れやすいので気を付けて下さい」
代金と引き換えにケーキの入った箱を客に手渡す。
目当ての物を買って上機嫌の様子で帰る親子連れを微笑ましく見送る。
今売っているケーキだが、実は全部俺の手作りである。
お菓子作りを密かな趣味としている俺は、こうしてクリスマスケーキを手作りしたものをサンタの格好で手売りするという、なんともベタな売り方をしていた。
商店街にもクリスマスケーキを取り扱う菓子店やコンビニはあるのだが、俺が作るケーキは丁度3人家族が食べ切れるという絶妙なサイズのおかげで他の店と競合することなく順調に売れている。
このケーキには酒屋のケーキらしく、クリームに酒粕を混ぜて作っているので甘さがマイルドに抑えられているため、胸焼けがあまりせず、甘いものがそれほど好きではない男性にも結構評判がいいこともあって、会社帰りに男が一人で買って行くという、少し切ない光景も何度か見ることがあった。
用意していた50個は既に大分売れてしまって、残るは4つだけとなっていた。
これぐらいなら売れ残っても問題ないので、俺が食うのと近所に配ればできるな。
「おいっす大角!売れてっかー!」
そんなところに声をかけて来たのはハナだった。
クリスマスイブに賑わう商店街をハナも楽しんでいるようで、服装こそ普段のジャージ姿だが、頭にはサンタの帽子が載せられている。
左手にシャンパンボトルが握られているのは、恐らくどこぞで飲んできた帰りだろう。
若干上気した頬からそれなりに酒も入っているのは分かる。
「おう、残り4つだ。どうだ?お前も買ってくか?今ならなんと1つ1000円だ」
「え、まじで?…って元から1000円で売ってんじゃん!」
チッ、値札を見るだけの冷静さはまだ残っていたか。
「で、どうした、こんな所まで。確か婦人会で飲みなんじゃなかったか?」
「さっきまで飲んでたよ。けど大角が何してるか気になってさ。どうせ一人寂しくケーキ売ってると思って来てやったんだよ。どうよ、あたしが来て嬉しいだろう?」
「でっけーお世話だよ」
ニヤニヤしながら言うハナの言葉に不機嫌さを隠せないが、そろそろ人恋しくなってきていたのでハナの到来は歓迎したい。
「あとそんだけしか残ってないならもういいじゃん。あたしが1個買ってくからもう店仕舞にしてさ、広場に行こうよ。イルミネーションの切り替えがもうすぐだってさ」
広場にあるツリーはライトアップとイルミネーションで飾り付けられているのだが、10時前になると一旦イルミネーションは消灯し、電飾の色とパターンを変えて、広場全体の雰囲気を恋人たちに向けたものに作り替えるらしい。
「ふーむ…なら行ってみるか」
その言葉を聞いてハナの顔には笑顔が一気に咲き乱れ、もし尻尾があったら全力で振られているんじゃないかというぐらいに喜んでいるのが伝わってくる。
「んじゃ早くいこう!歩きながら他の店の飾りとかも見て回ろうよ」
「わかったから慌てるなって。トウに一言言ってからな」
店の入り口から入って居間に向かうと、そこにはちゃぶ台の前にちょこんと座り、テレビをジッと見ている鎧武者がいた。
俺の後に着いて来ていたハナは居間にいるトウに声をかける。
「トウ!…あ!なんだよ、その頭の!トナカイの角じゃん!大角にやられたのか?」
「違う。俺がサンタの格好したらトウが自分から付けたんだよ」
トウは朝からサンタの格好で酒屋の仕事をしている俺を見て、自分の兜の角にトナカイの角を模した物を被せて、クリスマスを自分なりに楽しんでいたようだ。
本当なら一緒に連れて行きたいところだが、今日は特に商店街の外からも人が多く来ているため、武者鎧がクリスマスの街中を歩くのは目立ってしまうので、残念ながら留守番をしてもらうしかない。
とはいえトウもクリスマスのテレビ特番を見るのが楽しいらしいので、それほど残念ではないらしい。
ハナがトウのそんな姿を携帯で写真に収め、俺達は店を後にした。
商店街の通りを歩いて行くと、前日にも見たはずの飾り付けが、クリスマスの夜の雰囲気も相まってか、随分と違ったものに見えてしまう。
中にはクリスマスをはき違えたカボチャのランタンを飾る店もあったが、それはそれで笑いの種になるので面白く見れた。
隣を歩くハナとあの飾りが綺麗だとか、あそこの店は今何を売ってるとかの話をしながら歩くのは、なんだか恋人同士のようで、少し照れくさい。
まあ照れてるのは俺だけで、ハナは全くもっていつも通りだが。
「ところでハナ、お前そんな恰好で寒くないのか?今日は結構冷える方だろ」
ハナは普段通りのジャージ姿ではあるが、俺はサンタのコスプレを脱ぐと、すぐに厚手のコートを着てしまったぐらいに今日は冷える。
それぐらい寒いのに、どう見ても防寒性に乏しい恰好のハナが心配になる。
「んー…別に寒くないね。あたしら人狼は人の姿になっても寒さには強いんだ。このぐらいの寒さなら、一枚多く着込むぐらいで十分だね」
毛皮がある人狼形態ならともかく人間の姿の時も寒さに強いとは、なんて羨ましい。
クリスマスに彩られた商店街の通りを抜け、目的地である広場へと到着すると、そこには一際目立つ巨大なモミの木がライトアップされている。
木の葉に電飾が付けられているが、それらはまだ光が灯されておらず、予定の時間になったら点灯されるのだろう。
遅い時間にも拘らず、大勢の人が気を囲むようにしてある待っている。
家族連れが目立つが、カップルの姿もちらほらと目に付き、皆一様に広場中央に建てられたツリーを眺めながら、その時が来るのを今か今かと待っていた。
「ひゃあー、結構人が多いなぁ。あたしが通りがかった時より増えてるよ」
「まあ時間が告知されてたしな」
巨大なツリーがある分だけ広場のスペースは使われているため、それなりに広かったはずのその場所が今日だけは妙に狭く見える。
「あら、あんた達も来たのね」
「ぬぬ!圭奈!聖なる夜によくもノコノコと現れたものだな!食らえ、十字架アタック痛っ!」
「やめろバカ」
俺達の姿を見つけて声をかけてきた圭奈に、ハナがどこからか取り出した十字架で襲い掛かろうとするのを頭を叩いて止める。
実際は吸血鬼でありながら圭奈にとって十字架は脅威ではないのだが、それでもあまり触ろうとしないのは吸血鬼の習性だとか。
「なに、酔ってんの?いいわねぇ。クリスマスに忙しくない人は」
「圭奈は仕事か?クリスマスなのに?」
「医者にクリスマスはないの。それに今日はツリーのライトアップで人が集まるから、診療所は開けておいたほうがいいと思ってね」
なるほど、確かに不測の事態で怪我人が出た時のために診療所が開いているのはありがたいだろうな。
その診療所も留守番を人に任せて、休憩がてら広場のイルミネーションの切り替えを見に来たらしく、どうせならと一緒に見ることになった。
「なんでせっかくのクリスマスに圭奈と一緒に居なきゃいけないんだよ」
「うるさいわね。私だって大角に誘われなきゃあんたなんかと一緒に見るわけないでしょ」
「まあまあ」
ブーブーと文句を言いあう2人を宥めながら、イルミネーション点灯の時を待つ。
―…5…
突然どこからか声が上がる。
―4…
カウントダウンだ。
時計を見ると、もう長針は予定の時間を指す寸前だった。
―3
誰からか始まったその声は、いつしか広場に集まった人たちの口を動かすまでになり、そこにいる全員の意識が一つになっていく。
―2!
クリスマスの夜に集った赤の他人であるはずの人間が、この瞬間だけ一つの奔流を作り出して願いを集める。
―1!
そして、ついにその時は訪れる。
―0!!
予定の時間を迎えた瞬間、ツリーの根元から頂点へと向けてまばゆい光が立ち上っていく。
それは一瞬ではあったが、恐らくその場の誰もが光の軌跡を目で追うことが出来るほどに鮮烈な印象を残した。
青と白がほとんどを占める光ではあるが、所々に金や赤といった光も混ざることで、神秘的な雰囲気と豪華さが上手く両立されているように感じる。
「わぁ…キレイだなー…」
「大したものね。ツリーの大きさもあって、インパクトが凄いわ」
ハナは口を開けたままでツリーを見上げており、圭奈はうっとりとした目でイルミネーションを見ている。
なんだかんだでこの2人も女の子ではあるんだなと改めて感じさせられるた。
確かに派手さはあるが、どこか温かみも感じられるその光は、正にクリスマスの夜に相応しいものだろう。
「わゎ!見ろよあそこ、チューしてるチュー」
「こら、やめなさい。指ささないの」
突然ハナが興奮した様子で指さす先では、カップルと思しき男女がキスをしている姿があった。
圭奈がハナの腕を下ろさせるが、視線はカップルに向いていることからも興味がないわけではないらしい。
まあこの雰囲気では確かにそういうカップルも出てくるか。
周りを見渡してみると、何組かのカップルがやはりキスを交わしている姿があり、どうにも居心地がよくない。
ハナと圭奈はそんなカップル達を、目を爛々と輝かせて見ている。
女というのはどうしてこう人の色恋を見るのが好きなのか。
「2人とも、そろそろ行こうぜ」
2人の背中にそう声をかけると、俺の存在を思い出したのか、一瞬ビクリと震えてわたわたとしながら振り向いた。
「ンん、そうだな。ほら、圭奈も行くぞ。まったく、そんなに楽しそうに人がキスしてるのを見るなんて。はしたないぞ?」
「はぁあ!?あんただって見てたでしょうが!なにをさも私だけが夢中だったみたいに言ってんのよ!」
「いやぁ?あたしは別にそんな見てなかったし?圭奈があたしの腕をつかんでたから動けなかっただけだし?」
「腕ぐらい振り解けたでしょ!?」
「いやいや、お前の力が凄くてさ。あんな力がこもるぐらいに興奮してたんだなぁ。アー ウデガ イタイナー」
「ぐぬぬっ!」
ギャーギャーと言う圭奈をハナがいなすという珍しい光景を見ながら、恋人たちの物となった広場を後にした。
俺の店と診療所へと別れる分岐点に差しかかり、ここで圭奈と別れることになる。
「んじゃあたしらは大角ンとこで飲むから、圭奈はとっとと診療所に戻れよな」
「え、それ聞いてないんだけど」
驚いたことに、俺に一言も無く飲むことが決まってしまっていた。
まあせっかくのクリスマスだし、トウと2人だけよりは賑やかになるだろうから断るつもりはないが。
「あら、大角のとこで飲むなら私も行くわよ。診療所ならもう終わろうと思ってたところだし」
「まあ別にいいけど」
「え~…圭奈も来んのかよ~…」
「何よ、大角が許可したんだから、嫌ならあんたが抜ければ?」
「バカヤロウ!あたしが最初に言い出したんだからな。誰が抜けるかよ!」
相変わらず仲がいいんだか悪いんだかわからない2人が先を歩くのを追いかける。
クリスマスの夜に男女が集まってただ飲むだけというのも不健全な気がするが、それでもこの関係は今の俺には居心地がいい。
家族や恋人と過ごすクリスマスも悪くはないが、こうして気の置けない仲間と過ごすのもいいものだ。
「大角ー!なにやってんだよ、早く来いって!」
「早く来ないとハナが店の酒全部飲んじゃうわよ!」
いつのまにやら随分前に進んでいた2人が立ち止まって俺が追い付くのを待ってくれていた。
そんな俺達の間に一片の雪が落ちてきた。
自然と3人の視線が天へと向けられると、暗闇の空から舞う様にゆっくりと雪が降っている。
「ホワイトクリスマスってヤツか」
2人に追いつき、そう口にする。
「…あ、そうだ。大角」
突然何かを思い出したかのようにハナが言う。
「メリークリスマス!」
「…なんだよ急に」
「いやぁ、そう言えば言ってなかったなーって思って」
「そう言えばそうね。大角、メリークリスマス」
ハナの言葉に圭奈もそう言い、2人にそう言われて俺も自然と笑みが浮かんできて、口を開く。
「ああ、メリークリスマスだ。2人とも」
その言葉で3人ともが笑顔になり、本当の意味でのクリスマスを迎えたような気になった。
小雪の降る道を3人並んで歩く。
不思議と言葉がない俺達の空気を最初に破ったのはやはりハナだった。
「なあなあ。せっかくだからさ、皆でアレ飲もうよ!」
「アレって…お前前にアレ飲んでぶっ倒れたろ。やめとけよ」
「大丈夫だって!なんたって今日はクリスマスなんだから!」
クリスマスだからぶっ倒れないという理由が俺にはわからない。
妖怪にはそういう特性でもあるというのか?
「ねえ。アレって何の話?」
俺とハナの言葉に要領を得ない圭奈がそう聞いてくる。
「前にハナが俺が出した注文に勝手に紛れ込ませてた酒だよ。とにかくアルコールがキツイし、値段も高くてウチじゃあ在庫になっててさ」
「『神殺し』ってんだ!あたしでも3杯でダウンしたんだ、圭奈じゃ一発でダウンだな!」
俺と圭奈の会話に割り込んでくるハナが、意識はしていないだろうが、少し挑発気味にかけた言葉に圭奈がピクリと反応する。
「あぁん?吠えてんじゃないわよ。私があんたなんかに負けるわけないでしょ。あんたが3杯なら……そうね、10杯は余裕ね」
「あ”?てめぇこそ大口叩くんじゃねぇよ。酔いがすぐ顔に出るくせにあたしより飲めるなんてよく言えるな」
聖夜にガンの飛ばし合いを始めるハナと圭奈。
こんな時にまでいつも通りの2人ではあるが、それでこそ2人だと妙に安心してしまう俺は、この環境に大分毒されてきているのではないだろうか?
「…なんだよ、大角。なに変な顔でニヤついてんだよ」
「なに?変なことでも思い出してるの?気持ち悪いわよ」
「……お前ら、そういうこと言うならとっとと帰れ。俺は傷ついた。寝る」
「あ、うそうそうそ!いやー大角はいい男だなぁ」
「うんうん。大丈夫よ、もう気持ち悪くないから」
「白々しいな…まあいい。ほら、行くぞ」
『はーい!』
急に仲良く返事をする2人を引き連れる形で家へと戻る。
とりあえずトウには2人が来ることを連絡し、ついでに酒のストックと肴を頭の中でリストアップしておく。
ハナはとにかく何でも飲むが、圭奈はなるべくアルコールを抑えた物を選んでやる必要がある。
そんな風に考えていると、ふと自分がまた笑みを浮かべていることに気付く。
なんだかんだで俺も皆で騒ぐのを楽しみにしているんだなぁ。
余談ではあるが、件の酒を飲んだ2人は仲良くぶっ倒れてしまい、翌朝まで起きることは無かった。
もうラベルを妖怪殺しって名前に変えようか?
 




