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妖し乃商店街  作者: ものまねの実
20/21

これが若さか…

商店街を挙げての追跡を躱し続け、いったいどれほどの時間が経ったのか。

迫りくる魔の手を時には段ボールの山に身を潜め、時には撃退することで逃げてきたが、流石にそろそろ体力的にも限界が近く、大人しく仙桃を渡しちまおうかという諦観の念が湧きあがり始めてきた。


今は大通りの脇にある乾物屋の前に積まれた段ボールの内の一つに擬態して隠れている。

偶然見つけた空の段ボールを引っ繰り返して頭からかぶり、四つん這いになることで荷物の一つに隠れるという、蛇の異名を持つ男にあやかった隠れ方だ。

妖怪というのは嗅覚に優れた種族が意外と多く、こういう匂いの強い場所であれば身を潜めるにはまさにうってつけなのだ。


段ボールに開いた穴から見える範囲から情報を集めていると、店の前に追跡者が2人立ち止まって話を始めた。

「だめだ、どこにもいねぇ。流石にこの辺りを把握してるだけあって隠れるのが上手いもんだ。…そう言えば例の水を浴びた奴ってどうなったんだ?」

「なんか意識は取り戻すんだけど、体が痺れて動けないらしいぜ。大角さんはあんなのどこで手に入れてきたんだろうな」

話しながら去っていく姿を見送り、殺していた息を吐き出す。


逃げるのに精一杯で泣き水浴びせた相手に気を配る暇はなかったのだが、こうして聞く限りでは特に大きな問題にはなっていないようで安心した。

いつまでもこうしてじっとしているわけにもいかず、取りあえずもっと安全な場所を探して動き出す。


「きゃあ!な、なにこれ!?段ボールが勝手に!」

動き出した途端、進行方向と反対側から女性の声が上がる。

この段ボールの欠点として後ろが見えないというのがまさに今、俺をピンチに陥れた。

後ろを確認しなかった自分の迂闊さに罵倒したくなるが、今はこのピンチを切り抜けることを優先しよう。

四つん這いの格好から一気に跳ねるようにして立ち上がり、ベルトに挟んでいた水鉄砲を抜き出して振り向く動作と共に引き金を引く。


虚しいことにすっかり水鉄砲の扱いに慣れた俺には一連の動作が実にスムーズで無駄のない完成度を誇っており、後ろにいたターゲットに見事命中することが出来た。

これで相手は行動不能に陥るので、その隙に逃げ出す。

「ひゃん!…もぅー何なのぉ?」

「あ、あれ?効いてない?」

相手の声からただ水が冷たい以上のことが伝わってこず、まさか泣き水が通じない相手がいることに俺は驚愕していたが、そのタネはすぐに明らかになる。


「なんだ、紅葉さんか」

泣き水が効果を発揮するのは怪異相手にだけなので、俺や紅葉といった人間にはただの水に過ぎない。

「なんだじゃないでしょう。いきなり水を掛けるなんて悪ふざけが過ぎますよ」

水鉄砲の直撃を受けてずぶ濡れで怒る紅葉に一安心すると、すぐに今の状況の危険さを思い出し、急いで隠れる場所を探す。

「すまん、紅葉さん!今追われてるから詫びは今度で!」

「追われてるって誰にです?あ、ひょっとしてさっきの掲示板?大角さんを捕まえるどうのこうのっていう?うちの夫も仕事を放り出して飛び出していったから、何事かと思いましたけど」

一応何かが起こっているのはわかっていたようだが、その原因と目的は正確には把握していないようで、今の俺の緊張感を汲むのはできないだろう。

というか、あの大人しそうな旦那までも俺を狩りに出るとは、仙桃の価値をかなり上方修正して考えた方がいいかもしれないな。


ともかくすぐにこの場を離れようとする俺に紅葉から提案がされる。

「あ、そうだ。私いい隠れ場所を知ってるんですけど、どうします?」

「…それが本当なら是非に」

周り中敵だらけの状況で突然現れた救世主の言葉に一も二も無く飛び付いたのは仕方ないことだと思わないか?


そんなわけで、早速紅葉に連れられて安全な場所に連れて行ってもらったのだが、てっきりどこか人の出入りのない所を想像していたら、ただ単に紅葉達の住居兼店舗『豆腐小僧』だったのだから脱力してしまう。

だが考えてみると、今現在の商店街に存在する怪異達のほぼ全てが俺を追っているこの状況で、妖怪の営む店舗に潜むというのは意外と盲点になるのかもしれない。


「その袋はそっちの隅にお願いしますね。それを置いたら次は台車に載せてある分をこっちに」

家の中に入ったらどこかに隠れようとしたのだが、どういうわけか力仕事を頼まれてしまう。

「へいただちに」

それに召使いの様に返事をして黙々と作業に従事する俺。


本当は旦那がするはずだった作業なのだが、仙桃争奪戦に飛び出していったために紅葉が一人でやる羽目になったところへ偶然見つけた俺という労働力は渡りに船だっただろう。

追われている俺としては匿ってもらえる恩に報いるためにも頼み事は断り辛いしな。

そういう意味では紅葉の策士ぶりは中々だ。


山のようにあった作業も粗方終わり、店舗スペースの奥にある茶の間で紅葉からお茶を出してもらった。

「はいどうぞ。お疲れ様でした。大角さんのおかげですぐに終わりましたね。やっぱり男の人だと軽々運んじゃうものですね」

コトリとちゃぶ台の上に置かれた湯呑みから立ち上る香気に癒され、温かいお茶を口に含んで一飲みする。

日本茶かと思ったのだが、どうやら何かのハーブティーのようで、不思議な香りがしたが悪くない味わいに2口目が進む。

「いや、むしろあんな重いものをいつも運んでるとおるさんに驚きだわ」

徹というのは紅葉の旦那の名前で、子供と見紛うほどの身長の低さに忘れがちだが、やはり妖怪だけあって力は並の人間よりはあるらしく、今俺が運んだ荷物も軽々と動かすのだそうだ。


茶飲み話に俺が追われている理由を紅葉が訪ねてきたので、佳乃に仙桃を渡された経緯から話していく。

一通り話し終えると今起きていることの大まかな流れが分かり、納得した顔を浮かべる紅葉が話を切り出してきた。

「大体は分かりましたけど、それならすぐにでもその桃を食べてしまった方がいいんじゃないですか?というか逃げてる間に食べちゃえばよかったんじゃ…」

「いやいや、それがそうはいかない理由があるんだよ」

紅葉の言うとおりに、逃げ回っている間に何度も齧りついたのだが食べることが出来なかった。


この仙桃の皮は非常に弾力性があり、人間の顎ではとてもじゃないが噛みちぎることは出来なかった。

さらにどういうわけなのか、佳乃に渡された木箱から取り出すと、途端に誰かに居場所が嗅ぎつけられてしまうので、迂闊に取り出す事も出来なかったのだ。

妖怪には嗅覚の鋭い種族も多いため、俺か仙桃の匂いを嗅ぎ取っているのかと思ったが、どうにも違うようだ。

蓋を開けた状態で移動しても見つからず、箱から取り出してすぐにその場を離れると、さっきまで俺がいた場所に追跡者たちが現れるのだ。


このことから俺は仙桃からは怪異にしかわからない波動のような物が出ているのではないかと仮説を立てたが、それがわかったところで俺を追う状況に変化はないためあまり深く考えることをしなくなった。

「なら包丁で切ったら食べれるようになるかもしれませんよ」

ちゃぶ台の上にあった小物入れから果物ナイフを取り出した紅葉に、木箱から出した仙桃を手渡して切ってもらった。

手際よく皮が剥かれた桃が小皿に載せられ目の前に置かれる。

「見た目も匂いも普通の桃と変わらないな」

「切る時も皮の弾力には確かに驚きましたけど、一度刃が通ると後は簡単に切れましたよ」


一切れつまんで口に放り込む。

意外としっかりした固さが感じられたが、噛み締めるとにじみ出る果汁が口の中に浸透していくようで、口に含んだ実の大きさ以上の水分が溢れ出てきたのに驚く。

爽やかな甘みと同時に微かな渋みもあり、それが更に甘味を増幅させるという循環のおかげで飲み込んだ後も暫くは余韻に浸ってしまった。


「大角さん、凄い顔してます。そんなにおいしかったんですか?」

自分の世界に入っていた俺は紅葉のそんな言葉に意識が戻り、皿を彼女の前に押し出して勧めてみる。

「かなりの旨さに驚いたよ。紅葉さんも食べてみ」

「では失礼して。…んー!」

食べた瞬間に紅葉の頬袋が膨らむ様子に、溢れ出る果汁の存在が伝えられ、次いで蕩けるような顔になっていくのを見るに、どうやら紅葉の口にあったようだった。


「あぁそういえば、佳乃さんが言ってたけど仙桃は一つ食べると1年若返るらしいよ」

ふと思い出したことを口に出した途端、紅葉の体に纏う空気が張り詰めたものに変わり、細い目をさらに細めて俺を見てくる。

ちょっと怖い。


「…一年、ですか?…それは本当に?…佳乃さんが?へぇー…ほー…。…大角さん、これ私が貰っても?」

「ど、どうぞ?俺はお腹いっぱいなんで!」

凄みのような物が増した紅葉のそんな言葉に、そう言う以外に出来ず、残りの仙桃を紅葉に全て献上した。


無言で食べていく紅葉は初めて見る真剣な顔をしており、その様子から女性の若さにかける執念の一端に触れたような気がして背筋に汗が伝う。

この空気には俺を追いかけまわした怪異の連中など足下に及ばないほどのプレッシャーがある気がした。


「見つけたわよ大角!」

丁度紅葉が最後の仙桃一切れを飲み込んだ時に店舗側の扉が開かれ、そこから圭奈が姿を現す。

目の色が赤く染まっており、吸血鬼としての能力を全開で使って俺を追っていたようで、口元には発見した喜びからか笑みが浮かんでいる。

昼間の商店街では飛ぶことはしないだろうが、地上を走る速度はハナに次いで速い圭奈ならここまで誰よりも先んじて着くことは出来るだろう。


「おーう圭奈か。流石に速いな」

一方の俺はというと、追われる理由がたった今消えたとあって余裕の態度に戻っており、そのことを訝しんだ圭奈がちゃぶ台の上にある皿と果物ナイフに気付き、飛び掛かるようにして茶の間に上がり込んできて剥かれた仙桃の皮に気付いて膝から崩れ落ちた。

「あぁぁあ…食べられてるぅ…」

恨めしそうに皮と皿を睨みつける圭奈は放っておくと剥かれた皮を食べてしまいそうな気がしてくる。


「…ひょっとして食べたらいけなかったんでしょうか?」

「いやいや、いいんだって。仙桃って怪異の連中にはとんでもないご馳走らしいから、食べられなくてあんな反応になるんだ」

こうして見ると引くぐらいの落ち込み様に少し罪悪感に駆られるが、すでに無いものはどうしようもない。


悲壮感を感じさせるほどの圭奈の様子に、流石に心が痛んだようで、紅葉が解決策を出す。

「圭奈ちゃん、ハーブティーはいかが?」

そう言って俺に出したのと同じお茶をカップにいれて差し出すが、圭奈はチラリと見るだけですぐに視線を落としてしまい、再び落ち込んでしまった。


だが次の瞬間、紅葉が圭奈の前に置いたカップに、仙桃の皮を落とし込んだ。

それを目で折った圭奈は一瞬呆けた顔をしたが、すぐにお茶から立ち上ってくる香りに気が付き、カップに視線が釘付けになる。

仙桃の皮がお茶の中に入ることで即席のピーチティーのような香りが立ち、元々のジューシーさが皮に残っていた僅かな身から染み出してお茶を一気に作り替えた。


それを見ていた圭奈はカップから漂う香りに一瞬我を忘れて飛び付きそうになるが、寸での所で堪えて恐る恐るといった様子で紅葉を見る。

その視線を受けた紅葉の頷きを合図に、正座の体勢を取ってじっくりと味わうように飲みだした。

一口目で蕩けるような顔になり、二口目で満面の笑顔になり、三口目ではもう完全に上機嫌になっていた。


「なるほど、ピーチティーか。こういうのもあるんだな」

「ええ、元々あのお茶は色んな果物と合うようにブレンドしてあるんです。だから桃の皮なんか相性抜群でしょうね」

至福の時といった様子でお茶を飲む圭奈をホッコリとした気持ちで見守り続けた。


お茶で機嫌を直した圭奈が掲示板に仙桃が食べられていたことを上げたことで俺を追う奴はいなくなり、夕方前には安全と判断した俺はようやく自分の店に戻ることが出来た。

店の中は俺が飛び出した時のままになっており、レジカウンターには浩三が買うはずだった酒がそのまま残されている。

思いがけない騒動になったせいで来店客や電話での注文といった業務がどれだけ滞ったか考えると憂鬱になる。

今日はもう店仕舞にして憂さ晴らしにどこかに飲みにでも行こうかな。


こうして俺の騒がしい一日は終わるはずだった。





その夜、いつものように寝床に入ったのだが、妙に寝汗が酷く、何度も寝返りを打ちながら眠りに落ちるのを待つのだが、体の火照りに一度気付くと眠ることなどできそうになかった。

季節は初夏といえるがまだまだ夜は涼しさの方が強く、こんな風に汗をかくほど熱くはないはずだ。

風邪とは違う何か異変が起きていることは分かるのだが、その原因がわからず対処の仕様も無く、ただただ耐えるしか出来ない。

原因不明の寝苦しい夜は更けていった。




次の日の朝は眠気が抜けきらない頭を無理やりに覚醒させて起き、いつものように店を開けて通常通りの営業を開始した。

朝一番の客として訪れたのは、昨日酒を買いそびれた浩三だった。

「うぃーっす。大角ー昨日のヤツまだあるか?」

作業をしている所に後ろから声を掛けられ、振り向きながら答える。

「あぁ浩三さん、昨日はすいませんでした」

泣き水を浴びてもこうして普通に動けていることから、本当に後遺症のような物は無いのだろうとわかり、一安心して昨日のことを詫びておく。

だが振り返った先で目に入ったのは、いつもの浩三の態度ではなく、どことなく戸惑ったような表情を浮かべており、首を傾げて思わぬ言葉を吐く。


「…兄ちゃん誰だ?大角の親戚か?」

「何言ってんですか。俺が大角ですよ。朝から酔ってます?」

いや、酒は昨日買って行ってないんだから酔えるわけがないか。

「いや、大角はあれでも30超えてんだよ。兄ちゃんはいいとこ20歳かそこらだろ。顔はそっくりだから兄弟か親戚ってとこだと思ってんだが」


浩三のそんな言葉に俺は妙な胸騒ぎを覚え、その場を離れてレジ横にある鏡を覗き込んだ。

そこに映っていたのは確かに俺なのだが、学生時代の俺の顔そのもので、若返っていたのだ。

余りのショックに自分の頬をつねって夢ではないことを確認し、鏡に映っているのが自分の顔だと確認するために何度も顔をさすってみるが、全て現実に今起きていることだという結論に辿り着く。

「なんじゃこりゃ~っ!!」

思わず叫んでしまったのもしょうがない事だろう。

なにせ1晩で10歳は若返ってしまったんだから。


何が起きているのかわからない俺は店を飛び出して佳乃の所に向かう。

こうなった原因に心当たりがあるとすれば昨日の騒動の種となった仙桃に違いないと思ったからだ。

店を尋ねるとすぐに佳乃が出てきて俺を見て一瞬不思議そうな顔をしたが、自分の名前と今の姿になった理由を推測を交えて説明すると、納得したようで店の中に入れて詳しい話を聞いてくれた。


店内に用意されている商談用のテーブルで佳乃が目を瞑って俺の話を聞き終わると、暫く考え込む仕草をしてから答えた。

「大体はわかったわ。若返りの原因はまず間違いなく仙桃の効果でしょうね」

「やっぱり。でもどうしてです?人間が食べても1年しか若返らないっていってましたよね」

「普通の人間にはそうだけど、大角君は普通じゃなかったってことでしょうね。私、言ったでしょ?仙桃と相性のいい人間が昔いたって。多分大角君はその人間の血が入ってて、何らかの原因で仙桃の効果が効きすぎたんでしょうね。例えば…最近妖怪関連の仕事とかで何か変わったものでも食べた?」

突然明かされる俺の祖先の秘密に驚いたが、因果なことに時代を経て俺が仙桃を食べて初めて先祖の存在が明らかになると考えると時代の移り変わりは恐ろしいものだ。


「いや、変わったものなんて別に…あ」

言われて思い出すのはバカンスの時に訪れた妖怪の隠れ里の時のことだ。

「心当たりがあるようね。詳しく教えてちょうだい」

佳乃に言われてバカンス中にあったことを洗いざらい話していく。


一通り話し終えると佳乃が謎が解けたと言わんばかりに頷くのを見て話しだすのを待つ。

「隠れ里で飲み食いしたのよりも、ガンコウランを食べたことの方が今回の件と関わりは深そうね」

「あんな小さい粒が?もうとっくに消化されてると思うんですけど?」

明らかに隠れ里で飲み食いしたものに比べて少量過ぎるガンコウランに正直この若返りの原因の一端を担うだけの存在感を感じることは出来ないのだが、佳乃はそうは思わないようだ。


「世の中は意外と小さい物の方が大事だったりするものよ?神秘性の高い食物って消化されても体に効果が残っているケースは意外と多いの。ガンコウランと仙桃、どちらも現世と幽世の狭間で作られることが多いから、お互いの相性が抜群によかったんでしょう。相乗効果に加えて大角君の体質が合っていたおかげでこんなことになった、そうとしか考えられないわね」

「はぁ、そんなものですか…」

佳乃から語られる推測交じりの答え合わせにそんな答えを返すしかない俺だが、それも仕方ないだろう。

なにせ、どれも偶然の重なりが起こした現象であるため、誰にも責任は無く、今のところ命にかかわる被害といえるものは特にないのだから。


「それで、この状態はいつまで続くんです?」

俺にも生活があるのだからあまり年齢とかけ離れた外見というのは不審がられてしまう。

だから早々に戻ることを望みたい。

「え?戻らないわよ?」

「え?」

「だって若返りって仙桃の効果なんだからもう肉体はその状態で固定されてるもの。いいじゃない、10年分歳を取るよりかは。今のあなた、世の年寄りの羨望の的よ?」

そんな慰めの言葉は俺には微塵も響くことは無く、元の見た目に戻れないことに軽くショックを覚えていた。


佳乃の店を後にしてボーっと通りを歩いていると、住民が俺を指さして何やら囁き合っている。

拾える単語から推測すると、どうやら商店街のネット掲示板で俺のことが通達されているらしく、ニヤニヤとした顔で俺を見送る視線の多いこと。


そんな中で突然俺の前に一人の影が立ち塞がる。

「大角さん、随分若くなったみたいで、よかったですねぇ。けど、私よりちょっとしか食べてないのになんで大角さんだけがそんなに若返ったんでしょうかねぇ。教えて下さいよぉ~」

そんなことを言うが、俺から見ても明らかに紅葉も仙桃の効能は現れており、昨日見た時よりも肌の印象は若返っているように思える。

だが紅葉には俺という存在のせいでそんなことも霞んでしまっているのだろう。

「なんでって、俺に言われても…」

ゾンビの様に俺に迫ってくる紅葉にジリジリと後退していると、さらに新たな人物が現れる。


「あら?…本当に若くなってるのね。顔立ちは何となく分かるから困らないけど、なんだか変な感じ」

どうやら診療所の前で立ち止まっていたらしく、来院客用の入り口のドアを開けた拍子に俺を見つけた圭奈にそんな感想を吐かれる。

「いい所に!圭奈、助けてくれ!紅葉さんが!」

「は?紅葉さんが何よ?」

俺の視線を辿って紅葉の姿を確認すると、すぐに状況を察したらしく、一度大きく頷くと今開けたドアをそっと閉じて中へと戻っていってしまった。


「ずるい!今すべてを察して俺を見捨てたな!薄情者!鬼!圭奈!」

縋りつくようにドアに取り付き、ノブを握って何度も開けようとするが、しっかりと鍵がかかっており閉ざされている。

「おだまり!あの状態の紅葉さんの正面に立てるわけがないでしょう!大人しく裁かれなさい。あとさっき私の名前を鬼と同列に並べたのは覚えておくから」

ドアの向こうから響いてくる非情な言葉に歯ぎしりを立てていると、そっと俺の肩に人の手が添えられる。

それは軽く置かれたはずなのに今の俺には岩が載せられたような錯覚を覚え、手の主を見ることが出来ずに固まってしまう。


「さあ大角さん。詳しい話を聞かせて下さいね」

ギギっと後ろを振り返ると、妖怪よりよっぽど恐ろしい笑みを浮かべている紅葉と目が合い、思わず絶叫を上げてしまった。

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