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妖し乃商店街  作者: ものまねの実
19/21

追う者、追われる者

ピチャン…ピチャン…


真昼の商店街のメインストリートを逸れて、少し奥まった場所に入った先にある路地裏では力なく地面に横たわるハナの姿とそれを見下ろす形で立ち尽くしている俺。

ハナの体から染み出してくる液体が渇いた地面へと広がっていく。

目の前の惨状を引き起こしたのは他ならぬ俺自身だ。

右手に強く握りこまれたままになっている銃のグリップを更にきつく締めあげるように力が入っていく。


「いたぞ!くそっ、ハナちゃんがもうやられてる!」

前方から現れた数人の人影のうちの一人が俺を指さしてから、足元に倒れているハナを見つけ苦々しげな声を上げる。

先頭で叫んでいるのは肉屋の弾で、俺をめがけて走って来たので思わず後ろに向かって逃げだしてしまった。


「大角、てめぇ待てや!逃げんな!」

「弾さんに追いかけられたら誰でもこうですよ!」

大柄な体格の見た目通りあまり走るのは早くないので路地を右に左にと曲がりながら走っていくだけで撒ける。

弾の姿が見えなくなったころには路地裏から抜け、大通りに出てきた。

くそ、どうしてこうなったんだ。







なんやかんやあってあまり休暇にならなかったバカンスだが、四日ほどの滞在で終え、家主の帰還に合わせて帰ることにしていた。

入院先から帰って来たキヌさんは進の介助を受けて家に入って来たのだが、しばらく安静することを条件に医者から退院を許されたそうで、日常生活を送るのはどうも大変そうだったので、それならばと俺達がもう少し滞在期間を伸ばしてキヌさんの世話をしようかという話になったのだが、トウが残って世話をすると言い出した。

確かに俺達が揃って世話をするよりも、トウ一人の方が気を遣うことは無いだろうし、何よりも家事を完璧にこなすトウの存在こそが今のキヌさんには必要なはず。


トウを見たキヌさんは特に驚くことは無かったが、それよりも世話をするために残るということに遠慮していたため、トウのことを詳しく説明して世話に残すことをなんとか承認させた。


そんなわけで行きとは違って帰りは俺とハナだけとなったが、昼前にはキヌさんの下を去り、夕方になる少し前には無事に商店街に帰って来たというわけだ。

4日ほどしか空けていないのだが、すっかり大会効果の混雑も解消されたようで、普段の妖し乃商店街の空気に戻っている気がした。

ただまあ、やはりまだまだ人の往来は多い感じだが、それでも騒がしいものと言うよりも賑わいというような落ち着いた喧騒がそこにはあった。


商店街の入り口でハナと別れて、久しぶりの我が家に戻ると、夕方前の一番暇な時間を持て余している磯部衛と目があった。

「お、帰ったか。どうだ、バカンスは楽しめたか?」

「楽しめたかどうかはともかく、退屈だけはしなかったよ。留守番ご苦労さん、これお土産な」

そう言って磯部衛の目の前に笊一杯に野菜の載せられたものを置く。

これはキヌさんからお土産にと大量に渡されたもので、俺とハナで分け合った分の一部だ。

余りにも大量だったため、来た時よりも倍以上に荷物が増えてしまい、電車の乗り継ぎに手間がかかって困ったほどだ。


「有り難くもらうわ。んじゃ俺は帰るぜ。そこのホワイトボードに配達依頼のリスト張っておいたからあとで見ておけよー」

それだけ言うとさっさと出ていった磯部衛を見送り、ホワイトボードを確認する。

何件かは磯部衛が済ませていたようで、残っているのは行きつけの食堂『食あたり』へ調味料類の納品依頼が1件だけだった。

メモ書きにもいつもの品目にいつもの量が書かれているので、明日の朝一番にいけばいいだろう。


次の日の朝に、朝食を取るのも兼ねて食堂へと向かう。

「注文の品は以上ですね」

「ああ、確かに受け取った。ご苦労さん、朝飯でも食ってけ」

納品を終えておやっさんに勧められるままにカウンターに着く。

朝は仕事に行く前に朝食を摂りに来る人が意外と多く、店内の席は昼間ほどではないがそこそこ埋まっている。


何を食べようかと壁に掛けられたメニュー札を吟味して、今の気持ちを確かめる。

朝からガッツリ肉もいいが、やはり日本人らしく魚でいくべきか。

意外とパンも悪くないな。

この店はメニューの数が多いから迷ってしまう。

いっそ今考えたのを全部頼んじまうか?

いや待て待て、焦るな。

俺はただ腹が減っているだけなんだ。


「…よし、おやっさんトーストセットひと「日替わりだな」…いやトース「日替わりにしとけ」…ト「日替わり」…じゃあそれで」

何故かトーストセットを受け付けず、頑なに日替わりを進めてくるおやっさん。

このパターンは新しい料理に嵌ったが、今一つ注文が出ないため、俺に食わせて反応を窺うつもりだろう。

俺、客だよ?


カウンターからはおやっさんの料理する姿が見えるのだが、こちらに背を向けて作っているので、何が出来上がるのか不安で仕方ない。

「へいおまち」

カウンター越しに伸ばされたおやっさんの手から一つの皿に盛られた料理が載ったお盆が置かれた。

今回はどんな料理かと思ったのだが、皿の上には見るからに硬そうで大きな丸いパン一つだけがデンと置かれていた。

「…なんですかこれ?俺にはデカいパンにしか見えないんですが」

「ビゴスっていう、ポーランドやベラルーシの伝統料理でな。パンの上が切り取ってあるからどけてみろ」

おやっさんの言う通りに丸いパンの上の部分を箸でずらす様にどけてみると、中からフワッと立ち上る湯気に混じった様々な食材の旨そうな匂いに空腹感が刺激される。

肉にキノコに様々な野菜が入った煮込み料理といった見た目に、思わず唾を飲み込む音がやけに大きく感じた。


早速スプーンで一掬いし、口に運ぶ。

茶色い見た目にかなり濃い味付けを想像していたのだが、野菜の甘みと肉の旨味が見事に調和し、口の中で広がる爽やかな酸味が思いの外あっさりとした印象を強くする。

ビゴスが詰められているパンも一緒に食べると、いかにも西洋料理といった感じだ。

これは当たりだな。

この店で出る珍しい料理は当たりと外れが3:1の割合なことが多く、残りは微妙なものとなるパターンだ。

今回は当たりの方で、これならレギュラーメニューになってもいいんじゃないかと思え、おやっさんにそう進言してみる。

「そいつぁ無理だな。使ってる食材が他のメニューに流用できるものが少なくてな。ロスも考えると数は用意できないんだわ」

そういうもんか。


ガツガツと食べ進める俺の様子を満足そうに見つめながら、おやっさんが俺のお盆にお椀を置く。

だからこういう料理に味噌汁は合わないって。


「ごちそうさーん」

食事を終えて食堂を出た所で、遠くの方に佳乃の姿が見えたのでそちらに向けて歩き出す。

白井呉服店の前で何かの荷物を前に困っている様子の佳乃に声をかけてみた。

「おはようございます、佳乃さん。何か困りごとですか?」

「あらおはよう、大角君。困りごとって言えばそうなるのかしら。これの処分に困っちゃって」

そう言っていかにも困ったといった顔をして目の前の樽のような物を指さす。


どこからどう見てもバー等でよく見るビールとかが入ってそうな樽でしかないのだが、そんなものを佳乃が何に使うつもりだったのかが気になる。

聞くと、これは中国の知り合いから送ってもらったもので、中には特殊な水が入っており、その知り合いが言うには人間にはただの水なのだが、怪異の類には非常に強烈な刺激を与えるものらしく、そのままではあまりいいものではないが薄めて使うと肌にハリが戻り若返ったようになるとのこと。


「それで少し使ってみたの。そしたら、見てよこれ!すっかりかぶれちゃってね、もう使わないと決めたんだけど、これだけの量となると、ねぇ?」

右袖をまくってこちらに見せた佳乃の腕は確かに炎症を起こしたように真っ赤になっており、見ているこちらが痛くなってくる。

70リットルはありそうな樽の中にはまだなみなみと中身が入っており、妖怪の多く暮らす商店街でおいそれとそこらに流すのは危険だと思い、どう処理したものかと困っていたらしい。


「そうだ!ねぇ~大角くぅ~ん、おね「嫌です」…まだ何も言ってないけど」

「預かれってんでしょ。嫌ですよ、こんな危ないの管理出来ませんって」

猫なで声でのおねだりを一刀両断で断るが、俺だってこんな危ないのを抱えるのを黙って受け入れるほどお人よしではないのだ。

「そもそも、こんなのを送って来たその知り合いにこそ対処を任せるべきでしょう。今からでも送り返したらどうです?」

「えぇ~…こんな重い荷物一体幾らかかると思ってるの?」

いや、俺に言われても困るんだが。

確かにこんなのを送るとなると船便でも結構な金額が必要だろう。


「うぅーん、どうしましょう。…やっぱり、大角君にお願いしたいわね。人間のあなたになら危険は無いでしょうから、この商店街であなた以上の適任はいないのよ。ね?お願~い」

胸の前に手を合わせて首を傾げての上目づかいというあざとい頼み方を習得している佳乃に、初対面の俺ならそのまま引き受けていただろうが、それなりに付き合いが長いせいで本性を知っている身としてはそんなものは効かなくなる。


とはいえ、確かに困っているのは事実なのだから何とかしてやりたいが、どうしたもんだろうか。

「…もう、わかったわ!今これを引き取ってくれるなら、おまけをつけちゃう!」

そんな通販番組の売り方のようなセリフを吐いて店の中に戻っていき、5分ほどすると手に木製の小箱を持って現れた。


「はい、これ」

ズイッと突き出された箱を反射的に受け取ってしまったが、中身が何かもわからないそれを開ける勇気は出ず、佳乃に尋ねてみる。

「なんです、これ?」

「まあ、開けてみて。…これはね、さっき言った知り合いに貰ったんだけど、仙桃っていって凄い桃なの。人間なら一つ食べれば寿命が1年延びるって言われてるくらいでね、今の時代だと作れるのってほとんどいないの。だから、すっごく貴重な品よ」

そう力説するが、そんな嘘くさい話が本当にあるんだろうか?

いや、妖怪がいるんだからあるかもしれないが、寿命を延ばすってとんでもなく凄いんじゃないか?

それこそ、食べ続ければ永遠の命が手に入るような。


そのことを佳乃に聞くと、当然そんなことは無く、人間が食べるには1年に1個が服用限界だと言われており、それを超えると逆に1年寿命が縮むという。

大昔には時折この仙桃が体質的に受け入れやすい人間が現れて、不老長寿のような存在になっていたのだが、そういうのは仙人になる資質がある者に限られるため、普通の人間は適量を守って食すようにした方が身のためだそうだ。


「ん?じゃあ妖怪が食べたらどうなるんです?」

元々人間よりも寿命が長い種が多い妖怪に、高々1年延びるぐらいではあまり魅力は無いのではないかと思ったが、他の理由で妖怪も喉から手が出るほどに欲しがるのだそうだ。

「妖怪にとって仙桃っていうのは物凄いご馳走なの。昔は奪い合いが普通だったって聞いたこともあるくらいでね、だから他の人達に持ってるのを知られちゃだめよ?」

そんな危ないものを俺に持たせてあんた何考えてんの?

「あ、そろそろ行かなきゃ。じゃあこの樽お願いね~」

仙桃に気を取られている一瞬の内にそんな言葉を残して去っていく佳乃に、何か言おうとしたが既にその背中は遠くにあり、あの一瞬でどうやってそこまで移動したのかとモヤモヤとした疑問はあるが、何よりも俺に面倒な部分を押し付けて逃げる佳乃の手口に今この場で叫びたい気持ちだった。


一度俺の店まで戻って台車を取ってきてから樽を運ぼうと思ったのだが、その移動の間でさえ佳乃の言った仙桃を巡って誰かに襲われたらどうしようという危機感に怯えながら、さながら逃亡者のような気持ちで何とか誰とも会わずに店まで戻り、台車で樽を店の荷物置き場に運び込んだ。

一応店の売り物の中には酒樽に入った物もあるため、この危険な樽を並べても違和感が無く溶け込んでいる。


ここなら誰かが持っていくという危険はないだろう。

念の為にこのことに関する相談を晴十郎に持ちかけてみることにした。

「―というわけでして、どうしたもんかと」

『そうだのぅ。まあ現物を見んことには判断できんが、多分『泣き水』の類かもしれん。』





『尼の泣き水』という言い伝えが相模の国、今の神奈川県の地方に残されている。

その昔、聖武天皇が相模の国に立てた国分寺・国分尼寺が光の反射が強すぎて相模川から魚が逃げてしまって漁師が暮らしていけない事態が起きた。

漁師たちから悩みを打ち明けられた一人の尼が、その日の夜に寺に火を放って、寺は焼けて無くなってしまった。

すぐに役人によって尼は捕らえられ、小高い丘に顔を残して埋められ、鋸引きの刑に処せられることになった。

この尼が悲しみに流した涙がこの丘に溜まり、決して枯れることのない池として尼の泣き水という伝説と共に語り継がれていた。





『要するに、己の身を犠牲に善行を行ったとしてこの水には神聖な力が宿っているわけで、陰の気が強く出ている妖怪なら浴びるだけで死んでしまうだろうな。その水もそんな逸話と似た話が由来の場所から手に入れたのかもしれんな。』

キリスト教の聖水的な存在か?

「妖怪には完全に危ない水じゃないですか」

『いや、あくまでも陰の気に効くというだけで、そこの商店街にいるような陰と陽のバランスが取れた存在には致命的な害ではない。ただまあ妖怪というのは大体が陰の側に傾いて存在しとるもんじゃから、全くの無害とはいかん。原液が付着して炎症程度で済むのは佳乃さんくらいじゃろ。普通の妖怪には熱湯を浴びたぐらいの被害が出るから、気を付けるように。』


どっちにしろ危険な水というのは変わらず、処分に関する相談には答えが出されることは無かった。

『希釈すれば妖怪にはスタンガンを浴びせたみたいになって行動不能にできる便利な道具になりそうな気がするが、そういう使い方を模索してみたらどうだ?』

「なるほど、そんな風にも考えられますか。流石は陰陽師、発想が違いますね」

褒め言葉に高笑いが帰ってきたところで通話を終える。


早速泣き水の希釈を行い、その効能を試してみようと思ったが、よく考えればどうやって試せばいいんだ?

まさか通りすがりの住民にいきなり水をぶっかけるわけにはいかず、かといって誰かに頼もうにもこんな危ない実験に付き合ってくれる奴はいるだろうか、いやいない。


とりあえず10倍に希釈した泣き水を1.5リットルのペットボトル2本分、要は3リットル用意したが、効果を確かめるためには使ってみるしかない。

そう考えて店の商品棚に置いてあった長い事売れていない水鉄砲達にその水を詰め込んでいき、2リットル分の水が詰め込まれた水鉄砲が6つ出来上がった。


都合よく怪異調査の仕事でも来ないもんかと不謹慎なことを考えていた所にお客さんが来たので応対に出た。

「いらっしゃいませ」

「おう、いつものやつ頼むわ」

やって来たのは魚屋の浩三で、いつも買っていく酒を買いに来たらしく、棚から取り出した酒瓶を包んでいく。

そして、商品を手渡そうとしたその時、カウンターの上に置かれた木箱に気付いた浩三が何の気なしに手を伸ばす。


「大層な木箱じゃねーか。どんな高価なもんが入ってんだぁ?……ファッ!?」

流れるようなしぐさで蓋が持ち上げられると、その中から現れた仙桃に一瞬硬直したが、すぐに奇妙な声を上げて震えだす浩三の様子にまずいことになりそうな予感がしてきた。

浩三がふたを開けた時に俺も初めて仙桃の姿を見たが、見た目は殆ど普通の桃と変わらないが、唯一の相違点にして無二の証に、仙桃に生えている産毛の色が違う箇所があり、その色が『仙』の文字を形作っている。

驚くほどにわかりやすいその姿に初見の俺ですら仙桃と分かってしまうのだから、浩三にも当然バレているに違いない。


「…大角くん、これは君のかな?」

突然くん付けで呼ばれて背筋がゾクっとしたが、丁寧な言葉遣いとは裏腹に浩三の目はネコ科が獲物を見つけた時のそれになっており、その視線は仙桃から外されることは無い。

「ええ、まあ。佳乃さんから貰ったんですけど」

「へぇ…、そう…、佳乃ちゃんから…、ふーん…」

どこか白々しい空気の中での言葉のやり取りのあとに訪れる沈黙に、緊張感が高まっていく。

浩三は仙桃を、俺は浩三の挙動をそれぞれ見つめ、ピリピリとした雰囲気がそこにはあった。


このまま睨み合いかと思われた時、一人の乱入者によってその緊張は弾け飛ぶ。

「大角いるー?」

ふらりと店の入り口から入って来た圭奈に一瞬気を取られたその時、浩三が仙桃に手を伸ばす。

流石は猫の妖怪だけあって、反射神経では俺が及ぶわけがないのだが、その動きを当然予測していた俺はすぐにカウンターの脇に置いていた水鉄砲を流れるように手に取り、仙桃を口に運ぼうとしていた浩三目掛けて発射した。


「いただきぃしゃぁばばばばっ!!」

水がかかった瞬間に浩三は感電したかのように痙攣し、白目をむいてその場で仰向けになってしまった。

倒れ込む際にしっかりと手から仙桃をもぎ取り、木箱に戻すのを忘れない。

「きゃあ!ちょっと浩三さん!?」

倒れ込んでしまった浩三を医者として放っておくことが出来ないようで、圭奈が傍にしゃがみこんで容態を見るが、気絶しているだけだと気付いてホッと一息吐き、俺に詰問してくる。

「ちょっと、大角!あんた何したのよ!急にたお…れ…」

「いや、これにはわけが…あ」

木箱には戻したが蓋をするのを忘れていたおかげで、しっかりと圭奈に中身を見られてしまい、またも浩三の時と同じ展開になる。


まずいと判断し、すぐに木箱に蓋をして抱えると、水鉄砲を持てるだけ持ってその場を逃げ出した。

「あっこら!待ちなさい!」

「浩三さんを頼むぜ、医者の圭奈さんよぉ!」

仙桃に注目していた分だけ反応が遅れた圭奈から制止の声が飛ぶが、無視して大通りを駆け抜けていく。

昼間の大通りは妖怪とは関係ない人間も通るため、うかつに変身は出来ない圭奈は俺と対等に走って移動するしかない。

そうなれば追跡を諦めて浩三の容態を見るために引き返すはずだ。


そんなことを考えながら走っていると、突然目の前に人の壁が出来上がった。

見ると全員が商店街の住民で、ギラついた眼から狙いは仙桃であると予想できる。

「っとと、皆さんお揃いで…。お出かけですか?」

急ブレーキで止まり、そんな軽口を叩くが実際は余裕は無く、目線を動かして逃げ道を模索している。

集団を代表して弾が話しかけてきた。

「いや、ちょっと探し物をな。ちょうどそれぐらいの大きさの物でな。大角、ちょっとその箱を見せてもらえるか?」

手で木箱ぐらいの大きさを作り、こちらにジリジリと近付いてくる弾から離れるように後退していく。


「いやいや、これは俺のなんで見ても意味は無いです…よっ!」

会話で時間を稼ぎ、建物の間にある細い道に飛び込むようにして走り込む。

「ちぃっ!逃がすな!追うぞ!」

『うぉぉおおお!!』

走る後ろからは住民が上げる雄たけびが響き、逃げ足をさらに加速させる。


路地裏を駆け抜ける内に疑問が湧き上がってきた。

俺が仙桃を持っていることが知れ渡るのが早すぎる。

このことを知っているのは浩三と圭奈だけだったが、浩三は気絶してるし、圭奈は俺の後ろから追いかけてきていたからあいつは違う。

そう考えた所ではたと思い出した。


一旦建物の陰に身を潜め、携帯を取り出してネットに繋げる。

少し前に商店街で使う共用のインターネットの掲示板を立てたのだが、それを覗いてみると、案の定そこには俺が仙桃を持っていることと、捕まえた者が貰うという協定が書かれたスレがあったのだ。

明らかに圭奈の仕業である。


「くそっ意外と使いこなしてやがる…」

スレへの書き込みが頻繁に行われていることから、参加している住民は商店街のほぼ全員と言えるだろう。

こうなったらとっとと仙桃を食っちまおうと思い、箱から取り出して齧り付こうとしたその時だった。


「見ぃ~つぅ~けぇ~たぁ~」

「ひぃぃいい!!」

俺の真上から響いて来た声に驚き、脚が縺れたように前に数歩進み、声の場所を見ると、エアコンの室外機にしがみ付いてこちらを見ているハナがいた。

「ふっふっふっふ、大角ぅあたしの鼻から逃げられると思うなよ?」

ギィっという室外機が上げた音で四肢に力が込められたのがわかり、今にも飛び掛からんとしているハナに説得を試みる。


「待て!落ち着いて話そう!えー…っそうだ、俺を見逃してくれたらあのジャーキーをやろう!どうだ!?」

以前ハナにせがまれて海外から仕入れた、一袋3千円もする超高級ジャーキーを餌に交渉を試みる。

「…あれを…くれる?」

ピクリと反応したのを見て、これはいけるかと思ったが、そう上手くはいかないようだ。

「うーん…うーん、…いやいや!あたしは今仙桃が食いたいんだよ。だからさぁ…、それをよこせぇえ!!」

ドンという音と共に室外機がひしゃぐほどの力で蹴られ、弾丸のようにこちらに突っ込んでくるハナに向けて水鉄砲を発射する。


「きゃん!」

空中では止まることが出来ないハナはモロに泣き水を浴びてしまい、浩三と同じように気絶してしまうが、ハナの場合は空中にいたことが災いして、滑り込むようにして地面に身を投げ出してしまう。

水に濡れたハナから地面に染みわたっていくのがまるで血の様ではあるが、ただ気絶しているだけなので大丈夫だろう。






以上が今起きている騒動の一連の流れだ。

「あそこ!大角さんだ!」

おっと、今度は洋平か。

別の所にいると思われる仲間に声をかけ、駆けつけてくるまでの間、俺をこの場に釘付けにするために道の真ん中に立ち塞がる。

あの野郎、すっかり追跡者側に回りやがって、普段の恩を返そうとは思わんのか?


「悪いな大角さん。俺も親父にハッパ掛けられてんだ。大人しく捕まってくれ」

そう言葉をかけてジリジリと近付いてきながら、飛び掛かるタイミングを計っているようだ。

猫系統の妖怪には正直5メートルの距離は一息で詰められる距離なので、俺も洋平の接近に合わせて下がり始める。

手持ちの泣き水は有限なのであまり頻繁に使いたくはない。

追跡者にはまだまだ強力な妖怪が残っているだろうしな。

なので、それ以外の手で追っ手を振り切ることを考える。


「いいのか洋平、お前の大事な物を俺は押さえてるんだぜ。…あれがどうなってもいいのか?」

その言葉にビクリと肩を震わせた洋平の反応に手応えありとみた。

「大事だろう?あのテディベアが」

「卑怯だぞ!俺の友達に…!マー君に手を出すな!」

いい歳の男がぬいぐるみでこれだけ熱くなれるのは正直怖いな。


洋平には子供の頃から一緒だったテディベアのぬいぐるみのマー君がいたのだが、よく野良猫が洋平の自室に侵入してはぬいぐるみにいたずらをするため、しょっちゅう壊れたりしたのだ。

このテディペアが中々に古いもので、修復には意外と貴重なパーツを取り寄せる必要があり、さらにはそれを直せるのがこの辺りでは実は俺だけだったのだ。

昔取った杵柄というやつで、テディベアの修復を専門に行っていた業者の下で短期間だが働いていたことがある。

そんなわけで洋平が俺を頼ってぬいぐるみを預けているため、この場で切れるカードとしたのだ。


「そんなわけで、俺は今からお前の横を通り過ぎる。お前はただ見ているだけでいい。他の奴らには逃げられたと言え」

下を向いて黙ってしまった洋平の横を通り抜ける。

「そうだ、それでいいんだよ」

通り過ぎざまに洋平の肩を叩いてその場を後にする。


今のを客観的に見ると、なんだか俺がすごい悪者のような気がしてくる。

だがまあ俺だって理不尽に追い回されて気が立っているんだ。

これぐらいは大目に見てくれよ?


声には出さずに洋平へと謝り、再び逃走への道を進んでいく。

とりあえず、どこかでこの仙桃を食うなりなんなりして処分してしまわないことにはこの追いかけっこはおわりそうにないな。

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