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妖し乃商店街  作者: ものまねの実
18/21

問い

「よー…するにだ。私がここに座って祭壇に妖力を捧げた分だけ里の結界が強固になる仕組みとなっておってな。あぁ…逃げられた。8番に行ったぞ」

2人でゲームをしながら色々と話を聞かせてもらった。

長の名前はかがみ 瑞貴みずきといい、代々この里の長の職に就いている一族で、今は瑞貴で9代目になるそうだ。


実は彼女自身の年齢は見た目と違い、すでに30代半ばに差し掛かっており、基本的に年を取らない種族だそうで、彼女の母親は長の座を退いているが、年齢は300歳を越えているとのこと。

今は隠居生活を送っているが、まだまだ元気にしているそうだ。


「マーカーで見えてますよ。ちょっと今研ぎに入ってるんで、先に行っててください。…そうなると一日中ずっとここに座ってるってことですか?」

里の守りである結界の維持に瑞貴の妖力を使っているということは、この場所を離れることが出来ないということになるはず。

ずっとこの場に縛られて里のために生きていくというのがどれだけの苦しみなのか俺には計り知れない。


「いや、ずっとここにいるわけではないぞ。大体2日おきに6時間ほどここに座っとれば結界の維持に回す分の妖力を除いてもお釣りがくる。今溜め込まれてる妖力の分だと一週間は留守にできる…せいっ、ぷふぅー…討伐完了」

俺の想像とは違い、意外と緩い仕組みの上で成り立っているようで、なんだか拍子抜けした気分になる。


ゲーム機の画面に討伐完了の文字が出ており、後は結果が出るのを待つだけだ。

久しぶりにやると中々楽しいが、血走った目で画面を見ている瑞貴ぐらいにのめり込むほどではないな。

「来い来い来い来い…はぁぁあ、ダメかぁ」

ポイっとゲーム機をクッションに放り投げて大きく後ろに仰け反って座椅子の背もたれに体重を預ける瑞貴の姿から、ようやく一息つけると俺も同様に楽な姿勢をとる。


結局昼頃から初めて陽が沈むまでゲームを連続でやることになってしまい、そろそろお暇をしようかと思った時、本殿の扉が静かに開けられ、お膳を持った若い巫女さんが2人現れた。

「夕餉が来たようだのぅ。腹が減ったろう、大角の分も用意させたから一緒に食おうか」

ゲームをしながらいつそんな指示をしたのか気になるが、それよりも目の前に並べられたお膳から立ち上る匂いを嗅ぐと腹が減っていることを思い知らされて、どうでもよくなった。


「ん?どうした?食わんのか?」

パクパクと食い進める瑞貴とは反対に、俺は膳を見つめるだけで食事をしていない。

別に食べれないものがあるとかではなく、それ以上の衝撃を覚えているからだ。

「長、これ何ですか?」

「ケ○タッキーだが?」

そう、今俺の目の前には大きな絵皿に盛られたフライドチキンが鎮座しているのだ。

さっきの巫女さんがこれを神妙な顔をして運んできたと思うと中々シュールだ。

というか、仮にも神社と言う神域で肉を食うのは許されるのか?

そんな俺の疑問など知ったことかと言わんばかりに、瑞貴はチキンに齧り付いて咀嚼もそこそこに炭酸飲料で流し込むという、山賊のような喰い方をしている。


いや、そもそもこんな隠れ里でケンタ○キーが食えるとは思っていなかったので、逆に珍しい食い物という感じはしているが。

腹が減っているのは確かなので食ってみるが、紛れもなく例の味がするフライドチキンだ。

「こういうのって普段から食べてるんですか?」

「たまーにじゃな。今日は客、お主が来るということで私の食べたいものを用意してくれるというから、これを買ってきてもらった。普段はもっと味の薄い和食中心のメニューで味気なくてな」

なんでも俺が来るということで、宴会を開くために食材の買い出しに行く連中に買ってきてもらったそうだが、里の住人にはこんな脂っこいものを好む者があまりいなく、瑞貴と数人が食べる分から少し分けたものを俺の夕食として用意してくれたのだそうだ。

俺としてはあっさりとしたものの方が嬉しかったのだが、せっかく用意してくれたのだから文句は言えない。


胃がもたれる食事を終え、食後のお茶を貰って談笑していると、瑞貴から面白い話が聞けた。

「この里の殆どの者が変化へんげが上手くない。だがその者達は人の町で暮らす場合、普段の生活に支障がない。何故かわかるか?」

矛盾しているような問いだが、とんちの類か?

少し考えるが答えは出ず、瑞貴に先を促す。


すると立ち上がって部屋の奥にあった戸棚の前へ行き、その引き戸を開けて何やら持ってきた。

俺の目の前に置かれたのは一冊のノートだった。

「妖怪の中には名前を奪うことで相手の存在を変質させる能力を持つ者がいる。里の者が人の町で暮らす場合は、その能力を利用して名前の一部を術者に捧げることで見た目を人間に変えて行くのだ。そのノートには村の住人の本当の名前が書かれておる。見ても構わんぞ?」

そう言われては好奇心は抑えられず、ノートを手に取って適当な所を開いてみる。


「む、これは―」

「読めんじゃろう?それは我が家に伝わる特殊な記述法で暗号化されておる。読み方の分からん者、特に人間には解読は絶対に出来んよ」

書かれているのは子供の落書きの羅列としか思えないもので、文字と呼ぶことすら躊躇われる。

これでは本当の名前を知ることは出来ないな。

「本来の名前がバレて日常生活の中で突然変化が解ける危険を防ぐための処置よ」


なるほどと感心すると同時に、なぜ俺にこの話をしたのか気になった。

変化の秘密は知る者が少ない方がいいはず。

それを妖怪でもない人間の俺に明かすとは何か魂胆あってのことだろうか。

そのことを尋ねるとあっさりと答えが返って来た。

「お主は中々頭が切れるらしいからな。変に秘密にするよりも先に明かした方がこちらが驚かされることも無かろう?」

その程度の理由で里の秘密を明かすのはどうなのかと思う。


だがこれくらいぶっちゃけられると俺も踏み込んだ質問をしたくなる。

「長、聞きたいことがあるんですがよろしいですか?」

「うん?まあよかろう、答えられることなら答えよう」

そう返してきた瑞貴の顔は、どんな質問が来るのか楽し気な雰囲気に彩られていた。

「妖怪が人間を恐れる点と言うのはなんでしょう。武器や人種などといったものを問わず、全体で見た人間という風に考えて下さい」

「…これはまた難しいことを…ふーむ」

腕を組んで悩み始めた瑞貴を見て俺はしてやったりといった感じだ。


生物としてみた場合、人間を圧倒しているはずの妖怪だが、現代では隠れ住んでいるのがほとんどで、変化が出来る妖怪がひっそりと人間社会に溶け込んでいるケースはよく聞くが、それでもさほど多いわけではない。

その点では妖し乃商店街は結構異常な形だと言えるか。


どんなに弱い妖怪でも長い寿命や妖術といった長所を備えている物で、極端な話、自分以外を排除しても生きていけるだけの可能性を持った生き物が妖怪だ。

そんな存在が人間に正体を知られるのを恐れて暮らしているのは何故なのかを俺は常々疑問に思っていた。

隠れ里の長に聞けばもしかしたら答えが分かるのかもしれないと思ったのもこの質問をすることになったきっかけの一つでもある。


「よく言われるのは、人間は数が多いから妖怪の生活圏を侵食していった説があるのだが、これはいささか信憑性に欠ける。昔の妖怪には自分たちの縄張りに入って来た人間を殺しまくった者もおったのだからな」

「確かに、力のある妖怪と人間では単体での戦闘能力は戦車と水鉄砲ぐらいの差はありますから、数で圧倒するには戦力比が離れすぎてます」

瑞貴の話は俺も考えたことがある。

いかに数に任せて妖怪を退治しようとも、元々の戦闘力を覆すのは並大抵のことではない。

だからこそおとぎ話の妖怪退治は人間の知恵頼みがメインとなっているのだから。


「そうじゃな。人間が弓刀を持って始めて妖怪に抵抗できると言われている。まあ、あくまでも抵抗できるだけであって、勝てるわけではないが」

「となると、やはり知恵でしょうか?」

俺も以前にたどり着いた結論は知恵を持って強大な敵を制す、これに尽きるということだった。

「そうではない。いや、それももちろんあるのだが、私の考えでは人間の恐ろしさは『時間』にあると思う」

そう言ってクッションの上に放り投げられていたままになっていたゲーム機を手に取り、それを俺に見せながらしみじみと語りだした。


「このゲーム機を見てみろ。我ら妖怪は何百年と進化せずに、反対に人間はたった数年で世界の景色をがらりと変えるほどに文明を築く。母が言うには妖怪が人間に恐怖を覚えたのは鉄砲の存在が広まった時代の頃からだそうだ」

そう言われれば丁度妖怪の伝承は鉄砲の登場した時代を境に徐々に減っていっている気がする。

「人間が時間を掛け、知恵を受け継いでいった結果が今の妖怪と人間の勢力の差ではないかと思っとる。何百年と進歩の無い妖怪と、日々進化をし続ける人間では時が経てば経つほど後者に分があるのも当然だろうのぅ」


「とは言えだ、妖怪もただ人間を恐れているわけではないぞ。人間との交流を恐れることなく、現代の様に己の姿を変えて人間社会に溶け込んで生きる者も多いのだ。この隠れ里にしても、人の世で生きることに疲れた者が帰ってくる場所としてまだまだ必要なのだよ。少しづつ妖怪が受け入れられる世の中になっていければそれでいいと私は思う」

いつの間にか瑞貴の目は俺ではなく、どこか遠くを見つめているようになっていき、その言葉も俺だけではなく、自分にも言い聞かせているかのような印象を受けた。


結局俺の疑問は晴れることは無かったが、妖怪と人間が共存できる日がいつか来るという夢を描くことは出来そうだった。

その後は時間も遅いため、家に帰るために里を出ることになったのだが、里の広場ではまだ宴会が続いており、何人かが酔いつぶれているが、それでもまだまだ飲み続けている住人たちの宴はまだまだ終わりそうにない。




「足元、気を付けてくれよ。昼間とは違って夜の山道は危ないからな」

懐中電灯を持って先頭を歩く進にそう注意されて、足元にも気を配るが、僅かな月明かりだけが頼りの山道では見えるはずもなく、どう気を付けたらいいのやら。


懐中電灯の照らす先を追うように歩いて行くと、不意に進が立ち止まったため、危うく背中にぶつかりそうになってしまった。

「進さん?何か―」

不審に思い声をかけるた瞬間、道の脇の茂みから何かが飛び出してきた。

ドドっという音と共に迫ってくる影に咄嗟に鎖を飛ばそうと思ったが、それよりも先に進が懐中電灯をその場に落として一気に前に駆け出していった。

進が前に出たせいで鎖を飛ばそうにも巻き込んでしまう恐れがあるため、手をこまねいていると、ドンと言う音が聞こえたため、進と影がぶつかりあったと想像出来る。


暗闇の中では何が起きているのかわからないため、進が落とした懐中電灯を拾い大凡の場所を目指して明かりを向ける。

少し光が彷徨った後、進の背中が見えたためそちらに明かりを当てながら近づいていく。

「進さん!何があったんです?」

声を掛けながら近づいて行くと、片膝をついている進の目の前には首が見事にへし折られて絶命している猪がいた。

2メートル近い巨体は重さにしたら何百キロというほどの大物で、どうやら先程の影はこの猪の様だ。


「手負いの猪だ。首の近くに銃で撃たれた跡がある。多分、麓の村の猟師が取り逃がしたんだろう。たまたま近くを通りかかって俺達を襲ったというところか」

首の所を照らしてみると、確かに赤黒い出血の跡が毛に滲んでいた。

銃で撃たれて気が立っていた所に明かりを見つけて、そこに突っ込んできたのを進に倒されたということになる。


どうやって倒したのかを聞くと、突っ込んできたところに合わせてカウンターで下から掬い上げるように張り手で一発KOだったそうだ。

そんな恐ろしい張り手を俺は食らうかもしれなかったのかと思うとゾッとした。


倒した猪を進が軽々と肩で担いで歩く姿を見て、相撲で勝てたのが小賢しい策を弄した奇跡の勝負だったと改めて認識した。

車まで戻ってくると荷台に猪を載せ、家に帰ることとなった。


来た時よりも少し時間がかかって家の前に着いたが、これは夜道の安全運転と増えた荷物のせいだろう。

「それじゃあ俺はこいつを猟友会の所まで運ぶから」

「ええ、それじゃあ。今日はお招きいただき、ありがとうございました。気を付けて帰って下さいね」

荷台の猪を指さしてそういう進に別れを告げ、家の中へと入っていく。


「ただいまー。今帰ったぞー」

酔って帰ってきた父親のように声を掛けて居間に向かうと、テーブルの上に置いた虫かごをニコニコしながら見ているトウとハナがいた。

「あ、おかえりー!見ろよ大角!今日航と一緒に採って来たんだ」

俺の存在に気付いたハナがテーブルの上の虫かごを俺の目の前に突き出してきた。

中を見てみると、それは見事な大きさのクワガタが入っていた。

10㎝はあるんじゃないかと思われるそれは、まだまだ元気なようで、覗き込む俺を威嚇するように鋏を打ち鳴らす様にしている。


「へぇー立派なクワガタじゃないか。やっぱり自然が多いと―…なんだよ?」

採ってきたクワガタを褒めていると、ハナが俺の体に顔を近づけて匂いを嗅ぎだした。

暫くクンカクンカしていると思ったら、目つきの鋭くなったハナが一歩下がり、俺を指さして大声を上げ始めた。

「大角!隠れ里に行ってなんでフライドチキンの匂いがするんだ!…さては、内緒で食ってきたんだろう!あたしなんか今日は魚だったのに!ずーるーいー!!」

腕を上下に振りながら駄々をこねるハナの姿に溜息しか出ない。


「向こうで夕飯に出してくれたんだよ。俺が頼んだわけじゃない」

一応言い訳しておくが納得するわけもなく、頬を膨らませたままで俺を睨むハナが機嫌を直すのにしばしの時間が必要だった。


トウが淹れてくれたお茶を飲みながら里でした瑞貴との話をハナ達に聞かせると、神妙な顔になっていた。

「あたしら若い世代はともかく、爺ちゃん婆ちゃんぐらいの時代ってやっぱり人間には関わるもんじゃないって感じだったみたいだよ。父ちゃん母ちゃんの世代から段々人間に対する認識が変わって来たらしいし、その話はちょっと考えさせられるね」

ハナの言葉にトウも頷いていることから、怪異側の考えはみんな同じなんだろうな。

現代の人間が怪異の類はもう信じていないのに、怪異の側にまだ人間を恐れている者達がいるのか。

皮肉なものだな。


人間同士がお互いを信じあえずに争いが起きるのに、怪異と理解し合える日は本当に来るのだろうか?

お互いを理解するためにはまず信じあうことだ。

信じあえば憎悪は生まれない。

でもそれが出来ないのが人間だ。


前からの疑問に少しの晴れ間が見えたと思ったら、また新しく疑問が増えてしまった。

この疑問に答えが出る日は来るのだろうか?

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