隠れ里
「さぁさぁ飲め飲め!久しぶりの客人だ!大いに騒ごうじゃないか!」
『おぉー!!』
茅葺屋根の並ぶ昔話に出てきそうな山村の中央広場に多くの人影が集まり、昼間から酒を飲んで大騒ぎをしている。
全員が何らかの妖怪の類であるのは明らかで、既に変化を解いて酔いに身を任せて歌い踊りのどんちゃん騒ぎがそこかしこで始められていた。
「遠野さん、あんたも遠慮せずにやってくれ」
そう言って進から徳利の先を向けられて慌てて猪口を差し出すとなみなみと酒を注がれた。
溢さないように気をつけながら少しだけ飲んでスペースを作る。
フルーティな感じがする軽い口当たりだが飲み込んだ時に鼻を抜ける香りが芳醇で、初めて飲む酒なのにどこか懐かしく思えた。
「っとと、ズズ…いいんですかね?俺みたいな人間が皆さんと一緒に飲んでて」
「構わんさ。あんたは俺が連れてきたんだ。文句は言わせん。それにここの連中には相撲の一件が知られてるから、遠野さんは一目置かれてるのさ」
そう言いながら酒を飲めるのが嬉しいといった表情を隠さずに、進は手酌で酒を注ぎ呷っていく。
酒と肴が広場に並べられている中に大勢の妖怪が騒ぐ中に人間が一人いる絵は、さながら昔話の一幕を見ているような不思議な感覚に襲われる。
人間の見た目に近い者から明らかに妖怪のそれと分かる見た目の者まで一緒になって騒いでいる姿は実に面白い。
なぜ俺がこんな状況に置かれているのかを説明するには少し時間を遡る必要がある。
あれは相撲勝負の翌日のことだった。
早朝に突然進が訪ねてきたのだ。
今日は少し寝坊してしまったが、朝から家事に動き出していた時にインターホンが鳴らされた。
来客の対応には俺かハナが出ることになっているのだが、恐らく航だろうと思っているため、真っ先にハナが駆けだして行って応対に出たのだった。
洗濯を終えていた俺はトウを手伝うついでに朝食一人分の追加を言いに行こうとした時、廊下の先からヒョコッと顔を出したハナに呼ばれて玄関に向かう。
「大角、航の父ちゃんがなんか話があるって」
「遠野さん、度々朝からすまない」
軽く頭を下げて昨日に続いて朝から訪ねてきたことの謝罪をされる。
「いえ、お気になさらず。それで、今日はどんな用ですか?」
「実は遠野さんを俺達の隠れ里に招待したくて来たんだ。仲間に昨夜のことを話したらぜひ酒の席をという流れになってしまって…。どうだろうか、そちらの都合がよければだが一緒に来てはくれないか?」
昨夜の強引な誘いとは打って変わり、慎重にこちらの都合を尋ねる進の様子は誰かに使い走りをさせられているように思える。
妖怪の隠れ里というのに興味はあるが、そういう所に人間が入り込んでも大丈夫なものだろうか?
「まあ俺は構いませんけど、そこって人間が入ってもいい所なんですか?普通は隠れ里って見つからないようにしてるもんでしょう。あと行くのは俺だけですか?」
「人間が招かれるのも昔は何度かあったらしいから大丈夫だ。今回は俺が案内するから行けるが、招かれていない者が辿り付けるようなところじゃない。呼ばれてるのは遠野さんだけだが、ハナさんなら同行するのに問題は無いから連れて行ける」
そう言われて居間にいたハナに一緒に行くか尋ねたが、今日は航と遊ぶつもりでいるようで断られた。
トウも同様で、家のことをやると言ったので俺一人が妖怪の里に乗り込むことになって少し腰が引けてしまう。
進は一度戻って車を持ってくると言っていたので、その間に朝食を済ませておく。
ハナは今日遊びに行くことに期待が膨らんでいるようで、ニコニコしながら食事をしているが、反対に俺はテンションが低い。
「なんだよ、大角ぅ。そんな不安がるなよ。大丈夫だって、妖怪が隠れ里に招くってことは丁重にもてなすって意味なんだからさ」
「…本当かよ?自分たちのホームで確実に殺すって意味にも取れないか?」
「ないない。隠れ里には弱い妖怪だっているんだよ。そいつらを危険にさらしてまで人間一人を殺すなんて割に合わないって」
なるほど、ハナの言うことも一理ある。
妖怪から見たら脆弱な人間をどうにかしようとするなら、わざわざ隠れ里に招くより適当な場所で襲う方がはるかに楽だしな。
そういう点では今回の招待は裏は無いということになるのか。
まあ進が俺をハメるとは思っていないが。
ちょうど食事が終わって寛いでいるところにインターホンが慣らされた。
「進さんが来たみたいだ。んじゃ行ってくる」
「あいよー。いってらっしゃーい」
『お気をつけて。』
ダレているハナの声とトウの言葉に見送られ、玄関を後にして進の運転する軽トラックの助手席に乗り込んだ。
車に揺られること10分ほどで着いた先はすっかり寂れた神社だった。
進の話によると、神主は常駐しておらず、村人が持ち回りで管理しているらしく、鳥居と社は古さはあるが傷んでいるところはしっかりと修繕がなされており、未だその威容を保っているように俺には見える。
「ここからは歩きになる。山に入る前にまずは神社で礼をしてもらうのがここの決まりでな」
そう言って社の前に立ち、軽く一礼してから鐘を鳴らし、賽銭箱にそっとお金を入れる。
二礼二拍手一礼と作法にのっとって参拝を終え、進が脇にどいて俺に頷いたのをみて、進のやり方に倣って俺もその通りにした。
「よし、それじゃあ行こう。…っと、その前にこれを食べておいてくれ」
そう言ってポケットから取り出した紙の包みを手渡されたので開けてみると、中にはレーズンのような物が一粒入っていた。
「これは?レーズンのようですけど」
「まあ似たようなものだが、ガンコウランという木の実を干したものだ」
口に入れてみると殆どレーズンと変わらない味だが、まずくは無いので普通に食べ終わる。
それを確認して大きく頷いてから進が先立って歩き始めた。
今参拝した社の左手に延びる山道を進の後に続いて行く。
俺たち以外人のいない山道を歩くと澄んだ空気と鳥の囀りが何とも心地いい。
きちんと手入れがされているようで、木々の間隔も充分にあるおかげで適度に森に差し込む光のおかげで鬱蒼とした雰囲気は無い。
しばらく歩いていると突然、辺りを霧が漂い始めた。
この山自体はそれほど標高があるわけではないし、昼近いこの時間に霧が発生するのは少し妙な感じがする。
歩いて行くとドンドンと霧が濃くなっていく。
にも拘らず、進は歩みを止めることなく前に行こうとしているので、声をかけることにした。
「進さん、霧が出て来た!一旦晴れるまで休みましょう!」
まだそれほど深く入っていないとはいえ、山の中で濃霧に遭うと遭難の恐れもある。
進がそれを知らない可能性も無いとは言えないために、少し声を大きくして呼びかける。
「大丈夫だ。もうじき里に着く。足元の道に印があるからそれを辿れば迷わない」
返ってきた進の声は意外と近くからだったので、そう離れていないことに安堵を覚え、その言葉に従って足元を見ると、確かに道の脇に等間隔に置かれている石に矢印のような物が刻まれており、それが点々と道の先へ続いている。
それを辿って行くと不意に何かの空気の幕を通り抜けたような感覚が全身に走り、一瞬足を止めたが特に異変は無いため気にせずに歩いて行く。
先程の感覚の後から徐々に霧が晴れてきて、先を歩いていたはずの進の姿が無いことに気付いた。
どこかではぐれたのだろうかと思ったが、足元の印を辿れば合流できるだろうと思い、歩いて行くと森の終わりにようやく着き、目の前には茅葺屋根の昔ながらの日本の風景といった趣の家々が現れた。
世界遺産に登録されてもおかしくないほどに、ここだけ時間の流れが止まっているかのような里の道を歩いて行くが、どういうわけか人っ子一人おらず、里の中心と思われる広場へと着いてしまった。
辺りを見回すがやはり誰もおらず、尋ねようにもその相手もいない今ではどうする事も出来ない。
途方に暮れていると、広場の隅に立っている木の梢が揺れる音が耳に届いた。
そちらに目を向けると、何かの影が飛び出してきたのに気付き、反射的に右膝の力を抜いて右前方に崩れるように倒れる力を利用した前転で距離を稼ぐ。
チラと目に入った限りではかなり小さな影で、弾丸のような速度で突っ込んできたことから、追撃を予想して身を起こすのと同時にチェーンを一気に伸ばしてあやとりの様に指先に絡ませて網目を作る。
この時、チェーンは財布につながったままだったのだが、緊急事態と判断したので外さずにそのまま伸ばした結果、財布とチェーンを繋いでいた留め具が弾け飛んだのが分かった。
商店街に帰ったら財布を買い換えなきゃならないか。
結構お気に入りだったのになぁ。
予想通りに追撃を仕掛けてきた影に鎖で編んだ投網を投げつける。
何かを投げつけられたと判断しての行動だろう。
影が咄嗟に身を捩るようにして飛び出していた軌道を変え、地面に急降下していくのを確認し、俺も鎖を引いて勢いを殺し、地面に勢いよく叩き付けるように操作をして着地した直後だった影を絡め取った。
「おっし、捕まえたぞ。さて、こいつは何だったんだ?」
もぞもぞと動いている網の下へと近付いて行き、正体を確かめると、そこにいたのはフェレットだった。
何とか網から抜け出そうとしているが、もがけばもがくほど網は絡まっていき、抜け出すことはもう不可能になりつつある。
茶色の毛並みに僅かに黒が混じっている見た目はイタチのそれだが、明らかに違う点が一つある。
それは手に鎌を持っていることだ。
この特徴に当てはまると言えばひとつしかいない。
「鎌鼬か。どれ、ルールールルルル」
「…アホか、キタキツネと違うんだぞ。俺はイタチだ」
「おわ!?びっくりした、喋れるのか…」
手懐けようと思い、動物を呼ぶ伝統的な方法を使ったのだが、鎌鼬から冷たい目と言葉が突き刺さり、驚いて一歩後ろに飛び下がってしまった。
「ぶわっはっはっはっはっは!言い出しっぺが捕まっちゃあ格好がつかねーなぁ、あぁ、俺達はこの里の者だ。そこで捕まってるのもな」
笑い声をあげながら木の陰から出てきたのは甚平姿のいかにも陶芸家といった風体の男だった。
50代に差し掛かったころと思われる白髪交じりの刈り上げられた短髪から後ろに延びるように飛び出して見える角から恐らく鬼人族だと思うが、特に俺を威圧することなく近付いてくるため、警戒することも無く待ち受ける。
「俺はこの里の青年団のまとめ役をしている相良大介と言う。見て分かると思うが鬼の一族だ。そっちの網に絡まってるのは鎌鼬の吉蔵、まあ里のマスコットみたいなもんだ」
「おいこら大介!誰がマスコットだ!お前なんで合わせねーんだよ!おかげで俺だけ捕まっちまったじゃねーか!」
「アホ言え、お前が先走ったんじゃねーか。合図は俺が出すって話だったろ。自業自得だ」
とりあえず襲い掛かられる心配はないようなので、鎖を回収して吉蔵を解放する。
留め金が破損して財布に繋げないので鎖はポケットに入れておく。
吉蔵は解放された途端、大介に飛び掛かっていくが、あっさりと捕まって悪態をつきながらもがいており、それを見て大介は爆笑している。
とりあえず説明が欲しいのだが、声を掛けられずにいると後ろから声を掛けられた。
「遠野さん、すまないな。あいつらがどうしてもというもんだから、仕掛けさせてもらったんだ」
進がこちらに歩いてきながら謝罪しているが、どうやらこの2人に強引に説得されてしまったようで、心底申し訳なさそうな顔をしていた。
「あぁ進さん、逸れたのかと思ってましたよ。まあそれはいいですけど、ちゃんと説明してもらえますよね?」
「もちろんだ。おい、2人とも、もうその辺にしておけ。遠野さんが困ってるぞ」
未だにわーわーやってた吉蔵と大介にそう声をかけると、じゃれ合うのを止めてこちらに顔を向けた。
「おーう。ほれ吉蔵、降りろよ」
「へんっ、進が止めてなきゃ今頃ボコボコだったぜ。運がよかったな、大介」
フェレットが地面に降り立って腕を組みながら強がる姿は逆に癒されるな。
それから広場の近くにある周りよりも一回り大きな茅葺屋根の集会所に案内され、改めて自己紹介をしあい、火の付いていない囲炉裏を囲みながらことの経緯を説明された。
進はこの辺りでも力自慢で有名なのだが、その上河童として相撲を取って負けたと聞いた2人が俺に興味を持ち出し、早速進に言ってここへと連れて来させて、相撲では知恵を絞って勝ったようだが、普通に襲われたらどうなのかと思った2人は進に一芝居打たせて俺一人を村の広場に誘き寄せた所でさっきの襲撃となったのだそうだ。
誤算だったのは俺を見て侮って先走った吉蔵があっさりと捕縛されたことだろう。
もちろん俺を害する気はなく、気絶させる程度で済ませるつもりだったが、まさかあんな道具を持っているとは思わず、馬鹿正直に正面から挑んだのが運の尽きだった。
「まあ俺は遠野さんがあんなものを持ってるとは知らなかったからな。こいつらが考え無しだっただけだ」
「うるせぇよ。まさかただの人間があんな強力な呪具を持ってるとは思わねーだろ。あん時も大介が裏切らなきゃよぉ」
まだ不貞腐れながらそう言う吉蔵は大介をポコポコと殴っているが、小動物のパンチなど痛くもない大介はそれを受けながら笑っている。
この絵は和むなぁ。
「この里の他の住民はどこに?まさかあの企みのために全員に協力してもらったんですか?」
「そんなわけないだろ。みんなお前さんが来るってんで宴の準備をしてるんだ」
大介からそう言って否定されるが、そもそも宴があるとは聞いていないのだが。
聞くと俺が来ることは先立って進から伝えられていたのだが、昼過ぎに着くとしか言っていなかったため、今頃は準備のために蔵から食料や酒を運び出している最中らしい。
ちゃんとその辺のタイミングを計って山道を案内してきたのだそうだ。
一度俺を撒いて里に行って住人の不在を確認するのと、2人に到着を知らせるのも行っていたと言う。
「ちょっ、俺一回撒かれてるんですか!?それってもし逸れたらここまで来れなかったかもしれないってことですよね?」
山道を歩いているとき、恐らく足元の矢印を辿っている時だと思うが、その時に撒かれていたということは、もしあの時矢印を見失っていたら本格的な遭難をしていたかもしれないということか。
「いやそれは無い。仮に道を見失ってたとしても、遠回りすることになるが必ずここに辿り着けるようになっている。ここはそういう場所なんだ」
首を振って否定した進にその理由を尋ねてみた。
この隠れ里は普通の人が迷い込まないように、招かれていない者が里に近付くと霧に包まれ、山の麓に戻されるような結界が張られているのだそうだ。
仮に招待された者が山を彷徨っている場合は自然と里までの道へ誘導されるという。
「招かれてるかどうかってどうやって判定してるんです?まさか一人一人招待状を持ってるわけでもないでしょう?」
「ここに来る前にガンコウランを食べただろう?あれはここで作られたものでな。ここの物を食べることと社への礼拝で招かれるという手順が踏まれていたんだ」
ほー面白いな。
確かにそれならセキュリティは充分だろうな。
村の食べ物を持った者が里の外に出て、招待客の案内を務めるというのも本来は必要ないのだろう。
話が一旦落ち着いたところで外から聞こえてきた喧騒に気付く。
どうやら宴会の準備をしてた住民が戻ってきたところの様だ。
「よーし、そんじゃあ話も終わったし「いやまだ終わってねーよ」細けぇーことはいーんだよ。広場に行こうぜ。宴の準備が出来たみてーだし。ほらほら」
酒が飲めることが目当てだろうと思われる大介の言葉に進の突っ込みが入るが、気にすることなくその場の全員が広場に押し出されてしまった。
広場では確かに宴会の準備が出来ていて、大量の酒樽に溢れんばかりに料理の載せられた皿が一面に広がっていた。
集会所から出てきた俺達の姿に気付いた住民の目が集まった所で、大介が宴会の開始を宣言する。
「皆、ここにいるのが昨日進に相撲で勝った人間だ。名前は遠野大角。少し話したが中々骨のある奴だ。今日はこいつの歓迎の宴だ。ジャンジャン飲もうぜ!」
オオオオオォォっ!!
宣言がされた途端に酒樽の方にすっ飛んでいった大介と里の男共による酒盛りが始まると、広場の喧騒も徐々に広がり始め、あっという間に祭りの様相を成していった。
そんな感じで始まった宴会だが、妖怪の中でも酒に弱いものと強いものにグループで分かれ始め、大介なんかは酒の強いグループに交じって浴びるように飲んでいる。
既に3時間は経過しているのではないかと思っていると、俺の隣にいた進から声を掛けられた。
「遠野さん、大分酒の酌も落ち着いたころだろうし、長に合わせよう」
「長?この中にいるんですか?」
広場はもう人がゴチャゴチャしていて誰が誰だか見分けるのも大変そうだ。
この中から長を探すのも骨が折れるだろう。
「いや、長はここにはいない。里の奥にある社にいるんだ」
そう言って立ち上がる進に続いて俺も立ち上がるが、意外と酒が入っていたらしく、少し足がフラついてしまった。
広場を離れ、家々の間を抜けて着いた先は、ここに来る前に参拝した神社とうり二つの建物だった。
ただ、こちらの方はかなり綺麗で、傷みや補修の後も無い真っ新な社のままといった感じがする。
鳥居をくぐり、本殿へと真っ直ぐ進み、扉を開けるとその場に跪いた進が丁寧な言葉で声を上げた。
「長、客人をお連れしました」
『…その者をここへ。』
板張りの本殿内部は思いの外広く、奥行きは10メートルはありそうだ。
その先にある御簾が降りている所にいると思われる長から声を掛けられるが、意外なことに若い女性の声だった。
里の長と言うくらいだから相応に歳を重ねていると思ったが、どうやら違うようだ。
進はその場に留まるようで、目だけで俺を先に促すのに従い、前に進んで長の前まで行くと、御簾の向こうに薄らと人影があるのだが、座っているのを加味してもそうとう小柄な様に思える。
『いつまで立って居る。座るがよい。』
「あ、はい」
そう言われては立っているわけにもいかず、硬い板張りの床の上に正座するのに合わせて、後ろで戸の閉まる音が聞こえた。
振り返ると進の姿も無く、本殿には俺と長の2人だけが残される形となった。
何の音も立たない空間に取り残された俺が居心地悪く思っていると、簾の向こうの影がゆらりと動いたかと思うと、目の前に垂れていた簾が突然持ち上がり、中の様子が目に飛び込んできた。
そこにいたのは巫女服姿の若い女性だったのだが、むしろ幼いと言っていいぐらいの容姿で小学校高学年になりたてのような見た目だが、特に目を引くのがおかっぱ髪の色が真っ白いところだろう。
こちらを見ている目はルビーの様に赤く、どこか幻想的な、そして神秘的にも感じた。
「すまんな、待たせた。これでもやることが多い身でのぅ」
やはり里の長、それもそれなりの数の妖怪を束ねる立ち場ともなると色々と仕事も多いのだろう。
「中々リ○レウスが紅玉を落とさんのじゃ。もう2時間はやっとるんじゃが、さっぱりだわい」
確かに紅玉のドロップは非常にレアだからな。…んん?
「…あの、何の話をしてるんでしょうか?」
「何って…モ○ハンに決まっておろう。まさかお主、モンハ○を知らんのか!?かぁーっ!勿体ない、実に勿体ないぞ!」
○ンハンぐらい知っとるわ。
さっきまで感じていた厳かで神聖なものは一気に失せ、妙に俗っぽくなってしまった長にどういうリアクションをしたらいいのかわからなくなってしまった。
「モン○ンはいいぞぉ。己の力で獲物を刈り、装備を作ってさらに強い相手に挑む。妖怪の生き様そのものではないか。こうやって力をためて、いずれは頂点に至る日が来るであろう」
いやそれゲームの話だろ。
「だというのに里の連中は全くやろうとはせず、おかげで私は一人で戦い続ける羽目になってしもうた。…嘆かわしや…」
そう言って遠くを見る長の目は愁いを帯びているが、そもそも普通の大人はゲームよりもやることがあるのだから仕方ない事ではないか。
ちらりと長のいた場所が目についたが、そこにあったのはゲーム機とタブレットが置かれ、ケーブルがごちゃごちゃと床を這っている空間だった。
空になった炭酸飲料のペットボトルが散らばっているのも相まって、ダメな人間がいる空間を思い起こさせる。
「うわ…長っていうよりニー○じゃん…」
「だっ誰がニ○トじゃ!私はしっかり働いておるわ!こうして座ってるだけでお仕事になるんじゃから○ートではない!」
そんな楽な仕事があるかよ。
なんだよ、どんな偉い人かと思って緊張してたけど、これを見たらもう敬意をもって接することは出来ないな。
内心そう思っていると、目の前にずいっと携帯ゲーム機を突き出される。
「お主が外からの客人であろう?ならばゲームぐらいは出来るじゃろう。付き合え。私のサブ機を貸してやろう。安心せい、ハンターランクは同じにしてある。ふっふーん」
ドヤ顔でそう言われてもいまいち安心する要素が伝わってこない。
「まあ一応モンハ○ぐらいはやったことはありますけど、あんまり期待しないで貰いたいですね」
「構わん。いやー、久しぶりに顔を突き合わせて協力プレイが出来るのぅ」
嬉しそうに笑顔でそう言ってゲームの準備に入る長の姿に、ホッコリとしたものを感じ、暫く付き合うのも悪くないかと思った。
 




