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妖し乃商店街  作者: ものまねの実
13/21

下町ロボット

突然リングの周りの明かりが消えたわけだが、スタジアム自体の明かりは消えておらず、どうやらリングを中心に電子機器の故障が起きたようだ。

「大角、タブレットがいきなり消えてからウンともスンともいわん」

「携帯もダメだ。腕時計は生きてるが、これは自動巻きだからだろうな。となれば原因は一つだな」

お互いに顔を見合わせながら頷き合う。

源八の顔には若干苦み走った色が混じっている。

リング上の光が消えたせいで観客が上げるざわめきも徐々に大きくなっていき、大会運営側も原因の特定に動いているようだ。


この極々限定的な停電と言える現象だが俺達には覚えがある。

以前源八の改造した電子レンジが引き起こしたEMP事件で一度見た特徴によく似ていた。

電子回路を故障させる強力な電磁波によって精密な電子機器は軒並み沈黙し、アナログな機構の物であれば無事なのが特徴的だ。

現に自動巻きタイプの腕時計は普通に動けている。


大会運営側も緊急の措置として、俺達の入場の際に使ったスポットライトをリング状に当てることで即席の明かりに使うつもりのようだ。

4か所から発生した明かりに照らされたリングの上では槍を持っているトウとその眼前で拳を突き出して当てる寸前で止まっているメチェーリの姿があった。


サーシャはメチェーリを動かそうとコントローラを弄っているが、ピクリともせず焦りだしてきている。

俺達もトウに対する指示を出せるタブレットが壊れているが、元々操縦していなかったため、全く問題は無いのだが、トウが動かないでいるのが気になる。

まさか、鎧を被せているロボットの素体の方に何かあって動けなくなっているのだろうか。


そう思っていると源八が俺を肘で小突きながら話しかけてきた。

「大角、あれ見ろ。テグンがまだ動いてる。しかも、朴は全く慌てとらん」

見ると、確かにテグンはまだ動けているようで、残っている足で何とか立ち上がろうとしているようで、その向こうではリングサイドで余裕の笑みを浮かべている朴がいる。

このことから一つの結論に至る。

「あいつがこの惨状の原因か…。いや、けどテグンは動いてるな。なんでだ?」

「電磁波の影響を受けにくい改造を施してあるんじゃろ。重要部位に金属箔を貼るとかな」

そうなると、最初からEMP攻撃を使うつもりで機体を組んできたというわけか。


現に今、このステージで動けるロボットはテグンだけだ。

テグンは腕と2本の脚を使って何とか立ち上がり、トウたちの方へと少しづつ近付いてきている。

メチェーリが動けないことに焦り、少しずつ近寄るテグンに何とか対抗しようとサーシャがコントローラを弄る速度が上がっているが、その様子に嗜虐心をそそられたのか朴の笑みがより深いものに変わり、テグンは遂にトウと組み合って止まっているメチェーリの左手すぐ傍に辿り着いた。


「あーあ、下品な笑い声上げちゃって。つーか、トウは何で動かないんだ?あいつ電磁波でダメージでも受けてんのか?」

「…もしかして、あいつメチェーリが動いてないから自分もロボットとして動けない風に装うつもりなんじゃないか…?ほれ、大会前に大角が言ってたなるべくロボットらしく振舞えと言ったヤツ」

先程からピクリとも動いていないトウに少し心配になってきてそう口にしたが、源八の言葉に納得がいった。


そういえば大会前の参加資格の判定の時に、ロボットらしからぬ動きを見て興奮した判定員の反応に多少の危惧を覚え、トウに少し助言をしたなと今になり思いだした。

「確かに言ったけど、今それを守ってやられるかもしれないんだぞ。そんなの律儀に守ってられる場面か?」

「それがトウなんじゃよ」

トウの素直な性格を考えるとそれも納得か。

なんやかんや騒動を起こしている源八だが、伊達に年は食っていないということか。

たまにこういう含蓄のあることを言う。


とはいえマイクとLEDが使えなくなってこちらから指示を出せないので、仕方なくリング上へと直接声をかけることにする。

「トウ!助言は忘れろ!もういいからやっちまえ!」

動かなくなってるはずのロボットに声をかけるという俺の行動に他の二人からおかしなものを見る目を向けられたが、リング上で起こった動きに一気にそちらに意識が集められた。


今まで微塵も動かなかったトウが槍から手を放して、傍に立っていたテグンの左腕を掴みその場に引き倒した。

よもやトウが動けるとは思っていなかった朴はなにか叫んで驚いており、血走った眼でコントローラーをいじりまくっていた。

「今のは多分そんな馬鹿なって言ったっぽいな。あんなにコントローラーいじってもあの状態のロボットじゃ続行は無理なんじゃないか?」

「大方もう一回EMPを使おうとしておるんじゃろ。そう何回も使えるとは思えんが」

実際そうなんだろうとは思うが、EMPが発生することは無いようで、もし発動したとしてもトウには全く意味がないので、無駄なことをしているなぁとしか思えず、冷ややかな目で見てしまう。


そうしているうちにトウに引きずられるようにしてリングの外に放り出されたテグンは敗北が決まり、メチェーリはそもそもEMP攻撃で動けないので、リング上に上がった審判の判定によって決着はついた。


『決着っ!RB-1グランプリ初代優勝は田中電器店所属、トウに決定だーっ!!』

観客からすると突然の停電で戸惑っている間に、あっという間に試合が決まってしまい何が何だかといった感じだったが、司会による決着の宣言がされると徐々に歓声が起こり始め、遂には巨大なうねりとなってトウの勝利のシュプレヒコールに会場が染まった。


試合が終わって一安心して、ドッと疲れが出てきた。

思ったよりも緊張していたようで、自分自身では平静だったつもりだが、意外とストレスを感じていたようだ。

「トウ、お疲れさん。優勝おめでとう」

「よくやってくれたトウ!ありがとう!ありがとうよぉ!」

リングを降りてくるトウに近付き、源八と一緒になって労いの言葉をかける。

源八は優勝出来たことがとにかくうれしいようで、トウに抱き着いて頬ずりをしているくらいだ。

トウの表情はわからないが、なんとなく嫌がっているようには感じないのでそのままにしておいた。

優勝の事実を噛み締めながら控室へと戻っていく。

この後は表彰式があるので、その準備が整うまでは少し時間がある。

まずは一息つくぐらいは出来そうだ。


ところが表彰式の前に一休みとはいかず、色んな所から面会の話が飛び込んできた。

大体は情報誌や新聞の取材だったのだが、中には企業や大学からの合同研究の申し出などもあって、取材は簡単なもので済んだが勧誘の方は中々しつこく、断るのに苦労した。


商店街の小さな電器店から参戦した誰も知らない機体が、圧倒的な性能を見せつけ優勝を決めたのだ。

その技術を自分たちの手元に取り込みたいと思う所は山ほどあるだろう。

結構しつこく迫ってきたのが一社だけおり、何度か断ると今度はトウを研究資料として売ってほしいと言われた。


正直解析できるとは思えないが、そもそも俺達の仲間を金で売ることはありえないのでこれも普通に断ったが、あまりにもそんな話が多いので、今後の対応をどうしようかと今から頭が痛くて仕方ない。






表彰式は恙なく進み、剣持雅弘自らの手から表彰台に立っているトウへとトロフィーと賞金の授与が行われ、喝采の中で大会は幕を下ろした。

ちなみに2位はロシアのメチェーリ、3位はハイデマリーと日本のとある企業と大学の合同チームのロボットにそれぞれ決まった。

ここにテグンが入らないのは大会側の調査でロボットに積まれていたEMP発生装置が問題になったからだ。


装置自体の搭載には問題なかったのだが、この装置が実は朴が自分の会社から勝手に持ち出したもので、本国で盗難届が出ていたのだ。

大会からの問い合わせで犯罪行為が発覚してテグンは失格扱いとなり、繰り上げで棄権・敗退チームの中で現在稼働可能な状態を維持している2チームが3位となった。


2位と3位に与えられる盾の授与とは違い、トウにトロフィーを送る時だけなぜか剣持が険しい顔を浮かべていたのが気になった。

まさかトウの正体がばれていることは無いとは思うが、EMP攻撃の中でも普通に動けたロボットというのが不審に見られているのだろうと思う。

若干の不安と緊張の表彰式を何事も無く終え、特に持ち込んだ機材も大したものではなかった俺達は早々に撤収作業も済んだため、スタジアムの入り口で待ち合わせた佳乃たちと合流すべく出口へと向かった。


「大角、あそこだ。紅葉ちゃんが手を振っとる」

何やら出口のガラス越しに動いている人影が見える。

源八が指さした先では俺達を既に見つけていた紅葉が手を振ってアピールしていた。

近付いていくと立っている紅葉とその横にあるベンチに腰掛けて焼きそばを啜っているハナと、かき氷を食べている圭奈がいた。


「源八さんに大角さん、それに、トウくん?でいいのかしら、お疲れ様でした。優勝おめでとうございます」

既にトウの存在については誰かから聞いているようで、一個の存在として接してくる紅葉に、台車の上で正座していたトウも少し顔を起こして会釈をしていた。


「ありがとう。紅葉さんもこいつらのお守大変だったろう」

主に面倒を起こすのはハナだが、圭奈がそこに加わると一気に大騒ぎになるから紅葉一人に任せたのは心配だったが、特に疲れた様子が無いから杞憂に終わったか。


「お守ってなんだよ。あたしらは応援に来たんだぞ。もっとありがたがって―」

「ちょっとハナは黙ってなさい。それより大角、佳乃さんなんだけど」

話を遮られたハナは圭奈にギャーギャーと文句を言っているが、それよりも圭奈が言ったことの方が気になる。

「なんだ、佳乃さんがどうかしたか?」

「さっき大会関係者だって人が来て一緒に行っちゃったのよ。すぐ戻るからって待ってるんだけど、何か聞いてる?」

全く初耳なことに首をかしげるが、一応源八の方を見て事情を知らないかと目で尋ねてみるが首を振るだけで全く心当たりはないようだ。


俺達ではなく佳乃に話があるというのは少しおかしいとは思うが、他にどうする事も出来ず、ただ佳乃の帰りを待つだけしかできなかった。








――――




スタジアム内にある会議室のような場所で今、一組の男女が向かい合ってソファーに座っている。

女性の方は白井佳乃、今日の大会に参加した知り合いの応援に訪れただけで、それ以外に目的があってここに来たわけではない。

彼女がこの部屋にいる理由は対面に腰かけている男性にある。


男性の名前は剣持雅弘と言い、日本有数の大企業である木崎重工の特殊技術開発部部長であるとともにRB-1グランプリの総責任者でもあるため、このような場所の用意も出来たのである。


現在室内にはこの2人のほか、剣持の後ろに2人程スーツ姿の男性と女性の計2人が警護のように立っているが、特に険悪な空気というわけではない。

まず話しかけたのは佳乃からだった。


「久しぶりねぇ、剣持君。最後に会ってから10年ぶりぐらいかしら?テレビ見てビックリしちゃったわよ。随分出世したのね」

話しぶりからかなりの親密さがうかがえるが、対する剣持は苦笑を浮かべて参っているような雰囲気だ。

「ええ、それぐらいになりますかね。出世と言っても私は年相応の地位につけただけですよ。佳乃さんはお変わりありませんね。羨ましい位だ」

互いに再会を喜んでいるように笑いあっているのだが、不意に剣持が真剣な顔になったのを見て、佳乃も笑みを引っ込めて佇まいを正した。


「昔話に花を咲かせるのも悪くないのだけど、そろそろ本題に入りましょうか。わざわざこんな部屋を用意してまでする話ってなにかしら?」

場の空気がピンと張り詰めたのを感じて、剣持の後ろにいた2人もわずかに緊張で体を一瞬だけ震わせるが、特に気にした様子もなく2人は話を続けた。

「単刀直入に申し上げます。今日の大会、優勝したトウという機体に関してですが、あれはどいうつもりですか」

相変わらず硬い表情と声でそう佳乃に詰問するが、された本人は首を傾げて問いの真意を測りかねているようだ。


「どういうつもり、ってなにがかしら?確かに同じ商店街の仲間同士で応援に来たけど、他意は無いわよ?」

室内の大半から疑念の目で見られながらもそう言ってのける佳乃の胆の太さは中々の物だと言えるだろう。

佳乃本人は単純に質問の意図を知りたがっているだけなのだが、そうは取られない程度に相手の神経を逆撫でているとは気付いていない。


そんな佳乃の態度に噛みついたのは警護役に立っていた男性の方だった。

「惚けないでいただきたい!そちらの出場機体には怪異の反応があったのを確認している!軽々しく人前に出てくるのがどれだけ危険かわかっているはずだ!」

一歩前に出ながら張り上げる男の声にピクリと眉を跳ね上げる程度の反応をした佳乃は、剣持に視線で尋ねると、溜息を吐きながら剣持が応えた。

「彼らは怪異側の者ですので大丈夫です。彼は今少し頭に血が上っていますので、無礼な態度にはご容赦を」

そう言って軽く頭を下げる剣持の態度に、怒鳴った男が自分のした行動を恥じて小さくうめいてからこちらも頭を下げた。


「ですが、彼の反応もわからないわけでもないでしょう?怪異の存在を知るにはまだ世の中は人間以外に寛容ではないんです。その存在を知られることは避けなければならないというのが我々の共通認識だったはず」

その言葉に感じる物があるのか、佳乃は僅かに目を伏せて悲しみの滲んだ表情が一瞬だけ浮かび、それから顎先に指を添えて少し考え込むような仕草を見せた。


「そうねぇ、どこから説明したらいいのかしら。まずはトウ君の正体から話した方がよさそうね」

そう言って話したのは大角と磯部衛から聞き出したトウが大角の所に来た経緯から始まり、源八の話が途中で入って今に至る所までが語られた。


終始腕を組みながら険しい顔をして聞いていた剣持だが、話が終わってもまだ反応を示さないため、テーブルの上に用意されていたお茶を飲みながら待つ佳乃の動作が生み出す音だけが室内に響いていた。

「…なるほど、そういうことでしたか。であれば今回の優勝に問題が全くないとは言いませんが、こちらから言いがかりじみた物言いは出来ませんね。なにせ判定員が認めれば参加はどんな機体でも可能と宣言してしまっていますから」

「ですが部長っ、それでは―」

今度は女性の方が剣持に詰め寄るが、片手を上げてそれを制されてすごすごと元の場所へと戻っていった。

佳乃の方を睨むというお土産を残してからだったが。


「それじゃあ話は終わりにしてもよろしい?あまり長居も出来なくてごめんなさいね。友人を待たせてあるの」

「例の商店街の、ですか?彼らにも後でお詫びの―っよせっ!」

そう言って立ち上がった佳乃にちょっと脅しを掛けようとしたのか、剣持の後ろに立っていた男性が一瞬で佳乃の背後に回り込み、首目掛けて手刀が迫る。


それは人の範疇を超えた動きで、やった本人はもちろん寸止めで済ませるだけのつもりだった。

本気になればいつでもやれる、あまり勝手に振る舞うなとの意図を込めた軽い脅し。

だが、それは失敗に終わる。

男の目の前に確かに立っていた佳乃が煙が晴れるように姿を消したのだ。


佳乃の首を目掛けていた手刀は突然その目標を失い宙に浮いたままになる。

何が起きたのか理解できずにいる男だったが不意に強烈な力によって体勢が崩され、床に万力に締められているかのような力で押さえ付けられてしまった。

この時点でこれをやった人物に気付き、首だけを動かして相手を探し当てた。

「貴様っ、その足をどけろ!」


佳乃が男の背中を足で地面に押し付けているため、何とか跳ね除けようとするのだがビクともせず、止むを得ず本来の姿を晒すことにした。

男が歯を食いしばる様にして全身に力を入れ始めた瞬間、肌の色が赤銅色に変わり、額の左右から2本の赤黒い角がゆっくりと生えるように突き出てきた。

徐々に体の筋肉も盛り上がり始め、着ていたスーツも破れ始めて原型を留めていない。


「あらあら、あなた鬼の一族だったの。奇遇ねぇ、私もなのよ・・・・・

そういった瞬間、佳乃の髪の毛が真っ白に変わり、額の真ん中と米神からそれぞれ真っ白な角が計3本とび出してきた。

「貴様も鬼!?しかも三つ角っ…ひっ!」

ニタリと笑みを浮かべて右手を高く上げた佳乃に恐怖を覚え、先ほどの威勢が完全に失せた男はみっともなく震えはじめた。

先程されたことの意趣返しだろか、手刀の形にされた佳乃の右手が男の首元目掛けて振り下ろされた。


ゴゥンと鉄骨の衝突音のような轟音が響いた室内には、佳乃が振り下ろした右手を両手を交差させた剣持が受け止めていた。

僅かに足元の床が沈んでいるのが衝突の威力を物語っている。

彼も姿は鬼のそれに代わっており、角の数は2本だったが足元に転がる男のものより長く太く捩れている様はより強力な個体である証だ。

「ぐぅっ!…佳乃さん、それくらいにしてもらえませんか。ウチの者が無礼を働いたのは謝罪しますが、何もそこまでやらなくてもよろしいでしょう」

そういうが涼しい顔の佳乃とは対照的に、剣持は額に汗が浮かんでおり力の差は歴然としていた。

受け止めるので精いっぱいといった風で、このまま押し切られるのも時間の問題かと思われた。


「もぅ、剣持君も成長したのね。私のビンタを止められるようになったなんて、時の流れは速いわねぇ」

あっさりと手から力を抜いて人間の姿に戻った佳乃は溜息を吐きながらそう言って部屋を出ていこうとする。

「あれがビンタですか…食らったら首が捻じり飛びますよ」

剣持も人間の姿に戻りそう言っているが、腕がプルプルと小刻みに震えていることからまだダメージは抜けきっていないようだ。


「いきなり後ろから来られてびっくりしちゃった。あ、本当にそろそろ行くわね。その人にも謝っておいてもらえるかしら?その内一緒にお酒でも飲みましょう、剣持君」

ヒラヒラと片手を振って部屋を出ていく佳乃を見送り、ようやく緊張から解放されて安堵のため息が漏れた。


「申し訳ありません、部長。つい軽い脅しのつもりで…」

こちらも人の姿に戻り、さっきまでの巨体とは一変して縮こまって平謝りしており、スーツが既にボロボロになっているのも合わさって、より悲壮感が漂っている。

「もういい、それよりも服を着替えた方がいいな。北村、なにか着るものを調達してきてくれ」

剣持からの指示を受けて早速動き出した北村と呼ばれた女性が部屋から出ていくと、残された男は剣持に疑問を投げかける。


「部長、あの女は何者ですか?自分がやられたのはまだ納得いっても部長があそこまで抑え込まれるほどの存在って…」

その瞬間を思い出して改めて恐怖に襲われてブルリと身を震わせる。

「彼女も同じ鬼の一族だが、何というか…純度、みたいなものが違う。俺達はそもそも比較的最近に発生した鬼の血脈だろう?だが―」

そこまで言って剣持はまるで体の内にこびりついた恐怖心を吐き出すように深い溜息を吐いてから、腹筋に力を入れるようにして息を吸い、口を開いた。


「彼女の祖先は鬼神太夫だ」



鬼神太夫とはその昔、今の青森県の辺りにいた剛力で知られた鬼で、人の助けを行い決して争うことなく共存したと言われており、一説では龍であったとも伝わっている。

有名な話では十腰内の鬼伝説と言われるものがあるのだが、当時の東北地方というのはとにかく鬼や妖怪の跋扈する地であり、同時に人が共存していた地でもあった。


多くの人の生活を助け、信仰を集めた結果、神仏の域にまで崇められた鬼の力はその子孫にあっても決して弱まることは無く、現代の力の弱まった怪異の中ではまさに天に等しいと言えるだろう。


そもそも鬼の力というのは角の数で大まかに分けられる。

通常の鬼は2本の角を持つのだが、強力な個体は1本であることが多く、さらに希少性という点では3本角は非常に稀なものだ。

神秘性で力を増す妖怪という存在に置いて、この角の数というのは非常に強力な力の象徴として重要視されている。

そのため佳乃の角を見て恐慌状態に陥った男の反応もおかしなものではない。


そんな佳乃に愚かにも襲い掛かって生きている奇跡に、男は改めて剣持へと感謝を捧げることとなった。











――――


佳乃と合流してから早速今日の打ち上げとしていつもの居酒屋に行こうとなったのだが、生憎と今日は定休日で仕方なく俺の家で飲むことになってしまった。

参加者は俺とハナと圭奈と源八に今日の主役のトウだ。


佳乃は今日は疲れたからと言って先に帰ってしまったが、あの人は飲むと際限が無いもんだから、店の酒が無くならないで済んだため、言っては悪いがホっとした。


まずはトウの活躍と優勝を祝って乾杯から始まり、試合の話からトウ以外の機体の解説を交えた話まで、深夜まで賑やかに飲みの席は続いてしまった。

酔いの浅いうちから退散を決めた圭奈と源八は既に家に帰ったのだが、トウの優勝を誰よりも喜んだハナはめでたさに酒が進み、今は部屋の隅で寝入ってしまっている。

今トウが隣の部屋から持ってきた毛布を掛けてるので風邪をひく心配はないだろう。


気持ちよさそうに眠っているのを起こすのも可哀想だと思い、今日はウチに泊まらせることに決め、ハナの家に連絡を入れることにする。

まだ嫁入り前の娘を独身の男の所に泊めるのはあまりよろしくないのだが、同じ商店街の付き合いのある者同士、一応の信頼は得ているつもりなので後ろめいこともなく、ありのままに話す。


「―てわけでして、今日はこのまま寝かせておいて、明日の朝に帰らせますので」

電話の向こうではハナの父親の元樹げんきが出たのでそのまま話をした。

『おう、わかった。…大角、お前がハナに手を出すなら明日は遅くなっても構わんぞ?俺はお前にならお義父さんって呼ばれてもいいって思ってんだ。』

この人はことあるごとにこうやって俺とハナをネタにしてイジる癖があるので困る。

ハナにはもっと歳も近くていい相手がいるはずだと思うのだが。


「またアホなこと言って…。ハナに聞かれたら怒られますよ。前みたいに太腿を噛まれて松葉杖を突きたいんですか?あいつ、そういう冗談嫌いなんですから」

前も俺とハナが一緒に話をしているところにそんなことを言った元樹はハナに太腿を噛まれて、1カ月の間歩くのに不自由をしていたのを見たことがある。

またそんな生活をしたいのかと呆れた口調で注意をするが、返ってきたのは元樹の深い溜息だった。

『ハァァ、…いいか、そもそもハナはお前のこと『ちょっとダメよあなた。』―あちょ、母さん何をす―』

電話の向こうでハナの母親の香苗かなえが割り込んできて元樹に何やら話をしているのだが、生憎内容までは聞き取れない。


改めてかけ直した方がいいかと思い始めた時、香苗が電話に出た。

『ごめんごめん。ウチの人ったらすっかり酔っちゃってて。あ、ハナのことはお願いね。明日少し遅くてもいいって大角君から伝えてくれる?』

なぜか早口でそう伝えてくる香苗に少し気圧されて返事が遅れてしまう。

「へ?あぁええ伝えておきます。じゃあ元樹さんに飲みすぎに気を付けてと言っておいてください。失礼します」

なんだか少しおかしな感じだったが要件は伝えれたのでそのまま電話を切る。


電話を終えて居間に戻ると、すっかり熟睡しているハナとそれを見守っているトウの姿があった。

「トウ、あとは寝るだけだからもういいぞ」

その言葉にトウが頷きを返して床の間へと入っていった。

鎧の付喪神であるトウには睡眠は必ずしも必要なものではなく、眠るのは娯楽の一環なのだそうだ。


敷布団はハナに使われているので俺自身はソファーに横になる。

なんやかんやで結構長い事経った気がする。一週間ぐらい。

目を閉じるだけで今日の事が思い出されて、自然と笑みがこぼれてしまいいつの間にか眠ってしまった。





翌日は朝から何故か不機嫌なハナを送り出してから、源八の家に向かう。

今日源八が病院へ行く。

それを見送ってやるのが一緒のチームだった俺の役目だろう。


田中電器店の前では源八と、田中電器店のロゴの付いたエプロンを付けた40代ほどのふくよかな女性が立っている。

源八の娘の麻里まりだ。

こちらに気付いた麻里が声をかけてきた。


「あら、大角君おはよう。それにトウくんね。父さんから聞いてるわよ。わざわざ見送りに来てくれたんだ?」

「おはようございます麻里さん。源八の爺さんが病院へ行くと聞いていたので。せめて最後ぐらいはと思って」

少し暗い気持ちに語尾が小さくなってしまい、それにつられてトウも落ち込んだ風に下を向いてしまった。

それを見て源八がビクリと体を震わせるのを見て、やっぱり見送られるのが辛いのだろうと思う。


「大袈裟ねー、たかだか痔の手術よ?余命いくらってわけでもないんだから」

「ええ、痔の手術なら余命も…え、痔?」

麻里の口から出た言葉に一瞬呆けてしまったが、源八の方を見てみると、ダラダラと汗をかきながら吹けもしない口笛を吹きながら明後日の方を見ている。

「…おい爺さん、どういことだ。容態がかなり悪いから入院するって聞いたから大会に出るのに協力したんだぞ。それが痔ってなんだよ」

「はて、なんのことかのぅ。わしは嘘はついとらんし、大角が勝手に勘違いしただけじゃないのか?」

思い返してみると確かに嘘は言ってないし、ニュアンスだけを汲み取って判断した俺の勘違いというのもその通りかもしれない。

けど、あんな言い方をされたら本当に重病だと思うのも当然だろう。


結局麻里に詳しく話すと源八の悪ふざけが過ぎると判断され、しっかりとお説教を受けていた。

「父さんはもう年なんだし悪ふざけが冗談で済まない時だってあるのよ。大体―」

「のう麻里、もういいじゃろ。か弱い老人の茶目っ気「あ゛?」…いえ、何でもありません…」

反省しているように見えてどうにかこの窮地を抜け出そうと目論んでいた源八の魂胆など娘の目から見たらバレバレなわけで、説教はまだ続きそうだったので、俺の方から助け舟を出してやる。


「麻里さん、そろそろその辺で。爺さんも病院に行かないといけないんだろ?」

「お、おお!そうじゃな!とっとと入院しに行こう!ほれほれ、急げ急げ!」

入院をこれほど喜ぶ老人というのも珍しい。

助け舟に乗り込んでこの場を去ろうとする源八に流石に説教もこれ以上はしようとする気も起こらないようで、麻里は溜息を吐いて源八を車に乗せて出発の準備をする。


「んじゃしっかりと治して来いよ」

「おう、2人とも見送りすまんな。1週間ほどで帰れるからそれまで達者でな」

それだけを言い残して車は去っていった。

まさか大会参加の動機が痔の手術前の心残りだったとは思いもしなかったため、なんだかモヤモヤとした気持ちが沸きあがってくる。


「トウ、帰るか。今日は店も休みだし、ユックリしようぜ」

そう言って歩き出す俺の横に並ぶトウの姿にすっかり慣れたもので、もはやこの光景は当たり前になりつつある。

再び戻ってきた日常を噛み締めながら家に戻っていった。

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