決勝は三つ巴
決勝戦の入場は3チームが一緒の入場口から現れる様式にしたらしく、3チームが一同にスタジアムへと続く通路で顔を合わせることとなった。
試合開始前の計量テストを終え、指定された場所まで向かっていると、前方でなにやら大会関係者に大声でまくしたてている人物がいる。
聞こえてくるのが日本語じゃないことから他の2チームのどちらかだろうと判断したが、近付くにつれてはっきりと見えてきた範語の文字のプリントされたつなぎ姿にアジア系の顔立ちから、範国の企業チームの人間だろうが、その剣幕はいつ卒倒してもおかしくないぐらいに激しいものだ。
少し離れた場所にはロシアの学生チームと思われる金髪ロングのスーツ姿の女性が冷ややかな目で範国男性を見ていた。
正直何を言っているのか理解は出来ないが、噛みついている相手はただの通訳の様で、その横には先ほどトウを調べていた委員会の人が立っていた。
目が合ったその人がこちらを見て軽く頭を下げてきたのを範国男性が見咎めてようやく俺達の存在に気付いたようだ。
今度は俺達の方に近づいてきて、口角泡を飛ばす勢いで捲し立ててきた。
言葉がわからないために首をかしげていると、さらに口調が激しくなってくる。
「いや、だから何言ってるかわかんねーんだよ。日本に来たら日本語喋れ」
「それがですね、彼が言うには―」
困っているところへ通訳の男性が範国男性の言葉を伝えてきた。
彼は朴という名前なのだそうだが、どうやら俺達が自社の技術を無断で使っていると主張していて、即刻俺達を失格にして賠償しろと言っているそうだ。
当然ながらトウは日本生まれの付喪神なので、範国の技術など使われていない。
にもかかわらずこういう主張をするということは完全な言いがかりに他ならないわけで、賠償どころか相手にする必要すらないだろう。
しかし朴は自分の主張が通ると信じて疑っていないようで、こちらを見下す様に薄ら笑いを浮かべて眺めている。
こういう態度をとる相手にはちょっと意地悪をしてやっても罰は当たらないだろう。
「朴さん。御社の技術が使われていると主張するのはどの部分においてでしょう?できればそちらの主張が間違っていないか照らし合わせたいのですが」
通訳から聞かされた言葉に一瞬呻き声を上げるが、再び捲し立ててきた言葉を通訳してもらうと、技術は秘匿されているので公開することは出来ないらしい。
秘匿されてるのならどうやってトウにその技術とやらは使われているのか。
「清々しい程に滅茶苦茶な言いがかりじゃのぅ」
同感だ。
「通訳さん、これからいう言葉をそのまま伝えて下さい。当然CPUにはしょっつるを掛けているのでしょうか?と」
ギョッとした顔をして通訳が俺を見たが、強く頷いて通訳させた。
すると朴は満面の笑みで頷き、当然だと言ってきたので、それを聞いた運営委員の男性の方が吹き出してしまい、それに引っ張られる形で源八も笑いだしてしまった。
俺も我慢が出来なくなり一緒になって、その場は爆笑の渦に包まれた。
なぜ俺達が笑っているのかわからないため、朴が通訳の男性に訳を尋ねると、しっかりと説明をしてくれたようで、朴は顔を真っ赤にしてどこかへと去って行ってしまった。
まさかCPUに魚の発酵醤油をかけるのが当然だというおかしなことをするわけがないため、まんまと俺にハメられたと気付いて、その辱めに耐えられなくなってこの場を逃げ出してしまったんだろう。
あの国はプライドだけは高いからな。
「あー、笑った笑った。いやぁ、またしてもお手数をおかけしました。彼もこれで言いがかりをつけることの危うさを知った事でしょうし、もう大丈夫だと思います。どうぞ、心置きなく決勝に臨んでください」
深く頭を下げて去っていく運営委員の男性を見送り、司会の呼び出しを待つ。
暫くすると先ほど去っていった朴が戻ってきて、俺を親の仇の様に睨んできたのだが、ニッコリとスマイルを返してやるとそれが癇に障ったのか、再び顔を真っ赤にしていた。
今度は立ち去ることはしなかったが、それでも俺の方を睨むのをやめない辺り、なかなか面の皮が厚いと感心させられる。
ロシアチームの女性は先程から微動だにせず、今の騒ぎにも興味が無いようで、通路の壁に背を預けて立っている。
『これより行われる戦いがRB-1グランプリ最後の試合となりました。…喜びも悲しみも含めて多くの涙に彩られた大会に、観客席の皆様は感動を覚えておられるのではないだろうか。』
スタジアムの光が落とされ、暗闇の中に響く司会の声が大会の終わりを惜しんでいるかのように響いていく。
『―決勝戦で決まる頂点こそが現在のロボット工学の最先端を行くものだと私は言いたい。…さあ、誇り高き決闘者の入場だ…。』
厳かな雰囲気の中スタジアム中央へと続く道がライトアップされ、決勝進出者はチームごとにその先に送り出されていった。
『ロシアはサンクトペテルブルク大学応用工業学科より参戦、圧倒的な重装甲とパワーで対戦相手を悉く一蹴してきた白い悪魔、メチェーリ!操縦者はサーシャ・ギモシェンコ!』
司会の呼び出しに応えて白いロボットがスポットライトを浴びながらリングを目指して歩いて行く。
こうして離れて見るとまるで雪男のようなシルエットがおもしろい。
かなりの重装甲な様で、歩く度に肩や腰の装甲部分が揺れるように動いていることからそれぞれが独立した機構を備えていると思われる。
衝撃を吸収するのと動きやすさを追求した結果が今の形なのだろう。
直線で構成されたフォルムはロシアのお堅いお国柄ゆえか。
そのメチェーリの後ろをサーシャがゲームパッド型ののコントローラを弄り乍ら追従していくのだが、なぜか彼女にもスポットライトが当てられ、観客の、特に男からの声援が会場に響き渡っていた。
確かにサーシャはいわゆるロシア美人という見た目で人気なるのもわかるが、それでも浴びせられる声援に全く反応せず、無表情で歩き続ける姿はどっちがロボットなのかという気持ちにさせる。
メチェーリがリングに上がり、サーシャは俺から見てリングサイドの奥側に立った。
『続いては範国、インジュ社よりの殴り込みだ!新機軸の機体の可能性は未知数!4脚は変幻自在の!概念実証実験機、テグン!操縦者は朴 清敬』
歓声の中をスポットライトの下に躍り出た黄一色の機体は上半身は普通の機体だが、下半身が4脚の異形の姿だった。
なにか下半身が変わった機体には共通の美意識があるのか、上半身がドイツのハイデマリーの様に女性的なフォルムをしている。
こちらの方は両手で槍のようなものを持っており、やや攻撃よりの構成だろうか。
こちらもゲームパッドで操縦しているようで、四脚で器用に歩く姿は見ていて感心するが、気になるのはテグンにはスポットライトは当たっているのだが、後ろに続く朴には当てられていない。
「なんでさっきのロシアの時は操縦者にライトはあてて、朴には当ててないんだ?」
「美人だからじゃろ」
俺の疑問にはシレっとした源八の一言で全て納得させられた。
テグンがリングに上がり、朴は俺から見てリングサイドの右側に立つ。
『最後に登場するのはわが国日本、さながら現代に蘇った荒武者!またあの激戦を見せてくれ!妖し乃商店街田中電器店所属、トウ!操縦者は田中源八!』
やはり同じ国の人間の方に思い入れは強くなるようで、先の2人以上の歓声に迎えられて花道を歩く。
応援の声に応えるようにトウが両手を上に挙げて手を振って歩く。
もはやその姿だけで女性からの黄色い声援が巻き起こるほどで、いつのまにやらトウの人気が高まっていたようだ。
俺達はリングサイド左側に立つことで、決勝参加者の3すくみの形で試合に臨むことになる。
『3組が揃い、これより真の頂点が決まる。最早言葉は無粋!レディ!』
司会の声にリング上のロボット達がそれぞれ戦闘態勢を取り始める。
メチェーリは拳を打ち鳴らして右拳を前に、左拳を胸側に置いたファイティングポーズをとり、テグンは槍を持った右手を手首ごと扇風機の様に高速で回転させている。
トウは腰に下げた刀に手を添えて僅かに身を低くした。
これから起こる戦いに備えて身構えるロボット達に観客たちも固唾を飲んで見守る。
『ッッファイッッッ!!』
開始の合図に合わせて一斉にトウに襲い掛かる2体のロボット達。
意図せず共闘の形となったのだろうが、流石は大会ファイナリストだけあって、即興ながら連携を意識した動きをしている。
メチェーリがインファイトを仕掛け、その左後方からテグンが槍を構えて隙あらば突かんとしているようだ。
そのテグンも恐らく完全にメチェーリの味方というわけではなく、トウとの相打ちの機会が訪れればすぐさま槍がメチェーリの背中に突き立つことだろう。
それを理解しているがために、メチェーリもトウへの攻撃の手が聊か精彩を欠いているように思える。
トウがメチェーリの拳の乱打を後退しながら避けていき、それでも距離を詰めてくるメチェーリに遂に腰の刀を抜いて応戦することで相手の動きを牽制した。
メチェーリに攻撃を集中させるとテグンの槍が来るし、テグンを攻撃するにはメチェーリを先に倒さなくてはならない。
相手もトウと交戦しながらいつ敵に回るかわからない一時の味方にも注意を払うという、文字通りの3すくみとなっている。
衝突と離脱が繰り返され、観客たちも試合の激しさに満足しているようで、各機体の名前を呼びながらの声援がリング上に降り注ぐ。
今のところは俺の見立てでは操縦技術はサーシャが頭一つ抜けているように感じる。
範国側は武器のリーチで優位に立てているが、メチェーリとトウに比べると機動性には欠けるようで、4脚での安定性と高い旋回性能で不利を補っているのではないか。
ただそれでもトウに勝てるかと言われると難しいだろう。
なにせほぼ人間並みの反射速度と柔軟性を持つトウには動きに切れ間が存在せず、流れるように相手を責め立てることが出来るという点で大きく優位に立っている。
加えて、操縦者が存在する2機とは違い、トウには死角が存在せず、向き合っている相手がどんな動きをするのか容易に予想できる。
「それにしても、やっぱりバトルロイヤルってのは厄介だな」
操縦の手間が掛からない俺達は落ち着いて話をする余裕があるため、つい決勝戦についての所感の話をしてしまう。
源八もタブレットで操縦している風にしながら会話に応じてくれる。
「そうじゃな。自分以外が敵で、その敵も手を組まれれば一気に2対1の不利に陥ってしまう。おまけに全部の機体がリーチに運用法が異なる異種格闘戦のようなものだしのぅ」
軽量級で高機動近接戦のトウに、重量級でインファイト特化のメチェーリ、中量級で中距離戦寄りのテグンと、見事にタイプの異なる機体が決勝に集まった物だと感心してしまう。
現在の形勢はメチェーリの攻撃の隙を埋める形で刺突を繰り出すテグンの即席タッグでトウと互角にやり合っている。
2対1で攻めてようやく互角になるトウも相当なものだと思うが。
とはいえ、攻撃と防御の動き以外は硬直状態と言っていい状況に、かなり苛立ってきているようなのがテグンを操る朴だった。
額に青筋を浮かべて大声でなにやら喚きながら操縦する姿は一種異様にもとれ、見ているこちらは逆に冷静になってしまう。
落ち着いている側の共通の認識としては”ああはなるまい”と言う感じだろうか。
だがサーシャも今の状況の打破を考えていたようで、ここで一気に仕掛けてきた。
今までメチェーリの体の前で前後に並べるように構えていた腕を解き、思いっきり開いて抱き着く様に突進してきた。
一瞬ロシアのお家芸コマンドサンボに持ち込むつもりかと思ったが、ロボットでそれをやる意味がないので、すぐに別の目的に気付いた。
「トウ!組み付かれるな!距離を取れ!」
相手の意図を察して咄嗟にマイク越しに大声で怒鳴るようにトウに指示を出す。
だが突進してくるメチェーリの迎撃のために既に一歩踏み出していたがために反応が一瞬遅れ、トウが右手に持っていた刀はメチェーリの交差するように振るわれた両拳によって見事に中ほどから叩き折られてしまった。
掴みかかるように両腕を開いて突っ込んできながらも、メチェーリの狙いは最初から武器破壊のみだったのだ。
それを悟らせないためにわざわざ刀を折る寸前まで機体を低くして腰を狙っていたように見せかけていたのは実に巧妙であり見事な策だ。
この攻撃により初めてサーシャに笑顔が浮かんだのが、彼女の喜びがどれだけのものだったかをうかがわせる。
これによりトウの攻撃力は著しく低下することになり、重量差による不利も加わって、他の2機の有利へと戦いの天秤は傾いて行った。
一連の攻防と刀を折るという精密でダイナミックなロボットの動きに観客のボルテージは上がりっぱなしだ。
「チッ、やっぱり武器狙いか。爺さん、トウに他の攻撃手段は?」
「ない。重量が一杯じゃなけりゃまだ詰め込んだが、鎧と刀でかなり重さを取られておった。せいぜいナイフ程度しか余裕がないんで、なくても同じかと思ってつんどらんかったのがまずかったか」
源八もまさか刀を折られるとは予想していなかったようで、他に武器の無いトウの現状に焦る気持ちが出てきたようだ。
武器を失ったトウに脅威を感じなくなったのか、今まで手を組んでいたメチェーリの背中目掛けてテグンの槍が襲い掛かる。
十分予想できたことだったので、メチェーリも刺突を躱し、時に拳で弾きながら大きく距離を取り始める。
重量の割に素早いその動きにテグンが追従するタイミングを逃し、ターゲットを武器を失ったトウへと切り替えた。
「まあそうなるわな。見ろ大角、朴の野郎笑ってるぞ」
源八に言われ、リングを挟んで対面にいる朴の方へと視線を向けると、よほど入場前のことが腹に据えかねていたのか、嗜虐的な笑みを浮かべてトウへとテグンを向かわせていた。
「まぁーだ根に持ってんのか。ほんと、嫌な性格してやがる。…トウ、やばかったらすぐにリング外に逃げろ。武器が無きゃ不利だ」
「うむ。決勝まで来れば初出場の結果としては十分じゃろ。後はお主の好きにな」
わざわざ無抵抗にやられることも無いだろうと思い、一応マイクにそう言っておくが、まだトウ自身はやる気があるようで、折れた刀を持ってテグンを迎え撃つようだ。
上半身の捻りを加えられて弾丸の様に迫るテグンの一撃に、トウはというとむしろ槍の下を潜り抜けるように前に出て一気に距離を詰める。
突き出されることで伸びていたテグンの右腕を掴み、それを肩に担ぐようにして半回転することで一本背負いの様な動きをするが、当然体重差によって簡単には投げ飛ばせないのだが、狙いはそもそも投げることではなく腕の破壊にあったらしく、体重を掛けられたテグンの腕の関節が甲高い音を立てて外された。
関節が壊れるということはその先にある手首に続く機構にも影響があるわけで、握力の無くなったテグンの手からトウが槍を抜き取り、テグンの4脚の左側2本の付け根にめがけて石突で鋭い打ち込みを叩き付けた。
こちらもまた呆気なく破壊され、大きく左に傾いていく機体の立て直しに躍起になっている朴に止めを刺すかのように残った右側の足にトウの持った槍による薙ぎ払いが襲い掛かり、重心をずらされて右側に倒された。
壊れた腕の方向に倒されたのでテグンが立ち上がるのは難しいのではないか?
「流石は戦国時代を戦い抜いた鎧、ってことか。素手でテグンを制しちまったよ。自分よりでかくて重い相手も対処できるって、実はトウって凄い奴なんじゃないか?」
「そうじゃな。武器も自分のものにこだわらず、相手の物も含めてその場にある物を使うのも中々合理的だのぅ。槍の扱いも手慣れたものだ」
あまりにもトウの試合運びが見事なものだから、心配することも無いため源八と話をしていると、それを余裕の態度と取られたのか、サーシャは険しい表情に変わり、朴の怒りで真っ赤になった顔はもう破裂しそうだ。
槍を両手で構えて穂先をメチェーリに突き出す形で対峙するトウはジリジリと間合いを詰め始める。
対するメチェーリも槍の初撃を潜り抜けるべく、やや姿勢を低くし飛び出すタイミングを計っているようだ。
リング上ではこの2機の戦いと移行しており、辛うじて視界の端に倒れたテグンがかすかに動いているのが見える程度だ。
朴がコントローラとは別に持ち込んでいたと思われる小型のタブレットをいじっているが、復帰できるとは到底思えない。
無視していいだろう。
武器を手に入れて対等と言いたいところだが、メチェーリのような近接特化型は槍の間合いの外にいる限りは一方的に攻撃できるが、内側に入られると一気に形勢は入れ替わる。
どうするのかと見ていると、仕掛けたのはメチェーリからだった。
間合いを詰めようとするメチェーリにさせじと進行方向に槍の穂先を先回りさせて牽制するが、ここでメチェーリから思わぬ攻撃を受ける。
突き出された槍を僅かに右によけながら左手の拳を下へと振るうことで槍の穂先を弾いて軌道を逸らし、メチェーリの脇に挟まれる形になり押さえ付けられてしまった。
そのまま槍を脇に抱えたままで穂先から柄にかけて辿るように前進して距離を詰めていき、ゼロ距離となった瞬間に今まで温存する形でボディの陰に隠されるように引かれていた右腕がトウ目掛けて撃ち込まれる。
ここまでが一瞬のうちに行われたため、トウ自身が対応できないと思われた瞬間、リングの四隅から照らしていたライトが一斉に消え、辺りは暗闇に包まれた。
 




