古典VS現代
大会の緒戦はどれも華々しく、出場している企業や研究室などはそれぞれ各自の特色を示し、観客を楽しませた。
残る者と去る者、栄光と影に分かれた大会は今、混迷を極めている。
ロボットというのは当然のことながら精密機械の塊だ。
激しい衝撃で簡単に故障や不具合が出てしまう。
万全の状態で臨むことが出来る初戦を除いて、それ以降はメンテナンスが必須だ。
2回戦までにどれだけ性能を維持して臨めるかも技術者の腕の見せ所だろう。
俺達は一応メンテナンスをしている体を装っているが、損傷もないしトウが問題なければやることは無い。
早々にすべて終えた俺達は休憩に入ってお茶を飲んでいる。
「半分が途中棄権か…。つくづくロボットはこういう大会に向かないって思い知らされるな」
「まあのぅ。それでもSGMは優秀な方じゃぞ?あれだけの性能で堅牢さも確保できるし、何よりもメンテナンスが楽なのがいい」
茶飲み話で出たが、2回戦へと駒を進めた中で約半分のチームが初戦でのダメージが深刻で続行不可能と判断して棄権を申し出た。
必然的に残りの7チームでのトーナメントとなるのだが、思いの他脱落が多いため、大会運営側もトーナメント表を改めて組み直す必要があり、その調整に走り回っている有様だ。
「まあ俺達はゆっくりと―ん?なんだ?」
控室の出入り口でざわめきが起き、それ徐々に俺達のいるところへと伝わってきた。
何事かと思い立ち上がってみると、その原因が分かった。
「あ、いたいた。もぅ、こんな奥の方にいたのね。探しちゃったわよ」
手に何やら荷物を持った佳乃が俺達の方へと歩いてきていた。
それを他の参加チームの人たちが呆けたように口を開けて見送っているが、その反応も仕方ないだろうな。
突然男だらけの控室に現れた着物美人に見惚れてしまうのは男の性か。
「おー、佳乃ちゃんか。どうした、こんなところに」
佳乃の声に気付いた源八が席を用意して佳乃にすすめながら来訪の理由を尋ねる。
それも気になるのだが、それよりも手に持った風呂敷包が気になる。
「みんな頑張ってると思って、お弁当持ってきたのよ。本当はもっと早く付いてる予定だったんだけど、会場の周りがすごい混雑でねぇ。すっかり遅くなっちゃったわね。さ、食べて食べて」
風呂敷を開けると出てきた漆塗りのなかなかお高そうなお重の蓋を開けると、中には和食を中心とした色とりどりの料理が詰められていた。
丁度昼食時なこともあり、腹が減っていた俺達は早速頂くことにする。
手渡された割り箸を割り、まずは蓮根のきんぴらから箸を伸ばす。
「どうかしら?汗をかいてると思って、少し塩分を強めにしてみたんだけど」
料理の評価が気になるようで、正座をしているトウの隣に立って兜を撫でながら聞いてくる。
「うん、うまい。塩気もちょうどいいし、食感もシャキシャキでうまいです」
「うんうん、こらうまいこらうまい」
バクバクと食い進める源八に負けじと俺も箸を動かす速度を上げる。
うかうかしていたら源八に食い尽されてしまう。
争うように弁当を平らげて、食後のお茶で一息ついた。
「綺麗に食べてくれたのね。嬉しいわ」
笑顔でお重を片付けている佳乃の声は嬉しそうだ。
なんかこういう光景を見るとホッとするな。
「いやぁ、うまかったぞ。佳乃ちゃんの手料理を食えて心残りも無い。あとは試合に勝っても負けても悔いはない」
「なにを縁起でもないことを。…ところで佳乃さんは一人で来たんですか?」
鎧を仕立て直した本人としては気なるのだろう、佳乃自らトウの体を調べて手直しをする場所を見つけてはなにやらいじっている。
「ううん、今日は紅葉さんに、ハナちゃんと圭奈ちゃんも一緒よ」
トウの脇の所の紐を引っ張りながら縛る作業をしながら答える佳乃の言葉に少し首をかしげる。
一緒に来たのならなんでここにいないのだろう。
その疑問が顔に出ていたようで、苦笑気味に佳乃が教えてくれた。
「ほら、スタジアムの外って今お祭り状態でしょ?出店が出てるんだけど、ハナちゃんがそっちに行きたがっちゃって。紅葉さんが引率を買って出てくれたんだけど、ハナちゃんが暴走したときのために圭奈ちゃんが付いてくれてるの。だからここに来たのは私だけ」
なるほど、納得のいく説明だ。
応援に来てくれたことには素直に感謝の気持ちであるのだが、出店を優先するハナの行動は俺達の勝利を信じてのことか、それとも単純に興味の優先度の違いか。
多分後者の方が強いだろうけど。
トウを暫く構ってから雑談をして、佳乃は観客席へと戻っていった。
旨い飯で気力も十分となった俺達は、早速控室の一角に張り出されたトーナメント表を見に行く。
全参加者の順番がシャッフルされて載せられており、今回の俺達の出番はなんと第一試合目になってしまった。
まあどこになろうとやることは変わらんし、メンテナンス等に割かれる時間も気にすることはないため、逆に最初に試合を終えると暫くは見物に回れるという利点も考えるとこれでいいのかもしれないな。
『えー参加者の内およそ半数が棄権となりましたので、改めてトーナメントを組み直しました。現在スクリーンに映っているものが新しいトーナメント表となります。』
司会の男性の言葉に導かれて、観客の多くがスクリーンを見るが、特に何かあるわけでもなく普通に流された。
観客からしたらトーナメント表が気にならないわけではないが、それよりも大会の目玉である試合が半分に減ってしまったことの方が残念でならない。
とはいえ、残された面子はどれも粒ぞろいの様で、楽しめる余地はまだあるようだ。
『さあ!それでは参りましょう!2回戦第一試合はこいつらだぁ!!』
気を取り直して張り上げられた司会の声でスクリーンには試合の組み合わせが表示される。
どうやら2回戦目からはスクリーンに対戦者が表示されるようになるようで、俺達の名前と対戦相手の名前が浮かび上がってきた。
『赤コーナーより入場、第一回戦では優勝候補を打ち破る鮮烈なデビューを飾った今大会一のダークホース!田中電器店所属、トウ!』
ワァっと沸く会場の声に応えるように威風堂々と言った歩きでリング上へと上がるトウ。
何やら左手側を向いて手を上げているのだが、何かとその方向を見てみると、観客席で一際大きく跳ね跳びながら手を振る影が見えた。
目を凝らすとハナが何やら叫びながら俺達に向けて手を振っている。
その周りには圭奈・佳乃・紅葉の3人の姿が見える。
なるほど、トウはあれに気付いて反応したのか。
この距離で気付いたのは素直にすごいと思うが、事情を知らない観客はなぜ自分たちに手を振るのかわからないようで、反応に困っている。
対照的にハナはトウが手を振ってくれたのが嬉しいらしく、さらに激しく手を振り返している。
キリがないのでトウの兜ディスプレイに信号を送って止めさせた。
『青コーナーより入場、遠くドイツから参加のハイデルベルク大学期待の星!ハイデルベルク大学先進工学科所属、ハイデマリー!』
対戦相手はあの鎧マニアのカミルが所属するチームで、操縦者もカミル自身だった。
上半身は白銀の西洋鎧を纏った女性を思わせる細身のシルエットで右手に馬上槍、左手には半身を覆えるほどの大きさの長方形の盾を持っている。
そして下半身こそが異様と言えるもので、なんと戦車をそのまま穿いて来たかのような、いわゆるクローラータイプの足だった。
ここにいるということは計量テストは通過したのは確かだろうが、それでも全体から伝わってくる重量感は相当なものだ。
ユックリと前進してきてどうやってリングへの階段を上がるのかと思っていると、クローラーが足元へと潜っていくような動きをしたかと思うと、履帯が付いた脚のような形状になってそのまま歩いて階段を上がってきた。
リングに上がった後はすぐにまたクローラーの形態に戻り、トウと向かい合った。
その一連の動きに観客は感嘆の声を上げて、最後の方は拍手を送っていた。
観客の心をがっちりつかんだようだ。
ふとカミルと目が合ったが、不敵な笑みを浮かべた彼に俺も似たような笑みを返して、試合を見守る。
重量級相手にどう戦うのか、それを楽しむ程度に今の俺は余裕を持てている。
戦国の武者と現代の戦車を穿いた戦乙女の対決といった趣は、どこか見るモノの琴線に触れるものがあるな。
審判の開始の合図と同時にまずはトウから仕掛けた。
一息に抜いた刀を八相に構えて駆けていく。
クローラーを蹴るように跳ね上がりハイデマリーを袈裟に切り裂こうとするが、すぐにハイデマリーの左手にある盾が滑り込むように両者を遮り、斬撃は届かない。
お返しにとばかりに槍が突き出されるが、それを読んでいたのか既に素早く後退して射程圏外に出ていたトウに槍が届くことは無かった。
一瞬の攻防に息をするのも忘れて見入っていた観客から歓声が上がる。
「なるほど、操作を上半身に集中させることで細かい動きを再現できているわけか。戦車の技術はドイツのお家芸だもんな」
「それだけじゃないぞ。今の形態だとバランサーの制御にCPUを割かなくていいおかげで、機体の反応速度も上がっとるんじゃろう。ほれ、槍の引き戻しと盾の構えが時差なしじゃ」
源八が顎でしゃくった先ではハイデマリーの突き出された槍にカウンターでトウが刀を寝せて突きを放つが、高速で突きの進路に割り込んできた盾によって弾かれた。
その勢いを利用して両者距離を取って相手の様子を見る時間が出来た。
真剣な顔つきで操縦するカミルは、かなりの集中力が消耗されたようで、深く息を吐いて額の汗を拭っている。
俺達は操縦などしていないので一切消耗は無いのだが、それが却って精神的に辛いものがある。
「…なんか、俺達ってすごいズルをしてる気分になるんだけど…」
「…確かにのぅ。相手の真剣な様子を見るとなおさらに思うわい」
汗一つかかずに見ている俺達は胸の内から湧き上がる罪悪感に苛まれている。
カミルは何か、強敵と出会えた充実感みたいなものが感じられる笑みを浮かべているが、今の俺達には全く理解出来ない感情のためかなり温度差がありそうだ。
息をつかせぬ攻防の決着は着かず、現在は小康状態で相手に出方を窺っているが、トウは体格差からくる不利、ハイデマリーは動きを捉えきれず決め手に欠ける。
どちらも攻め手を考えあぐねているのだが、ここであることに気付いた。
「爺さん、ハイデマリーの背中の盛り上がってるところって、もしかしてバッテリーじゃねーか?」
丁度俺達の位置からハイデマリーの右側面が見えるのだが、女性的なフォルムには不釣り合いな膨らみのある背中がバッテリーボックスの存在を匂わせる。
「ふぅむ。…恐らくそうじゃろう。試合開始前にリングに上がる時に使った可変機構のせいでクローラー部分にスペースの余裕がない故の苦肉の策といったところか」
源八に推理の太鼓判をもらい、思い付いた作戦をトウにマイクを使って話す。
初めて耳元で聞こえてくる俺の声に一瞬驚いた様子のトウだったが、すぐに気を取り直してハイデマリーから注意を逸らさずに、説明を受けている。
「―て具合にやってみてくれ。無理なら次の手を考えるから、気楽にな。了解なら剣先を一度下げてくれ。ダメなら―」
俺の話の途中でトウは了承を返してきたので、話を終えて試合を見守る。
動きのない試合に観客からざわめきが上がりだした時、トウが一直線にハイデマリーに向かって駆けだした。
まっすぐ突っ込んでくるトウにタイミングを合わせてハイデマリーから槍が突き出される。
当然予想していたその攻撃をトウは僅かに体を捻ること最小限の動きで避ける。
殆ど速度を落とすことなく、クローラーの前装甲部分を蹴るように登っていき、ハイデマリーの上半身とお見合い状態になると、大上段からの切り落としで襲い掛かる。
無策にそれを受け入れるはずもなく、槍を引き戻す反動を利用してハイデマリーの盾でのシールドバッシュが迫る。
ここに来て初めての盾を使った攻撃にしてやられた感に襲われた俺だったが、トウは瞬時に反応して大上段からの斬撃の軌道を無理やり変え、迫り来る盾にぶつけることで防いで見せた。
衝撃を相殺したことで生まれた一瞬の硬直を見逃さず、トウは盾を足場にしてハイデマリーの左肩まで使ってのロンダートで背後に回り込んだ。
曲芸じみた動きにカミルがドイツ語と思われる言葉で驚きを口にし、そして敗北を悟った。
トウはハイデマリーの背中に降り立った衝撃をも利用して、バッテリーボックスの隙間に刀を差し込んでこじ開け、電源の分離に成功していた。
大きく開けられたバッテリーボックスから転がり出てきたバッテリーの落下音が試合終了のゴング代わりとなる。
「ハイデマリーの行動不能を確認!勝者、トウ!」
動力の無いロボットに動ける手段は残されているはずもなく、ハイデマリーは審判の宣言で行動不能を言い渡された。
割れんばかりの歓声と拍手の渦に包まれ、トウが刀で天を突くボーズで勝利を喜ぶ。
どうやら勝利の決めはこれで行くようだ。
すっかり人の少なくなった控室へと引っ込んでから暫く経った頃、カミルが俺達の下を訪ねてきた。
試合結果に悔いは無く、砕けた雰囲気の中でただお互いの健闘を称え合っていた。
やはり試合でのトウの動きが気になるようで、技術的な話を聞きたがっていたので、その辺のことは源八に丸投げしておいた。
恨みがましい視線を向けられたが、この手の話を俺が出来るはずもないので、源八は仕方なさそうにカミルと話をしている。
大凡の内容は源八が壊れる前のロボットの話をしているのだが、トウならではの動きについては企業秘密と偶然の産物の2つを盾に誤魔化していた。
あまりに少ない説明に食い下がるかと思ったのだが、以外にもカミルはあっさりと引いたので、尋ねると海外では技術の秘匿というのはどんな小さな規模の研究所でもやっていることでおかしい話ではないため、あまり掘り下げないそうだ。
正直こちらとしては助かる話なので、ホッと胸をなでおろしたい気分だった。
ほとんど準々決勝戦と言っていい試合が消化され、残りは4チームでの準決勝となるはずだったのだが、またしても棄権するチームが現れる。
今回は1チームだけの棄権だったのだが、残された3チームの内1つをシード扱いで決勝に進めるのは躊躇われ、変則的ではあるのだが決勝戦は急遽3チームによるバトルロイヤル方式に決まった。
残っているチームは範国企業の開発チームとロシアの大学の研究生達のチームに俺達を含めた、なんとも国際色の強い決勝戦となってしまった。
最終調整の時間を設けて決勝戦を執り行うことになったので、俺達も形だけのメンテナンスを行い、あとはゆっくりと時間になるのを待つ。
トイレに立ってから戻ってくると、俺達のスペースに何やら人だかりができていた。
またトウの珍しさに惹かれて集まった外国人たちかと思い近付いていくと、どうやら様子が違うようで、人の群れの外に佇んでいた源八に近づいて声をかけた。
「どうした爺さん。なんかあったのか?」
「おお、大角。あったもなにも、急にこいつらが―」
源八の声を遮るように一人の眼鏡をかけた研究者風の男性が声をかけてきた。
「遠野大角さんですね?私たちは大会運営委員会の者です。第三者からの申告により、あなたがたの機体に不正の疑いが掛けられています。お手数ですが、あなたにも立ち会っていただきます」
そう言って源八の横に並んで立たされた俺だったが、なんで不正を疑われてるのか不思議に思っていると、先ほど話しかけてきた男性が説明をしてくれた。
とある参加チームから俺達の機体にされた違法な改造の可能性を指摘されて、こうして技術者チームを引き連れて来たそうだ。
何故そう思ったのかと尋ねると、行われた試合で見せたトウの動きがあまりにも常識外れだったため、その指摘したチームが何かあると思い込んで運営委員会に今回の調査を申し立てたらしい。
「まあ私達も申し立てがあった以上は動かざるを得ないのですが、正直そう言った危惧はしていません。あくまでも要請があって動いたという形です」
「そういうことなら、気の済むまでどうぞ。俺達も身の潔白の証明になります」
目の前では鎧の留め金やひもが解かれていき、本体だと思われているロボットの素体が露わになる。
調査員の何人かは外された鎧の方のあまりのリアルさに唸っているが、俺達としてはあまり鎧の方に注目してほしくは無いな。
なにせトウの本体は鎧側になるのだから。
ロボットの方はモーターやバッテリーの調査と重量のチェック、念の為の放射能測定だけですぐ終わった。
まあ他に性能に大きく関わる部分は無いのだからそんなもんだろう。
「調査の結果、全く問題のない範囲での改造と判断されました。申告した者には運営委員会より厳重注意がされますので、ご安心ください。では、失礼します。ご協力ありがとうございました」
サクサクと調査を終えてパパっと撤収していった。
「疾風のように現れて疾風のように去っていく…。忙しい連中だったのぅ」
「つーか誰だよ、俺達のことチクったの。別にやましいことは……あるな」
実際トウのことは普通に調べて分かることじゃないから平然としていたが、ある意味では本当にまずい手段でここまで来た俺達は圧倒的にズルしている感じが強い。
「申告を出した相手なら多分決勝に出てくる2チームのどちらかじゃろ。わしらを邪魔に思っとるのは他にはおらん」
実際、俺達と正面からやり合った場合はまずトウに負けは無いと踏んでいる。
第2回戦の奴らの試合を見たが、ロボットの性能と操縦技術のどれもカミル操るハイデマリーに大きく劣る実力だった。
そういう意味では、今大会はハイデマリーが最も優れたロボットであると言えるか。
俺達のは厳密に言えばロボットじゃないしな。
勝つために搦め手を使ってくるのもわからなくもないが、できれば正々堂々の勝負がしたかったもんだ。
…正々堂々か…、俺達が言っても虚しい言葉だな。




