真夏の闇夜の夢
ちょくちょく雪が降るから、夏は嫌い。
でも、ここ数年は晴れ続きだ。皆は残念そうにしているけど、私は晴れが好きだし外にも出れるしでとても楽しかった。
昼間は外で目一杯陽の光を浴びる。夜には『ある場所』へ行く。そういう生活が、病気持ちの私は大好きだ。
勿論、今夜も来ていた。
「死にたい」
「おっそうだな」
「いや死にたいって言ってるじゃん?」
「死にたいのはオレっちも同じだし反応しづらいんですがそれは」
「クズ」
私の言葉には耳を貸さず、「今日こそは死ぬ」、ともう一度言ってあいつは紐で首を絞めようとした。しかし力が強過ぎて、紐は千切れてしまう。ちなみにこれは56回目だ。こうなる度に、バカみたいに強い奴がビニール紐なんかで自殺出来るかっつーの、と私は悪態をつくのだが、一向にやめようとしない。
何だか知らないけれど、あいつはビニールが大好きなのだ。
「……あんたさぁ、『辛い』って言葉もなさそうな頭なのに何で死にたがる訳?」
「ビニール袋に入れられて燃やされたいから」
「それはいいけど入れるのは誰がやんの」
「お前」
「殺人容疑で幼なじみ逮捕させるとか最低な男ですねおい」
「したいから仕方ないです、死体だけに」
「いっぺん死んで来いウスラハゲ」
私が死にたいと言うのは本気ではなく、こんなバカな幼なじみを持ってるなんて『恥ずかしくて死にたい』と言う、冗談として広く使われている意味での死にたいだ。
「……まーたやってる。頭使いなさいよほら、何も入ってないなら考え出るハズでしょーがよ、えぇ?」
つけ直したネックウォーマーを外してやった。
痣のついた首が露になった所で、頭をぐりぐりしながらひとしきり文句を言う。
「考えるからやめろ」、とあいつは私の手を跳ね退けて唸り始めた。
うーー、と長い間唸り続けて、その肺活量に呆れているとやっとあいつはこう言った。
「首吊ればいいか」
ビニール紐の塊をいくつか掴み、カーテンレールに通すとあいつは束にして輪を作った。
凄く、凄く楽しそうなあいつは、私から見れば頭がおかしい奴にしか見えない。
「……待ってよ。死ぬ前に……
最後に、名前呼んで」
私は、いつものセリフを言った。
そうすると、無表情なあいつはぼーっ、としてのろのろとこう言う。
「……がるーざわ。これでいいか?」
「下を覚えてくれませんかねぇ」
「やだ」
「お前今すぐ死なせてやろうか」
「自決しますから許してください、オナシャス」
そしてあいつは、私が手持ちからあげていた睡眠薬を牛乳で飲む。
「バカ」
私の言葉はやっぱり聞かずに、椅子を窓際に置いてそこに立つ。
「じゃあ後は頼む」
椅子を蹴り倒し……
あいつは、眠る。
私は紐を千切り、崩れた身体をベッドまで抱えると寝かせてやる。
__そうすれば、リセット出来る。
いつからか、あいつは病気だ。新しい事を覚えられなくて、寝れば記憶がリセットされる。医療技術が発達している一般区域でも、治せない病気らしい。
だから何年経ったって、私が言った事も、昔からこの病院に一緒にいた事も、あいつは覚えていない。
けれど、名前を覚えてもらえないのはもっと辛い。
「……本当バカ」
だから、私も名前で呼ばない。起きるまで一緒にいてあげない。
そんなリセットだらけの日々を、思い出していた。
もうリセットは出来ない。
あいつは、私が退院した後に殺し屋に撃たれて殺されたから。
依頼人は分からない。分からないけど、多分あいつのお父さんかお母さんだろう。長期入院はかなり費用が掛かると聞いたし、あまり裕福な家庭でもなさそうだったから。
後で同じ事が書かれた遺書がいくつも見つかって、私はそれを全て読んだ。読んで、驚いた。
そこには私の事ばかり書いてあって、付き合ってくれた私に宝物であるビデオを渡す様に、と言う事まで書かれていたのだ。
あいつのお父さんに渡されたビデオには、「大人になるまで開けるな」と書かれた紙が貼られていた。
「野獣沢(のけものざわ)先輩、どうしたんですか」
「何でもないです」
「嘘ですね、絶対考え事してましたわ」
「何もないに決まってんダルルォ!?」
さて、あの夜に見たビデオはどんな奴だったっけ。
……やらしい奴だった様な、ネタだった様な。とにかく衝撃的過ぎて、内容はあまり覚えていない。
けど、今のオレっちにものすごーく影響を与えていたと言うのは分かる。
「……もうこれわかんねぇな」
「えっ、何ですか」
「よーし龍哭寺!お前クルルァについてこい!」
「ちょ、それワイの車なんですけどー!!」
ああ、思い出した。
__確か最初は、黒塗りの高級車にぶつかる奴だった。