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平行時空冒険譚:確率都市 ~The Axis Hoppers~

バレンタイン・デイ

作者: 中崎実

その人が誰だか、あたしにはすぐには判らなかった。


 「えっと……あれ?」

 「判らなくても、無理はないかな」

 っていうか、あたしが知っている姿からははっきり言って全然、想像もつかない格好だった。

 黒い革ジャンに黒い革のぴったりしたパンツ、ジャケットの下で二枚重ねたシャツも一枚は真っ黒で、黒シャツの下に着ているあったかそうなシャツだけが真っ赤。足元は結構ごつい黒のブーツで、手は黒い皮手袋。

 「これはまた、ずいぶんと趣味の入った服ですね」

 そうしみじみ言ったのは、雅之氏だった。

 「単車に乗るなら、これが一番いいからな」

 脱いだばかりのフルフェイス・ヘルメット片手に、横田さんがそう言った。

 たしかにこの人、横田さんだ。別の日本で軍人もやってる、けっこうコワモテの人。今日もやっぱり、ぜんぜん愛想のない仏頂面だった。

 顔立ちもけっこう濃いから、ほとんど黒ずくめで仏頂面してると、かなり迫力がある。


 もうちょっと周りのココロに優しい格好をしようとか、思って欲しいんだけど……

 横田さんじゃ、期待するだけ無駄かもしれない。


 「夜道で擦れ違うのは勘弁して欲しいですね」

 あたしと同じ事を思ったのか、笑いながらきつい事をさらっと言う雅之氏を、横田さんがじろっと睨む。

 「文句あるか?」

 「戦闘服を着ていないだけ、マシですか」

 「この寒い時期に、あんな涼しげな格好をするわけが無いだろう」


 そーゆー問題じゃなさそうなんですけど。


 「でも、今着てるのも寒くないですか?」

 バイクに乗ってるなら、今の横田さんの格好だってけっこう寒くなると思うし。そう思ってあたしが聞いたら、

 「冷えるのは確かだね」

 と、こうだった。

 「……辛くないんですか?」

 「いいや、それほどでもない。ところで、何か温かいものがあったらくれないか」

 「コーヒーくらいしか、無いですよ」

 車に積んでたポットを持ち上げながら、雅之氏が言う。

 「それでいい」

 アルミカップに入れたあったかいコーヒーを、横田さんは両手で包むように持って、手を温めていた。

 「今年は来ないのかと思ってましたよ」

 バイクにもたれたままカップを持ってる横田さんに、車に荷物を積み込んでる雅之氏が声をかける。

 「都合がつく限り、来るさ」

 横田さんの声はなんだか、元気が無かった。

 「どうしたんですか?」

 横田さんイコールなんか怖い人、というイメージがあるから、落ち込んでると変。

 でも、横田さんは顔を上げて、なんでもない、と言っただけだった。


 なんでもない、って言われても全然信用できない、なんか暗い顔だったけど。


 「亜紀君の方は、受験は終わったんだな。……もし良ければ、君も来るか」

 「横田さん?」

 あたしが何か言うより先に、雅之氏が気遣うような声をかけた。


 出かけた先は、ずいぶん寂しい海岸だった。

 どんよりした空と、同じくらい重苦しい色の海。あんまり、好きになれる風景じゃない。

 「こんな所でもお仕事するんですね」

 な~んにもない所。砂浜には海藻なんかがいっぱい打ち上げられてて、それに混じって転がっている片っぽだけの靴がなんだか、あたりをよけい寂しくしてるみたいだった。

 「ピボットが出現する場所なら、どこでも仕事場なんだよ。前なんか、北海道の原野にまで出かけたからね」

 4WDの荷台に詰め込んだ機材に半分埋もれて、雅之氏が言った。

 「あれはひどかったよ。一週間、風呂無しで野宿でね。飯もろくなもんじゃなかったし」

 「あの~、バイトするって事は、あたしも?」

 雅之氏はかなり特殊な観測技術者で、あたしはその助手にならないかと言うお誘いを受けている。お給料はかなりいいんだけど……一週間お風呂なしは、ちょっと勘弁して欲しい。

 「いや、さすがに女の子を連れて行く気にはなれないよ。それに、亜紀君も茜も、分析班に回ってもらおうと思っているんだ」

 茜、と言うのはあたしの同級生で、雅之氏の妹。同じバイトに誘われている。

 「分析、ですか?」

 「うん。コンピュータは使えるだろう?」

 「……インターネットするくらいですけど」

 「OSは?」

 「えっと、ウィンドウズです」

 「ふむ。Linuxで組んだから、ちょっと勝手が違うかな」

 「それ、なんですか?」

 「別の種類のOS。扱いはそう難しくないし、覚えられると思うよ」

 雅之氏はお気楽な口調でそう言って、またキーボードをカチャカチャやり始めた。

 その間ずっと、横田さんは自分のバイクにもたれて、海を眺めていた。

 やっぱり、あんまり楽しそうな顔をしていない。


 「あの、横田さん……どっか、具合でも悪いんですか?」


 外に出て、横田さんにそう聞いた。

 「え?……ああ、いや。亜紀君、寒くないか?」

 「だいじょぶです」

 厚着してくるように、と雅之氏と横田さん、それに工藤さんと言う雅之氏の上司の人に言われて、あたしはしっかり着膨れている。

 でも、横田さんはあの『趣味の入った服』で、あんまり暖かそうじゃなかった。

 「俺か……寒さは感じないんだよ。暑さもね」

 「風邪、引きません?」

 「ありがとう。しかし、それも絶対に無いんだ」

 なんかやっぱり、沈んだ声だった。

 「横田さん、潮風はあまり浴びないで下さい」

 雅之氏が、車の中から声をかける。

 「判っている。準備は」

 「できてます。出現予測時間までのカウントダウン、開始します」

 「了解。トーゴ、退避準備もしておけよ」


 トーゴ?


 いきなりへんな呼び方が出てきたけど、なんだろう。

 「ああ、そうか。あいつの呼び名だよ。ミドルネームだ」

 そう、横田さんが説明してくれた。

 「ミドルネーム?それってなんか、外国人みたいですね」

 ちょっとカッコイイかもしれない。でも、日本人でそれって珍しい。

 「ああ、あいつはこの時間線ではアメリカ国籍なんだ。お父上がこちらのサンフランシスコ勤務だった時に生まれているからね」

 だから、パスポートにもミドルネームが書いてある。そう横田さんが言ったところで、

 「頼むから、フルネームでは呼ばないで下さいよ」

 その雅之氏が、車の中からそう言った。

 「ん?別にいいだろうが、藤吾郎(とうごろう)君」

 皮肉っぽい言い方は、いつもの横田さんだった。

 でも、トーゴローって、それ。

 「まったく、爺臭い名前で呼ばないで下さいよ」

 「えっと、フルネームってどうなるんですか?」

 「御舘(おたて)藤吾郎(とうごろう)雅之(まさゆき)、だな」

 「うわ、古」

 「言うと思った」

 雅之氏がぼやいていた。

 「もしかして茜にもそんな名前、有るんですか?」

 女の子だと、どんな名前になるんだろ。なんかすごく気の毒な気がする。

 「母が大反対したから、茜にはないよ」


 良かったね茜。雅之氏だけなら問題ないか。


 「……あのねえ」

 「あ、でも、せっかくアメリカ生まれなのに、漢字の名前ばっかりって勿体無いですね」

 「まあ、そのへんは仕方ないね」

 苦笑しながら雅之氏が言い、それからなんかの波形が出ている画面を見て、窓から顔を出した。

 「出現まで推定一時間です」

 完璧に仕事中です、という感じの声。

 「ピボット安定までの時間は?」

 「不明ですが、経験から言うと約2時間です。今から寒風に晒されてる必要も無いですよ。車の中に入ってて下さい」

 「ああ」

 なんだか黄昏てる声だった。


 車のエンジンはかけっぱなし(バッテリーの都合上、そうする必要があるからなんだけど)だから、車の中はずいぶんあったかかった。

 お弁当はクーラーボックスに入ってるから、悪くなる心配も無い。

 ただ問題なのは、4WDの後部座席と荷台のほとんどを機材に占領されてて、あたしと横田さんがいるスペースがほとんど無いって事だった。

 仕方が無いから横田さんが運転席、あたしが助手席に入る。

 待ってる間にお昼になって、雅之氏は仕事しながらサンドイッチとコーヒーを詰め込んでいた。

 あたしもほとんど同じ。でも、横田さんは何も食べないで、水筒に入れてきた液体だけ。

 「水ですか?」

 透明なそれを見てあたしが聞いたら、横田さんは笑いながら首を横に振った。

 「酒だよ」

 「バイクで帰るのに、いいんですか?」

 「酔わないから、大丈夫だろう」

 「その人は酒だけで生きてる人なんだよ」


 ……いいんだろうか、本当に。飲酒運転になるじゃん。


 でも、横田さんは酔っ払った様子も無い。顔色一つ変えずに水筒の中身を飲み干して、また窓から海の方を眺めていた。

 やっぱり、なんか変。

 でも、声をかけられる雰囲気じゃなかった。

 そっとしとこう。そう思って窓の外を見ると、雅之氏達が『ピボット』と呼ぶ変なものがちらっと見えた。


 他の世界につながる、どこでもドア。でもまだずいぶん小さいし、それに……


 「出現を確認しました」

 「了解。どこにある?」

 「そこです」

 雅之氏より先に、あたしが教えた。

 雅之氏によると、ピボットが見えない人の方が、ずっと多いって事だった。あたしには見えてるけど、横田さんもピボットがよく見えない人の一人。

 「ここから……えっと、あっちの方向の、波打ち際から一メートルくらいです」

 「ありがとう」

 そう言って、横田さんは車を降りた。

 そのまま、自分のバイクに向かう。積んできた荷物から取り出したのは……

 一個は、横田さんや雅之氏が仕事で使ってる、ピボット封鎖用のちっちゃな機械。


 そしてもう一つは、一輪の花だった。


 「あれ……なにするんですか?」

 あたしの質問に、雅之氏もちらっと窓の外を見た。でも、

 「あのピボットを、どう思う?」

 あたしの質問に答えないで、そう聞いてきた。

 「すごく変です」

 あっち側が、ぜんぜん見えない。


 っていうより、あっち側がない。ぐっちゃぐちゃになってて、まともな形を取ってなかった。


 「あれはね、もう消えてしまった時間線につながっているんだ」

 雅之氏が、そう説明してくれた。

 「消えちゃってる?」

 「消滅している。普通の意味では何も存在できない、いわば混沌に帰った状態なんだ」

 「……それ、ほっとくとどうなるんですか?」

 見た感じだと、なんだか良くなさそうだったけど。

 「非常に危ないね。だからピボットを消去して、他の世界とつながらないようにする。あの時間線の場合、定期的にピボットが開くから、定期的に封鎖処理するんだよ」

 でも、あの花って何だろう。

 「あの時間線はね、横田さんが脱出してきた所なんだ。でも、一緒に逃げ切れなかった人たちもいた」

 雅之氏の声は、すごく静かだった。

 「いや、ごく少数の人しか助からなかった、と言うべきかな。時間線消滅のきっかけになった事件に、横田さんも巻き込まれてたそうでね。それで出来るだけ多くの人を救出しようと頑張ったらしいんだけど、それでも救い出せたのはたったの五千人だった。あの人が、監視局に入る前の話だそうだよ」

 「……お墓参り、なんですね」


 それで、あんなに沈んでたんだ。


 「そんなものかな」

 それっきり、あたし達も喋る事がなくなった。

 黙って見ている間に、ピボットがかなり大きくなる。

 もうちょっと大きくなれば、横田さんにも見えるようになるはず。

 あっち側にある『混沌』もずいぶんはっきり見えて来て、ずっと見ていると気分が悪くなりそうだから、あたしはちょっと目をそらした。

 横田さんは、目をそらそうとしない。見えていないはずだけど、横田さんはたしかに、どこでもドアのある場所を見続けていた。

 「横田さん、そろそろOKです」

 雅之氏が、窓から首を突き出してそう言った。

 判った、というように、横田さんが片手を挙げる。

 それからゆっくりと歩き、ピボットのすぐ目の前に立った。

 封鎖装置のスイッチを入れて、でもすぐには投げ込まない。

 横田さんがまず投げ込んだのは、花の方だった。真っ白い花。混沌に触れると、花はあっという間に消えて無くなる。

 それから、封鎖装置を投げ込んだ。

 ぽん、という感じでピボットが消える。いつもの事だけど、かなりあっけない。

 消えてからしばらくの間、横田さんは動こうとしなかった。

 「誰か、大切な人がいたんですね」

 なんとなく、そんな感じの背中だった。

 「私も、詳しい話は聞いてないけどね。脱出計画の中心メンバーだった女性が一人、故郷と一緒に消えることを選んだんだ」

 「なんで?」


 なんにも残ってないのに。本当に、何にも残らなかったのに。あのぐちゃぐちゃ以外。


 「さあね、私にも判らない。でも、彼女はそういう終わり方を選んだ」

 じっとピボットの有ったあたりを眺めていた横田さんが、動き出した。

 そして運転席のドアを開けて、入ってくる。

 「藤吾郎、どうだ?」

 「ちゃんと消えてますね」

 雅之氏は、いつもと同じ口調だった。

 横田さんも。

 「あと三十分ほど見ていて、何も無ければ撤収です」

 「わかった。コーヒー、残ってるかな」

 最後の質問は、雅之氏じゃなくってあたしに向けたものだった。

 「あ、あります」

 ポットに入れてきたコーヒーは、まだ残ってた。

 プラスチックのカップに入れて、渡してあげる。ありがとう、と一言だけ言って、横田さんはそれをまた、両手で包んだ。

 「あの、横田さん」

 横田さんはもう、ピボットがあった場所を見ていなかった。

 「……なんだ?」

 「……ううん、やっぱり、なんでもないです」

 横田さんはしばらくあたしの顔を見ていたけど、やがてあたしの頭をくしゃっと撫でて、それからコーヒーを一気に飲み干した。

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