003
玖雅明の私生活はどうなのだろうか。私は素直な疑問を彼にぶつけてみた。
――朝の三時に起きることは分かりました。では、朝食は何を食べているのですか?
「味噌汁、白御飯、卵焼き、浅漬けだ」
彼の口から飛び出して来た言葉の数々は和食だった。インタビューを開始する前は想像もしていなかったが、彼の健康への意欲を聞いている今は、不思議と違和感を感じなかった。
――和食は健康にいいですからね。私も和食は好きです。
「健康的という事もあるが、やはり魔法界に長らく住んでいるとパンやスパゲッティなどの欧米食が盛んだから、日本食に飢えてな。朝食ぐらいは和食を食べたい」
――では、昼食は?
「和牛サーロインのステーキ……と言えばコメントにも華があるのだが、僕は生憎、そういった高級食に興味が無くてね。某チェーン店の牛丼を食べているよ」
彼は日本で有名の某牛丼屋の事を言っているのだろう。ちなみに私は丼物があまり好きでは無いので、この店の牛丼は食べたことが無い。
――それは、直接店に御伺いしているのでしょうか?
「勿論だ。出前も良いが、やはり店の雰囲気を楽むとより美味しく感じられる」
――貴方ほどのスーパースターが庶民の店に行くのはどうかと思います。これは決して真っ向から否定しているのではなく、庶民の店に行けば、サインを求められて食べることに集中出来ないと思うのですが。
「魔法界の分化と日本の分化は違う。僕が店にいても、皆が知らないフリをしてくれるよ。たまに何も知らない子供がサインを求めに来て、後で親に怒られるっていう構図は見かけるけど」
――そうですか。魔法界では有名人にサインを求めるのはタブーだと?
「タブーではないと思うが、やはり気にしてくれているのだろう。こっちが忙しい状況だと判断してくれているらしい。その判断は間違いじゃないから凄いが」
――何をおっしゃっているのですか。貴方様が御忙しい身分であることは、誰もが百も承知でございます。何を隠そう、貴方様は王覇師団の師団長なのですから。
「師団長である事に誇りは持っているが。それを他者に自慢する事は絶対にしない。僕を追いかけてくる若者に失礼だ」
――失礼と言いますと?
「師団長を勤める難しさは自分自身が知っている。それを自慢げに披露して、若者に絶望感を与えたくないからね」
そうなのだ。玖雅明という人物は過小評価されている。王覇師団の師団長を日本人が勤めているということは、日本と魔法界のパワーバランスに大きく関わっている。日本にも優秀な魔法使いや能力者がいるのだと、玖雅明自身の存在が示しているのだった。しかし、現実は甘くは無い。玖雅明に匹敵する日本人能力者は千年に一人の割合でしか現れないだろう。
――貴方がいるからこそ、王覇師団も日本人魔法使いに注目しているのです。
「確かに、ここ十年は日本人魔法使いの獲得に乗り出している。年間で百人近くの採用を見込んでいるが、それでも王覇師団で活躍する者は一人いればいい方だな」
――現実は甘くないのですね。それでも、貴方は輝かしい成功を収めました。
「王覇師団で活躍するためには魔法や能力の有無は左程関係ない。重要なのは考え方と精神力だ。過酷な状況であっても、逃げない姿勢さえあれば日本人魔法使いでも十分通用出来る筈だ」
彼は真剣な表情で言っていた。