人間以外大体食える
私は基本的に何でも食べる。
肉や魚はもちろん、植物や土だって食べる。
果物の甘酸っぱさは格別に好きだし、海の水も偶に飲む分には美味しい。
しかし逆に、食べられないものもある。
例えばガラスやコンクリート。自分でも不思議なのだが、山の岩は食えるのに、そういったものは喉を通らないのだ。だから私は都会の方に手を伸ばさない。だいたい食うのは自然のものばかりだ。
自然は良い。青々と茂った木々や海中の魚介類のことを考えるだけで涎が止まらなくなる。
ああ、そんなことを考えていたらお腹が減ってきた。
丁度良い、ここらで一つ、食事をするとしよう。
私は腰を上げて、ある小さな瓶の前まで歩く事にした。
そこに着くまでいくらか掛かるから、その瓶についての話をしよう。
その瓶は、ぱっと見はただの水が張ってある容器だ。しかし中を見てみると、なんと外界の世界へと繋がっているのだ。
繋がる世界は多種多様。繋げ方は色々あるのだが……、今回は省略する。
因みに私の最近の好物は『地球』という惑星だ。あそこは良い。他の惑星じゃ希少な自然がわんさか生えている。
ネットなんかでよく、生物が栄えている惑星が売りに出されていたりするが、私はそういうのは好きにはなれなかった。惑星というのは自分で見つけ出すからこそ食べた時の喜びが増すのだ。
人の発見した惑星を食べるだけの能無しは豚と蔑む。私の信念だ。
この地球という惑星は、私が色々な星々を覗き込んでいるうちに偶然発見したものだった。オークションにでもかければ相当稼げるだろうが、そんな野暮なことはしない。精々友人と一緒に楽しむくらいだ。
さて、と私は瓶の前に座った。
私の膝ほどの高さもない、小さな瓶。私はその中を覗き込んだ。
なんど見ても飽き足りない景色がそこにあった。サイズこそ小さいが、雄大な自然だ。取り返しのつかないことになるのでやらないが、この中に入って自然を堪能したいと思うことがよくある。
私はスプーンを取りだした。何てことのない、普通の銀色のスプーン。やや柄が長く、滑り止めに細かい溝が彫ってある。
私はそのスプーンを瓶の中に突っ込んだ。
何をしているのか、察しの良い君なら気付いたろう。そう、私はこのスプーンで大地を掬って、自然の味を堪能するのだ。
肘の辺りまで浸かったところで、スプーンの先が地面に触れた。瓶の中の水は所謂門の様な役割をしていて、ある程度まで手を入れると、空気の層に辿り着くのだ。そのまま深くまでスプーンを地面に潜り混ませていく。
木々の根がプチプチと切れていくが、なにしろ大地を根こそぎ引っ張りあげるのだ。そんな感触はまるで無いし、音もしない。強いて言えば、地面に潜り混ませるのにやや力が必要なことくらいか。ふんと気合いを入れて穴を掘る。
一面に生えている木々がスプーンの上の土の上に載っている。うーむ、美味そうだ。
瓶からスプーンを引き抜いた。惑星の一部分がその上に凝縮されていた。1つ1つが太陽の光を受けて元気に育っている。その太陽の恵みも含めて、私は有り難く頂く。
スプーンを口の中に入れた。途端に口内に広がるその旨味と言ったら! 土の柔らかな甘みに頬が緩む。木々は木の部分がやや固く、渋めの味がする。その分葉の部分はみずみずしさに溢れていて、しゃきしゃきとした歯ごたえがある。おまけにその木々に実っていた果実が調味料のように効いていた。
やはり格別だ、と私は思った。
もう一口食べたい、とも思った。
よし、食べよう。この味を満喫したら、更に食欲が沸いてきた。
私は瓶をそっと傾けた。景色がぎゅるぎゅると動いていく。この操作がなかなか難しくて、私も初めのころは、美味しそうな地域を見つけてもすぐに通り超してしまい、また探すのに大変苦労したものだ。今ではゆっくりと動かしていく技術を身につけたので、食いたいと思った場所を思い通りに食うことが出来る。
過去の修行に想いを馳せているうちに、丁度美味しそうな地域に出会った。
おお、と、私は思わず感嘆の声を上げてしまった。
目の前に広がるのは、なんと、羊の群れだった。思わず涎が垂れそうになり、慌てて拭った。
私は肉が大好きだ。愛していると言っても良い。柔らかく、かつ、濃厚な味。これがとにかく美味いのだ。
羊の肉はまた格別だ。肉自体は自然を掬っている内に自然と胃の中に入るのだが、それらは木々の味に邪魔されてあまり味として感じないし、質も落ちる。だからこそ、こんな風に、平原に美味そうな動物たちが蠢いているのを見ると飛び上がってしまう。
ああ、落ち着け、落ち着くんだ、私。深呼吸、深呼吸。
冷静さを取り戻したところで、私はスプーンを瓶の中に入れた。草木や土などの不純物が極力入らないように、慎重に動物たちを掬っていく。
やっとの思いで動物たちの大半をスプーンの中に収めたところで、私は瓶の中からスプーンを出した。
目の前を動く白い毛の群れ。私はこれをそのまま食べる。
羊たちの鳴き声が聞こえる。といってもか細い声だが。
口に入れんとしたふとその時、ふとそこに、小さく、しかしハッキリと私の耳に羊以外の声が聞こえてきた。
なんと、人間が居た。
うそ、なんで? 私は混乱した。スプーンを瓶の中に入れたときには、羊に見とれていてまるで気付かなかったが、その中に一人、人間の子供がいたらしかった。
瞬間、私は、苦虫を噛み潰した様な気持ちになった。
私は大抵の物は食えるのだが、どうしても人間は苦手なのだ。
味は他の動物たちと大して変わらないが、重要なのはその見た目だ。
彼らは皆まったく異なる衣服を身にまとっているのだが、見た目がまんま私達そっくりなのだ。
彼らを食うことは、そのまま私達の仲間を共食いする様な気がして、食べてしまうのは実に気が引ける。
出来ることなら逃がしてあげたい。
とはいえ、目の前の羊たちも捨てがたい。
苦渋の決断だった。そこで私は決めた。
とりあえず、人間をどこか別の場所に逃がして、羊を食べてから人間を逃がそうと思った。
スプーンの上に居る、豆粒ほども無い小さな人間。私はそれを、潰さない様に慎重に摘もうとした。
ところがだ、彼は食われると思った(まああながち間違いではない)のか、私の指の隙間を器用に避けていく。
私も夢中で摘もうと努力するが、あまり力むと人間を潰してしまい、辺りが真っ赤になってしまうので、指先の力を加減しながら人間の動きを追った。
早く捕まってくれ。食おうとなんてしてないのだから。
しかし人間は捕まらない。業を煮やした私は、
「勝手にしろ」
と呟き、スプーンを煽り、羊たちを口の中に入れてしまった。
もぐもぐとそれらを咀嚼する。うむ、やはり美味い。人間を食ってしまったことにやや罪悪感を感じたが、まあ、仕方ないと割り切って、瓶の中をまた覗き込んだ。
羊たちの群れが見える。また、食ってやろう。そう思い、私は更にスプーンを瓶の中に入れた。
そのときだった。
「いてっ」
口の中で何かがチクリとした。固い物を噛んだわけではない。ほんとうに先の尖った物で口内を刺されたのだ。
更に、困ったことが起きた。不意の痛みのせいで、手を開いてしまった。つまり、スプーンが瓶の中に落ちてしまったのだ。地面に深々とスプーンが突き刺さる。
「ああ!」
私は絶叫した。そして、口の中から再度刺激。あの人間だ、と私は思った。
もう勘弁してくれ、と口を開けて、出るように催促した。口から人間が出てきた。噛み潰してしまってもよかったのだが、そこでも良心が邪魔をして、口を開いたままにした。しかし、口を開いたままだったため、喉の中に唾が入ってしまった。
「けほっ」
と咳をした。同時に、人間が瓶の中に飛び込んでいった。
ああ、危ない、地面に激突して死んでしまう。私は宿敵の身を案じたが、なんと彼は、瓶の中を潜って、スプーンの先にまで到達してしまったのだ。そこからスプーンの柄の部分を伝って地面へと降り立った。
なんと見事なことか! とはいえ、感動している暇はない。私はスプーンを拾おうと瓶の中に手を入れた。
スプーンの柄を握る。しかし中々引き抜けない。
えいやとスプーンを引っこ抜いた。その拍子に、瓶はひっくり返ってしまい、中の水が全て出てしまった。
思わず叫び声を上げてしまったが、覆水盆に返らずだ。それ以後、私は二度と、あの至高の惑星の味を楽しむ事は出来なかった。
テーマ・自然
・肉
・スプーン
感想:設定はすぐに思いつきましたが、結末は最後まで良いものが思いつかず、強引に締めました。




