恐るべし48
「うはははは…!」
…と一人、愉しそうに笑うじいさんを尻目に、美沙はいつものキツ目の口調に戻って
「おかしいと思ったのよ…。いくら孫娘の同級生とは言っても、初対面で見ず知らずのあたし達のことを簡単に家に招き入れるし…。入ったら入ったで座布団がちゃんと三枚用意されていて…。まるで最初から、あたし達が来るのが分かってたみたい…」
前置きのようにそう言うと続ける。
「それ…で?…どういうことなんですか?これだけあたし達のことを知っている…ということは、依田先生から事前に連絡でもいっているということですよね?」
そう言うと少し睨むように、じいさんを見つめた。
そんな美沙の視線を受け止め、じいさんは笑うのをやめると
「おぉぅふ…。そんなに睨まんでおくれ…。せっかくの美人さんが台無しじゃ…」
そう言いながら、神主服の懐に右手を入れると、ゴソゴソと何かを探している。
そんなじいさんの行動を俺達三人が注視する中…
「…あったわい!高齢者にも使いやすいCocomoのらくらくフォン最新バージョンじゃ!」
じいさんは元気良くそう言うと、懐から取り出した真新しい携帯をパカッと開き、まるで水戸黄門の格さんが悪人に印籠をかざすようにして、俺達三人の前にその開かれた携帯の画面を差し出した。
俺達三人が顔を寄せ合い、その開かれた携帯画面を見てみると…
「…こ…これはぁ~!」
摸の興奮した声が、俺の耳元で鳴り響く…。
「…僕が大ファン!な神楽坂を拠点として活動しているぅ!そう…!会いに行ける、あのアイドルゥ~!K・R・Z・48!!…しかもその中で一番人気のぉ…前多 薄子ちゃんこと、通称 “うっちゃん” と、その隣りでピースサインをしている、おじいさんのツーショット写真ではないですかぁ~!劇場に行ったんですかぁ~?それとも握手会ですかぁ~?どっちにしても…今はなかなかチケットが手に入り難いのにぃ~!」
摸はそう叫びながら目をキラキラとさせて、その写真を見つめ続けている。
そんな摸に対して、じいさんは自慢気に
「おぉぅ!これはすまんすまん…。メール受信画面を見せるつもりが、待ち受け画面を見せてしまったわい…うはははは!」
…とやはり愉しそうに笑う。
俺の隣りでは、テンションUPの摸とは対照的に、美沙の小さな溜息が耳元で聞こえ…それに引き続き
「…あれ絶対に、自慢したかったんだよね…」
…と囁く、美沙の声が聞こえてきた。
「…だよ…な」
俺も美沙にそう囁き返すと、さっさと話しを進めるべく
“それで…その受信したメールのことなんですが…”
…そう口を開こうとした、次の瞬間
「さぐるんは、メンバーでは誰推しなんじゃ?」
じいさんが摸に、そう尋ねる。
“さぐるん” って…おいおい、じいさんよ。
突然の略称に話しを進めることも忘れて、俺が心の中で小さなツッコミを入れていると
「さぐるんの推しメンはですねぇ… “みうう” こと、渡辺 未卯ちゃんなんですぅ~!」
そう何の違和感も無く…摸が…モジモジしながら応えて…いる…。
…摸…お前、それでいいの…か?
“さぐるん” …だぞ!?
俺が微妙に、そんな摸の略称のことを心配している中…
「うおぉ~!みううもいいのぉ~!みうう~!!」
急にじいさんがそう叫んだかと思うと、次の瞬間には声のトーンを落として
「でもやっぱりわしは、うっちゃん一筋じゃ…。時々浮気をして、タイプの全く違う大嶋 恐子ちゃんに走ったりもするが…」
…と反省するように、小さく首を左右に振っている。
摸はその言葉に、納得するように大きく頷くと
「おじいさん!分かりますぅ…!その気持ち…僕もたまにみううを裏切って、他メンに目移りすることがぁ…。ぅう…ごめんよ…ごめんよ、みうう~!」
摸はそう叫ぶと、なぜかじいさんの携帯画面のうっちゃんに向かって頭を下げて、いる…。
「…」
…俺も可愛い娘やアイドルは、決して嫌いじゃない。
いやむしろ好きなほうだが…。
でも何だか、この二人のKRZ48に対する感情の起伏の激しさには今一つ、ついていけない…。
そんな俺の耳元で、再び美沙の小さな溜息が聞こえ…俺がそちらのほうを見てみると、呆れ顔の美沙も俺のほうを見ていて…。
目と目が合った瞬間、俺と美沙は同じことを考えていたはず…だ。
それは…ここまでこの二人を夢中にさせる “KRZ48” とは…その魅力とは一体…。
でもきっと、もの凄く…説明も出来ないほどに、もの凄く…。
…ともかく!
俺と美沙が理解出来ないくらいに、もの凄く凄いに違いない…ということだった。