鬼女(きじょ)
学園の敷地内の片隅にある農作部が管理する畑の中で。
月の光りに照らし出され、その全身に暗紫色のオーラのような妖気を身に纏い漂わせながら…。
どす黒い肌に変化した大きな右手を。
…そして、その指の爪先から生え伸びる長く鋭い爪を。
自分のことを注意深く見ている俺達三人に向かって、まるで挨拶代わりのように雨宮 凛が勢い良く振り下ろした、まさにその瞬間…。
俺の一歩前にいた美沙が、その動きに反応するように慌てて何かを唱え…。
それと同時に俺達三人の目の前に、雨宮神社の母屋のリビングルームで摸に降り注いだ、一筋の小さな雷撃とは比べものにならないほどの太くて大きな数本の雷撃が。
まるで…雨宮 凛が振り下ろしたその右手から発せられた、目には見えない何かの力に対抗するように…そう、俺達三人を守る壁のようにしては降り注ぎ…。
…。
…次の瞬間、壁柱のようになって目の前に並ぶ数本の雷撃と、雨宮 凛から放たれた目には見えないその何かの力のようなモノが
“ドドドォ~ン!バシバシッ!!”
…という物凄い音でぶつかり合ったかと思うと。
そのまま相殺されるようにして目の前で、アッという間に消え…去った。
雨宮 凛はそれを見て、どこか愉しげに口元を歪め、不気味に小さく微笑んだかと思うと。
次の瞬間、俺達三人にサッ…と背を向け、そのまま少し屈み、超人的なシャンプ力で学園の周囲を取り囲む石で出来た二メートルほどの外壁を軽々と飛び越え、その向こう側に消え去ってしまい…。
…。
目の前で起きた、この突然の出来事に。
そして雨宮 凛が、雨宮 凛ではなくなった、この瞬間に。
俺と摸が呆然としてその光景を見つめ、佇む…中。
“タッタッタッタッタッタッタッ…”
という外壁の向こう側から走り去る足音だけが響き…。
…。
その足音が少しずつ遠ざかっていく、そんな…中。
「凛さんの…どす黒い肌に変化したあの大きな右手と、長く鋭い爪。…それに、あたし達に衝撃波を放ってきたということは…」
咄嗟にそれに気がつき、雷撃で壁を作り、全く何も出来ずに動けなかった無能な俺と摸のことをその能力で守ってくれた、いつもの如く頼りになる美沙が…落ち着き払った冷静な声で、そう言ったかと思うと
「…恐れていた通り、凛さんは既に、悪鬼のその支配下に…」
どこか心苦しげに、小さくそう言い…そして気を取り直すように、未だ呆然として、その場に佇む俺と摸の顔を交互に見ながら
「変化した右手を除いて、外見は凛さんでも…。昨日の夕方、あたし達が出会ったあの凛さんとは、もう既に… “違う” 、ということね」
説明するようにそう言ってから。
美沙はここで間を空けるようにして、言葉を区切ると
「…どう、する?」
やはり呆然と佇む、俺と摸の二人に…そう、物静かに問い掛けた。
…。
雨宮 凛は、もう…昨日の夕方雨宮神社の母屋のリビングルームで逢った、優しく…そして恥ずかしそうに、可愛らしく微笑む、あの雨宮 凛では…既に、ない。
変化した右手を除いて、例え外見はそうでも。
その中身は…人間に憎悪を煮えたぎらせ、復讐を企てる… “異形の者” 。
…そう、 “悪鬼” …なんだ。
…。
…分かっていたこととはいえ。
それを実際に目の当たりにすると。
どうしていいのかが、全く分からない…。
…。
俺は呆然としながらも。
なぜか無意識の内に、自身の右手を制服の上着の右ポケットの中に入れ、その中にある雨宮に返し忘れた…ハンカチに、焙じ茶のシミが付いたクリーム色のあのハンカチに、そっと…触れていた。
…。
…しっかりするんだ、俺!
…迷ってなんか、いられない!!
まだ昨日の今日で、展開が早すぎる…けど。
…けど!
…もう一度、雨宮のあの可愛らしい笑顔が見たい!…とか。
…もう一度、雨宮の入れてくれたあのおいしい焙じ茶が飲みたい!…とか。
…もう一度、返し忘れたこのハンカチを返しに行って、そこで二人きりで逢いたい!…とか。
雨宮神社の母屋のリビングルームで感じた、あのヤマザ◯ 春のパンまつり!…とか。
ウキウキ ワクワク ついでにソワソワ…そのパンまつりを軽く飛び越えて、未来の嫁に、妻に、奥さんに(すべて仮)…と将来設計を感じた、あの瞬間!…とか。
…、…。
実家の部屋の中にぼっちで閉じ篭っていたあの頃の俺に比べたら…。
…そう、あの頃の俺に比べたら、そんな風に思えること自体、ある意味奇跡に近い物凄く凄いことじゃねぇか!
勇気を貰うように俺は…ハンカチに触れていた自身の右手を、制服の上着の右ポケットの中からそっと出すと。
ポケットの上から包み込むようにして、もう一度その膨らみの存在を確かめてから…
「…追いかけ…ようぜ。雨宮のそのすべてが、悪鬼に支配されているとは、限らないしな…。それにひょっとしたら…まだ、まだ俺達の声が届く可能性だって、あるかもしれない…」
いつものようにボソボソッと、そう口を開くと。
そんな俺を見つめていた美沙が
「…そうね、その可能性がないとは、誰にも言い切れないものね」
俺のその言葉に同意するように小さく頷きながら、そう口にし。
摸も俺の言葉に同意するように
「二人ともぉ、忘れているかもしれませんけどぉ~…僕達ぃ、 “神楽坂学園 高等部 少年少女祓魔団” …でぇ、この部活名からするとぉ、 “魔を祓うこと” …がぁ、その活動内容のぉ…はずですもんねぇ~!」
のんびりと頷きながら、そう言う。
俺はそんな摸に向かって
「…まぁ、その部活名を決めたのは依田先生だし…それになぜか、部活名の最後に、 “(仮)” …もついてるけどな…」
そう言うと。
「わぁお~ぅ!…せっかくヤル気を出そうと思ってぇ~言ったことなのにぃ!!…でもぉ~その通りですぅ…」
悲しそうな表情で、摸は首を左右に小さく振りながら
「…なのでぇ、この際、部活名を変えてみませんかぁ~??例えばぁ… “TSL3” とかぁ~!もちろん意味はぁ… “TSL” ですぅ~!最後に付いてる数字はぁ…メンバー数ということでぇ、うふふふふふふふ…。凛ちゃんが入ってくれたらぁ、 “3” を “4” にぃ、変えればいいだけのことですぅ~!!|エヘ…エヘヘヘヘヘヘヘヘェ~」
そう言いながら一人、嬉しそうにニヤけて…いる。
…。
摸、よ…。
敢えて言わねばならないが。
KRZ48を真似ての部活名…なのか。
それにしてもお前…今、こんな状況でよくそんなことを…。
俺がそんな摸を見つめながら…少し呆れ気味にそう思っていると。
「くだらないこと言ってないで…凛さんがどこに向かったのか、さっさと探索を開始しなさいよ!!」
…いつの間にか腕を組んで。
ある意味、悪鬼よりも恐ろしいと言えそうな…あのいつもの形相で美沙が。
月の光りに照らし出されて、そんな脳天気な摸をギロリッ!…と睨みつけ、そのまま思い切り見…貫いたので、あった。




