ずっと…好き、だった?
俺の背中に隠れるようにして、そこから顔だけを出して。
呆然とそれを見つめる俺と美沙の二人に向かって、満足そうに大きく頷いて見せた摸は、次の瞬間…。
心の恋人、愛しのその人のことを思い出したのだろうか…。
「エヘヘヘヘェ~…みううぅ~!」
デレデレと鼻を伸ばし、その名を呼び叫んだかと思うと。
同時にみるみる内にその頬がほんのりと桜色に染まって…全身をクネクネと恥ずかしそうに、奇っ怪に器用に、くねらせ…まくる。
「…」
俺はそんな摸を無言で、しかも間近で見つめながら…どうツッコんでいいのかさえも分からずに…。
…。
おそらく摸のことだから…本気でそう言っているんだろうが。
でも一体どうしてこの空気で、この雰囲気で、そういう内容に話しが飛ぶのか…。
摸のその頭の中を、もし可能ならば。
人類の英知を集めた細心テクノロジーで、隅から隅まで切り開いて、そしてついでに切り刻んで…いや、切り刻んではダメだな、うん。
…と・も・か・く!
徹底的にじっくりと、ルックしてウォッチしてその中身を一度、観察してみたい!
俺がルー大◯さん風に、そう思っていると。
「…。…対象外…よ、っていうか、その “外” にすら、最初から入ってないわよ…」
それまで呆然としてそんな摸のことを見つめていた美沙が。
殺気の篭った声で…ボソッと小さくそう呟いたかと思うと。
「あんたなんて…そこら辺に転がってる石っころと同じよ…いいえ!石っころにさえ申し訳ないくらいだわ!…恋愛対象としては、完全に透明人間よ、見えてないのよ、初めから…さっぱりきっぱり、まったくもって頭の中から、きれいに徹底的にクリーン終了、完全に消失済みよ!」
まくし立てるように早口でそう言ってから…続けて次の瞬間、鼻でどこかせせら笑うように
「フフンッ…、 “僕に対しての友情がぁ、恋心に変わるのだけはぁ…ノーテンキュ~、ご勘弁願いますぅ~” …で・すっ・とぅぇ~?あんたのどの偉そうな口が、恥ずかしげもなくそんなことを音にして、しかも空気に乗せて、あたしの耳の中へ届けてくれたのかしらぁ~??…ゥエェ~???」
摸の声色や口調を真似しながら…いつもの美沙からは考えられ…なくもないが、斜に構えるようにして品悪くそう言ったかと思うと
「ふ・ざ・け・ん・じゃ・ないわよ~!だいたいなんで友達への感謝の気持ちの話しをしているときに、何の脈力もない恋愛関連のほうへ話しが急に飛んで。しかもよりにもよってこの地球上に数十億人もいる男の子の中から…あんたという透明人間を、恋愛対象外、頭の中からクリーン終了、完全に消失済みである、その、あ・ん・た・を、選ばなきゃなんないのよ!…そんな確率、砂漠の中で小さな小さなお米の粒を…しかもそのお米の粒も精米したものじゃなくて玄米よ!そう玄米なのよ!!砂漠の色と同じ玄米色の、その一粒を探し出すのと同じくらいに、見分けがつかなくて、探しにくくて、確実に見つからない…。…それくらいの、ハイバーミラクル的な確率で、あんたを選び出さなきゃなんないのよ!!そんな確率…いいえ、そんな奇跡、絶対に起こり得ないわ!!!」
…今まで見た中で。
最高とも言えるくらいの恐ろしい鬼のような形相になって…美沙は、ギロリロリンッ!…と、眼光鋭く摸を睨みつけ、吐き捨てるかのようにそう言い放ったかと思うと。
次の瞬間、どこかイライラとするように、その両腕を再びそっと…組み直した。
摸は…そのあまりにもの恐ろしさに、そして気迫に、今度は一瞬で頬を桜色から青ざめた色合いに変化させると。
ブルブルッ…と全身を震わせ、美沙のその眼光鋭い視線と恐ろしい形相から逃げるように、再び俺の背中に隠れ込んでしまう。
…。
俺は、そんな美沙と摸の様子をチラッチラッと交互に見ながら…。
…。
美沙は…そのイライラ度がマックスに達して。
白米とか玄米とか…言葉の内容が少し、面白変になってはいたが…。
いつものこととはいえ、脳天気で空気の読めなさ過ぎるそんな摸に対して。
友達としてはともかく、恋愛対象としては全くもって心配する必要がないということを。
言葉も態度もキツイが、ストレートに言いたいだけであって…。
…。
…。
それにしても摸、よ。
…お前。
俺だったら数日間は立ち直れないくらいに、物凄く酷い言われようだったな…。
そこら辺の石っころにも負けて、おまけに透明人間で、頭の中からクリーン終了、完全に消失済み…って。
いくら恋愛対象外と言っても、あんまりと言えば、あんまりな物言いだよな…。
…。
俺は…同じ男として、そんな摸のことをどこか不憫に思いながらも。
…でも正直、今はそんなことは、どうでも…いい。
あっさりとその考えを翻すと。
まるで自身に言い訳でもするかのように。
…まぁ、摸のことだから。
どこまで美沙の鮮烈なその言葉の意味や内容が、その心の内に届いているのかも甚だ疑問で、かなりの未知数 理解度だしなぁ…。
そう…思いつつ。
背後で小型犬のように…いや、体格的には大型犬の部類か…。
…いやいや、小型犬でも大型犬でも、今はそんなこと、どっちでもいいんだ!
と・も・か・く、背中で小刻みに震え続けている摸のそれを感じながらも俺は…。
今のこの状態は…かなり、まずい。
…そう、思い直し。
なぜなら今の美沙ならば、雷撃を落とすくらいのこと。
真夜中の校門前で、しかも薄暗い外灯がポツリと一本、人通りもまったくないこの時間帯、この場でなら。
平然とそれを実行し、やってのける可能性が、十二分にあるから…で。
…。
…ということは、つ・ま・り、だ。
恐れていた現実、俺もその巻き添えを喰らう可能性が高確率で再び発生することになる訳…で。
…。
“雷撃の恐怖 > 摸の男としての面子”
この図式が…頭の片隅で、光りの速さで思い浮かんでいた俺は。
摸に、誠に申し訳ないと思いつつも…一難去ってまた一難、雷撃の巻き添えを避けるためにもここは…。
そうだ、京都へ行こう!…じゃなくて。
…例のCMを模してそのまま京都への一人旅へ…この場から、雷撃から、逃げ出すために。
…いや!全然そうじゃなくて!!
この空気を、そして雰囲気を。
尊敬するお笑い芸人の皆さんに見習って、笑いに変えてしまうのが一番の得策だと。
バカなおつむで浅はかながらも思いつき。
…。
さっきまではその体格の差から、俺の背後にしっかりと隠れることは無理だと思っていたのだが。
恐怖という概念は、それさえも超越してしまうのだろうか…。
その体格差からは想像がつかないくらいに。
俺の背後に摸がしっかりと、溶け込むようにして隠れ込んでしまっているため。
おそらく睨みつける顔、瞳、身体…がないからだろう。
とばっちりを食う形で、なぜかその恐ろしい形相で俺のことを睨みつけ、今にも雷撃の呪文を口にしそうなそんな美沙に向かって
“ここは俺に任せとけ!”
…と、まるで猛獣を落ち着かせ、なだめるように両手でそれを制した、後。
俺はクルリッ…と、身体を華麗にターンさせ、背中に隠れ続けている摸のほうへ、そちらのほうへ、そっと全身で向き直ってから。
意を決したように、小刻みに震え続けているポッチャリとした摸のその両手を素早く、そして包み込むようにして握り締めると
「摸…ごめん…な。…ずっと、隠しておくつもりだったんだが、やっぱり気づいてたんだな…」
ボソボソッと、でも出来る限り渋い声で
「俺の気持ち…気づいちまったんなら、しょうがねぇよな…」
暖かく優しくそう言うと。
突然変なことを言い出した、そんな俺のことを不思議そうに見つめる摸のその眼差しを。
熱を帯び、熱く熱見つめる俺の瞳が…それを静かに受け止め、見つめ返す、そんな…中。
…。
俺と摸はお互いの両手を強く切なく握り締め合いながら、ジッ…とそのまま数秒間…。
いつの間にか、二人の周囲にだけ出現した “幻想” という名の真っ赤なバカに…いや、バラに囲まれて…。
お互いの瞳を、まるでそこに言葉などは必要ない!…とでも言うかのように、無言で見つめ合った…後。
…。
…。
…!
…つ、ついに、その瞬間が、キターーー!
今、この瞬間がそのタイミングで、絶好のチャンスだ!!(何のタイミングで何の絶好のチャンスかは…一切不明)…と、俺が
「Miss You…,Love You…SA・GU・RU and Forever Love…(+ハートマーク付き)」
そう熱く…情熱的に、しかもバイリンガル並みのその発音で。
摸の耳元で囁くようにして、どこかそんな自身に酔いしれながら…バカバカしくも愛の告白を、そっと、口に、した。
…。
俺が想像した数秒先の未来予想図、この先の展開の中では…。
「囁聞くぅ~ん!バカな冗談はぁ、止めてくださいよぉぅ~」
摸が戯けながらそう口に出し。
“男ってほんとバカね”
…と言うように、美沙が呆れた表情でその様子を眺めつつも、いつもの冷静で落ち着き払ったその表情に戻って。
次の瞬間、三人で顔を見合わせては、愉快に吹き出してこの話題は終了。
晴れて三人仲良く学園の中へ…雨宮 凛その人にいざ!逢いに行く。
…というビジョンが描かれ、見えていたはずだったのだが。
…。
実際の未来図、その後の展開はというと…。
「うっ!ぎゃぁ~~~~~~~~~~!!」
そんな奇声にも似た叫び声を発しながら…摸は、俺の両手をその瞬間、物凄い力で振り払うと。
ノタノタと走って…今度は、美沙のその背中に俺から逃げるようにして、隠れ込んでしまう。
…。
…そして、そこから怯えるように少しだけ顔を覗かせて。
呆然とそれを見つめている俺に向かって
「囁聞くんがぁ、僕のことをぉ…このスベスベお肌の清い身体のことをぉ、そんないやらしい目で見ていただなんてぇ…知りませんでしたぁ…。本当にぃ魅力的な自分自身がぁ、とっても恨めしいですぅ~」
小さく震える声でそう言うと続けて
「で、でもぉ…さっきも言った通りぃ、そんな感情を持たれてもぉ…僕にはみううがいるのでぇ…ごっ、ごめんなさぁ~ぃ」
怯えきった表情で、やはりそう言う。
俺が予期せぬその行動に、そして言葉に、口をあんぐりと開けたまま。
…い、いや。
そ、その、違うんだ!
…そう、違う!!
誤解だ、摸!!!
俺は…その…。
いやらしい目とか、スベスベお肌とか、そ、そんなつもりで…。
予想外の展開に、オロオロとし出したそんな俺のことを見つめて…美沙は。
睨みつけるのも忘れたかのように、一人小さくその場で溜息をつくと。
「風谷くんのプライベートな恋愛問題の話しはともかく…それはともかく一旦、置いておいて。いつまでもバカでくだらないことをやってないで、そろそろ気をしっかりと引き締めて、凛さんに会いにいくわよ!」
いつもの落ち着き払った冷静な表情と口調に戻って、そう言ってから。
自分の背中に隠れるようにして俺のことを怯えながら見つめている…そんな摸に、案内を求めるようにしてそっと、その視線を送る。
…!?
えっ…!?
俺このまま…一旦置かれた、まま?
Miss You…,Love You…SA・GU・RU…で、勘違いされた…まま??
口をパクパク オロオロとさせながら俺が、小さく混乱しているそんな中…。
美沙のその視線に摸は応えるようにして小さく頷き返すと。
一瞬そんな俺のほうを、警戒するようにチラッと見てから。
石で出来た立派な校門を抜けて学園の中へ…その中へ、足を踏み出し始める。
…ちょっ、待って!
今のは…今のはこの場の空気を和ませようと。
いい方向に変化させようと。
いつもは使っていないこの脳ミソをフル稼働させて。
…ここは舞台、あたしは女優よ!…そんな気持ちで、浅はかながらも必死に演じた雷撃回避の秘策、 “俺のお笑い冗談劇場(勝手に命名)” …だったんだよぉぅ~!!
なぜか語尾が、摸のその口調になりながら。
タイミングを逃し、思っていることを口に出せず、パクパク オロオロと俺がし続ける、そんな…中。
美沙は何事もなかったかのように、摸のその後にさっさと続き…。
…。
俺は…ただ単に。
ただ単に美沙の雷撃を避けるために、この場の空気を…。
雰囲気を良くしようとしただけで…。
…。
そんなことをただただ一人思い、心の中で呟き繰り返し続ける俺が…。
さらに美沙のその後を、パクパク オロオロ…伏し目がちに追うようにして。
自身の両肩がこんなにも下がるものなんだと初めて気がつきながら…それを落とせるだけ落として。
禁断の想い人…誤解した摸に案内されるがまま、おそらく中にいるであろう雨宮 凛その人の姿を求めて…トボトボと。
真夜中の母校、神楽坂学園に、その中に、足を踏み入れたので…あった。




