こんなときだから
しっかりとした摸のその口調に…そして言葉に、美沙は溜息をつくようにして、フッ…と笑うと。
「…ほんと、そう…よね」
呟くようにそう言ってから
「土屋くんの言う通りだわ。きっと… “今” 、何にも変えられない…この瞬間、このタイミング、なのよね…後悔しないためには。三人で、モクドナルドで話し合ったこと…凛さんを救い出したいという共通の強い気持ちと、あたし達三人の能力があれば何とかなりそうだって、あたし自身が自分で言ったことなのに…それなのに、今更あたしったら、怖気づいたりして…」
まるで自分に言い聞かせるようにして、そう言ったかと思うと。
そんな自分のことを見つめる、俺と摸の顔を交互に見ながら
「二人ともごめんなさい…。まだそうと決まった訳でもないのに、凛さんに会う前からこんな弱気になってしまって」
いつもの落ち着き払った、冷静な声色になってそう言うと。
…その視線を、俺達二人から真夜中の学園へ。
無機質で近代的な鉄筋コンクリート…四階建ての黒々とそびえ立つその校舎のほうへ、ゆっくりと向けてから
「あたしは…中学を卒業と同時に家を出て、この学園に入ることで…。…、…。…そして、依田先生や風谷くん、土屋くん、あなた達に出会えたことで…」
美沙は一旦、ここで言葉を区切ると…どこか照れ臭そうに
「…えっと、その、何というか…そんな気持ちで、いっぱいだわ」
突然なぜか頬を少しだけ赤らめて、そんな言葉を口にする。
「そんな気持ちってぇ~、一体全体どういう気持ちのことですかぁ~??」
薄暗い外灯の下、頬を赤らめているそんな美沙に向かって、摸が不思議そうに…そう、尋ねる。
「…」
美沙は…定例中の定例である、いつも通りの無邪気で脳天気なそんな摸に向かって。
やはりいつものように定例中の定例である、あの恐ろしい形相と鋭いギロッとした視線を、まるで摸のその言葉に応えるかのようにして、無言で送ると。
“どうしてこの流れと雰囲気から、あたしの言いたいこと、伝えたいことが分からないのよ!”
…とでも言うかのように、その恐ろしい形相と視線のまま…この流れと雰囲気では、まったくもってその意図が読み取れない、掴むことすら出来ない…恐らく千年に一度登場するかしないかという稀有な…空気がまったく読めない脳天気を超える男、ある意味スペシャルな逸材…そんな摸、を睨みつける。
美沙の鋭い視線と鬼のようなその形相に、摸はビクッ!…と全身を小さく震わせたかと思うと。
次の瞬間…スゴスゴと、美沙のその視線から逃れるようにして、俺の背中に隠れ込んでしまう。
…。
…摸、よ。
俺とお前の歴然とした体格の差から。
いくらお前が俺の後ろに隠れようが…現状、 “頭隠して尻隠さず” …の状態な訳だが、まぁ…それは、いい。
でも…もし。
もしここで…。
美沙が怒りの雷撃の呪文を唱え出したりしようものなら…。
俺もお前と一緒に、その “ドドドォ~ン!” を。
…いや、 み◯さんばりに、“ズバッ!とズドドドドドォ~ン!” を。
…いやいや、 “ドッカン!ドッカン!今日は何の日、フゥフゥ~♪(古い)” を。
…いやいやいや、“ホンニャ~ラ!ハンニャ~ラ!ズゴゴゴゴォ~ン?(もう既に意味不明)” を。
…いやいやいやいやいや、そんな擬音も◯のさんも、この際どぉうでもぅいいんだっ!!
俺が言いたいのは、つ・ま・り・だ!…美沙のその雷撃を。
こんがりキツネ色…いや、まっくろくろす◯(別名:妖怪ススワタリ)になってしまうという恐怖のその雷撃の巻き添えを。
俺もお前と一緒に、喰らっちまうことになるだろうが!…ということなんだよ!!
…。
…!?
ま、まさか…摸?
それがお前の “狙い” …なのか!?
俺も一緒に自分の巻き添えにしてしまえ!…という!?
背中にある仄かな温もりとその存在を感じながら…俺が、そんなバカげたことを考え、心配していると。
「まぁ…いいわ。こんなときにしか言えないことも…あるっていうことね」
美沙は…俺の背後に隠れ続けているそんな摸を睨みつけるのをあっさりと解除して、いつもの冷静で落ち着いた元の顔に戻ると。
…それを見て、雷撃が飛ばなかった安心感からか、どこかホッとしているそんな俺に向かって、小さく頷き掛ける。
俺はホッとしながらも…美沙のその言葉に同意するように、小さく頷き返してから。
いつものこの定例中の定例の…摸が空気を読めずに脳天気に言葉を発し、美沙の逆鱗に触れ怒りを買い睨みつけられる…という、他愛のないやり取りに、一連の流れに。
…スッ~と雰囲気が、自然な元の俺達三人に戻ったことを、どこか嬉しく思いながら…美沙が口にした、こんなときだからこそ…しか言えないような照れ臭い言葉を、思い切って美沙に習って、便乗して、そっと口に、出して…みる。
「…感謝してる…ってことなら、俺も同じ気持ち、だから…」
いつものようにボソボソッと、そしていつもにも増してぶっきら棒にそう言うと。
…。
…その瞬間、なぜだかふいに蘇ってきた…ついさっきまで寮の自室のベッドの上で夢で見ていた、あのときの気持ちを。
目が腫れている…と、摸に指摘されるくらいのあの悲しくて暗い気持ちを。
何とか今のうちに無理やりにでも消化させてしまおうと、一人ゆっくりと反芻し始める。
…。
生まれ持ったその能力のせいで。
バケモノ扱いのレッテルを貼られ、そこから抜け出せずに…。
小さく弱い俺は傷つき、立ち直ることが難しくて。
…これ以上痛くないように、傷つかないように、自分の部屋という他の誰もが存在しない、たった独りの狭い空間の中へ、その心と一緒に閉じ篭り。
まるで現実の世界から逃げるようにして、架空の世界…ゲームの中の世界へと入り込み、そこに没頭し。
どうすることも出来ないまま…時間だけが過ぎ去って行く中で。
いつの間にか、自分が生きている…というその意味さえも分からなくなって。
将来に…未来に、絶望し。
もう二度と、リアルな世界で人と触れ合うことなど…。
ましてや高校に入学することなど、想像も出来なかったあの頃の俺から…。
…。
…今の俺が、どう変化したのか?…と聞かれれば。
正直、自身でもうまく応えることは出来ないけれど…。
…。
…でも。
…そう、なんだ。
ほんの少しのことで傷つき、逃げ出し。
きっと今でも、些細なきっかけされあれば、あの頃の自分に…。
実家の自分の部屋の中へ…あの世界へと戻ってしまいそうな、小さく弱い俺自身が、心の片隅に今も存在している…ということ。
それは変えようのない、紛れもない、 “事実” …で。
でも…俺は。
今の俺は…それを分かった上で、理解した上で。
あの頃の自分も含めて、今ここにいる “俺” を信じ…受け止めたい、そう…思う。
今の俺が…ほんの僅かだけかもしれないけれど。
足を踏み出し、前に進んでいる…という実感があるということを。
独りじゃなく、一緒に歩いている…いや、歩いてくれている信頼出来る友達がいる…ということを。
…もう、あの頃のぼっちの俺とは違って、つるめる楽しい仲間がいる…ということを。
あの頃のすべてを無駄にしないためにも…俺は今、ここにいる “自分” を信じ…受け止めたい、そう…思う。
…。
俺がそんなことを思い、思い出しながら…懸命にその気持ちに区切りをつけ消化をさせ、それと同時に、なぜだか急に無性に美沙と摸の二人のその顔が見たくなって、二~三歩先にいる美沙と、背後にいる摸の顔を順番に見直そうとした、まさにそのとき…。
「それなら僕もぉ~同じ気持ちですぅ~!」
背後から聞こえてきた、のんびりとしたその声と言葉に、俺が振り返って見れば。
俺の背中から恥ずかしそうに顔だけを出して
「囁聞くんにもぉ~、美沙ちゃんにもぉ~、いつも友達でいてくれてぇ、本当にありがとぉ~って思っていますぅ~!そして出来れば凛ちゃんともぉ…楽しく愉快にぃ高校生活を一緒に送れたらぁ…そう思っていますぅ~!う…ふふふふふふふふふ…」
摸は怪しくドラ◯もん笑いをしながら…嬉しそうにそう言うと。
日頃こんなことを。
お互いがお互いのことをどう思っているのかなんて…ましてや感謝の気持ちを述べることなんて…。
そんなことを言う機会が今まで全くなかったことから、どこか恥ずかしそうに照れ臭そうにしている俺と美沙に向かって
「でもぉ~!いくらありがとぉ~って思っていてもぉ…囁聞くんと美沙ちゃんだけに限って言えばぁ~、僕に対しての友情がぁ、恋心に変わるのだけはぁ…ノーテンキュ~、ご勘弁願いますぅ~」
その話しの内容が、なぜだか突然急に、友情の感謝から恋愛関連のそれにすっ飛ぶと…。
摸はどこか困ったように、そのまま首を左右に小さく振ってから、一人大きく頷いて
「二人にいくら好きって言われてもぉ…僕には心に決めた人がぁ、一方通行的な片想いだけどぉ、 “みうう” …という愛すべき心の恋人がいるんですぅ~!だから今のうちにぃ言っときますけどぉ…そのときはぁ、本当にぃ、ごめんなさぁ~ぃ」
「…」
「…」
摸の口からのんびりと放たれたこの言葉に…神楽坂学園の校門の前、そこにポツリと一本だけ立つ…薄暗い外灯の下、俺と美沙は凍りつくように無言となり。
…なぜそうなったのかと言えば、摸の放ったこの言葉の意味が…一瞬、俺には(おそらく美沙にも)理解することが出来ず…。
数秒前まで蔓延していた、恥ずかしいような、照れ臭いような、そんな友情の絆的な空気も、この瞬間に瞬く間にどこかへと吹っ飛びまくり…。
“摸は…一体何を言っているんだろう?”
“それに…この告白もしていないのに振られてしまった感は…一体全体どういうことなんだろう?”
…という不可思議な疑問に、脳のすべてが支配され、思わず凍りつき無言になってしまうほど、摸の放ったこの言葉の意味を…思考回路をフル稼働させて、必死に解明し、状況を呑み込み、何とかやっとその回答と現状に、俺が辿り着き始めた…まさにその頃。
摸はやはりどこか困ったように、でもこれだけは言っておかないと…いや、これだけは言わせておいて頂きます!…的な満足気なドヤ表情で、続けて俺の背後から顔だけをそっと出したまま…。
無言状態からかなり回復してきたとはいえ、未だ言葉を失ったままの俺と美沙の呆然としたその顔をのんびりと交互に見つめながら…何を勘違いしたのか、分かってくれたのなら、それでいい!…と、まるでそうとでも言うかのように真剣な眼差しで、今までに見たこともないような、どこかとても男前な表情になって…そのままその場で再び大きく頷いて見せたので、あった…。




