摸 ⑤
鉄棒を握り直して、僕の体調を気遣って、 “あと一度だけ” …と。
「…えいっ!」
…という気合を込めた、小さく叫ぶようなそんな声と共に…。
その女の子がまさに、地面を蹴り上げようとした、その瞬間。
傍らで、ドキンドキンと自分の胸の鼓動の音を聞きながら、ポッ~と突っ立っていた僕は、咄嗟にあることを思いついて、意識を集中させ念を込めるようにして、自らの能力をそっと…発動させた。
…。
“僕の能力は、誰か困っている人を助けるための神様からのプレゼント…”
…そんな風に。
今まで誰もそんな風に言ってくれたことなど、一度もなかった。
だからずっと、思い込んで、いた。
僕のこの能力は、厄介で、不可解で、不気味で、変な能力…だと。
でも君は…そう言ってくれた。
初めて、認めてくれた。
本当のところ…真実はきっと、誰にも分からない。
…でも。
それでも…。
君に、こうして、出逢えた…こと。
今の僕にとっては、それだけがすべてで。
だから…今、この瞬間、君とこの場にいられること。
ただそれだけで、僕はとても幸せで。
…。
だから、つまり、その…。
そんな風に思わせてくれた君のことを。
勇気があって、可愛くて、そして、強く優しい君のことを。
“僕の能力は、誰か困っている人を助けるための~” の、その第一号に、したい!
…ぅうん、この能力でしてみせるんだぁ!!
僕は決心するように、その女の子の蹴り上げた地面をほんの少しだけ、能力を使って盛り上げ…。
…そして鉄棒を軸に、もう少しで回転しそうだった女の子の両足がその盛り上がった地面の分だけ勢いに余力がついて、クルッ…と一回転したのを見届けてから…そっと、その地面の盛り上がりを、再び能力を使って何事もなかったかのように、元通りに、戻した。
…。
盛り上がった地面の分だけ勢いに余力がついて両足が、そしてその全身が…鉄棒を軸に、そのまま見事に一回転をして、その場にストンッと着地をした女の子は、一瞬キョトン…としてから、次にゆっくりと僕のほうを見つめ
「…!!土屋くん…見た?今の…見た!?やったぁ~!!私、出来たよ!!逆上がり、出来たぁ~!!!」
満面の笑みで嬉しそうに叫ぶようにそう言うと。
それを同じように嬉しそうに、でもどこか恥ずかしそうに傍らで見つめている顔の紅い僕に向かって
「土屋くん!今日は付き合ってくれて、本当にありがとう!明日の体育の授業のテストでも、今みたいに出来るといいな!!」
元気良くそう言ってから
「土屋くんは体調を崩さないように、家に帰って早く休んでね!」
続けてそう言うが早いか
“あっ…待ってぇ…”
そう口を開こうとした僕に、手を振ったかと思うと。
次の瞬間、まるでそよ風のようにアッという間に、公園の出入口のほうに向かって走って行ってしまう…。
…。
…そ、そんなぁ。
…。
タイミングを逃し、声を掛けそびれてしまった僕は。
遠ざかって行くその後ろ姿を。
特徴的なツインテールのその髪の先が風になびき揺れるのを。
為す術もなくただ呆然と、そしてポッ~としたまま見つめながら…鉄棒の傍らで独り寂しく佇んで、なぜかそのまま動けずに。
…。
するとその女の子は、公園の出入口で何かに気がづいたように、未だ一人佇んだままのそんな僕のほうへ振り返ると、左手をまるで拡声器のように口に添えて
「土屋く~ん!言い忘れちゃった~!私の名前!!…私の名前は、 “美卯” … “渡辺 美卯” !またどこかで会えるといいね~!!」
叫ぶようにそう言ったかと思うと、両手で大きく手を振ってから、やはり風のように走っては、公園を出て行って、しまう。
…。
…行っ…ちゃった。
…。
渡辺…未卯…ちゃん、か。
…僕はここで、怪しく一人ニヤけてから。
名前も…超、可っ愛ぅぃぃ!
呑気に、そして次に反省するように、公園の出入り口を、未卯ちゃんが走り出て行ったその場所を、静かに見つめたまま…。
…それにしても、僕。
タイミングを逃してしまって。
…。
無理矢理にでも、もうちょっと遊ぼうぅ…って、言えたら良かったのに。
…!
でも…!
将来もし未卯ちゃんが、僕のお嫁さんになってくれるとしたなら。
今の名字は変わるから、その名前は、 “土屋…未卯” になるからぁ…。
次の瞬間…まったく違う、別の思考回路がなぜかそう働き…。
うふふふふふふふふ…。
名字が変わっても…やっぱりとっても、可っ愛ぅぃぃ!!
顔を紅くして、その恥ずかしさと照れ臭さから、全身をクネクネと揺らしながら。
これが運命ならば…またきっと、すぐに逢えるよねぇ!
…だから、今度、今度逢ったときには、未卯ちゃんにふさわしい、もっとカッコイイ立派な男になっているぞぅ!!
そんなことをのんびりと、そして全身をクネクネとさせたまま決心すると、小さく…でもとても強く、頷く。
…。
…でも僕は、心の中のどこか片隅で、分かって…いた。
…。
今、この瞬間を。
タイミングを逃さずに声を掛けていれば、もっと未卯ちゃんと一緒にいられたかもしれないこの瞬間を。
ひょっとしたら、今度、再び、もう一度、逢う約束が出来たかもしれない大切なこの瞬間を。
自らの不甲斐なさで失い失くしてしまったことが、どんなに大きな損失だったのか…ということを。
…。
どんなに決心をして、強がって、きっとまたすぐに逢える運命だ…なんて思い込んでみても。
本当に本当に大切なモノは、その瞬間に必死で掴み取ろうとしなければ、二度と手に入らないかもしれない…ということを。
…僕は、心の中のどこか片隅で、気がついて…いた。
…。
片隅で蠢くそんな気持ちが…僕の胸の中、空虚な冷たい風のようになって通り抜けて、いく…。
それは…とても大切な “何か” を一瞬で失くしてしまったかのような。
とても大きな心の支えを失ってしまったかのような…そんな感じで。
…。
僕はゆっくりと瞳を閉じて、そのまま頭を垂れるように。
…。
…渡辺。
……未卯、ちゃん。
…。
…心の中で、小さくそう呟きながら。
ふいに襲ってきた、頭を下に下に下げようとする引力の力と、それに逆らい上げよう上げようとする不思議な戦いの中で。
瞳を閉じたまま…こっくりこっくり うつらうつら と。
確かにどこかにある現実と、短いような長いような過去の記憶…という夢の世界のその狭間で。
そんなことを思い、感じながら…懸命に抗い戦い続けていたその最中。
ついに僕は…引力のその力に打ち勝てず、流されるように頭を思いきり下に垂れ下げた、その瞬間。
…ゴンッ!!
そんな大きな音と共に、無数の小さな星達が脳裏で瞬時に瞬き消えたかと思うと。
…その直後、猛烈な痛みがおでこに、迸る。
「い、痛いですぅ…」
思わず一人そう口走りながら。
あまりにもの痛みで、その狭間の世界から一瞬で脱出し、眠気も吹っ飛び…。
…?
僕が顔を起こし、ぶつけたおでこを摩りながら…キョロキョロと自分の置かれた状況を確認するように、慌てて周囲を見回してみれば。
そこは、所狭しとKRZ48のポスターが壁に、天井に貼りまくられている見慣れた神楽坂学園の寮の自分の部屋の中で…。
…。
僕はちょっとだけ混乱した状態のまま、現実の世界の時間を少し巻き戻し順を追うようにして、ほんの数時間前の出来事を思い起こし確かめて、みる。
…雨宮神社の帰りに立ち寄ったモクドナルドを退店して、三人で学園の寮の前までやって来て。
学園の図書室に用事があるという美沙ちゃんとそこで別れて。
そんな所にはまったく用事のない僕と囁聞くんの二人は、そのまま寮へと戻って…。
それぞれの自室に向かうため、囁聞くんとは寮の階段の所で別れて。
そして僕は自室にそのまま入って確か…。
…。
…そうだ!
制服のまま着替えもせずにすぐにPCの前に向かって。
大好きなKRZ48の公式動画サイト(主としてみうう)をチェックしていたんだったぁ!
…。
そこまでは、何とか覚えてはいるものの…。
途中から猛烈な睡魔が襲ってきて、そこから先の記憶が…。
…。
…よくあることとはいえ、どうやらいつの間にか、うつらうつら としてしまったらしく。
…。
動画サイトのチェックをしていたからなのかもしれない。
小五のときの、あのときのことを思い出すかのように夢で見るだなんて…。
…。
でもまさか…。
本当に予期せぬまさか…で、あれから数年後に再び出会うことになろうとは。
それは “アイドルとファン” という…みううには届かない、一方的な僕だけの片想い的な衝撃な出会いだったのだけれど…。
“渡辺…未卯”
…そう、僕の推しメン、KRZ48のメンバーの内の一人。
あの… “みうう”
…。
いじめっ子達から僕のことを助け出してくれた、あの “未卯ちゃん” が、まさか国民的アイドルグループのメンバーの一人になっていただなんて。
…。
これはもう、まさに、ある意味、運命的な…再会!
…そう、勝手に解釈した僕は。
その瞬間から当然のように熱狂的なファンの一人になって、応援をし続けては現在に至る…という訳で。
…。
あの不思議な、出会い。
でも僕にとっては大切な…とても大切な…初恋的な…。
…。
…でもきっと。
みううはもう、あんなことがあっただなんて、忘れちゃっているんだろうなぁ…。
僕は…寮の部屋の中、PCの前に座って一人、どこか軽く遠い目をしたまま…。
次の瞬間、ぷるぷると気を取り直すように首を左右に小さく振ると。
まぁそれは、とりあえず置いておいて。
…。
それにしてもあの後、みうう…体育の授業のテストで逆上がり成功したかなぁ…?
それだけでも、知りたいなぁ…。
…。
とりあえず全然、まったく置いておけずに、そのままPCの前で僕は、首を左右にゆっくりと大きく傾げてから、のんびりと伸びをすると。
再び気を取り直し思い直すようにして、改めてKRZ48の公式動画サイトのチェックをするために、目の前にある液晶ディスプレイにそっと視線を向けてみれば…。
…そこには、愛しのKRZ48の公式動画サイト(やっぱり主としてみうう)は映っておらず、ちょっとダークな渋い感じの別のサイトへ、いつの間にか勝手に飛んでしまって、おり…。
…。
さっきの猛烈な痛み…あのおでこアタックが、どこにぶつかったのかを瞬時に理解した僕は。
キーボードにおでこを強打してしまったことを、恐らくそのときにおでご全体で予期せぬボタンを押してしまったことを、少し恨めしく思いながらも。
“お気に入り” に登録されているKRZ48の公式動画サイトにすぐさま舞い戻るべく、手にしていたマウスで登録されている一覧の中から、そのタイトルをクリックしようと、マウスポインタをそこに移動させ、まさにそれをジャストミィ~トゥ!しようとした、そのとき。
…?
…ふいに見つめていた目の前のディスプレイの、おでこアタックで飛んでしまったその別のサイトのタイトル文字が、僕の目の中に堂々と飛び込んで、くる。
思わず僕は、お気に入り登録画面の一覧を素早く閉じると、そのサイトのタイトル文字を真剣に目で追って…しまう。
…そして
「Jぃ・Kぃ・Jぃ…48ぅ~?」
読み上げるように小さく、そう口に出してから。
そのタイトル文字に続く説明文を、興味深げにゆっくりと追い掛け始めた…。




