摸 ②
…左頬に。
…左腕に。
小雨のように冷たい土砂が、パラパラと降り注いで…くる。
…。
僕のことを飽きもせずにいつもいじめる三人のいじめっ子達が、穴の周囲を取り囲み…そこから僕のことを見下ろし、見つめて。
…まるでその行為自体を愉しむかのように、それぞれの足で、穴の周囲の地面の土砂を削り取っては降らせるそれを、全身に浴びながら…。
…。
僕は…自分の能力で開けたその穴の中で、それが目の中に入らないように、口の中に入らないように、きつくきつく閉じたまま…。
まるで胎児のように丸まっては、身体を優しくそっと抱え込んで…ただひたすらに、この時間が早く終わってくれれば…と、過ぎ去ってくれれば…と、涙を流しながら一人…祈り続けて、いた。
…。
そんな…地獄のようなこの時間を、この現状を、無力なまま…ただただ祈り続けながら必死に僕が、我慢をしていた、次の瞬間…。
「ちょっとあんた達!何やってるのよ!」
聞き覚えのないそんな可愛らしい声が、穴の外のほうから聞こえてきたかと思うと。
それと同時に、僕に降り注いでいた土砂の雨が、ピタリッ…と降り止み。
「…何だよ、お前」
「関係ねぇ…だろ」
「あっち行けよ!」
いじめっ子達のどこか後ろめたそうなそんな声と、聞き覚えのない可愛らしい声のその主を追い払おうとするかのような気配が…穴の外から漂って、くる。
…。
聞き覚えのない可愛らしい声の主は、漂うそんな空気を物ともせずに、逆に反発するかのように
「あんた達 恥ずかしくないの?三人で一人のことを、いじめるだなんて!」
少し強めにそう言ったかと思うと、そのままいじめっ子達に反論させる隙を与えないかのように続けて
「公園に来ているみなさぁ~ん!三人組の卑怯で最低な男の子達がここで、一人の男の子のことをいじめていまぁ~す!」
まるで拡声器を使ったかのような元気な声で、そう叫び出し始める。
それを聞いたいじめっ子達は
「やめろよ…お前」
「何なんだよ…」
「…うぜぇ、行こうぜ」
トーンダウンしながら、口々に吐き捨てるようにそう言ったかと思うと。
その直後、三人の逃げるように走り去る足音が、穴の中に響き聞こえてきて…。
…。
完全に三人の足音が、穴の中に響き聞こえなくなってきたのを待ってから…僕が、恐る恐る閉じていた両の瞳を開いて、穴の中から声のしたほうを見上げてみれば…。
…。
…そこには、僕が全く知らない、見たこともない、僕と同じくらいの歳の…瞳のクリッとしたツインテールの髪型が特徴的な可愛い女の子が、穴の外から中を覗き込むようにして僕のことを、心配そうな表情でジッ…と見つめて、いる。
…。
その女の子は、どこか不安そうに自分のことを見上げている僕の瞳と…目と目が合った、その瞬間。
口元に少しだけ照れくさそうな笑みを浮かべてから
「…大、丈夫?」
優しくそう言って、穴の中で丸まり身体を抱え込んでいる僕に向かって、その右手をそっと差し出す。
…。
僕は…自分に差し出されたその右手を、一瞬不思議そうな眼差しで見つめた後…。
…それが、僕を引き上げ助けてくれるモノだということに気がついて、ノソノソと起き上がりながら、無言で小さく頷くと。
自分に差し出されたその女の子の右手を掴もうとして、さっきまで降り注いでいた土砂の雨で自分の左手が汚れていることに気がつき、慌ててそれを洋服のお腹辺りの部分で拭い拭いてから、その右手を掴み…そっと握りしめた。
「よいしょっ…と!」
女の子はそう口にして、その細い身体を地面に預けるように座り込みながらテコの原理で、少し太っている僕の身体を、穴の中から外の世界へと脱出させるのを手伝ってくれる。
…。
突然現れた見ず知らずのこの女の子のお陰で、いじめっ子達との地獄のような時間からも、自分の能力で開けた穴の中の世界からも、何とか解放された僕は…全身についた泥や砂を、頬に伝っていた涙の跡を、のんびりと払い落とし拭きながら
「ありがとぉぅ…」
そう小さくお礼を言うと。
女の子はそのクリッとした瞳で、ニコッと微笑んで
「いいのよ、別に!」
元気にそう言って立ち上がると、履いている繋ぎのジーンズのお尻についた乾いた砂を、両手でポンポンと軽く払って
「君は…何年生?」
いきなり僕に、そう尋ねてくる。
「五年生…ですぅ」
恥ずかしそうに僕がそう応えると。
「わぁ~!私と同じ!小学校は…第一?」
黒色の “smile” という大きな文字が、真ん中辺りにプリントされた鮮やかな黄色のTシャツの胸の前で、その女の子はまるで祈るようにして両手を組み合わせると…少し首を傾げながら、キラキラとした瞳で嬉しそうに口を開き、尋ねる。
「第二、ですぅ…」
残念そうに僕が応えると。
その女の子も残念そうに
「そっかぁ、私は第一なんだぁ…」
そう言ったかと思うと続けて
「名前!…何ていうの??」
元気良くそう言う。
「土屋…摸、ですぅ~」
僕が自分の名前を口にすると。
「土屋 摸くん!…ね!」
女の子は繰り返すようにそう言って
「土屋くん!お願い、ちょっと付き合って!」
続けてそう言うが早いか、有無も言わさず僕の左腕を取って…それを引っ張るようにしてスタスタと歩き出し始めてしまう。
…。
…僕は、その女の子の後ろ姿を…小さく風に揺れる特徴的なツインテールのその髪型を…のんびりと見つめながら…。
この不思議な出会いと今のこの状況を、まだ上手に理解することが出来ないまま、いじめっ子達から僕を救ってくれたその女の子に引っ張られるようにして後について、ノソノソと歩き出した。




