凛 ②
“クックックッ…本当ニ オ前ニハ、感謝シナケレバ ナラヌナ。十年前ニ アノ窮屈ナ壺ノ中カラ、我ヲ解キ放ッテクレタコトヲ…ナ”
灯りとり用の小さな窓から、月の光りが失われ、座敷牢全体が闇色に染まる中…。
…まるで凛の全身を震わせるかのようにして、心の奥底から…不気味な笑い声と共に、いつものあの嗄れた声が、響き聞こえて…くる。
正座をし、瞳を閉じたままの瞑想状態の凛は、自身の心の中に響き渡るその声に、応えるかのように小さく頷くと
…そう、ね。
おじいちゃんから
『決して蔵に、入ってはならぬぞ!!』
そう何度も言われていたのに…。
おじいちゃんが蔵の鍵をどこに隠して持っているのかを、おじいちゃん自身から聞き出して、私は知っていて…。
おじいちゃんの部屋にある家族写真…が、小さな写真立てが飾ってある…そう、あの古びたタンスの上段の、右側の引き出しの奥…そこにそれが、蔵の鍵が置いてあることを、私は知っていて…。
…。
…当時六歳の私には、入ってはいけない…と言われていた “蔵そのもの” が、まるで秘密の宝箱のような感じに思えていて…。
おじいちゃんとおばあちゃんが二人揃って出掛けた十年前のあの日、おじいちゃんの部屋から蔵の鍵をこっそりと持ち出して…お父さんとお母さんが境内前の掃除をしている隙に、ほんの探検気分の軽い気持ちで蔵の中へ…。
…。
…そしてそこで見つけた、小さな… “壺” 。
幾重にも折り重なるようにして紙片が貼ってあったその壺は、まさに “お宝発見!” …と思えるには十分過ぎるほど十分な物で。
“きっと凄い物が入っているに、違いない”
…そんな欲望と、ドキドキ感に私は耐え切れずに。
貼ってあったその紙片を一枚一枚ゆっくりと剥がして、その壺を開封してみれば…。
“クックックッ…本当ニ凄イ “モノ” ガ、入ッテイタデハ ナイカ! “我” トイウ最高ノ オ宝ガ!!”
凛は…心の内に響き渡るその言葉に動じる様子もなく、そのまま一人静かに語り続ける。
…開封してしまったその壺の中を、ドキドキとしながら覗き込んだ私を待っていたのは…今までに見たこともない、想像することも出来ない、ゾッ…とするような深い… “闇” 。
その見たこともない闇の深さに、私は突然、怖くなってきてしまって…開封したその壺をそこに置いたまま…蔵の中から逃げるようにして飛び出しては、無責任にも…そのまま外に遊びに出掛けてしまった。
…そして、遊んでいる内にいつの間にか、その恐ろしい闇のこともすっかり忘れてしまって。
道端で偶然見つけた名も無き白い一輪の小さな花を、その壺の中に入れて飾ったら可愛い…だなんて。
お父さんもお母さんも、キレイだときっと喜んでくれるに違いない…だなんて。
そんな呑気でバカなことを考えながら、いつもように神社へと続く長い石段を…一段一段数えながら登り、戻って来てみれば…。
“クックックッ…オ前ガ自身ノ手デ解キ放ッタ、我ノコノ手ニヨッテ 血ニ染マリ、切リ刻マレタ両親ノ オ出迎エガ待ッテイタ…トイウ訳ダ!クックックッ…”
心の奥底から響き渡る、その嗄れた声に…その言葉に、一瞬だけ苦痛と悲しみに歪んだ表情を見せた凛は、それでも気丈に元の穏やかな表情に戻ると。
まるでその声に語り掛けるようにして
…それでも。
今日の夕方、リビングルームでおじいちゃんが話していたことを…。
雨宮の鬼物語の本当の内容を、お通さんのその真実を、鬼さん…ううん、与六さん、あなたもすべて聞いていたはず…。
…。
与六さん、あなたは本当は、既に、もう…。
凛が、自身の心の中にあるもう一つの存在に、十年という長い年月を共に過ごしてきたその存在に、そう言葉を投げ掛けた次の瞬間…。
キッチンで会話を立ち聞きしていた時に感じた、心の中が不気味に波打つようにざわついたあの感覚が、凛の全身を駆け抜けたかと思うと
“ソノ名デ…与六トイウ ソノ名デ…我ノ名ヲ呼ブナ!!”
もう一つのその存在…凛の胎内に封じ閉じ込められた与六…いや悪鬼が、感情を露わに叫ぶようにしてそう言葉を放ちながら…凛の全身を小さく震わせるように、揺り動かした。




