微笑み一転
今まで見たこともないような…美沙の優しいその微笑みに。
どこか心沈んでいた俺と摸が…そんな気持ちすら忘れて、ギョッ…とした表情でその表情を見つめていると…。
「…。何よ…そのヤンバルクイナを初めて見るような顔つきは…」
美沙のその顔から優しい笑みが徐々に消えていき…いつもの澄ましたような、どこかツンケンとしたような元の表情に戻ると…冷たい声で、そう言う。
…。
ヤンバルクイナを初めて見るような顔つきって…。
一体どんな表情だよ、それ!
微妙過ぎるその例えに、俺がギョッ…とした表情のまま心の中で、小さくそうツッコミを入れていると。
相変わらず脳天気な摸が
「だってぇ…いつも冷静でぇ、怖い表情しかしていない美沙ちゃんがぁ…あんな優しい表情で笑うなんてぇ…信じられなくてぇ、びっくりしてぇ、おったまげてぇ、驚いてぇ、思わずギョッ…」
“…としてしまったんですぅ~!”
…そう、正直に言おうとしたのだろうか?
泣き出しそうだった表情から一転して陽気に得意げな表情で、摸がそう口を開いたその瞬間に…。
美沙は再びあの世にも恐ろしい形相になって…ギロッ!と摸を見貫く…と。
…そのあまりにも恐ろしい形相に摸は、言葉尻を完全に失い無言で冷や汗を流したまま…今度は謝ることさえも出来ずに、そのまま硬直して…しまった。
…。
摸よ…。
脳天気で、余計な一言が多く、空気が読めない…というところは、俺はある意味、お前の長所だとは思ってはいるが…。
今までの経緯からも存分に分かるように…。
自分の首を自分で絞めているし、かなりの短所でもあるよなぁ…。
再び蛇に睨まれた蛙のように、隣りで硬直している摸を横目で見つめながら…気の毒に思った俺は、心の中で “諸刃の刃” …という何のありがたみもない称号を、勝手に摸に対して授与しながらも、ギョッ…とした表情の筋肉を元に戻しつつ
「…それで、危険で無謀かもしれないこと…って、一体…何なんだよ?」
そうボソボソッと口を開くと。
美沙は恐ろしい形相のまま…威嚇するようにして硬直している摸に、さらにギロッ!と追撃の一瞥を与えてから、その視線に震え上がる摸を満足そうな表情で見据えた後…。
一瞬にして…元の表情に戻ると、俺のほうに顔を向けて、その言葉に応えるかのように小さく頷いてから…いつものように平然と
「うん…あたしも色々と考えたんだけど…。結局どうしていいのかが分からなくて…。でも、何にしても…どんな状況になっても…対応が出来るように、凛さんの動向を知っておくのが一番いいと思って…」
そう言ってから、テーブルの上に置かれた謎の長く黒い糸のような物を親指と人差し指で器用に摘み上げると
「土屋くんの探索能力は確か…その探索する物の何か、例えば…身近にある物や身に付けている物がないと、発動出来なかったはず…でしょ?」
そう言って未だ硬直している摸に向かって、再び視線を投げ掛ける。
摸は…美沙のその普段通りの視線にさえ一瞬ビクッ!…としてから、美沙のその言葉を肯定するかのように、何度も小さく頷き返す…。
俺はそんな摸をやはり横目で見ながら…。
切り替えの早い美沙と違って、どうやらまだ摸は…あの美沙の恐ろしい形相のトラウマから立ち直れていないようだ…。
まぁ、そりゃそうだよなぁ…。
あんな…この世のものとは思えないような…恐ろしい表情で睨みつけられたりしたら、普通そう簡単にはなぁ…。
…。
俺はここで一瞬だけ、美沙には申し訳ないが…本当に、どこか心の片隅で…一瞬だけ。
まさか、とは思うが…。
正直、美沙と悪鬼…その “恐ろしさ” で言えば、かなりいい勝負だったり…とか?
ま、まさか…まさかな、あはははは…。
そう一人心の中で、乾いた笑い共にバカげたことを考えていると…。
美沙は摸のそんな様子を気にする素振りも見せず、そのまま摸に向かって
「土屋くんには申し訳ないんだけど…凛さんの動向を、土屋くんのその探索能力を使って見張っていてもらいたいの。そして何か…凛さんに動きがあったら、あたしと風谷くんにすぐに連絡を入れてもらう…。それがいいと思うんだけど…どうかしら?」
そう言うと。
まるでロボットのように何度も首を縦に小さく振り続ける摸と。
「そうだな…それが、いいかもな…」
ボソボソッとそう言って、小さく頷いた俺の顔を交互に見てから。
親指と人差し指で摘んでいた謎の長く黒い糸のような物を…摸に差し出しながら
「凛さんの髪の毛よ。髪を触ったときに…ね。一応…取っておいたわ」
落ち着き払った声でそう言うと。
…摸は差し出された雨宮のその髪の毛を、数秒間ジィ~…と見つめてから。
自分の能力が活かせることを嬉しく思ったのか、そのポッチャリとした両手を受け皿のような形にして差し出し、それをその中に受ける取ると…
「…分かりましたぁ!凛ちゃんに何か動きがあったらぁ…二人にすぐに連絡しますぅ~!」
素早く立ち直り…嬉しそうにそう言って、雨宮の髪の毛を自分の左手の小指の付け根辺りに…まるで指輪のように、しっかりと結び付けた。




