保険
…万が一、じいさんが悪鬼の再封印に失敗してしまい、この神楽坂の街で、人の仕業とは思えないほどの無差別で残虐な事件が多発することになれば…。
今回の件を知っている俺達三人(+依田先生も一応入れておこう…)は、悪鬼が…雨宮 凛が…その事件に関与している…ということに、すぐに気がつくことになるだろう…。
つまり…俺達三人は、じいさんにとってみれば自分が再封印に失敗したときのための、自分に何か良からぬことが起こったときのための、 “生き証人” あるいは “保険” みたいなもの…ということなのか?
モクドナルドの窓際の席で、夕食時の喧騒とは真逆の無言のときを、俺達三人が静かに刻み囲んでいる中で…。
俺が一人、ふとそんなことを考えていると…。
「…僕はそんなことよりもぉ、何とかして悪鬼の下からぁ、凛ちゃんのことをぉ…助け出してあげたいんだぁ…」
脳天気な摸が、トレーの上に乗った食べかけのテリヤキバーガーを見つめながら…。
まるでその静かなときをこれ以上刻ませないとするかのように、そっと…呟いた。
…。
“そんなことより”って、摸よ…。
俺も美沙も、お前と同じように…雨宮 凛のことを助け出したいと思っているさ。
俺は俺なりに、このバカな頭を使って一生懸命に考えているさ。
…でも、雨宮 凛の身体の中から、悪鬼の存在そのものを外に追い出す方法が見つからない以上…
「…一体、どうすんだよ?…だからどうやって、その解決策を…俺達に出来る具体的な方法で…どうやって雨宮を…助け出すんだよ!」
俺は思わず少しイラッとした口調で、心の中の言葉をそう口に出してから…そのまま続けて
「さっき美沙も言ったろ?…雨宮の身体の中から、悪鬼の存在そのものを外に追い出せない以上…覚醒した悪鬼が、雨宮の身体を乗っ取って、暴れ回るにしろ何にしろ、じいさんの再封印が、成功するにしろ失敗するにしろ…どれにしたって…結局、雨宮 凛自身はこの世界から…」
“…消えて失くなっちまう運命なんだよ!”
最後にそう…口に出そうとして、そんなことを言ってしまおうとした自分にハッとしながら、俺は口篭り…そのまま小さく俯いた。
…そんな俺の少しイラッとした口調と、尻切れとんぼのようなキツ目の言葉に…摸は隣りで、涙をこらえながら…泣き出しそうな表情で
「僕はぁ…ただどうしても凛ちゃんことをぉ…でもぉ、何の解決策もなくってぇ…ごめんなさぃ…」
そう小さく言っては、俺と同じように俯いてしまって…いる。
…。
俺は摸のそんな様子をチラリッと見て…勢いだけで心の中の言葉を口にし、失敗してしまった二度目のこの瞬間を、猛烈に反省しながら…。
摸は摸なりに考えているんだもんな…。
具体的な解決策を見出せないことから…俺自身、同じ場所を堂々巡りしているようで…。
つい脳天気な摸の言葉に、イラッとしちまったけれど…。
実は摸の言っていることが、一番単純で基本中の基本で、一番俺達が心の底で思ってなきゃいけない大切なことなのかもしれないな…。
そう、思い直すと。
「…いや、俺も具体的な解決策を見つけられなくて、つい…イラッとしちまって、ごめんな…」
今度は視線を向けなかったが、隣りにいる摸に向かってボソボソッとそう謝った。
そんな俺と摸のやり取りを…黙って見つめていた美沙が
「確かに、そこなのよね…」
落ち着き払った声で、そう口を開くと続けて
「…あたし達には、凛さんとその胎内に潜んでいる悪鬼を “分離させる” という具体的な解決策が…方法が…ない。…でも、それでも幸か不幸か、あたし達には授かった…あるいは身に付けた、 “能力” …があるということ。…それに、もっと大切な…凛さんを助け出したい、救い出したい…という三人共通の “強い気持ち” 。危険で、無謀なことかもしれないけれど…今回の件はあきらかに、あたし達三人には荷が重すぎることとは思うけれど…。それでも…あたし達は一人じゃない。…何だかそれだけで、何とかなるような…あたし、そんな気がしなくもないわ…」
美沙にしては珍しく、楽観的な内容でそう言葉を締め括った後…。
その言葉に、ゆっくりと顔を上げた俺と摸の顔を交互に見ながら…優しく微笑んで、小さく頷いて見せた。




