部活始動
“何で依田先生が、部室に入って来たことを教えてくれなかったんだよ!”
俺がそんな抗議の眼差しで、美沙のほうにチラッと視線を投げ掛けると、美沙はしたり顔でプイッと視線を逸らす。
…それはまるで
“ゲームに夢中で人の話しや周りの状況を把握していない、あんた達が悪いんでしょ!”
と言わんばかりだ…。
…そんな中、顧問の依田先生だけが朗らかに
「ハイハイ!ハ~イ!どうしようもない落ちこぼれのみなさ~ん!面倒臭い前置きは抜きにして~」
…と、とても失礼な言い方で話し始める。
「ズ・バ・リ!今回のミッションは~…、ある一人の女子生徒の様子を見て来て欲しいので~す!彼女はうちの学園のあなた方と同じ特別科の生徒の一人なのですが~、入学して以来、一度も登校して来たことがないので~す…」
そう言った依田先生の顔が、一瞬寂しげに見えたのは、俺の勘違いだったのだろうか…?
「そ・こ・で、超時間を持て余している君達…そぉう!神楽坂学園 高等部 少年少女祓魔団(仮)のみなさんに、お頼みしたいので~す!も・ち・ろ・ん、あなた方に “断る” というたった四文字の権限は与えられていませ~ん!どうしてか?…ですって~?う~ん…そうですね~。誰も聞いていないのですが~、応えちゃいま~す!それはあなた方の学業成績がすこぶる最悪だからなので~す…」
依田先生は、ここで悲しそうな顔をしながら小さく首を左右に振ると、そのまま続ける。
「な・の・で、このミッションをクリアすることで~。少しだけ単位取得に温情を与えてあげようという心優し~い担任 兼 部活顧問からの~…そぉう!私からの配慮なので~す!」
そう言って、依田先生は両手に持っていた携帯ゲーム機を、俺と摸に順番に返してくれる。
俺は小さく会釈をしながら、携帯ゲーム機を受け取ると
「…ありがとう…ございます」
そうボソボソと言ったが、摸はボスキャラ攻略失敗のショックから立ち直れないでいるのか、携帯ゲーム機は受け取ったものの、まだ言葉を失っているようだ…。
俺はそんな摸を気遣うように
「…まぁ何だ。特別科ってことはさ、俺達と同類ってこと…だろ?…色々あって面白そうじゃねぇか!それに単位取得のためにも、いっちょ頑張ろうぜ!」
わざと明るく、そう言ってみる。
そんな俺の言葉を受けて
「様子を…見て来るだけで、いいの?」
美沙がそう口を挟む。
依田先生は腕時計を見ながら
「う~ん…そうですね~…。そこのところはまぁ~…適当に!臨機応変!ということで~!…オウマイゴッ!言い忘れるところでしたが~、その女子生徒の名前は~ “雨宮 凛” 自宅は学園近くの長い石段の先にある “雨宮神社” で~す!…ということで、先生は大事な用事があるので~後のことは頼みましたよ~!」
そう言うが早いか、さっさと部室を出て行ってしまう…。
「…何というか。…相変わらずアバウトだよな…色んな意味で…」
俺がボソッと呟くようにそう言うと
「…だよね」
そう美沙が、小さく頷きながら応える。
…俺達三人が所属し、依田先生を担任とする神楽坂学園 高等部 特別科クラス 一年T組は、一般人の通う普通科クラスとは違い、様々な事情を抱えた生徒達が数多く在籍している…。
…その様々な事情により、苦しみ、悩み、ときには普通の社会生活ですら送れなくなっていることも多々ある…。
…その根源と言えるのが、俺達だけに与えられた特別な “能力” …。
一般人からとってみれば、到底信じることが出来ない奇異なる “能力” …
“異能” とでもいうのだろうか…。
その厄介な “能力” のせいで、特別科クラスでは長期欠席している者も決して少なくは、なかった。
「…ところでさぁ」
ボスキャラ攻略失敗のショックから立ち直ったのか、今まで一言も発していなかった摸が
口を開く。
「前々から思ってたんだけどぉ…。僕達の部活の名前ってぇ…何だかさぁ…」
俺と美沙が注視する中…。
「神楽坂学園 高等部 少年少女 “合唱団” みたいだよねぇ?」
摸が真顔で、そう口を開いた…。
「…合唱…団」
俺がボソッと呟くと。
それに続いて美沙が
「だいたい高校生なのに少年少女って…しかもやたら長い上に最後に(仮)って…。一体全体どういうことなの?」
そう呆れたように言う。
「…しょうがねぇよ。この部活名を決めたのも、さらにはこの部活を設立したのも…あの依田先生なんだぜ?」
そんな二人に俺が諭すように、そう言うと。
摸と美沙は神妙な顔で俺を見つめ、それから同時に小さく溜息をついた…。
…今更ながら、自分達の部活名に疑問を抱きつつも…。
そして部室の中に漂い始めた微妙な空気と共に…。
俺達…神楽坂学園 高等部 少年少女 “祓魔団” (仮)…の部活動が…単位取得ためのミッションが…始まったのだった…。