心の傷
脳天気に摸が、のんびりとそう口を開いた瞬間…。
俺の隣りで、美沙が再び数十分前に聞いた、何かの呪文のような言葉を…ボソボソと小さく唱え始める。
…。
哀れ摸よ…。
数十秒後に訪れるであろう、摸の黒焦げのその姿を俺は思い描きながらも…。
でもまぁ…正直俺も、雨宮 凛がメモ用紙を使って会話をしている…という件については、少し気になってはいたんだけどね…。
でもそれを、オブラートに包み込まず…ストレートにいきなり聞くのは、やっぱり失礼だもんなぁ…。
…まぁ、脳天気で空気の読めない摸らしい…といえば、それまでなんだが…。
でも…今回はそれ以外にも、“凛ちゃん” …などと、人の未来のパートナー(あくまでも俺の勝手な予想)のことを、いつの間にか当たり前のように、なれなれしくそう呼んでいることも、未来の旦那の俺(あくまでも俺の勝手な妄想)としちゃあ、面白くないしなぁ…。
うむ…。
総合的に見ても、今回の雷撃は…仕方が、ない。
哀れに思っても…同情する余地は、なし!
俺が、かなりの私情を挟みつつも…。
…ここはキツ~イお仕置きを一発!美沙さん、さっさと必殺の雷撃を “ドド~ンッ” と、摸に落として…懲らしめてやっちゃいなさい!
などと、水戸黄門の黄門様になったつもりで…助さんならぬ美沙さんに、そのお仕置きの遂行を勝手に承認し、心静かに見守っていると…。
次の瞬間
「みさりん!待たれよ!!」
じいさんが、美沙の呪文の詠唱を止めるように右手を前に出しながら…それを制する。
…な?格さん?…いや違った、じ、じいさん…なぜ止める!?
俺が驚きの表情で、そんな格さんを…いや、じいさんを見つめる中…。
美沙は唱えていた呪文の詠唱をそっと制止すると、じいさんの顔を見て…
“でも…うちの土屋が失礼なことを…”
というような困惑の表情を、その顔にありありと浮かべる。
じいさんは美沙のその表情に応えるかのように
「ええんじゃ。さぐるんが疑問に思うのも、当然のことじゃ…」
小さく頷きながら、そう言うと…。
隣りに座って、自分のほうを不思議そうな顔で見つめている孫娘の、雨宮 凛のその顔を、優しい眼差しで一瞬見つめた後…摸のほうに視線を移し
「…凛は、十年前のあの事件の日以来、声を発することが出来なくなってしもうたのじゃ…」
静かにそう言うと続けて
「いや…正確に言うならば、悪鬼のこと以外は…身体的にはどこにも問題がないゆえ、声を発すること自体は出来るはずなんじゃが…精神的なもんじゃの。…そのため、現在の意思の疎通はすべて、メモ用紙を用いて行なっておる、という訳なんじゃ…」
…と、どこか寂しげに、そう言う。
じいさんのその言葉に、雨宮 凛は申し訳なさそうに…小さく頷く。
…。
六歳のときに、目の前で両親が惨殺されたんだもんな…。
きっと…俺達なんかが歩んで来た人生と比べるのが、おこがましいくらいに…かなりのショックと相当な心の傷を、受けたはずだ…。
…。
そう思うと…なぜだかますます雨宮 凛のことが、愛おしく思えてくる俺なのであった。
「そう…なんですかぁ…」
じいさんのその説明を聞いて、摸はのんびりと頷きながら
「…じゃあさっきぃ、おじいさんが叫んだぁ… “I Lo~ve ヨネ~!” の、 “ヨネ” ってぇ…誰のことなんですかぁ~?」
引き続き、脳天気に…全く違う話題で、そう口を開いた…。
摸のその言葉に、じいさんは驚愕の表情で
「…な、なんじゃと!?…わしが、わしがそんなことを…叫んだ、じゃと!?…まったくもって…記憶にないのじゃが…」
動揺しながら、そう言う。
「覚えてないんですかぁ~?突然、 “I Lo~ve ヨネ~!” ってぇ…大声で叫んだんですよぅ!」
摸はそのときのじいさんの様子を再現するように…。
偉そうに腕を組んで、瞳を一旦閉じてから…次の瞬間それをクワッ!と見開いて、そう言って見せる。
摸のその様子を見て、雨宮 凛はクスクスとおかしそうに笑って…いる。
じいさんは、摸のそんな様子を見て
「むむむ…」
と、口ごもると
「…こ、今回の件とは、まったくもって関係のないことじゃ!…それでも、どうしても知りたいというのならば…」
気持ちを落ち着かせるように腕を組み直しながら…困惑気味に、そう言う。
じいさんのその言葉に
「ぜひ知りたいですぅ~!」
摸が、そう目をキラキラとさせて即答し…。
ヨネの謎が…謎のヨネ?…が、何となく気になり出した俺も、無言で小さく頷き…。
ふと俺が、チラリと美沙のほうを見てみれば…美沙も真剣な眼差しで、そんなじいさんのことを見つめ…小さく頷いて、いたのだった…。




