春…到来?
…。
よくよく考えてみれば…現状、微妙なツッコミをして美沙と摸に驚かれたり…。
突然現れた謎の可愛い女の子に、クスクスと笑われたり…。
雷撃を落とされなかっただけ、まだマシだが…美沙だけに限って言えば、突き刺さるような冷たい視線を投げ掛けられたり…。
…さらには、じいさんの口から放たれた焙じ茶を顔面で受け止めて、呆然としながらも硬直したり…と。
さっきからろくなことが全くない俺な訳だが…。
そ・れ・で・も、今の俺の心の中は桜満開!
“ヤマザ◯ 春のパンまつり” を行っちゃいたいくらいに…ま・さ・に “春” 真っ盛り!!
…そう、じいさんの隣りにいる突然現れた謎の可愛い女の子に…恋の始まりのヨ・カ・ン…浮かれているから語尾に(ハートマーク)も、つけておこう!
ついに…ついに十六年という、この長い冬の恋の準備期間から、俺の春の…恋の季節が…今、始まる!!
俺がじいさんの隣りにいるその女の子のことをチラチラッと盗み見しながら、ウキウキ ソワソワ 気分で、そう思っていると…。
飛び散った焙じ茶の脅威から少し距離を取っていた摸が、もう安全だろうと踏んだのか、俺に近づいて来て耳元で…
「それにしてもぉ…若い奥さんですよねぇ。どう見てもぉ…僕達と同級生くらいなのにぃ…。おじいさんやるぅ~!」
そう…囁く。
…えっ!?
…。
…そ、そんな…バカなこと…が!?
あの謎の可愛い女の子が…このいい匂いのするハンカチを差し出してくれたあの女の子が…俺だけのために愛らしい微笑みを向けてくれたあの女の子が…。
こ、こんなじいさんの…老いぼれ(じいさんすまん)の… “奥さん“ だなんて!
う、嘘だ…!
何かの…間違い…だ…。
未来の俺の彼女が…妻が…嫁が…奥さんが…。
う、嘘だと誰か、言ってくれ~!!
顔面の水分をあらかた拭き取った俺が、摸のその囁きを聞いて、少し混乱しながらも…。
短すぎた自分の春に…いや、ウキウキ ワクワク 春のパンまつり…いや違った、桜満開の陽気で暖かなその季節から急転直下…猛吹雪 吹き荒れる、まさに拭き取った焙じ茶も一瞬で凍りつきそうな氷点下何度かの、氷河期のど真ん中に突き落とされ…ハンカチを手にしたまま氷の彫像のように一人、固まっている中…。
その女の子をほうを見つめていた、じいさんのその右耳が、小さくピクリッ…と、一瞬動いたかと思うと…次の瞬間、じいさんは俺と摸のほうに素早くその顔を向けて
「誰が誰の奥さんじゃ!違うわ!この…バカモノが~!!」
目を吊り上げながら、そう叫んでから
「ここにおるは…お主らが依田先生から頼まれて様子を見に来たという、わしの孫娘… “雨宮 凛” 、本人じゃ!」
続けてそう言うと…摸のほうをギロッ!と睨みつける。
摸はその視線に全身をビクッ…とさせ、萎縮しながら
「す、すみませぇ~ん」
泣きそうな声でそう謝ると、何度も頭を小さく下げて、いる。
雨宮 凛はそんな様子の摸を見て、またクスクスと笑っている。
…。
…良かった。
奥さんじゃなくって、本当に…。
俺は心底ホッとしながらも。
それにしても…。
さらっと紹介された今回のミッションの核心に迫る人物…雨宮 凛本人のこの突然の登場に…本来ならばもっと、驚くべきなのだが…。
…何というか、その可愛らしい容姿と、愛らしい微笑み…そしてあまりにも落ち着いている…というか、自身の身体の中に、恐ろしい悪鬼が封じ込められている…という切羽詰まった感がどこにもなく…。
…さらには、全然関係のないところで、再び氷河期を脱し、春の穏やかな訪れを感じ始めた、浮かれ気分の俺には、そんな雨宮 凛の様子を見て…いや、見つめて、どこか心の中で、安堵に似た感覚を感じるくらいのことしか…この瞬間には出来ずに、いた。
ふと俺が、そんなことを考えている中…。
「…あの、結界の札の一枚が…剥がれて外に出られた、というのは?」
今まで黙っていた美沙が、じいさんと雨宮 凛の顔を交互に見つめながら、そう口を開く。
じいさんは摸のほうから美沙に視線を移すと
「それは、じゃ…な、先ほどまで話しておった通り、この凛には大きな事情があっての…。小学校までは無事に卒業することは出来たのじゃが…中学校二年生の終わりにの、急を要する…という訳でもなかったのじゃが、本人が再封印を望んでの…。でもわしにはそれが出来ずに…そこで話し合いの結果、わしに心の準備が出来るまでの間、地下の座敷牢に…まぁ、座敷牢と言ってもリフォーム済みじゃから、普通の部屋とそう変わらんのじゃが…その座敷牢の四方に結界の札を貼り、結界を張り巡らせ、そこに凛に入っておってもらおう…ということになった訳なのじゃ」
そう言ってから、隣りにいる雨宮 凛の顔をチラッと見た後…
「お主らには、わしの話しを聞き終わってから、会うか会わないかを決めてもらうつもりじゃったのじゃが…。わしの不手際で、どうやら結界の札の内の一枚が、剥がれておったらしいのじゃ…。それにしてもまさか、凛が…座敷牢を抜け出て、ここまでお主らに会いに来るとはのぅ…。予想外とは言えども、本当にすまぬことをした…」
申し訳なさそうに続けてそう言うと、俺達三人に向かって深々と頭を下げる。
じいさんのこの言葉と一緒に、隣りにいた雨宮 凛も…同じように申し訳なさそうに、俺達三人に向かって深々と頭を…下げた。
…。
二人のその様子と、座敷牢の結界の話しを聞いて、俺は…。
先ほど感じた安堵感に似た気持ちが少しずつ…どこかに消え失せていくのを心の片隅で、感じて…いた。




